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宿での番

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 6人もの子供達を育てながら農業地域で仲睦まじく暮らしている霙と冴。
 彼らの仕事は穀物や作物の栽培、そして加工であり、毎日畑の世話や穀物の加工に明け暮れているため、年間を通してほとんど休日らしい日がないという日々を送っている。
 時折子供達を連れて冴の実家に顔を出しに行ったりするものの、夫夫2人きりでのんびりと出かけるなどということはまったくない。
 子供達が産まれてからの日々は忙しいということもあって、つい自分達のことは後回しだ。
 しかし、冴はそれに対して不満に思ったことは一度もなかった。
 彼は人通りの多い中央広場沿いの家で生まれ育っており、どちらかと言うと小さい頃から静かな環境で過ごすことに対しての憧れさえも抱いていたため、今住んでいる環境が最も心地良く、わざわざ他地域へ足を伸ばさなくても充分だと感じていたのだ。
 さらにいくら子供達や義両親と暮らしているとはいっても、離れに住まっていることで普段から霙と2人きりでの夜があり、外での仕事などの際にも ことあるごとに隙を見つけてはそばにいるなどしているため、特段、夫夫だけの旅行をしたいと思ったことはなかったのだ。
だが…
 ある日、実家を訪れていたのぎ(霙の妹)に「ねぇ冴兄ちゃん、たまには霙兄ちゃんと旅行とか、どう?」と持ちかけられたことで、ふいに2人きりでの旅行計画が立ち上がったのだった。
 冴と霙は畑仕事などの他にも子供達や霙の両親、そして農作業の手伝いのために泊まりに来た禾達家族などへの気遣いなどでなにかと心を配ることが多く、それらに関わる一切の支度などをいつも引き受けているため、霙の両親と禾が『たまにはのんびりしてほしい』と積極的に旅行の提案をしたのだ。
 なにもかも好きでやっている冴にとっては(むしろ気を遣わせてしまって申し訳ない)と思えてならなかったのだが、それに反して霙は「いい機会だから行こう」と乗り気で、結局 農閑期を見計らって旅行に行くことが決まった。
 行き先は工芸地域だ。
 宿などの手配はすべて工芸地域に住んでいる禾がしてくれると言うので、冴達はその言葉に甘えて着替え等の少量の荷物だけをまとめて当日を待つことにした。


ーーーーー


 毎日の生活のおかげで早起きに慣れている霙と冴は、早朝から家族の見送りを受けて家を出発し、途中で馬車を借りるなどしながらのんびりと宿泊先の工芸地域の宿へと向かう。
 道中、友人の『熊』や『魚』がいる食堂で昼食を摂りつつ 活気に溢れる中央広場や工芸地域を象徴する工房などを見て回りながら行くと、すぐに目的の場所に辿りついた。
 今宵彼らが一泊するのは、美しく手入れがされた林の中に建っている木造の立派な宿だ。
 母屋が真ん中にあり、そこから方々に延びた廊下の先にそれぞれ部屋が設けられているこの宿。
 建築の設計や装飾技術に優れた腕の良い職人達がしのぎを削る工芸地域だからこその その佇まいは、本当に素晴らしく、見事なものだ。
 建物の造形から室内家具などの彫刻、そして窓硝子の一枚にいたるまで…なにから何まで芸術作品で埋め尽くされているようなその空間が上下左右のどこを見ても広がっている。
 こんな風にあちこちに彫刻などがあるのだから、きっと意匠によっては落ち着きのない雰囲気となっているのだろうが、不思議なことにこの宿ではそうした装飾が施されていても上品で落ち着きのある雰囲気が保たれていた。
 それもすべて工芸地域の職人達がなす技と計算によるものなのだろう、と冴と霙は感嘆のため息と共に魅入ってしまう。
 どうやらそれは他の部屋に泊まりに来た人々も同じだったようだ。

 宿の管理をしている一家に荷車と馬を預けてから今夜泊まる部屋の鍵を受け取り、早速中に入ってみる霙と冴。
 するとすぐに美しい外の風景が目に飛び込んできた。
 扉を開けた真正面に、大きな窓があるのだ。
 透明度の高い硝子と愛らしい小動物や草木の装飾が彫りこまれた窓枠によって部屋の一部となっているその光景は、まるで工芸地域の風景を詳細に切り抜いている額縁のようだ。
 冴はそんな窓の外の風景に惹き寄せられるようにして窓のそばに置かれている一人掛けの椅子に腰を下ろした。

