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第2章
エピローグ
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図書塔の中にある階段を昇り、5階の端の方の本棚を目指す樫と蔦。
その手には、美しい装丁がされた1冊の本があった。
ーーーーーー
「うわ…樫、お前って本当にすごいな…」
感心しきって言う蔦。
蔦の視線の先には書き上がったばかりの『指南書』の頁があった。
紙の上に整然と並べられた字はそれ自体が装飾かのように美しく、どれ1つとっても見惚れてしまうほどだ。
「すごく綺麗な字体…だけど見たことがない。俺の頼みを聞いてくれたんだな」
「あぁ。気に入ったか?」
樫の問いに、蔦は並ぶ文字から目を離さずに「もちろん、もちろんだよ」と何度も頷く。
「気に入るに決まってるって、こんなに綺麗な字…気に入らないわけが無いだろ」
「それ、何をもとに考えた字だと思う?」
「え?」
蔦はキョトンとしながら樫を見た。
温かな眼差しを向けてくる樫に思わず笑みをこぼしてしまうが、それでも『字のもととなったもの』が何かは分からない。
改めて字を見やりながら「さぁ…なんだろう」と首を傾げる。
「この飾り部分が特徴的だよな、工芸地域の職人が好む刺繍模様みたいだけど…『もとにした』って、何か具体的なものでもあるのか?」
「あぁ」
「当然だ、分からないのか?」と言わんばかりの樫。
蔦は字を斜めにしたり、目を細めて眺めたりと色々試しながら考える。
「蔦、分からないんだな」
「あ…いや、えっと……」
なんとか答えを探そうとしていた蔦だったが、どうしても答えらしいものは思い浮かばなかった。
樫は蔦の腕を引いて自らの膝の上に座らせると、後ろから字を覗き込んで言う。
「蔦だよ」
「あ、え…俺?」
「そうだ、おまえだよ、蔦」
「俺…?」
「だからそうだって言ってるだろ」
樫は何度も確かめてくる蔦に苦笑いで答えた。
「俺から見た蔦を字にしたんだ。そうしたらこういう字になって…おまえ、気に入ったって言ったよな?うん…俺も自分で書いておきながらすごくいいと思ってる」
「お前から見た俺…本当に?こんなに綺麗な字になるのか?」
「そうだよ。おまえは肌も髪も目も色が薄いし、それを表現するために全体の線も細くして、ここの飾り部分を長めにしたんだ。名前も『蔦』だし、植物らしさをもたせて…ほら、そう聞くとそれらしく見えてこないか?おまえもさっき『刺繍模様みたいだ』って言ってただろ、植物を表す模様に似てるのかもな」
説明を聞きながらじっと手元の字を眺めていた蔦は、ふと振り返って樫の唇に自らのものを重ねた。
まるで柔らかい果実を食むかのように唇を味わい、甘い蜜を舐めるかのように互いの口内へ舌を這わせる。
充分な時間の口づけを2度も3度も繰り返した後、ようやく満足したらしい蔦はぱっと樫の膝から降りて何かを取りに行った。
すぐに戻ってきた蔦の手にはまた別の紙が1枚ある。
「なんだ?」
キラキラとした瞳でその紙を差し出す蔦。
樫が見ると、その紙には特徴的な紋様が描かれていた。
「これ…これを本のどこかに使おうと思って描いたんだ、俺。もちろん、これが何を表しているかは分かるよな?」
「…当たり前だろ、『俺達』だな」
紋様は中央にある樫の木に蔦が絡みついたような意匠になっている。
それぞれの名前にちなんだものがあしらわれたそれは、2人の関係を一目で表しているようだ。
「これはまた…上手く描いたな」
「気に入った?」
「当然だろ」
「ははっ…それならよかった。この本には題名も著者名も書かないだろ、だけどこれくらいはいいんじゃないかと思ってさ。それに…」
蔦は樫に頬を擦り寄せながら囁く。
「特に酪農地域だとそうだけど、2人の名前にちなんだものを合わせて1つの紋様にするっていうのには意味が…」
「『夫婦』だろ」
蔦は少しの驚きの後、すぐに満面の笑みになって「そう、そうだよ」と答えた。
「さすがに物知りだな、樫。俺の一家は酪農地域に近いし、両親もこういうような紋様をもってるから俺も作りたかったんだ。見ろよ、樫…俺達、紋様にしても相性がいいよな?すごくサマになってるし…俺がお前に絡みついてるしさ」
「うん…今おまえに絡みついてるのは俺だけどな」
「いや、俺かもよ?」
樫が再び蔦をしっかり抱き寄せると、蔦もそれに応じる。
