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第二章 埋められた悪魔
第一節
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まさか、鍵がない。
マミは、すぐさまポケットをパンパンと叩いてみるが、どこにもそれらしきものはない。慌てることはないと、持っている通学鞄をひっくり返す。重力に従って落ちてきた教科書や筆箱は少し傷つくだろうが、マミは気にも留めず鞄の底を確認する。
しかし、底から出てきたのは、ぐしゃぐしゃになった今日の小テストだった。いつもよりいい点数がとれたと教室で喜んでいたはずなのに、見るも無残な姿になっている。
今の私と同じようだ、とマミは、思った。半ば自虐的に、自身の姿鏡に見えたのだ。
いつもなら鍵がなくなったとしても、気にも留めなかった。明日になれば、マミは持ち前の明るい雰囲気で、笑い話にしてしまうだろう。
しかし今日は違う。なぜなら普段は家を空けている父が、久しぶりに帰ってくる。だからと妹と二人で計画していたパーティがあった。学童保育が終わる時間より早く妹を迎えに行き、それから家に帰って、準備をする。妹が飾り付け担当、マミが料理担当。それで間違いはないはずだった。
マミは、少し土がついた教科書らを払いもせずに鞄に仕舞う。その間も、どこかに挟まっているかもしれないという淡い思いを抱きながら鍵を探すが、見つからない。
今日の朝、いってきますと同時に見た妹の楽しそうな笑顔を思い出す。鍵を失くしたなんて言ったら、どんな顔をするだろう。少なくとも今日の朝以上の顔は見られない。だってあれが最大であり最上のものであったことは、長年一緒にいた姉であるマミ自身が認めるのだから、間違いはない。
鞄を担ぎ直し、深呼吸。妹を迎えに行く時間まであと十五分であることを確認し、頭の中でこれからを計画する。帰りの会で鍵を確認したことだけが、マミの救いだった。となれば、学校から家の間で落としたことは間違いない。
江ノと呼ばれるこの土地には、大きく分けて北区、東区、南区、西区、の四つの地域に分かれているが、小中高の学校はどちらも西区にしかないため、マミの妹がいる小学校から、マミが通っている中学校までは、鼻と目の先だった。
人口五千人ほどの江ノならではのこの密接した土地柄、これならば、まだ鍵を探した後迎えに行ったとしても、間に合う。
つまり、マミはまだ、妹の最上級の笑顔を諦められなかったのだ。
*
「……無い」
そんなはずないのに。気がつくと校門まで戻ってきてしまった。道の端から端まで注意深く見ながら歩いてきたはずだ。ところが、マミは鍵どころか、落ち葉一つ探し出すことは出来なかった。マミの目がカッと熱くなる。ここで泣いても何の意味もないことはわかっているのに、どうしたって涙は止まらない。
しかしいつまでも泣いていることはしない。これはマミの姉としての立場を重んじている性格故だ。それに泣いていては妹に心配をかけてしまう。グッと目頭に力を入れ、無理やりにでも涙を枯らす。誰にもばれないようにと、運動場にある蛇口で顔を洗い、ぐちゃぐちゃの顔をシャキッとさせる。
鏡に映った顔は、いつも通りの明るさだけが取り柄の藍沢マミだった。
鍵のことは諦め、妹がいる小学校の学童保育所に向かうと、妹は相変わらずの真顔で、マミの迎えを待っていた。真顔だが、しかしこれからの計画に胸を躍らせているのか、家に帰る足が速く動いている。そんな妹に、鍵を失くした、なんて言葉は言えるわけもない。マミは、少し食材を買いたい、など出まかせを言って、近くの食料品を買うためにお店へと足を進めた。
何でもよかったのだが、とりあえず、遠回りする理由を作りたかったのであった。
「何食べたい? ルミ」
「……かぼちゃ」
「かぼちゃ? あぁ、お父さんの好物だもんね」
ルミは小さく頷いた。「……じゃあ、かぼちゃにしよっか」
かぼちゃを取ろうとしたマミの手が誰かの手とぶつかる。マミは慌てて手を引っ込め、相手の顔を確認した。少し赤みがかった茶髪の女性。長い髪を無造作に括っている。しかしそんなことよりも特徴的だったのは瞳で、赤く光っている。
「あ、ごめんなさい」