 工芸地域は陸国の中でもなだらかな高地の方に位置しているため、その宿から眺める景色もなかなかのものだ。
 染色した布などを干す広場や染料となる植物の栽培が行われている畑、様々な工房が集合している工芸地域を象徴する横に長い大きな大きな平屋の建物…
 普段眺めている農業地域の畑や点在する小屋などがおりなす風景も もちろん素晴らしいが、それとは違う景色というのはなんとなく見ているだけでも心が躍る。
 子供達と一緒のときには目的地に到着してもこうしてゆっくりと過ごすことがなかなかできないため、冴は思わずぼぅっとしながらその景色に見入った。
 深呼吸をすると、この宿全体を包み込んでいる木の香りや寝具からのものらしい花の良い香りが胸を満たしてさらに心が安らぐ。

(やっぱりたまにはこういうのも…いいな…)

 だが、そうして一息ついていた冴はふいに窓のすぐ横に見える木の枝から何やら がさがさというかぜのものではない音がするのに気がついた。
 音の正体が気になった冴が部屋の中からじっと音がした辺りに目を凝らしてみると…突然目の前にふわふわとした毛の小さな愛らしい動物が姿を現す。
 (あっ!)と思った冴はすぐに後ろの方で荷解きをしようとしていた霙を小声で呼んだ。

《霙!見て見て!可愛いのがいるよ、木の実を食べにきたみたい!》

 冴に呼ばれてすぐにそばへとやってきた霙。
 2人並んで窓の外を見ると、旬の季節を過ぎて残り少なくなっている木の実を探しに来たらしい小動物が、採ったばかりの実を抱えて齧り始めた。
 陸国の特性上、こうした『木の実を食べる小動物』というのは工芸地域でしかお目にかかれない。
 というのも、建材などに適した木はすべて工芸地域にしか育たないからだ。
 建材などに適した木には木の実が生る、つまりそれを主食とする小動物もこの工芸地域でしか見ることができない、ということ。
(逆に、農業地域には果実が実る木が多くあるため、それらを食べる鳥類などはよく見かける。)
 以前にも数回子供達と泊まりに来た際にこうした小動物の姿を見たことはあったが、そのときは木の実がまだそれほど多くない時期だったりしたためか、ここまでじっくりと観察することはできなかった。
 器用に木の実の皮を剥いて齧っている微笑ましいその姿を2人して息をひそめながら見つめる霙と冴。
 ちょうど窓枠には同じ小動物の彫刻も施されているので、その木の実を齧っている子はまるで彫刻の中から動いて出てきたかのようでもある。
 やがて抱えていた実を綺麗に食べ終えたその小さな工芸地域の住民は、他の木の実を探すようにして素早く枝の上を駆けると、再び枝葉の中へと姿を消してしまった。
 それまでじっと息を止めていた冴は「…ふふっ、びっくりした!なんか音がしたなと思って見てみたら、普通にそこにいるんだもん」とくすくす笑う。

「ごめんね、霙。荷解きしてたのに呼びつけちゃって…でも声を掛けずにはいられなかったんだ」
「ううん、俺も可愛いのが見れてよかったよ。一生懸命食べてたな」
「うん、可愛かったよね!もう~子供達にも見せてあげたかった」
「そうだな。でもさすがに8人で見てたら逃げられてただろうけど」
「ふふふっ、たしかに!僕達2人だったからゆっくり見れたってのもあるよね、きっと」

 思いがけない出会いによってすっかり体の疲れが癒された冴は、それから霙と共に荷解きをし、午後の爽やかな風が吹く木立の中を一緒に歩いたりしながらのんびりとした一時を過ごした。
 農業地域にはない木や風景、雰囲気といったものに囲まれた環境の中で過ごすのは新鮮であり、普段の生活の中ではしない話などもできるのがこうした外泊のいいところでもある。
 冴は改めてこうした旅行の良さを感じたのだった。

