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第1章 黒領主の婚約者
4 民との距離
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張り切ったエリカが頬を紅潮させ、手をワキワキとしながら私の支度に取り掛かる。ちょっとだけ身の危険を感じる。
「いざ、参ります!」
「お手柔らかにお願いね」
顔を隠すため、わざと顔にかかるように長めに伸ばしていた前髪を全て後ろに流され、後頭部の真ん中で後ろ髪と合わせて一つに結われてしまった。黒い髪を全部隠したいのか、大降りの花たちが頭を覆うように飾られていく。
でも、黒髪を隠すためではなかったみたい。結われた髪はくるくると纏められることなく、背中に自然と流された。キリリと上がり気味に入れられたアイラインに、光沢のある深紅のルージュを差される。
「ゆっくりご覧になってください」
「あっ……」
自分の変わりようを鏡に映され、悪女や魔女ってこういう感じの人を言うのかもしれないと、他人行儀に随感した。イメージアップをしたいのに、こんなに悪そうでいいのかしら?
細かい銀糸の繊細な刺繍が散りばめられた、薄い藍色の生地のワンピースを着せられ、『広場の舞台でユージーン様がお待ちですから』と、伯爵邸から一人放り出された……。
十分程度歩けば着くけれど、何故一人? とても不安になるのだけれど……。エリカは以外と、手厳しいところがあるのかもしれない。
***
「黒令嬢」いや、「黒領主」が豊穣祭で何かするらしい――
領内に噂が広がっていたみたいで、よくも悪くも私は好奇の目に晒されながら歩いている。お祭りのメイン会場となる広場に現れた私に、あちこちから『魔女』や『悪魔』なんて囁き声も聞こえてくる。
自分でもそう思っていたので、ショックは少なく済んで良かった。
エリカに言われたとおり、広場に設置された舞台上にユージーンの姿を探す。
でも、一向に見つからない……。
なにも聞かされていないから、舞台袖を覗こうと舞台に近づいて行くと、豊穣祭で踊る民族舞踊の曲が流れ始めた。
どこに潜んでいたのか、金糸の豪華な刺繍が施された黒いマントを纏うユージーンが現れた。私の手を取って舞台に上がり、そのままステップを踏み出す。彼に促されるようにして、私も一緒に馴染みのステップを踏んでいく。
「噂のがやつはじまったのか?」
「なんだ、なんだ?」
会場に集まっていた領民たちがざわついていることも意に介さず、ユージーンは私の頭部を飾っていた花を一つ一つ取り、結わえられていた私の髪をほどく。
曲が終わると同時に、黒い目尻と真っ赤な唇を指先で拭い、その指を自分の口に押しあてた。
「えっ!?」
全身が真っ赤に染まってしまった私を民に見せつけるようにした後、天使の様な人は妖しく微笑んで私を黒いマントの中に閉じ込めた――
「ハイド領に住まう者たち! お前たちの月は私がいただいてゆく!」
――「月と太陽」―― “月の女神を愛した太陽神が女神を攫い、ニ神がいなくなった世界は暗闇に閉ざされてしまう”
という、この国の民なら誰でも知っているお伽噺のセリフをもじっていた。
その後、暗闇の世界に困り果てた人間たちが戦士を太陽神のところへ送り、女神を救うというお話なのだが……。
「待て、太陽! 月の女神は俺たちの世界のものだ! お前もこのようなことは止め、こちらの世に戻るがいい!」
「人間ごときが我に敵うと思っているのか? 月は渡さんぞ!」
いつの間に準備をしたのか、朱色の髪をなびかせ戦士の恰好をしたエリカが舞台に上がり、ユージーンと大立ち回りを繰り広げている。家の家令とメイドは、何でもできるタイプらしい……。本格的すぎる……。
「おっ、面白くなってきたねぇ」
「皆~、早くこっちに来いよ~」
情熱的な朱の戦士と、黄金の輝きを放ちながらも危うい太陽神の戦いの行方を、広場に集まった領民たちが固唾を飲んで見守っている。次第に戦士エリカを応援する声が上がりだし――
「ああ、月が我の元から奪われて行く……」
ユージーンが大袈裟に左手で胸を押さえ、右手を私の方へ伸ばしながら倒れこむ。
「貴女様をお救いできて良かった。さあ私たちの世界に帰りましょう」
エリカが私の手を恭しく取り、エスコートされながら私はエリカと舞台から捌けた。
子どもたちが興奮して、ユージーンを本当の悪者と思い込み『ザマアみろ! 太陽!』とはしゃいでいる。広場からは拍手がわき起こり、大人たちも『いいぞー! 領主様!』と、叫ぶ人もいれば『戦士の姉ちゃん男前!』と、囃し立てる者もいる。
その熱気のまま再び広場に曲が流れ、集まっていた領民たちが踊り出す。エリカに手を繋がれた私も、領民たちに混ざって踊った。お祭りという独特の高揚感と、先ほどのお伽噺の効果もあったのか――
「月の女神様。次は僕と踊ってください」
幼い男の子に私が誘われ踊り出すと、次から次へと『領主様、今度は私と踊ってください』と、ひっきりなしに躍りのお誘いを受けた。ユージーンもエリカも同じだったみたいで、帰りは三人共踊り疲れてグッタリしていた。
心地好い疲労感の中、私たちを照らす月を見上げる。もの柔らかな光が降り注ぎ、私が抱えていた憂いや虚しさを慈しみ深く癒してくれていた――
「いざ、参ります!」
「お手柔らかにお願いね」
顔を隠すため、わざと顔にかかるように長めに伸ばしていた前髪を全て後ろに流され、後頭部の真ん中で後ろ髪と合わせて一つに結われてしまった。黒い髪を全部隠したいのか、大降りの花たちが頭を覆うように飾られていく。
でも、黒髪を隠すためではなかったみたい。結われた髪はくるくると纏められることなく、背中に自然と流された。キリリと上がり気味に入れられたアイラインに、光沢のある深紅のルージュを差される。
「ゆっくりご覧になってください」
「あっ……」
自分の変わりようを鏡に映され、悪女や魔女ってこういう感じの人を言うのかもしれないと、他人行儀に随感した。イメージアップをしたいのに、こんなに悪そうでいいのかしら?