互いの体に回された腕は、それぞれ蔓や根のようだった。
ーーーーーー
「さぁ、どの辺りがいい?」
「うん?」
いくつも立ち並ぶうちの1つの本棚の前にやってきた2人は、完成した本をどこに納めようかと話す。
だが、悩む樫とは対照的に、蔦は「まぁ、ここらへんで」と適当に挿し込めそうなところを指さした。
「いや…もう少し考えたらどうだ?あまり大っぴらでもだめだし、隠れすぎてもだめだし…」
「大丈夫だって、こいつはどこにいても、きちんと必要な子が見つけるよ」
樫から本を受け取った蔦は、まるでまじないをかけるかのように表紙を撫でながら言う。
「『少年よ、君の伴侶を愛せよ』」
語りかけるようにする蔦に、樫は「なんだ?」と首を傾げた。
「それはどういう…」
「え?そのままの意味だよ。この本が後世に残るとして、これを読むのは俺らから見たら歳下の『少年達』だろ。愛し合う時の助けになればと思ってこれを書いたんだから、これぐらい言ったって構わないって」
「まぁ、そうだろうけど」
「なぁ樫、世の中には『言霊』ってものがある。俺達の想いや言霊がこもったこいつは、いずれ必ず必要な子の目に留まって開かれるはずだ。必要のない人には存在を知られることもないだろう。それがたとえ司書だとしてもね」
「そんなこと…あるかな」
「隠れたり、いつの間にか他のところへ紛れ込んだりして、上手く動き回るよ。頭が良くて、恥ずかしがり屋なお前が作った本なんだからさ」
くすくすと笑う蔦。
樫は同じようにして本に手を重ねると、愛おしそうに微笑みながら表紙を撫でる。
「たまには俺達も読み直そう。こいつも親である俺達に会いたがるはずだからさ」
「はは…そうだな」
樫と蔦は2人で本を本棚の中へ差し込む。
美しく、丈夫な装丁でありながらも決して悪目立ちせず、まるで数十年そこに居続けていたかのように落ち着き払ったそれは、たしかに誰かを待っているようだ。
ふと顔を近付けてきた樫を避けながら、蔦は《何してんだ》と小声で注意する。
《下に人が居ただろ》
《別に…こんな上の方まで見ないって》
《だめだ、どこで誰が見てるか分からないんだから》
蔦はやれやれというように首を振ると、さらに小声で続けた。
《また後でな》
微笑み合う2人。
図書塔の外には清々しい青空が広がっていた。
その手には、美しい装丁がされた1冊の本があった。
ーーーーーー
「うわ…樫、お前って本当にすごいな…」
感心しきって言う蔦。
蔦の視線の先には書き上がったばかりの『指南書』の頁があった。
紙の上に整然と並べられた字はそれ自体が装飾かのように美しく、どれ1つとっても見惚れてしまうほどだ。
「すごく綺麗な字体…だけど見たことがない。俺の頼みを聞いてくれたんだな」
「あぁ。気に入ったか?」
樫の問いに、蔦は並ぶ文字から目を離さずに「もちろん、もちろんだよ」と何度も頷く。
「気に入るに決まってるって、こんなに綺麗な字…気に入らないわけが無いだろ」
「それ、何をもとに考えた字だと思う?」
「え?」
蔦はキョトンとしながら樫を見た。
温かな眼差しを向けてくる樫に思わず笑みをこぼしてしまうが、それでも『字のもととなったもの』が何かは分からない。
改めて字を見やりながら「さぁ…なんだろう」と首を傾げる。
「この飾り部分が特徴的だよな、工芸地域の職人が好む刺繍模様みたいだけど…『もとにした』って、何か具体的なものでもあるのか?」
「あぁ」
「当然だ、分からないのか?」と言わんばかりの樫。
蔦は字を斜めにしたり、目を細めて眺めたりと色々試しながら考える。
「蔦、分からないんだな」
「あ…いや、えっと……」
なんとか答えを探そうとしていた蔦だったが、どうしても答えらしいものは思い浮かばなかった。
樫は蔦の腕を引いて自らの膝の上に座らせると、後ろから字を覗き込んで言う。
「蔦だよ」
「あ、え…俺?」
「そうだ、おまえだよ、蔦」
「俺…?」
「だからそうだって言ってるだろ」
樫は何度も確かめてくる蔦に苦笑いで答えた。
「俺から見た蔦を字にしたんだ。そうしたらこういう字になって…おまえ、気に入ったって言ったよな?うん…俺も自分で書いておきながらすごくいいと思ってる」
「お前から見た俺…本当に?こんなに綺麗な字になるのか?」