 多くの場合、こうした宿では最寄の食堂などで食事の手配をすることがほとんどであり、霙と冴の夕食もそうして済ませることにしていた。
 子供達がいるときなどは外で野菜や肉などを焼きながら食べるというのもいいだろうが、それは農業地域での家でもわりとよくしていることであり、なにより大人2人、夫夫2人の穏やかな時間が過ごしたくてここに来ているので 自分で調理するというのは少々手間だったのだ。
 食堂で料理をもらってきて、部屋で好きに食事し、使った食器類を洗って棚に戻しておく。
 それだけで夕食が終わるのだから、その後に自由な時間が沢山確保できるのはとても良い。
 さらに、ここは温泉地ではないため本来は湯浴みのための湯は各自で沸かさなくてはならないのだが、この宿では母屋ですでに湯が用意されているので、いちいち宿泊者が沸かさなくてもいいようになっている。
 母屋で湯をもらって来さえすれば、温かさの調節などは各自部屋で少量沸かす程度でも十分事足りるのだ。
まさに至れり尽くせりの宿泊。
 それはまさに日々の生活のご褒美だった。

ーーーーー

 夕食を終え、さらに湯浴みまでもを済ませた2人は、他に何をするわけでもなくただ美しい部屋の中でぽつぽつと言葉を交わしながらゆったりとした時間を過ごす。
 額縁のような大きな窓の前には非常に座り心地のいい横長の椅子があって、2人はそこに掛けているのだが、もちろん2人のあいだを空けるようなことはしていない。
 窓硝子に室内の様子が反射してしまうのを防ぐため、油灯の明かりは最小限だ。
 薄暗い中で寄り添いあう番は日中とは違って見える窓の外の景色に目を向けながら取り留めのないことを話す。
 一日中色んなことを話してきたが、それでもなぜか不思議と会話の種は途切れることがない。

「…ねぇ、あれって何かな?あの明かりがちょっと点いてるところ。やっぱり何かの工房なのかな」
「うん?あぁ、あれ…たしかあの辺りがのぎ達の仕事場じゃないか、糸の染色をしてる作業場。昼間はあの通りのもう少しこっち側を通ったけど、川がそばを流れてて…」
「あっ、そっか、そういえば禾ちゃんがそう言ってたっけ」
「明日 帰りに寄っていこうか」
「うん、そうしよ。禾ちゃん達に会いたいし、なによりこんな素敵な宿を手配してくれたこと とかのお礼も直接言いたいから」

 刺繍糸などの染色を生業としている一家の元へ嫁いだ禾。
 そんな禾の話から2人の話題は自然と昔のこと、自分達が番になる前のことに移っていった。
 

 彼らが出逢ったのは漁業地域にある作業場でのことだったのだが、冴は初めて霙と会ったときのことを今でも鮮明に覚えている。
 一足先に作業場で働き始めていた冴は仲良くなった友人の『しゅう(いまや禾の夫となった男)』から「新しく来たやつがいるんだよ」と紹介され、初めて霙と対面した。
 じっと黙っていると近寄りがたいような雰囲気を漂わせているような男ではあったが、冴はなぜだか目が離せなくなり、積極的に声をかけては仲を深めていったのだった。
 自身が男性オメガということもあって、霙と話すたびにそわそわとしてしまっていた冴。
 しかし霙は【香り】の調節がとても上手いアルファで普段はまったく【香り】を放たず、纏いもしていなかったため、冴は(アルファみたいだけど、違うのかな?いきなり僕がオメガだと打ち明けても困るに決まってるよね…)と気持ちのやりように迷いもした。

(そもそも、いくら女の子に間違われるような容姿のオメガだといっても やっぱり僕は男だから…霙が好きになってくれるとは限らないし、両想いになれる確率だって女の子達に比べたらずっと低いんだ。だから霙の第2性別が何であれ、僕のこと好きになってくれるなら…もう、それだけでいいのにな。そりゃもちろん、アルファだったらすごく…嬉しい、んだけどね…霙と番になれたら、って想像するだけで…もう…っ!///)

 そんなことを考えながら1人暮らしの部屋の中、寝具に包まっていくつもの夜を過ごしていた冴。
 『いつか心惹かれるような男性アルファに出逢い、その人の番になって添い遂げたい』という密かな夢を抱いていた冴にとって、霙との出逢いは本当に運命的なことだった。


 当時のウブな自分の気持ちを思い出した冴が「ねぇ、覚えてる?僕達が告白しあった日のこと」と霙の肩に頬を摺り寄せると、「当たり前だろ、忘れるわけがない」という答えと共に髪へと口づけが落とされる。

