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4 干支守
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ニニギは最初に、由良のように、十二支の精霊がついた人間を、『干支守』と呼ぶと教えてくれた。
「その干支守たちによる時駆けの祓を、五百年近く行っていないのです。もうそろそろ、行わなくてはならないのですが――」
干支守たちが一堂に会し、澱みを溜めた時の穢を祓う儀式を行いたいとニニギは話す。
「その儀式をしないと、どうなるんですか?」
「穢を落とさずに溜まり続ければ、やがて大きな禍を招いてしまいます」
災害や疫病で多くの人が亡くなったり、季節の巡りが悪くなったり、生命が循環しなくなったりすると説明されたが、理解はできても、今一つ実感できない。
「話が大きすぎて、私が来た理由と結びつかないのですが……」
「由良さんは生きた人間ですが、精霊に選ばれた子の干支守なのです。現し世にあるお身体の保障は私がしますので、どうか隠の地に滞在いただき、儀式に協力してください」
「私の身体?」
完全に元に戻れたと思っていたこの身体は、隠に来る直前の姿が再現されているだけで、本体はそのまま眠り続け、今も現し世にあると言われた。
「そんな……。急に色々言われても……」
仕事はどうなる?
親は心配するよね?
毎月の家賃の振り込みしないと、アパートはどうなるの?
由良の心配なんてお見通しとばかりに、ニニギは言葉を続ける。
「なにも心配いりません。ここは死者の国ではありませんから、ちゃんと由良さんは現し世に帰れます。ご両親には遣いをやって、上手く取り成しておきますから」
『ただ、隠と等しく、現し世でも時は経過していますが……』その事実を、ニニギは由良に伝えない。
「そうなんですか……。ご配慮もありがとうございます」
えらく戸惑いはしているが、ここまで外堀を埋められたのだし、自分にしかできない事ならば、協力しなければいけないと思う。
基本、由良は頼られるとやってあげたくなる質だ。
「そうであれば――」
「真に受けるなよ。そいつらを素直に信用すると馬鹿を見るぞ?」
応と言いかけた由良を、五百枝が遮った。
「酷い言い草ですね」
やれやれと、ニニギは態とらしく眉尻を下げる。
『五百枝はそう言うけれど、私的な感情が整理しきれてないだけだから、ニニギの話を信じていいよ』
『鼠は黙っておれ。五百枝様のお考えが全てである』
五百枝とニニギに不穏な空気がたち始めたかと思えば、檜皮と――そして、突然喋りだした生成がバチッと火花を散らしだす。
『うっわ~。化け猫の皮が剥がれた~』
『鼠め、裂き食ろうてやろうぞ』
『やれるもんならやってみれば~?』
由良の腕から抜け出して、檜皮は生成を挑発する。
「檜皮、ケンカはよして」
牙を剥き出した生成を、カチカチと歯をならして威嚇していた檜皮だが、由良が窘めると大人しく「は~い」と腕に抱かれた。
檜皮の愛らしさに、完全に心を鷲掴みにされる。
(私が檜皮の干支守だから、こんな風に守りたいし、愛おしくなるのかな……)
「話をもとに戻しましょう。――由良さん、引き受けていただけますか?」
「……。やっぱり、子の干支守は私でなければダメなんですか?」
「子の精霊である檜皮が、君を干支守に選びましたからね。ここで断わられると、檜皮は干支の役目を果たせなくなります」
「そっか……檜皮が……。分かりました、協力します。ただ、役目を終えたら、ちゃんとウツシヨに帰してください」
「約束します。本当にありがとう。由良さんなら、快く承諾してくれると思っていましたよ」
五百枝の露草色の瞳からは、呆れたような視線が流されていた。五百枝の警告も大切にしようと頑張ってみたのだが、上手くニニギに丸め込まれてしまった。
勿論、本当に現し世に禍が降りかかるなら、防ぎたい気持ちもあったからだ。
「さて。子の守の由良さんが来てくれましたから、すでに隠の地には辰の守以外の干支守が揃っています。辰の守には私から連絡するので、先ずは他の十二支と繋がりを築いてください」
辰の守は高天原という所に住んでいるそうだ。他の干支守たちとは、身に付けている物を交換すれば、必要な時に精霊を通じて、やり取りができるようになるらしい。
(これしか持ってないか)