奇妙ともいえるその瞳から逸らすことができずに、赤い瞳の女性と目を合わせたままのマミは、咄嗟にルミと繋いでいた手を強く握る。ルミはそんなマミの様子に少し首を掲げたのち、女性の顔を見た。ルミの目にも、マミと同じものが印象深く映ったのだろう。一言、「あかいね」と言った。そんな二人の様子を見た赤い瞳の女性はそのどす黒くも澄んでいる瞳を少し細めながら、言った。
「気になる? この目」
不審者だ。マミの頭の中で警告音が鳴った。「……いえ、そんなつもりじゃ」
さっと目を背け、その瞳から逃げた。マミは何か胸が詰まるような心地がした。要するに今日はツイてないと自分の運を卑下したのだ。鍵を失くし、不審者に会ってしまった。もう一度今日という日をやり直したいとさえ思うほどだ。
「妹ちゃんの方は、すごく気になっているみたいだけど?」
言われて見れば、なるほど。
ルミの瞳は、今まで見たことがないくらい輝いて、赤い瞳の女性の目を覗く。ルミの見たことがない顔を見て、マミの心のどこかで、少しの苛立ちが顔を覗かせた。それはルミを想って今まで自分を偽り続けたマミの嫉妬心そのものだった。
正直マミは姉として、足りないところがたくさんある。責任感とか、先導する力とか、そういったものが昔から無いのだ。誰かの後を追うことは得意であるが、しかしそれは姉に求められるものではない。唯一マミは人に対する警戒心が高いから、その点に関しては姉でよかったとそう思っている。ここまで姉に向かない人間など存在するのか、と自分に対する文句が多い一方で、しかし、姉に生まれて後悔したことなどマミには一回もなかった。
女性はルミに目線を合わせるためしゃがむと、その赤い瞳を見開いた。どこまでも透き通ったその色は、窓から漏れる夕日に照らされて、さらに赤みを増す。
「これは、カラコンっていってね、色のついたコンタクトなんだよ」
「コンタクト?」「目の中に入れられる眼鏡みたいなものだよ、ルミ」
マミは決してルミと赤い瞳の女性を近づけようとはしない。その小さい腕を必死に引っ張って、ルミが近づくのを阻止しているのだ。力の差がなければこんなことはできないだろう。赤い瞳の女性は、マミの危機管理能力に感心し、そして、しゃがんでいた足を元に戻し、なるべく距離をとった。別に危害を加えたいわけではないのだとマミに分かってもらうためでもあった。
「きれいだねマミ」「うんそうだね」
ルミはマミの方を見て、それからにっこりと笑った。無垢な笑顔とはこういうものなのだろうとマミは思った。
「なんでそれつけてるの?」当然の疑問だ。
赤い瞳の女性はその言葉に、少し沈黙を有した。考えたのだ。真実を伝えたほうがいいのか、否か。
「これはねぇ、そうね。約束なの。昔の友達との。呪いとか、そういう言葉を使ってもいいかもしれない」
結果、赤い瞳の女性は真実を選んだ。しかしマミはその真実に困惑した。約束。呪い。女性の笑顔とは似つかわしくない言葉。変人なのか、狂人なのか、あるいは両方か。彼女と関わるのは止そうと思ったマミの考えを見透かしたように、赤い瞳の女性はマミの肩に手を置いた。
「実は君に用があるんだけど、いい?」
ポケットの中を探る彼女の声色には、緊張感のかけらもない。マミは何も心当たりがないため、肩に置かれていた女性の手のぬくもりの残りすら恐怖に代わっていく。心臓の音が、耳まで聞こえる始末だ。
「はい、これ。なくしもの」
女性が差し出したソレは、マミがずっと探していた鍵だった。驚いて声が出ないマミを、無視するように、赤い瞳の女性はにこりと微笑む。「じゃあ、用はこれだけだから。じゃ」
マミには意味が分からなかった。彼女がなんで持っている? そもそもなんで私のものだとわかったのだろう? マミの頭の中で、疑問はいくつも浮かんでくる。しかし、それと相反するように口は動こうとしない。乾いた唇は、ほんの少し、口を動かすだけで、マミにチクリと痛みを与える。マミのそんな様子をちらりと見たルミは、大きく口を開いた。
「まって、あかいおねえさん」「ん?」
何を言うつもりなのだろうとマミの頭の中でまた別の疑問が沸き上がった。ルミはよく突拍子もない行動をする。そしてそれは、純粋なルミらしからぬことなのだが、意図が全く読めないことが多い。
「これから、ぱーてぃするの。いっしょにきて」「え?」
ルミは何も考えていないような顔で、赤い瞳の女性を見た。マミは戸惑いを隠せない。そもそもルミは、自分から何かをやりたがることはしない。マミが先導して、ルミがついていく。それがいつも通りだった。だからこそ、マミは優越感にも似た何かを感じていた。ルミは自分にだけ心を開いてくれているのだと、そう思って生きてきた。だからこそ苦手な先導も進んでやった。ルミのために。