「俺が『私のこと、好きなんですか』って聞いたら、お前は顔を真っ赤にして【香り】を放ちだしたんだ。あのときの嬉しさったらなかったな。なんとなく冴はオメガなんじゃないかって気がしてはいたけど、でもあの瞬間本当にオメガだって、俺達が番になれる者同士だっていうことが確信できたから。それに【香り】を抑えきれないっていうようなあの姿が、すごく…良かった」

 懐かしそうに言う霙に、冴は「仕方ないでしょ…好きな人にそんなこと聞かれたら」と苦笑いで応える。

「すぐにでも『好き』って答えたかったけど、どうしたらいいのか分からなくてすごく動揺したんだよ…でも、そのあと霙も【香り】を放って僕に知らせてくれたんだよね、アルファだってことを」
「放ったっていうよりも《引き出された》んだ。それまであんな風に感じたことは一度もなかったのに、冴の【香り】はすごく…」
「アルファの本能を刺激した?」

 分かりきっていることをいたずらっぽく、そしてわざとらしく訊ねてくる冴。
 その満足そうな表情にはどうしても勝つことができない霙は「…そうだよ」と素直に負けを認めて冴の唇を優しく食んだ。
 瞬間的にふわりと香る2人の【香り】。
 それは今までにも何度も香ってきたものだが、いまだに効力は衰えていない。
 ほんの少しだけでも身と心を溶かしてしまうような【香り】を感じながらしばらくの間そうして口づけていると、顔を離した冴はふふっと微笑んで霙の手を取った。

「霙、手を揉んであげる。今日はずっと馬車の手綱を握ってたから疲れたでしょ?ここをこうして揉むとね…ちょっとは疲れが取れると思うよ」

 弱く【香り】を放ちながら優しい微笑みを浮かべて熱心に手のひらを揉む冴の、なんといじらしいことか。
 霙はその様子に密かに見惚れながら「…上手いな、たしかに手が軽くなる気がする」と深く息をした。

「いつの間に上手くなったんだ?元からか?」

 静かな声音で訊ねると、冴は「ううん、最近覚えたんだ」と嬉しそうに言う。

「ほら…お義母さんがさ、お義父さんのこととか繕いものとかでいつも手を使ってるでしょ。たまに痛めてるみたいだったから、少しでもお義母さんのためになれればいいなと思って…それでお医者の先生に教えてもらったりしたんだ」

 義父母のために、と聞いた霙は自身の両親のことを気を遣わせていることを申し訳なく思ったが、冴は「え?全然!」と微笑んだ。

「気を遣ってるっていうか…大切な人には健康でいてほしいって思ってるだけ。霙だってよくそう言うでしょ?僕も霙とおんなじってことだよ。それにいつも気を遣ってもらってるのは僕の方だもん、何かちょっとしたことでも お返ししたいんだ」

 冴は霙のもう片方の手のひらを取って揉みほぐしながら「…僕ね、お義父さんとお義母さんのことが大好きだよ」と穏やかに続ける。

「2人共…僕のことを実の息子みたいに本当に大切にしてくれてるし、子供達のことも一緒に見てくれるから…すごく心強い。今日だってお義父さんやお義母さんが見てくれてるから こうして泊まりに来れてるんだし…僕はあの家で一緒に暮らせて、すごく幸運だと思っ…」

 思わず冴の言葉を遮るようにして霙は腕を回し、その体を抱き締めていた。
 胸の奥底から溢れだしてくる言葉にならない想いは目にも熱いものを込み上げさせている。
 元から家業である畑仕事などを継ぐつもりでいた霙。
 彼にとっては冴が自分のために生まれ育った環境とは遠く離れた農業地域に来て、そしてその環境に馴染んでくれているということが何よりも嬉しかったのだ。
 さらに自身の家族をも大切にしてくれている、というのは思っている以上に…良い。

「…ありがとう、冴」

「俺と一緒になってくれて…家に来てくれて…本当に…」

 万感の思いを込めて抱きしめる霙。
 その腕の力に応えるように、冴も「僕の方こそ」と囁いた。

「僕がこうしていろいろ頑張ったりできるのは…全部霙がそばにいてくれるからなんだよ。霙がいつもそばで支えてくれるから、僕は何でもしようって気になるし、何でもできるんだ」

