その杯に葡萄酒を~オメガバ―ス編~

蓬屋 月餅

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プロローグ

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アルファとベータとオメガ。
 人々には男女を示す第1性別とは別に、それら3つを示す第2性別がある。
 体格などに優れたアルファ、一般的な性質であるベータ、そして第1性別に関わりなく男性でも妊娠などが可能なオメガだ。
 ほとんど見た目では分からないその第2性別を判別するのに役立つものがアルファとオメガのみが放ったり感じたりすることができるという【香り】であり、生後5ヶ月ほどになると陸国ではどの赤子も必ずそうした特性を利用した第2性別の判定を行うことになっている。
 判定の仕方はいたって単純だ。
 医師立ち会いの下、まだ誰ともつがっていない成人したアルファとオメガそれぞれに赤子を抱き上げてもらい、赤子がオメガに反応を示せばアルファ、アルファに反応を示せばオメガ、どちらにも顕著な反応を見せなかった場合はベータと判定するのだ。
 赤子の両親はそうして判明した第2性別に従ってその子が将来【香り】などに左右されずきちんとした生活を送ることが出来るようにと導いていくことになる。
 この判別をするには生後6ヶ月という時期がもっとも適しているのだが、それは赤子が他の感情などの要因に惑わされることなく一番純粋に分かりやすい反応を示す頃だとされているからであり、そうして判定された第2性別はまず間違っていることはない。
 そう。その結果というのは実際かなり正確なのである。
 
 しかし、その正確な判定結果に対して疑問をもつ1人の男がいた。

 陸国の鉱業地域と酪農地域を隔てる大通り【鉱酪こうらく通り】。
 その大通りの鉱業地域側にある荷車整備工房で働く『こう』という整備職人は、まさにその生後5ヶ月の頃の判定でオメガとされたものの、同年代の子供達が【香り】を放つようになってからも一向にその兆候を見せることなく オメガらしい経験を何一つ体験しないまま成人していて、自身が男性オメガであるということをどうにも信じることができずにいたのだ。
 彼は幼い頃から自身が男性オメガであると聞いて育ちはしたが、元々男性オメガは圧倒的に数が少なく、広い陸国全体から見ても数えるほどしかいないとされているため、自分以外の男性オメガに一切会ったことがなかった。
 つまりそれまでに会ったことのあるオメガといえば必然的に女性オメガばかりであったわけだが、その女性オメガ達はオメガの特性もあってなのか可憐な雰囲気を纏っていることがほとんどであり、【香り】がどうこう以前に体つきも何もかもが違う男性体の自分が彼女達と同じであるとはとても思えなかったのだ。
 それにかかりつけの医師にも『この年齢になっても香りを放たないというのは少し珍しいと思います』と言われれば、彼が自分のことを『ベータではないにせよ不完全なオメガなんだ』と思ってもおかしくはないだろう。

 そもそも【香り】というのは対となる性の人とつがいになる際などには必須のものであり、アルファやオメガにとってはなくてはならない非常に重要なものだ。
 そのためそれがまったくないとなると将来的に発生するであろう心身の健康への影響は多岐にわたると考えられ、ただの体質の問題だとして片付けられるような話ではなく、夾のことを大切に育ててきた彼の祖父母や兄はとても心配していた。
 しかし実際に一番思い悩んでいたのは夾自身だった。
 彼は自分の体が一向に【香り】を放つ気配がないことに対して一時期とても悩んでいたのだ。
 知識としてオメガが…いや、男性オメガがつがいとなったアルファの子を産むことができるということを知った彼は、まだ子供の時分から『自分はどんな【香り】の持ち主に心惹かれることになるのだろうか』『子を産み育てるというのはどんな感じなのだろうか』『いつか自分も他のつがい達のように仲睦まじく想い合えるアルファに出逢えるのだろうか』というようなことを考えてはひそかに自分の【香り】が放たれる日を待っていたのだが、その日はいつまで経っても訪れることなく、月日を重ねるごとに増してゆく落胆と苦悩を抱えながら10代を過ごした。
 どれだけ思い悩んだとしても状況は変わらないと分かっていたが、それでも自分のオメガ性が放つ【香り】に想いを馳せずにはいられなかったのだ。
 それでもついに一度も【香り】を放つことなく成長し、オメガであるという確証も、はたまたオメガではないという確証も、そのどちらもないという曖昧な中で生きてきた夾。

(俺はオメガだけどオメガじゃない。どっちつかず、中途半端な体で…やっぱり本当はベータなんじゃないだろうか)

 だが人生というのはいつ何時どのような変化が訪れるか分からないものだ。
 いつまで経っても発現しないオメガ性を諦めつつ今更その状況が一転することになるとは思いもしていなかった彼にも、ある日思いがけない変化が訪れることになるのだった。
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