細かい銀糸の繊細な刺繍が散りばめられた、薄い藍色の生地のワンピースを着せられ、『広場の舞台でユージーン様がお待ちですから』と、伯爵邸から一人放り出された……。
十分程度歩けば着くけれど、何故一人? とても不安になるのだけれど……。エリカは以外と、手厳しいところがあるのかもしれない。
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「黒令嬢」いや、「黒領主」が豊穣祭で何かするらしい――
領内に噂が広がっていたみたいで、よくも悪くも私は好奇の目に晒されながら歩いている。お祭りのメイン会場となる広場に現れた私に、あちこちから『魔女』や『悪魔』なんて囁き声も聞こえてくる。
自分でもそう思っていたので、ショックは少なく済んで良かった。
エリカに言われたとおり、広場に設置された舞台上にユージーンの姿を探す。
でも、一向に見つからない……。
なにも聞かされていないから、舞台袖を覗こうと舞台に近づいて行くと、豊穣祭で踊る民族舞踊の曲が流れ始めた。
どこに潜んでいたのか、金糸の豪華な刺繍が施された黒いマントを纏うユージーンが現れた。私の手を取って舞台に上がり、そのままステップを踏み出す。彼に促されるようにして、私も一緒に馴染みのステップを踏んでいく。
「噂のがやつはじまったのか?」
「なんだ、なんだ?」
会場に集まっていた領民たちがざわついていることも意に介さず、ユージーンは私の頭部を飾っていた花を一つ一つ取り、結わえられていた私の髪をほどく。
曲が終わると同時に、黒い目尻と真っ赤な唇を指先で拭い、その指を自分の口に押しあてた。
「えっ!?」
全身が真っ赤に染まってしまった私を民に見せつけるようにした後、天使の様な人は妖しく微笑んで私を黒いマントの中に閉じ込めた――
「ハイド領に住まう者たち! お前たちの月は私がいただいてゆく!」
――「月と太陽」―― “月の女神を愛した太陽神が女神を攫い、ニ神がいなくなった世界は暗闇に閉ざされてしまう”
という、この国の民なら誰でも知っているお伽噺のセリフをもじっていた。
その後、暗闇の世界に困り果てた人間たちが戦士を太陽神のところへ送り、女神を救うというお話なのだが……。
「待て、太陽! 月の女神は俺たちの世界のものだ! お前もこのようなことは止め、こちらの世に戻るがいい!」
「人間ごときが我に敵うと思っているのか? 月は渡さんぞ!」
いつの間に準備をしたのか、朱色の髪をなびかせ戦士の恰好をしたエリカが舞台に上がり、ユージーンと大立ち回りを繰り広げている。家の家令とメイドは、何でもできるタイプらしい……。本格的すぎる……。
「おっ、面白くなってきたねぇ」
「皆~、早くこっちに来いよ~」
情熱的な朱の戦士と、黄金の輝きを放ちながらも危うい太陽神の戦いの行方を、広場に集まった領民たちが固唾を飲んで見守っている。次第に戦士エリカを応援する声が上がりだし――
「ああ、月が我の元から奪われて行く……」
ユージーンが大袈裟に左手で胸を押さえ、右手を私の方へ伸ばしながら倒れこむ。
「貴女様をお救いできて良かった。さあ私たちの世界に帰りましょう」
エリカが私の手を恭しく取り、エスコートされながら私はエリカと舞台から捌けた。
子どもたちが興奮して、ユージーンを本当の悪者と思い込み『ザマアみろ! 太陽!』とはしゃいでいる。広場からは拍手がわき起こり、大人たちも『いいぞー! 領主様!』と、叫ぶ人もいれば『戦士の姉ちゃん男前!』と、囃し立てる者もいる。
その熱気のまま再び広場に曲が流れ、集まっていた領民たちが踊り出す。エリカに手を繋がれた私も、領民たちに混ざって踊った。お祭りという独特の高揚感と、先ほどのお伽噺の効果もあったのか――
「月の女神様。次は僕と踊ってください」
幼い男の子に私が誘われ踊り出すと、次から次へと『領主様、今度は私と踊ってください』と、ひっきりなしに躍りのお誘いを受けた。ユージーンもエリカも同じだったみたいで、帰りは三人共踊り疲れてグッタリしていた。
心地好い疲労感の中、私たちを照らす月を見上げる。もの柔らかな光が降り注ぎ、私が抱えていた憂いや虚しさを慈しみ深く癒してくれていた――
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