「いつも僕を甘やかしてくれてありがとう、霙。これからも…よろしくね」

 甘い言葉と共に抱擁はやがて息苦しいほどにまで力強くなっていく。
 だがその苦しさまでもが2人の夫夫としての絆を強めてもいるのだということを、互いにひしひしと感じてもいるのだった。
 しばらくそうして抱きしめ合った後、冴は「ねぇ…手だけじゃなくてさ、肩とか腰とか、足も揉んであげるよ。ほら、こっちきて?」と霙の手を引いて部屋の端の方にある寝台へと向かう。
 だが霙はそんな冴をすばやく押し倒して寝台に寝かせてしまっていた。

「もう…押し倒されちゃったら…肩とか、揉んであげられないじゃん……」

 小さく笑う冴の頬を繊細な絹にでも触れるかのようにしてそっと優しく撫でると、それ以上何か言うのは野暮だとばかりに言葉は途切れた。
 『霙の肩などを揉む』という冴の考えがどこまで本気だったかは分からない。
 現に、今すでに冴は霙の熱心な口づけに応えながらもじもじと脚を動かしては霙の下半身などを艶かしい手つきで触れている。
 小鳥や植物などが彫りこまれている目を見張るほど美しい寝台の上で絡み合う一組の番の熱気は たちまち凄まじいくらいのものになり、口づけと寝間着の上から繰り返されている愛撫の合間に漏れる くぐもった声は抑えきれないというように情欲をありありと示していた。

 互いの体を激しくまさぐる手。
 冴は霙が自らの腰裏辺りに手を伸ばそうとしたのに気がつくと、意表を衝いて身を翻し、霙を下に組み伏せる。
 すっかり息が荒くなっている自らの番のアルファの上に跨るとなんとも言えない欲が込み上げてくるもので、冴は自身の体を見せつけるようにして寝間着を脱ぎ捨てていった。
 寝間着の下に彼が着ていたのは、薄紫に黒の縁飾りがついた薄い衣、下着だ。
 ほとんど何も着ていないのと同じといえるほどの薄衣はやけに色っぽく、そしてわずかに裾が捲れて下腹部の際どいところの素肌が晒されると、たったそれだけで見る者の情欲を強烈に焚きつけることができる。

「やけに…挑発的だな」

 寝台に押さえつけられている霙が眉をひそめると、冴は霙の腹に手をついてさらに熱を込めて言った。

「年下の旦那様を誘うには…あらゆる手を使わなきゃね」
「別にこんなことしなくても俺は…」
「う~ん?でもほら…効果抜群でしょ、これ。ここ、こんなに勃たせちゃってるじゃん…この姿を見てからもっと…んっ…固くなった」

 霙の腹に手をつき、股をぐぐっと押し付けて擦る冴。

「こんなに固く勃たせて…すっごくスケベだね、霙。そんなに興奮した?僕がこういうの着てるの、好きなの?衣の上からもはっきり分かるくらいだし…こうして擦ってるだけでも…はぁっ、すっごぃ…」

 冴は腰を数回前後させると、そのまま腹這いになるようにして霙の体を足の方へと下っていき、窮屈そうにしている霙の下衣の中のものを取り出して手で包み込んだ。
 そばに頬を近づけるだけで熱気までもが感じられるような霙の逸物。
 間近で見るそれは見ようによっては恐ろしいものだが、冴の目には宝物のようにしか映っていない。
 手で触れているだけで満足できるはずもなく、冴は霙の瞳を見つめながら紅く濡れた舌をちろりと出すと、そのまま先端の鈴口のところを一舐めした。
 ヒクつく霙の体の反応は冴の胸の内でさらなる欲を煽る。
 2度、3度と先端を舐めてから、くびれたところに口づけ、舌の全面を使って裏を根元から舐め上げると…くぐもった声が漏れ、さらに陰茎に血管が浮き出てきた。
 耐え忍ぶように唇を噛みしめながら男根をそそり勃たせている番のアルファの【香り】に酔わないオメガはない。
 冴は肩をくすぐっている自らの髪を耳にかけると、体勢を整えてから再び霙の股へと顔を沈め、ゆっくりと先端からそれを呑み込んでいった。
 喉奥まで届いて口内をいっぱいに埋め尽くしている男根がもたらすその苦しさにしばし耐えた後、ゆっくりと頭を動かして刺激をし始めると、途端に霙はそれまで以上の反応を見せる。
 唇をすぼめてみたり、軽く吸い付いてみたり、舌で上あごに押し付けるようにしてみたり。
 それがどんなに小さなことでも、反応の変化は顕著だった。