マミの優先順位は、ルミが一番だったのだ。それはルミもまたそうだと思っていたのに。マミの心がギュッと痛んだ。
「いやいやいや、おうちの人に悪いし」
赤い瞳の女性は首をかしげて否定した。しかしルミはそれを許さない。
「え~、ね? いいでしょ?」
赤い瞳の女性は気づいた。ルミの瞳がマミの方しか向いていないことに。ルミはマミのために、鍵の真相を話してほしくて家に誘っているのだ。そしてそのことにマミは気づいていない。下を向いているマミには、ルミが自身を見ていることなど分からないのだろう。赤い瞳の女性は唇を舐めた。
「お姉ちゃんがいいって言ってくれるなら」
その言葉にマミは考える。見ず知らずの人間を家に入れたことはなかったし、そもそも、父親への了承も得ていない。これではルミのことを守ることができるのは私だけになってしまう。マミにはとてもじゃないが、ルミを守るだけの力が自分にあるとは思えなかった。そして、その理論的な脳みそを使って結論を出す。
ルミには悪いが、断ろう。しかしそんなマミの手を、ルミは握る。有無を言わせないその行動に、マミは少し困って、眉を下げた。ルミはいつもそうだ。一度決めたらどう言っても聞きはしない。それが正しいのか間違いなのかなど、ルミはどうでもいいのだ。
「あのね、ルミ。危ないことはしちゃだめでしょ?」
「あぶなくない! わたしはわかる!」
「なにそれ……」「ぜったいそうなの!」
根拠のない、しかし自信満々のルミの言葉に戸惑ったままのマミに、ルミは最終手段を使った。
「……マミ、お願い」マミはルミのお願いにすこぶる弱かった。
ふっとマミが息を吐いた。ルミは根拠のないことばかりやるし、振り回されるのは常にマミだが、しかしそんなマミもまたこの赤い瞳の女性のことが気になっているという本心は隠せない。最悪、いつでも警察に電話できるようにケータイをポケットに入れておけばいい。それか常にキッチンにいることができれば、もし何かあっても武器になりそうなものも多い。
マミは覚悟を決めた。
「……鍵を見つけてくれたお礼もしたいですし、ぜひ来てください」
赤い瞳の女性は笑った。やはりどう足掻いても姉は妹には勝てないのかもしれないと、そう思ったのだ。そうして、赤い瞳の女性はマミとルミの家にお邪魔することになった。
マミは、すぐさまポケットをパンパンと叩いてみるが、どこにもそれらしきものはない。慌てることはないと、持っている通学鞄をひっくり返す。重力に従って落ちてきた教科書や筆箱は少し傷つくだろうが、マミは気にも留めず鞄の底を確認する。
しかし、底から出てきたのは、ぐしゃぐしゃになった今日の小テストだった。いつもよりいい点数がとれたと教室で喜んでいたはずなのに、見るも無残な姿になっている。
今の私と同じようだ、とマミは、思った。半ば自虐的に、自身の姿鏡に見えたのだ。
いつもなら鍵がなくなったとしても、気にも留めなかった。明日になれば、マミは持ち前の明るい雰囲気で、笑い話にしてしまうだろう。
しかし今日は違う。なぜなら普段は家を空けている父が、久しぶりに帰ってくる。だからと妹と二人で計画していたパーティがあった。学童保育が終わる時間より早く妹を迎えに行き、それから家に帰って、準備をする。妹が飾り付け担当、マミが料理担当。それで間違いはないはずだった。
マミは、少し土がついた教科書らを払いもせずに鞄に仕舞う。その間も、どこかに挟まっているかもしれないという淡い思いを抱きながら鍵を探すが、見つからない。
今日の朝、いってきますと同時に見た妹の楽しそうな笑顔を思い出す。鍵を失くしたなんて言ったら、どんな顔をするだろう。少なくとも今日の朝以上の顔は見られない。だってあれが最大であり最上のものであったことは、長年一緒にいた姉であるマミ自身が認めるのだから、間違いはない。
鞄を担ぎ直し、深呼吸。妹を迎えに行く時間まであと十五分であることを確認し、頭の中でこれからを計画する。帰りの会で鍵を確認したことだけが、マミの救いだった。となれば、学校から家の間で落としたことは間違いない。
江ノと呼ばれるこの土地には、大きく分けて北区、東区、南区、西区、の四つの地域に分かれているが、小中高の学校はどちらも西区にしかないため、マミの妹がいる小学校から、マミが通っている中学校までは、鼻と目の先だった。