パジャマ以外で唯一身につけていたブレスレットには、飾りのパーツ以外に大きめのパワーストーンが十三個ついている。
「数もあるし、これでいいかしら?」
「現し世で肌見離さずいた物の再現ですから、大変良い媒介になりますよ」
「どうして、ニニギさんから干支守に連絡しないんですか?」
「隠には、勝手に入り込む魂も多いのです。月日が経つうち、こちらからお願いした干支守だけではなく、いつの間にかその役目を引き継いでいる場合が増えていました」
「あんたの怠慢だな」
五百枝の言葉に、僅にだがニニギが表情を消した。
しかし、それ以上は反応せず、ニニギは微笑みながら続けた。
「丑の守は比較的新しくここに来ましたから、由良さんとも話が合うと思います。最初に会いに行くといいですよ」
「そうなんですね。それなら私も、是非お会いしたいかも。最初に伺ってみます」
「一通り説明が終わりましたね。では、五百枝もしっかり、由良さんのお務めを手伝って来てください」
「は!? なんで俺が!」
「隠に来たばかりの不馴れな女の子に、一人で動き回れなんて言いませんよね?」
「あんたがやれよ!」
「フウム。相変わらず口が悪い子ですね」
ニニギが五百枝の口元を指差すと、シャランと鈴の音が鳴って、綺麗さっぱり五百枝が消えてしまった。
「ニャッ!!」
生成がブワリと毛を逆立てている。バタバタと四足を動かしたり、キョロキョロと辺りを見回したりした後、愕然としてニニギを見上げた。
「言うことを聞かないと、五百枝も由良さんと同じように、生成の中で人質にしますよ?」
「……。五百枝さんはもう、生成の中に入れられているんじゃ……? って、私も人質!?」
あどけない子どもの笑顔が、心底恐ろしくなった。
「当然です。二人には逃げられたくありませんからね。いつ心変わりするか分かりませんし、ありとあらゆる可能性に対処しているだけです」
由良も生成もピシリと固まる。
「ああ。ですが、流石にやり過ぎですよね。快く協力してくれると言った由良さんに免じて、子の刻から巳の刻までを由良さんが檜田の中に。午の刻から亥の刻までを五百枝が生成の中にと、人質の役割を分けることにしましょう」
「で、でも、他の十二支に会いに行くのに、支障があるとまずいですよね!?」
「ですから、言葉は扱えるように気をつけると言ったのです。直ぐに五百枝も話せるようになりますよ。それに、私は大変優しいので、一日のうち三刻だけは、二人とも人の姿をとれるようにしましょう。二人で相談して決めてくださいね」
「シャー!」
「それでは、そろそろ私は失礼します」
シャンシャンシャンと三度鈴の音がしたかと思うと、忽然とニニギは居なくなっていた。
「シャー!!」
「ニニギさん! ええっ! 逃げたの!?」
残された由良と五百枝は言葉を失くし、ぼんやりと暁の空を仰ぐ。
しばらく後、頭の中で鈴の音が響き、由良は檜皮の中に入っていた。五百枝の方は人に戻り、綺麗な顔に青筋を浮かべている。
「ははっ。今の時間帯は私が人質なのね……」
「あの野郎、許さねぇ。おい、由良。面倒だから乗れ」
五百枝は肩を指差す。申し訳ない気もしたが、足手纏いになるよりはと、由良は大人しく五百枝の肩にしがみついた。
ちょっぴり、生成の方から殺気が漏れている気がする。
「行くぞ」
「は、はいっ」
隠の地が春の曙に変わる頃、由良と五百枝の旅が始まった――
「その干支守たちによる時駆けの祓を、五百年近く行っていないのです。もうそろそろ、行わなくてはならないのですが――」
干支守たちが一堂に会し、澱みを溜めた時の穢を祓う儀式を行いたいとニニギは話す。
「その儀式をしないと、どうなるんですか?」
「穢を落とさずに溜まり続ければ、やがて大きな禍を招いてしまいます」
災害や疫病で多くの人が亡くなったり、季節の巡りが悪くなったり、生命が循環しなくなったりすると説明されたが、理解はできても、今一つ実感できない。
「話が大きすぎて、私が来た理由と結びつかないのですが……」
「由良さんは生きた人間ですが、精霊に選ばれた子の干支守なのです。現し世にあるお身体の保障は私がしますので、どうか隠の地に滞在いただき、儀式に協力してください」
「私の身体?」
完全に元に戻れたと思っていたこの身体は、隠に来る直前の姿が再現されているだけで、本体はそのまま眠り続け、今も現し世にあると言われた。
「そんな……。急に色々言われても……」
仕事はどうなる?