「…っ…っ…っ…」
「うっ…はぁっ、あっ…」

 上下薄衣一枚にうなじあてという姿、そして挑発的な態度に言葉に動き。
 霙はとうとう我慢しきれなくなって寝台から跳ね起きると、冴に襲い掛かるような口づけと愛撫を浴びせながらその先を続けていった。
 せっかくの薄衣だが、初めから最後まで着させたままにしていてはいかんともしがたい。
 薄衣の留め紐を解き、霙は冴を四つん這いにさせて下衣を取り払う。
 寝台に無造作に放った薄い下衣はその軽さのためにまったく音を立てなかったが、誰一人としてそれに注意を向ける者はいなかった。
 両足を大きく開かせ、尻を突き出すような上体を伏せた格好へと冴を誘導すると、霙は小ぶりで丸く整ったその尻の肉を掴み、左右に拡げながら真ん中にあるすぼまった秘部へと躊躇なく口づける。

「うっ、や、やぁぁッ…!!」

 霙の熱く湿った柔らかい舌が秘部とその中心のすぼまったところをなぞる感覚に、冴は激しい羞恥を掻き立てられて体を震わせた。
 霙にこうして秘部を愛でられることは初めてではない。
 しかし、慣れているというわけでもない。
 秘部が他でもない霙の舌によってほぐされているという事実をありありと示され、耐え難いほどの恥ずかしさから顔を寝具へ埋めて唸る冴。
 だがそれを止めさせようという意思がないことは明らかだった。
 身を捩って逃げようとするどころか、むしろ『もっと』とねだるように尻を高く掲げる冴の密やかな部分はすっかり中からほぐされ、愛液までもが滲んでいる。
 とっくに受け入れる体制が整っていた冴の中は霙の指をも次々と呑み込み、抜き挿しされつつ与えられるその刺激をうっとりと味わっていた。

「みぞれ…も、もう、シよ…」

 焦らしに焦らされてとろとろになった冴が手を伸ばし、霙の硬くなっているものを探ろうとしながら言うと、霙はようやく冴の秘部から指を抜いて自身の衣を完全に脱ぎ去る。
 中から溢れ出る愛液を血管の浮き出た陰茎で塗り広げるようにした霙は、仰向けにさせた冴の足を大きく広げさせると、秘部の中心にそれを突き立てた。
 全体重をかけてのしかかり、ゆっくりと侵入していく霙。
 その挿入は冴の熱く濡れた体内の締め付けをものともせずに進み、やがてそれ以上ないというほどの奥にまで到達する。
 少しの隙間もなく密着した結合は抽挿がなくてもぞくぞくとした快感をもたらしていて、霙はそのまま冴の耳元を繰り返し食むと「あぁ…懐かしいな」と囁いてさらに腰を押し付けた。

「俺達が初めてヤった時も…こうして互いに…」
「んっ…あぁっあっ…」
「想いを確認しあってすぐ、冴のあの家に行って…それからずっと…」
「み、みぞれ…ぇっ…」
「一晩中、一日中…冴を離したくなかった」

 体の中心まで響くような重い抽挿が一突きずつ始まる。
 胸などを愛撫していた手が下腹部に移り、ふるふると震えていた冴の前のものを握ると、重なった肌がいっそう熱を帯びて声にもならない喘ぎが吐き出された。
 まだ始まったばかりだというのに2人は信じられないほど深い快感の波に取り込まれている。
 すぐにでも達してしまいそうな中、冴は霙に口づけをせがむと、貪欲に舌を絡めて堪能してから「みぞれ…」と上気した瞳で訴えた。

「みぞれ…ぼくのこと、いっぱい突いて…きもちよく、して?」

「きもちくなってるぼくのこと、見て…もっといっぱい…めちゃくちゃになるくらい…おかしくなるくらい…いぃっ…あぁっ……っ!」

 次の瞬間、冴は霙に両足を肩に担がれながら激しく抱かれた。
 じゅぷじゅぷという聞くに堪えないような水音と肌のぶつかる音が結合部からあられもなく響き渡り、それにしたがって何とも艶めかしい喘ぎ声がその大きさを増していく。
 首筋、耳元、ぷっくりと勃った乳首。そして先端から雫を滴らせている陰茎とどこまで貫かれているかが外見からでも分かってしまうような滑らかな腹部。
 そのどれに触れてもいい反応が返ってくる。
 緩急のある抽挿に霙と冴はどちらも恍惚としながら夢中になっていた。