人口五千人ほどの江ノならではのこの密接した土地柄、これならば、まだ鍵を探した後迎えに行ったとしても、間に合う。
つまり、マミはまだ、妹の最上級の笑顔を諦められなかったのだ。
*
「……無い」
そんなはずないのに。気がつくと校門まで戻ってきてしまった。道の端から端まで注意深く見ながら歩いてきたはずだ。ところが、マミは鍵どころか、落ち葉一つ探し出すことは出来なかった。マミの目がカッと熱くなる。ここで泣いても何の意味もないことはわかっているのに、どうしたって涙は止まらない。
しかしいつまでも泣いていることはしない。これはマミの姉としての立場を重んじている性格故だ。それに泣いていては妹に心配をかけてしまう。グッと目頭に力を入れ、無理やりにでも涙を枯らす。誰にもばれないようにと、運動場にある蛇口で顔を洗い、ぐちゃぐちゃの顔をシャキッとさせる。
鏡に映った顔は、いつも通りの明るさだけが取り柄の藍沢マミだった。
鍵のことは諦め、妹がいる小学校の学童保育所に向かうと、妹は相変わらずの真顔で、マミの迎えを待っていた。真顔だが、しかしこれからの計画に胸を躍らせているのか、家に帰る足が速く動いている。そんな妹に、鍵を失くした、なんて言葉は言えるわけもない。マミは、少し食材を買いたい、など出まかせを言って、近くの食料品を買うためにお店へと足を進めた。
何でもよかったのだが、とりあえず、遠回りする理由を作りたかったのであった。
「何食べたい? ルミ」
「……かぼちゃ」
「かぼちゃ? あぁ、お父さんの好物だもんね」
ルミは小さく頷いた。「……じゃあ、かぼちゃにしよっか」
かぼちゃを取ろうとしたマミの手が誰かの手とぶつかる。マミは慌てて手を引っ込め、相手の顔を確認した。少し赤みがかった茶髪の女性。長い髪を無造作に括っている。しかしそんなことよりも特徴的だったのは瞳で、赤く光っている。
「あ、ごめんなさい」
奇妙ともいえるその瞳から逸らすことができずに、赤い瞳の女性と目を合わせたままのマミは、咄嗟にルミと繋いでいた手を強く握る。ルミはそんなマミの様子に少し首を掲げたのち、女性の顔を見た。ルミの目にも、マミと同じものが印象深く映ったのだろう。一言、「あかいね」と言った。そんな二人の様子を見た赤い瞳の女性はそのどす黒くも澄んでいる瞳を少し細めながら、言った。
「気になる? この目」
不審者だ。マミの頭の中で警告音が鳴った。「……いえ、そんなつもりじゃ」
さっと目を背け、その瞳から逃げた。マミは何か胸が詰まるような心地がした。要するに今日はツイてないと自分の運を卑下したのだ。鍵を失くし、不審者に会ってしまった。もう一度今日という日をやり直したいとさえ思うほどだ。
「妹ちゃんの方は、すごく気になっているみたいだけど?」
言われて見れば、なるほど。
ルミの瞳は、今まで見たことがないくらい輝いて、赤い瞳の女性の目を覗く。ルミの見たことがない顔を見て、マミの心のどこかで、少しの苛立ちが顔を覗かせた。それはルミを想って今まで自分を偽り続けたマミの嫉妬心そのものだった。
正直マミは姉として、足りないところがたくさんある。責任感とか、先導する力とか、そういったものが昔から無いのだ。誰かの後を追うことは得意であるが、しかしそれは姉に求められるものではない。唯一マミは人に対する警戒心が高いから、その点に関しては姉でよかったとそう思っている。ここまで姉に向かない人間など存在するのか、と自分に対する文句が多い一方で、しかし、姉に生まれて後悔したことなどマミには一回もなかった。
女性はルミに目線を合わせるためしゃがむと、その赤い瞳を見開いた。どこまでも透き通ったその色は、窓から漏れる夕日に照らされて、さらに赤みを増す。
「これは、カラコンっていってね、色のついたコンタクトなんだよ」
「コンタクト?」「目の中に入れられる眼鏡みたいなものだよ、ルミ」
マミは決してルミと赤い瞳の女性を近づけようとはしない。その小さい腕を必死に引っ張って、ルミが近づくのを阻止しているのだ。力の差がなければこんなことはできないだろう。赤い瞳の女性は、マミの危機管理能力に感心し、そして、しゃがんでいた足を元に戻し、なるべく距離をとった。別に危害を加えたいわけではないのだとマミに分かってもらうためでもあった。
「きれいだねマミ」「うんそうだね」
ルミはマミの方を見て、それからにっこりと笑った。無垢な笑顔とはこういうものなのだろうとマミは思った。
