その杯に葡萄酒を~オメガバ―ス編~

蓬屋 月餅

文字の大きさ
14 / 36
番外編

ショート話「うなじあて」

しおりを挟む
 アルファとオメガの間だけに成立する特別な絆関係【つがい】。
 つがいになるとそれまでの人生が一変し、オメガの者は『自分は相手がいるオメガだ』という証になる【うなじあて】を身に着けるようになる。
 このうなじあてというのはつがいになる際にアルファにつけられた『うなじの咬み痕』を覆って隠すためのもので、基本的に咬み痕をつがいの相手以外には見せるものではないという共通認識の下、常に身につけるべきであるものだ。
 その種類には様々あるが、今では【首飾り型】と【首輪型】が一般的となっている。
 首飾り型はうなじに当てた布がズレないように首飾りで押さえる形式のもので、首輪型はうなじだけではなく首全体をぐるりと布で巻いて留め具で留める形式のものを指す。
 首飾りや首輪型の留め具は専門の職人に頼んで作製してもらうものなのだが、その細工にはつがい相手のアルファとお揃いの紋章などを用いた飾りをあしらうのが慣わしであり、紋章の内容さえよく見れば誰と誰がつがい同士であるかなども分かるようになっているのだ。

 オメガはそのほとんどが女性であり、ベータの女性よりもいくらか力仕事に向いていないという身体的特徴もあって元から静かな手仕事を好む傾向がある。
 そのためうなじに布を当て続けていても特段気になることはないのだが…
 男性オメガの場合はそうとも限らないのだった。


ーーーーー


 つがいになろうということになってからすぐ。
 夾が1人で住んでいた家には璇が引っ越してきていて すでに2人での暮らしが始まっていた。
 2人で暮らすということで唯一の気がかりと言っても過言ではなかった生活の時間帯に関しても、まぁ、当初心配していたほどのずれもなく過ごせている。
 というのも璇はそれまで【觜宿の杯】の2階に住んでいたために夜遅くになっても酒場で働いていたのだが、彼が引っ越すということでその2階の部屋を酒場と食堂の見習いをしていた双子達に譲ることになり、それと同時に夜遅くまでの仕事もその双子に任せるようになったからだった。
 璇にしてみればまだ頼りないところもあるようだが、しかし一通りきちんと仕事ができるようになった双子は近頃きちんとあるじらしくなっていっている。
 璇は夜遅くまで仕事をしなくなった分、昼頃からだった仕事を午前中からにするようになり、あまり夜が深まり過ぎないうちに夾のいる家へと帰ってくるのだ。
 夾は相変わらず夕食を【觜宿の杯】で食べているのだが、食事を終えると「それじゃ、またあとで」と一足先に家に帰って璇を待つ。
 そうして数日が経つ頃には2人共すっかりこの新しい生活にも慣れ、彼らは一緒に過ごすことができる時間が増えたことに満足していたのだった。

 寝る前の静かな夜の時間にそれぞれの一日の出来事などを話していると、本当に穏やかな感じがしてなかなかにいいものだ。
 ある日、湯浴みを終えて浴室から出てきた璇は夾がなにやら繕い物をしているのを見て「それはなんだ?」と訊ねた。

「衣に穴でも開いたのか」

 夾が手にしているのは少々縫い目の粗さが目立つ薄緑色の布の帯である。
 縫い糸を切って手元から顔を上げた夾は「いえ、そうじゃないんですけど…これを作ってみてたんです」とそれまで縫っていたものを首に巻いて見せてきた。
 まさかと思う璇に夾は言う。

「俺のうなじあて、こういう風にしようと思いまして」

「どういうのがいいかなって考えてみたんですけど、俺は仕事の関係上結構汗をかいたりもしちゃうので立派なものはもったいないなと思ったんです。なのでこういう風に布で巻いたらいいんじゃないかと…首輪型みたいですけど、結ぶだけにしたらもっと簡単でいいじゃないですか?今の首飾り型とかになる前はまさにこういう感じだったみたいですよ。アルファにしかわからない結び方で留めていたんだとか…それもすごく素敵ですよね」

 どうですか?と見せながら嬉しそうに微笑む夾。
 たしかに彼の言うように、昔は首飾り型などではなくこうして布の端を特別な結び方をするなどしてうなじあてとしていた。
 しかし うなじあて というのは…どちらかというとアルファが特に特別視するものなのだ。
 そもそもうなじあては『アルファが番相手のオメガを自らのつがいであると周りに示すためのもの』であり、アルファによる独占欲の表れだ。
 アルファが自らの番に贈り、それを常に身につけさせる…本来うなじあてとはそういう意味合いを含んでいるものなのである。だが。