「そうだよ。おまえは肌も髪も目も色が薄いし、それを表現するために全体の線も細くして、ここの飾り部分を長めにしたんだ。名前も『蔦』だし、植物らしさをもたせて…ほら、そう聞くとそれらしく見えてこないか?おまえもさっき『刺繍模様みたいだ』って言ってただろ、植物を表す模様に似てるのかもな」
説明を聞きながらじっと手元の字を眺めていた蔦は、ふと振り返って樫の唇に自らのものを重ねた。
まるで柔らかい果実を食むかのように唇を味わい、甘い蜜を舐めるかのように互いの口内へ舌を這わせる。
充分な時間の口づけを2度も3度も繰り返した後、ようやく満足したらしい蔦はぱっと樫の膝から降りて何かを取りに行った。
すぐに戻ってきた蔦の手にはまた別の紙が1枚ある。
「なんだ?」
キラキラとした瞳でその紙を差し出す蔦。
樫が見ると、その紙には特徴的な紋様が描かれていた。
「これ…これを本のどこかに使おうと思って描いたんだ、俺。もちろん、これが何を表しているかは分かるよな?」
「…当たり前だろ、『俺達』だな」
紋様は中央にある樫の木に蔦が絡みついたような意匠になっている。
それぞれの名前にちなんだものがあしらわれたそれは、2人の関係を一目で表しているようだ。
「これはまた…上手く描いたな」
「気に入った?」
「当然だろ」
「ははっ…それならよかった。この本には題名も著者名も書かないだろ、だけどこれくらいはいいんじゃないかと思ってさ。それに…」
蔦は樫に頬を擦り寄せながら囁く。
「特に酪農地域だとそうだけど、2人の名前にちなんだものを合わせて1つの紋様にするっていうのには意味が…」
「『夫婦』だろ」
蔦は少しの驚きの後、すぐに満面の笑みになって「そう、そうだよ」と答えた。
「さすがに物知りだな、樫。俺の一家は酪農地域に近いし、両親もこういうような紋様をもってるから俺も作りたかったんだ。見ろよ、樫…俺達、紋様にしても相性がいいよな?すごくサマになってるし…俺がお前に絡みついてるしさ」
「うん…今おまえに絡みついてるのは俺だけどな」
「いや、俺かもよ?」
樫が再び蔦をしっかり抱き寄せると、蔦もそれに応じる。
互いの体に回された腕は、それぞれ蔓や根のようだった。
ーーーーーー
「さぁ、どの辺りがいい?」
「うん?」
いくつも立ち並ぶうちの1つの本棚の前にやってきた2人は、完成した本をどこに納めようかと話す。
だが、悩む樫とは対照的に、蔦は「まぁ、ここらへんで」と適当に挿し込めそうなところを指さした。
「いや…もう少し考えたらどうだ?あまり大っぴらでもだめだし、隠れすぎてもだめだし…」
「大丈夫だって、こいつはどこにいても、きちんと必要な子が見つけるよ」
樫から本を受け取った蔦は、まるでまじないをかけるかのように表紙を撫でながら言う。
「『少年よ、君の伴侶を愛せよ』」
語りかけるようにする蔦に、樫は「なんだ?」と首を傾げた。
「それはどういう…」
「え?そのままの意味だよ。この本が後世に残るとして、これを読むのは俺らから見たら歳下の『少年達』だろ。愛し合う時の助けになればと思ってこれを書いたんだから、これぐらい言ったって構わないって」
「まぁ、そうだろうけど」
「なぁ樫、世の中には『言霊』ってものがある。俺達の想いや言霊がこもったこいつは、いずれ必ず必要な子の目に留まって開かれるはずだ。必要のない人には存在を知られることもないだろう。それがたとえ司書だとしてもね」
「そんなこと…あるかな」
「隠れたり、いつの間にか他のところへ紛れ込んだりして、上手く動き回るよ。頭が良くて、恥ずかしがり屋なお前が作った本なんだからさ」
くすくすと笑う蔦。
樫は同じようにして本に手を重ねると、愛おしそうに微笑みながら表紙を撫でる。
「たまには俺達も読み直そう。こいつも親である俺達に会いたがるはずだからさ」
「はは…そうだな」
樫と蔦は2人で本を本棚の中へ差し込む。
美しく、丈夫な装丁でありながらも決して悪目立ちせず、まるで数十年そこに居続けていたかのように落ち着き払ったそれは、たしかに誰かを待っているようだ。
ふと顔を近付けてきた樫を避けながら、蔦は《何してんだ》と小声で注意する。
《下に人が居ただろ》
《別に…こんな上の方まで見ないって》
《だめだ、どこで誰が見てるか分からないんだから》
蔦はやれやれというように首を振ると、さらに小声で続けた。
《また後でな》
微笑み合う2人。
図書塔の外には清々しい青空が広がっていた。
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