「い、イイっ…!あぁっ、あっ…ッ」

「あぁっ!イっ、イッちゃ…うぅ…っ!!」

 固く抱きしめ合い、最奥で繋がる2人。
 絶頂を迎えてうねる冴の体内は霙のものを吸い付くようにして締め上げ、やかて強烈な射精感をも もたらしたのだった。

ーーーーー

 体中から一切の力が抜けてしまうような事後。
 気だるさが漂う中、互いの瞳を覗き込みつつ微笑みを交えて甘く囁き合うというその一時には、何物にも代えがたいほどの素晴らしさがある。
 まさに『恍惚』『うっとり』という言葉がよく似合う時間だ。
 満ち足りた気分はさらなる愛となり、絆を深める。
 あまりにも強かった快感の余韻を味わうために繋がったままの状態でゆったりと体を揺らしている霙と冴はそうしてしばらくの間 事後を楽しんでいたのだが…余韻を楽しむためのものだった柔らかな刺激は次第にふつふつと欲情の炎を焚きつけ、穏やかになっていた霙と冴の瞳を再び妖しいものへと変化させていく。
 落ち着き始めていた呼吸も心拍もなにもかも、すべてが一瞬にして元通りだ。
 求める者と誘う者。
 それから霙と冴はただただ欲に従って様々な体位で絡み合った。

 冴が霙に跨り、好き勝手に腰を振る。
 霙が下から突き上げる。
 対面座位の格好で上体をわずかに後ろへ反らし、互いに結合部を見せつけながら…。

 散々そうしてやりたい放題をし、何度目とも分からない絶頂を迎えると、やがて『さすがにこれ以上出来ない』というように情欲は落ち着きを見せ始める。
 最後は寝台に横になったまま、真正面から抱き合っての抽挿で愛を紡いだ。
 冴の足を自らの腰に絡めさせて突く霙は、愛液と白濁が混ざったものでトロトロになっているその感触を存分に感じながら滑らかに腰を動かす。

「あっ…もう、いく…はぁっ、きもち…いぃっ…みぞれ…」
「冴…」
「~~…ッ」

 ビクビクと震える体。
 疲れがまったくないと言えば嘘になるだろう。
 しかし、ほとんど一体と化してとろけきった2人には、それさえも心地よく思えるような何かがあるのも確かだった。

「…盛り上がり過ぎちゃった…かも」
「…そうだな」
「ふふ…っ」

 工芸地域にある宿の夜はそうして更けていった。


ーーーーー


「父さん!おとう!おかえり~!」
「ふふっ、ただいま!」

 翌日、宿を後にした霙と冴が農業地域の家へと帰ると、すぐさま6人の子供達の明るい声が飛んできて賑やかに出迎えられる。
 久しぶりに丸一日夫夫2人きりでとても良い時間を過ごしたが、やはりこの賑やかさがあるからこその安らぎもあるのだということを再認識する霙達。
 工芸地域の工房などを見回って見繕ってきたお土産を手に家に帰ると、霙の両親も「どうだった?工芸地域は」と温かく迎えてくれたのだった。

「少しでも楽しめたのならいいのだけど」
「はい!ありがとうございました、お義父さん、お義母さん。とても良かったです、久しぶりにあちこち見たりして…禾ちゃんにも会ってきたんですが、元気そうでしたよ」
「あら、禾にも会えたのね!あの子も喜んだでしょう?本当に…あの子もあなたのことが大好きだものね」

 冴が霙の両親と話している隣では霙が子供達に取り囲まれている。
 土産話などを聞きたがっている子供達が口々に喋っているので、とても賑やかだ。
 
「あぁ、また皆で行こうな。近くの木に可愛いのもいたんだよ、お前たちにも見せてやりたかったな。…そうだ、お前達にお土産があるんだ」

 霙が「冴」と呼びかけると、冴は持って帰ってきた包みを解いて「お父達が皆にって選んだんだよ」と微笑んだ。

「これはお義父さん、これはお義母さんに。それでこれがこうにで、これは…」

 一人一人の好みに合わせて選んできた土産は大きな喜びと共に受け取られていく。
 和やかな家族のその様子に、霙と冴はまた大きく癒されたのだった。
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