「これはとりあえず仮で作ってみたものなんです。なので色とかは特に気にしなかったんですけど、璇さんはどんなのがいいとかってありますか?俺としては璇さんが良いと思う色ならどんなのでも…」
「………」
「璇さん?」

 仮として首に巻いていたうなじあてを外しながらあれこれと話していた夾は ふと璇からの反応が一切ないことに気付いて顔を上げた。
 璇は普段こうして話しているとよく相槌を打ったりすぐに応えてくれたりして会話に参加してきてくれるものなのだが、そうした反応がまったくなかったのである。
 じっと布の帯を見つめている璇は何か言いかけては止めるということを何度か繰り返した後に ようやく口を開いた。
 
「いや…うなじあてってのは、アルファが…っていうか俺が用意しようと…それこそ次の休みには職人に話をしにいくつもりで…色々と……」
「そうだったんですか?それはそれは…でもアルファが用意しなきゃいけないってものでもないでしょう?」
「いや……だから…そういうもんじゃない…っていうか…」

「うなじあてはアルファがオメガに『これを身に着けてほしい』って言って渡すものであって…それにずっと使うものだからそんな何でもいいってわけには…きちんとした紋章を用意して飾りの細工に仕立てたやつを、俺が…俺がちゃんとしょうに…渡したいと…」
「あ、あの…璇さん…」
「俺はそう思ってた、んだけど…」

 戸惑っているような落ち込んでいるような、激しく動揺しているような…一体なんと言い表せばいいのかとこちらが悩んでしまうくらいの璇のその様子に、夾はアルファにとって(というよりも璇にとって)の【うなじあて】という存在がどういったものなのかを良くよく理解した気がした。
 ただの『証』ではなく、それにはもっと重要な意味合いが込められているべきものだったのだ。
 もちろん夾も誰かとつがいになる日のことを夢見ていた幼い頃から『将来アルファから渡される自分の うなじあて はどんなものになるだろうか』と想像してみたり、うなじあて をしているオメガの女性達に羨望の眼差しを向けたりしたものだが、しかしここまでアルファにとっても重要なものだとは思いもしていなかったのだった。

「璇さん、あの、すみません、俺はそんな…璇さんを落ち込ませることになるなんてこれっぽっちも思ってなかったんです、だってつがいになろうと言ってもらえただけで十分嬉しかったし、それに…用意してもらうのは手間をかけさせてしまうだけだろうと、そう思って…」
「…手間だなんてそんなわけがないだろ」
「璇さん…」

 寂しさと悲しさの織り交ざったような璇の表情。それも夾が初めて目にする表情だった。
 つがいになろうということになってから、そして一緒に暮らすようになってから。
 それまでには見たことのなかった璇の新たな表情をいくつも目にしてきていることに 夾はひそかにお互いが着実に『家族』になっていっているような気がして嬉しく思っているのだが、しかしあまりにもこの表情は寂しい感じがして夾も不安になってしまう。
 璇さん、と夾がその手を握ると、璇は立ったまま夾を包み込むようにして抱きしめて言った。

「頼むから…うなじあては俺からきちんと贈らせてくれ、しょう

「仕事をしてる時もつけられるようなのをきちんと考えるから…だから頼むよ」

「こういう風にうなじにあてがう布を洗い替えとして用意するのは構わないから、せめて飾りとか留め具は俺からちゃんと…な?」

 優しい声音でそんな風に懇願されずとも、すでに夾の答えは決まっている。

「はい、璇さん。璇さんがどんなうなじあてを俺に贈ってくれるのか…楽しみにしていますね」
「あぁ」
「ありがとうございます、本当に…本当に楽しみです」

 しばらくそうしてそのまま抱きしめあった後、ようやく解放された夾は璇の唇にちゅっと口づけて【香り】を弱く放った。
 それに璇が気付かないはずもない。
 璇は片眉を少し上げてやれやれというように同じく【香り】を弱く放つと、試しに作ったというその布の帯を夾の首周りにかざして「色か…色はどうするかな」と逡巡し始める。

しょうは何でも似合うだろ。けど…紺とか藍はどうかな」
「良いですね、俺達の名前にも合うじゃないですか」
「星空の色だな。紋章はやっぱり俺達の名前にちなんだ星をあしらったものにしないと、『璇』と『夾白』で…」

 真剣になってあれこれと考える璇からはすっかり落ち込んでいたあの様子は消え去っている。
 夾はそんな彼が湯冷めをしないようにと気を遣いながら2人の混ざった【香り】に笑みをこぼしたのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