親は心配するよね?
毎月の家賃の振り込みしないと、アパートはどうなるの?
由良の心配なんてお見通しとばかりに、ニニギは言葉を続ける。
「なにも心配いりません。ここは死者の国ではありませんから、ちゃんと由良さんは現し世に帰れます。ご両親には遣いをやって、上手く取り成しておきますから」
『ただ、隠と等しく、現し世でも時は経過していますが……』その事実を、ニニギは由良に伝えない。
「そうなんですか……。ご配慮もありがとうございます」
えらく戸惑いはしているが、ここまで外堀を埋められたのだし、自分にしかできない事ならば、協力しなければいけないと思う。
基本、由良は頼られるとやってあげたくなる質だ。
「そうであれば――」
「真に受けるなよ。そいつらを素直に信用すると馬鹿を見るぞ?」
応と言いかけた由良を、五百枝が遮った。
「酷い言い草ですね」
やれやれと、ニニギは態とらしく眉尻を下げる。
『五百枝はそう言うけれど、私的な感情が整理しきれてないだけだから、ニニギの話を信じていいよ』
『鼠は黙っておれ。五百枝様のお考えが全てである』
五百枝とニニギに不穏な空気がたち始めたかと思えば、檜皮と――そして、突然喋りだした生成がバチッと火花を散らしだす。
『うっわ~。化け猫の皮が剥がれた~』
『鼠め、裂き食ろうてやろうぞ』
『やれるもんならやってみれば~?』
由良の腕から抜け出して、檜皮は生成を挑発する。
「檜皮、ケンカはよして」
牙を剥き出した生成を、カチカチと歯をならして威嚇していた檜皮だが、由良が窘めると大人しく「は~い」と腕に抱かれた。
檜皮の愛らしさに、完全に心を鷲掴みにされる。
(私が檜皮の干支守だから、こんな風に守りたいし、愛おしくなるのかな……)
「話をもとに戻しましょう。――由良さん、引き受けていただけますか?」
「……。やっぱり、子の干支守は私でなければダメなんですか?」
「子の精霊である檜皮が、君を干支守に選びましたからね。ここで断わられると、檜皮は干支の役目を果たせなくなります」
「そっか……檜皮が……。分かりました、協力します。ただ、役目を終えたら、ちゃんとウツシヨに帰してください」
「約束します。本当にありがとう。由良さんなら、快く承諾してくれると思っていましたよ」
五百枝の露草色の瞳からは、呆れたような視線が流されていた。五百枝の警告も大切にしようと頑張ってみたのだが、上手くニニギに丸め込まれてしまった。
勿論、本当に現し世に禍が降りかかるなら、防ぎたい気持ちもあったからだ。
「さて。子の守の由良さんが来てくれましたから、すでに隠の地には辰の守以外の干支守が揃っています。辰の守には私から連絡するので、先ずは他の十二支と繋がりを築いてください」
辰の守は高天原という所に住んでいるそうだ。他の干支守たちとは、身に付けている物を交換すれば、必要な時に精霊を通じて、やり取りができるようになるらしい。
(これしか持ってないか)
パジャマ以外で唯一身につけていたブレスレットには、飾りのパーツ以外に大きめのパワーストーンが十三個ついている。
「数もあるし、これでいいかしら?」
「現し世で肌見離さずいた物の再現ですから、大変良い媒介になりますよ」