「なんでそれつけてるの?」当然の疑問だ。
赤い瞳の女性はその言葉に、少し沈黙を有した。考えたのだ。真実を伝えたほうがいいのか、否か。
「これはねぇ、そうね。約束なの。昔の友達との。呪いとか、そういう言葉を使ってもいいかもしれない」
結果、赤い瞳の女性は真実を選んだ。しかしマミはその真実に困惑した。約束。呪い。女性の笑顔とは似つかわしくない言葉。変人なのか、狂人なのか、あるいは両方か。彼女と関わるのは止そうと思ったマミの考えを見透かしたように、赤い瞳の女性はマミの肩に手を置いた。
「実は君に用があるんだけど、いい?」
ポケットの中を探る彼女の声色には、緊張感のかけらもない。マミは何も心当たりがないため、肩に置かれていた女性の手のぬくもりの残りすら恐怖に代わっていく。心臓の音が、耳まで聞こえる始末だ。
「はい、これ。なくしもの」
女性が差し出したソレは、マミがずっと探していた鍵だった。驚いて声が出ないマミを、無視するように、赤い瞳の女性はにこりと微笑む。「じゃあ、用はこれだけだから。じゃ」
マミには意味が分からなかった。彼女がなんで持っている? そもそもなんで私のものだとわかったのだろう? マミの頭の中で、疑問はいくつも浮かんでくる。しかし、それと相反するように口は動こうとしない。乾いた唇は、ほんの少し、口を動かすだけで、マミにチクリと痛みを与える。マミのそんな様子をちらりと見たルミは、大きく口を開いた。
「まって、あかいおねえさん」「ん?」
何を言うつもりなのだろうとマミの頭の中でまた別の疑問が沸き上がった。ルミはよく突拍子もない行動をする。そしてそれは、純粋なルミらしからぬことなのだが、意図が全く読めないことが多い。
「これから、ぱーてぃするの。いっしょにきて」「え?」
ルミは何も考えていないような顔で、赤い瞳の女性を見た。マミは戸惑いを隠せない。そもそもルミは、自分から何かをやりたがることはしない。マミが先導して、ルミがついていく。それがいつも通りだった。だからこそ、マミは優越感にも似た何かを感じていた。ルミは自分にだけ心を開いてくれているのだと、そう思って生きてきた。だからこそ苦手な先導も進んでやった。ルミのために。
マミの優先順位は、ルミが一番だったのだ。それはルミもまたそうだと思っていたのに。マミの心がギュッと痛んだ。
「いやいやいや、おうちの人に悪いし」
赤い瞳の女性は首をかしげて否定した。しかしルミはそれを許さない。
「え~、ね? いいでしょ?」
赤い瞳の女性は気づいた。ルミの瞳がマミの方しか向いていないことに。ルミはマミのために、鍵の真相を話してほしくて家に誘っているのだ。そしてそのことにマミは気づいていない。下を向いているマミには、ルミが自身を見ていることなど分からないのだろう。赤い瞳の女性は唇を舐めた。
「お姉ちゃんがいいって言ってくれるなら」
その言葉にマミは考える。見ず知らずの人間を家に入れたことはなかったし、そもそも、父親への了承も得ていない。これではルミのことを守ることができるのは私だけになってしまう。マミにはとてもじゃないが、ルミを守るだけの力が自分にあるとは思えなかった。そして、その理論的な脳みそを使って結論を出す。
ルミには悪いが、断ろう。しかしそんなマミの手を、ルミは握る。有無を言わせないその行動に、マミは少し困って、眉を下げた。ルミはいつもそうだ。一度決めたらどう言っても聞きはしない。それが正しいのか間違いなのかなど、ルミはどうでもいいのだ。
「あのね、ルミ。危ないことはしちゃだめでしょ?」
「あぶなくない! わたしはわかる!」
「なにそれ……」「ぜったいそうなの!」
根拠のない、しかし自信満々のルミの言葉に戸惑ったままのマミに、ルミは最終手段を使った。
「……マミ、お願い」マミはルミのお願いにすこぶる弱かった。
ふっとマミが息を吐いた。ルミは根拠のないことばかりやるし、振り回されるのは常にマミだが、しかしそんなマミもまたこの赤い瞳の女性のことが気になっているという本心は隠せない。最悪、いつでも警察に電話できるようにケータイをポケットに入れておけばいい。それか常にキッチンにいることができれば、もし何かあっても武器になりそうなものも多い。
マミは覚悟を決めた。
「……鍵を見つけてくれたお礼もしたいですし、ぜひ来てください」
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