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2 新しい夫

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「ルーベン・アルファーロ侯爵。ルーベン様……か」
 セレナが呟くと、侍女が弾んだ声を出す。
「セレナ様、宜しゅうございましたね。アルファーロ侯爵様と言えば、お若いのに有能でおまけに大層見目麗しい殿方ではございませんか」
 そう、やっと決まったセレナの結婚相手は、貴族令嬢達の憧れの的であるルーベン・アルファーロ侯爵だった。
 セレナは考えた。国王が自らの側妃を下賜するのだ。相手が有力貴族であるのは、ある意味当然かもしれない。けれど、何せあれほど決定が難航していたのだ。アルファーロ侯爵は、心ならずも押し付けられてセレナを娶ることになったに違いない。
「きっと、人のい方なのね……」
 セレナの言葉に、侍女は怪訝な顔をした。



 ほどなく、セレナはアルファーロ侯爵家に嫁いだ。夫となったルーベンは、セレナより5つ年上の25歳である。2年前、両親が馬車の事故で同時に亡くなり、一人息子のルーベンは23歳という若さで父親の爵位を引き継ぎ、アルファーロ侯爵家の当主となっていた。
 嫁入りしたセレナは身構えていた。ルーベンは紳士的で、表面上はセレナに対して優しかった。使用人達も、セレナへの態度が悪いなどという事は決してない。けれど、当主であるルーベンが望まない嫁を押し付けられたのだ。ルーベン本人は勿論のこと、アルファーロ侯爵家の使用人達も自分を歓迎してはいないだろうとセレナは考えていた。
「とにかく、少しずつでも味方を増やすしかないわね……」

 セレナは敢えて実家からの侍女を連れず、単身で侯爵家に入った。嫁としてこちらの家のやり方に全面的に合わせるつもりだ、という意思表示である。そうしてセレナには、アルファーロ侯爵家に長く仕えている侍女が付くこととなった。
 セレナは嫁いで来た翌日に執事から紹介された、この屋敷の数十人にのぼる使用人全員の顔と名前を一度で覚え、皆を驚かせた。セレナは仮にもこの国の国王の側妃であったのだ。その程度のことは彼女にとっては易しいことだった。

 顔と名前を覚えると、セレナはなるべく自分から使用人に声を掛けるようにした。そうして、少しずつ一人一人の出身や家族の事など個人情報を仕入れ、何かあればセレナ自らが親身に相談に乗り、面倒を見た。アルファーロ侯爵家は、先代当主夫妻が突然の事故で亡くなって以来2年もの間、女主人が不在であった。その所為だろう。特に女性使用人達は、執事やルーベンに話しにくい困り事や悩み事が溜まっていたようで、セレナに多くの相談が寄せられた。セレナはその一つ一つに丁寧に対処していった。


「セレナ。君はすごいね。嫁いで来て大して日も経たないうちに、屋敷の皆から絶対的な信頼を得るなんて。ベテラン執事のセバスティアンも舌を巻いていたよ」
 ルーベンは、にこやかな表情でセレナに話しかける。
「いえ、そのような事はございません」
 セレナは伏し目がちに答えた。
「謙遜しなくていいよ。やはり君は素晴らしい女性だ」
 そう言ってルーベンはセレナをそっと抱き寄せる。わずかに身を硬くするセレナ。
「でも、私に対してはなかなか緊張を解いてくれないね。どうして?」

 ルーベンにとって自分は”押し付けられた”妻なのだ。そうと分かっていて馴れ馴れしく振る舞える程、セレナは厚顔ではない。
「申し訳ございません」
 セレナの言葉にルーベンは眉を寄せ、
「もしかして、君は私のことが嫌いなのか?」
 と、尋ねた。あまりに直接的な問いかけに、セレナは少し慌てた。
「とんでもございません。私のような女を引き受けて下さって、ルーベン様には本当に感謝しております」
 ルーベンは訝し気な顔をする。
「まさか君は、後宮に居たことを気にしているのか? 私は君が初婚でないことなど、もちろん納得した上で君を娶った。陛下から君を賜ったことは、我がアルファーロ侯爵家にとって名誉なことなんだよ? この国の国王陛下の側妃であったということは、ただの貴族の男の妻だったというのと同義ではない。君は特別な立場に居たんだ。初婚でないことを気にする必要などない」
 ルーベンは、はっきりとした口調で言い切った。

 ああ、そうか。セレナは思った。ルーベンはセレナの遠慮深い態度を、そういう風に捉えていたのか、と。ルーベンは初婚だ。侯爵という立場の男性が、自身が初婚であるにもかかわらず婚姻歴のある女性と結婚するなど、今回のルーベンのように”国王から側妃を下賜される”などという極めて特殊な場合を除けば、通常はあり得ないことだ。ルーベンは、セレナが初婚でないからと彼に気兼ねしていると思っているのだ。セレナは国王エドガルドの側妃であったことを後悔したことなど一度もない。エドガルドは尊敬できる高潔な国王であり、尚且つセレナの恋した男性なのだ。彼の側妃だった過去を否定する気持ちなど一片も持ち合わせていないセレナにとって、ルーベンの言葉は予想外のものだった。セレナはどう返事をしていいのか分からず、言葉に詰まってしまった。
 何も答えないセレナに、ルーベンは自分の言った事がやはりセレナの懸念だったのだと判断したようだ。
「気にすることはない。君は私の大切な妻だ」
 ルーベンは優しく囁いた。


 その夜、ルーベンは今までになく情熱的にセレナを抱いた。結婚以来、閨ではいつも優しく、けれどどこか躊躇いがちにセレナに触れていたルーベンが、その日は何度もセレナを求め、彼女の身体中に自身の印をつけていく。セレナはそんなルーベンに戸惑った。彼は仕方なく自分を娶ったはずなのに……けれど今、セレナの全身ありとあらゆる所に熱く口付けるルーベンが、義務感でセレナを抱いているようには思えない。
 やがて、押し寄せる情欲の波に飲み込まれ、セレナは考えることを放棄した。
 



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