Ωの不幸は蜜の味

grotta
BL
俺はΩだけどαとつがいになることが出来ない。うなじに火傷を負ってフェロモン受容機能が損なわれたから噛まれてもつがいになれないのだ――。 Ωの川西望はこれまで不幸な恋ばかりしてきた。 そんな自分でも良いと言ってくれた相手と結婚することになるも、直前で婚約は破棄される。 何もかも諦めかけた時、望に同居を持ちかけてきたのはマンションのオーナーである北条雪哉だった。 6千文字程度のショートショート。 思いついてダダっと書いたので設定ゆるいです。

【完結】幼馴染から離れたい。

June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。 βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。 番外編 伊賀崎朔視点もあります。 (12月:改正版) 8/16番外編出しました!!!!! 読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭 1/27 1000❤️ありがとうございます😭 3/6 2000❤️ありがとうございます😭 4/29 3000❤️ありがとうございます😭 8/13 4000❤️ありがとうございます😭 12/10 5000❤️ありがとうございます😭 わたし5は好きな数字です💕 お気に入り登録が500を超えているだと???!嬉しすぎますありがとうございます😭

隣国のΩに婚約破棄をされたので、お望み通り侵略して差し上げよう。

下井理佐
BL
救いなし。序盤で受けが死にます。 文章がおかしな所があったので修正しました。 大国の第一王子・αのジスランは、小国の王子・Ωのルシエルと幼い頃から許嫁の関係だった。 ただの政略結婚の相手であるとルシエルに興味を持たないジスランであったが、婚約発表の社交界前夜、ルシエルから婚約破棄するから受け入れてほしいと言われる。 理由を聞くジスランであったが、ルシエルはただ、 「必ず僕の国を滅ぼして」 それだけ言い、去っていった。 社交界当日、ルシエルは約束通り婚約破棄を皆の前で宣言する。

ちゃんちゃら

三旨加泉
BL
軽い気持ちで普段仲の良い大地と関係を持ってしまった海斗。自分はβだと思っていたが、Ωだと発覚して…? 夫夫としてはゼロからのスタートとなった二人。すれ違いまくる中、二人が出した決断はー。 ビター色の強いオメガバースラブロマンス。

【完結】出会いは悪夢、甘い蜜

琉海
BL
憧れを追って入学した学園にいたのは運命の番だった。 アルファがオメガをガブガブしてます。

流れる星、どうかお願い

ハル
BL
羽水 結弦(うすい ゆずる) オメガで高校中退の彼は国内の財閥の一つ、羽水本家の次男、羽水要と番になって約8年 高層マンションに住み、気兼ねなくスーパーで買い物をして好きな料理を食べられる。同じ性の人からすれば恵まれた生活をしている彼 そんな彼が夜、空を眺めて流れ星に祈る願いはただ一つ ”要が幸せになりますように” オメガバースの世界を舞台にしたアルファ×オメガ 王道な関係の二人が織りなすラブストーリーをお楽しみに! 一応、更新していきますが、修正が入ることは多いので ちょっと読みづらくなったら申し訳ないですが お付き合いください!

隣の番は、俺だけを見ている

雪兎
BL
Ωである高校生の湊(みなと)は、幼いころから体が弱く、友人も少ない。そんな湊の隣に住んでいるのは、幼馴染で幼少期から湊に執着してきたαの律(りつ)。律は湊の護衛のように常にそばにいて、彼に近づく人間を片っ端から遠ざけてしまう。 ある日、湊は学校で軽い発情期の前触れに襲われ、助けてくれたのもやはり律だった。逃れられない幼馴染との関係に戸惑う湊だが、律は静かに囁く。「もう、俺からは逃げられない」――。 執着愛が静かに絡みつく、オメガバース・あまあま系BL。 【キャラクター設定】 ■主人公(受け) 名前:湊(みなと) 属性:Ω(オメガ) 年齢:17歳 性格:引っ込み思案でおとなしいが、内面は芯が強い。幼少期から体が弱く、他人に頼ることが多かったため、律に守られるのが当たり前になっている。 特徴:小柄で華奢。淡い茶髪で色白。表情はおだやかだが、感情が表に出やすい。 ■相手(攻め) 名前:律(りつ) 属性:α(アルファ) 年齢:18歳 性格:独占欲が非常に強く、湊に対してのみ甘く、他人には冷たい。基本的に無表情だが、湊のこととなると感情的になる。 特徴:長身で整った顔立ち。黒髪でクールな雰囲気。幼少期に湊を助けたことをきっかけに執着心が芽生え、彼を「俺の番」と心に決めている。

成り行き番の溺愛生活

アオ
BL
タイトルそのままです 成り行きで番になってしまったら溺愛生活が待っていたというありきたりな話です 始めて投稿するので変なところが多々あると思いますがそこは勘弁してください オメガバースで独自の設定があるかもです 27歳×16歳のカップルです この小説の世界では法律上大丈夫です  オメガバの世界だからね それでもよければ読んでくださるとうれしいです

処理中です...