「どうして、ニニギさんから干支守に連絡しないんですか?」
「隠には、勝手に入り込む魂も多いのです。月日が経つうち、こちらからお願いした干支守だけではなく、いつの間にかその役目を引き継いでいる場合が増えていました」
「あんたの怠慢だな」
五百枝の言葉に、僅にだがニニギが表情を消した。
しかし、それ以上は反応せず、ニニギは微笑みながら続けた。
「丑の守は比較的新しくここに来ましたから、由良さんとも話が合うと思います。最初に会いに行くといいですよ」
「そうなんですね。それなら私も、是非お会いしたいかも。最初に伺ってみます」
「一通り説明が終わりましたね。では、五百枝もしっかり、由良さんのお務めを手伝って来てください」
「は!? なんで俺が!」
「隠に来たばかりの不馴れな女の子に、一人で動き回れなんて言いませんよね?」
「あんたがやれよ!」
「フウム。相変わらず口が悪い子ですね」
ニニギが五百枝の口元を指差すと、シャランと鈴の音が鳴って、綺麗さっぱり五百枝が消えてしまった。
「ニャッ!!」
生成がブワリと毛を逆立てている。バタバタと四足を動かしたり、キョロキョロと辺りを見回したりした後、愕然としてニニギを見上げた。
「言うことを聞かないと、五百枝も由良さんと同じように、生成の中で人質にしますよ?」
「……。五百枝さんはもう、生成の中に入れられているんじゃ……? って、私も人質!?」
あどけない子どもの笑顔が、心底恐ろしくなった。
「当然です。二人には逃げられたくありませんからね。いつ心変わりするか分かりませんし、ありとあらゆる可能性に対処しているだけです」
由良も生成もピシリと固まる。
「ああ。ですが、流石にやり過ぎですよね。快く協力してくれると言った由良さんに免じて、子の刻から巳の刻までを由良さんが檜田の中に。午の刻から亥の刻までを五百枝が生成の中にと、人質の役割を分けることにしましょう」
「で、でも、他の十二支に会いに行くのに、支障があるとまずいですよね!?」
「ですから、言葉は扱えるように気をつけると言ったのです。直ぐに五百枝も話せるようになりますよ。それに、私は大変優しいので、一日のうち三刻だけは、二人とも人の姿をとれるようにしましょう。二人で相談して決めてくださいね」
「シャー!」
「それでは、そろそろ私は失礼します」
シャンシャンシャンと三度鈴の音がしたかと思うと、忽然とニニギは居なくなっていた。
「シャー!!」
「ニニギさん! ええっ! 逃げたの!?」
残された由良と五百枝は言葉を失くし、ぼんやりと暁の空を仰ぐ。
しばらく後、頭の中で鈴の音が響き、由良は檜皮の中に入っていた。五百枝の方は人に戻り、綺麗な顔に青筋を浮かべている。
「ははっ。今の時間帯は私が人質なのね……」
「あの野郎、許さねぇ。おい、由良。面倒だから乗れ」
五百枝は肩を指差す。申し訳ない気もしたが、足手纏いになるよりはと、由良は大人しく五百枝の肩にしがみついた。
ちょっぴり、生成の方から殺気が漏れている気がする。
「行くぞ」
「は、はいっ」
隠の地が春の曙に変わる頃、由良と五百枝の旅が始まった――
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