その杯に葡萄酒を~オメガバ―ス編~

蓬屋 月餅

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第2章

ショート話『銀の鈴』

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 それは少し時を遡り…
 璇と夾の間に産まれた長男“いなみ”が生後1カ月を迎え、夾にも仕事復帰の話が持ち上がり始めた頃のことだった。
 雲一つない青空の下、我が子を連れた璇と夾は酪農地域の墓碑がある丘まで散歩に出ていた。
 それまではかかりつけ医から赤子を連れての”外出”は『するならせめて自宅の周りを軽く散歩するくらいに留めるように』と言われていたのだが、健康に順調に生後1カ月を過ぎたことによって少しずつ外に出ている時間を増やしていってもいいということになったので、彼らは毎日少しずつ外を歩く距離を伸ばし、そうしてついに家から徒歩で約25分ほどのところにある酪農地域の墓碑の丘までも行けるようにしたのである。
 酪農地域の墓碑。そこは夾の両親が眠っている場所だ。
 未だに産まれた息子の姿を見せに行くことができていなかった2人は改めてその報告をするため、気温も天気も気温も程よい散歩日和の休日を見計らって赤子と共にその丘へと向かった。
 見渡す限りの草原(牧草地)の中を行く道は時折何人かの人とすれ違うくらいの静かなもので、赤子を抱いたままのんびりと歩くには最適だ。
 璇に抱っこされている赤子も璇の胸元に顔を隠してみたり、時々まだ喃語なんごともいえないような『あぅあぅ』という声をだしてみたりして、実際のところ どうか分からないが、まぁ散歩を喜んでいるような様子を見せる。
 そうして辿り着いた丘に登り、両親も眠っている大きな墓碑に花束を供えた夾は手を合わせながら両親にとっての孫である我が子が誕生したことを報告した。
 あらためて命の繋がりというものを感じて不思議な気持ちになる夾。
 夾の兄にも子供がいるので両親が祖父母となるのは初めてではないにせよ、自らを通して両親から、果てはそのはるか昔から脈々と続いてきた家族の歴史を受け継ぐ子が産まれたということが特別で尊いことだと感じることができる。
 命の繋がり、家族の繋がり。
 それはたとえ直接顔を合わせることがなくてもはっきりと感じられる目には見えない強固な絆である。
(父さんと母さんにもこの子のこと、伝わってるかな…)
 夾は肖像画を見ることでしかはっきりとその姿を思い出すことのできない両親を想い、そして我が子をしっかりと抱き直した。
 はつらつとして、奔放でありながらも子供想いだったという両親。
 きっと孫がもう1人産まれたことを喜んでくれることだろう。
 夾は璇と顔を見合わせて微笑むと、今度は自分が璇に代わって赤子を抱っこしながら歩いて自宅へと戻ってきた。


ーーーーーーー


 涼やかな風が時折吹く青々とした景色の中を歩く散歩。それはとても爽やかな感じがして良いものだ。
 しかし何せ彼らは子供連れである。
 いくら気温が涼やかだとしても体温の高い赤子をずっと胸のところに抱えていれば暑くなってくるのも無理はなく、璇と夾は散歩を終える頃にはすっかり額が汗ばむほどになってしまっていた。
 そのためいつもより早い時間ではあったものの早々に湯浴みなどを済ませてしまうことにした夾達。
 まだ外が明るいうちに湯浴みを済ませると暗くなってきてから湯浴みをするよりも湯上りが特にさっぱりとして気持ちよく感じる上、夕方までの時間が長くあるような感じがしてさらにのんびりとくつろぎの時間を過ごすことができるというものだ。
 赤子の“いなみ”も外の空気に触れてきた後で湯浴みをし、そして着心地の良い木綿の衣を着させてもらったことでとても気分がよくなったのか、寝かせられた赤子用の小さな寝台の上で両の手足を曲げたり伸ばしたりしながら笑っているような姿を見せる。
 我が子のそのあまりにも微笑ましい様子に、璇と夾も思わず頬を綻ばせて見入ってしまうほどだ。
 外を歩いてきた疲れと湯上りの心地良さ、そして程よい気温に赤子の笑顔…
 夕食まではまだ時間があるのでここでひと眠りしておくのもいいかもしれない。
 夾はこのまま横になればきっとすぐに昼寝をすることができるだろうと思うほどにゆっくりと瞬きをして静かに過ごす。
 だが璇はそんな夾に「…そうだ、これがちょうど昨日出来上がったっていうから受け取ってきたんだ」と言い、普段あまり開けることのない引き出しから一つの小箱を取り出してきたのだった。
 手渡されたその箱に見覚えがある夾は目を瞬かせる。

「え、これってもしかして…」

 つい今さっきまで感じていたうつらうつらとしそうな気分は一瞬にしてどこかへと消え去り、夾は箱を開けるまでもなく中身を察して目をパッチリとさせた。
 軽く揺するように動かすと、その箱は内側から小さく涼やかな音を立てる。
 璇は夾に「ほら、とにかく開けてみろって」とその箱を開けるよう言った。

「どんなのが入ってるか目で見て確かめてみろってば」

 璇に促されるまま夾が箱の蓋に手をかけてゆっくり開けてみると…

「…!やっぱり!」

 夾は箱の中に丁寧に収められていたものを取り出してまじまじと見つめる。
 それは以前 璇が夾のためにと贈った銀の鈴とよく似たものだった。
 璇と夾が持っているのと同じ濃紺の房飾りがつけられているのだが、しかし鈴自体にあしらわれている紋様は璇や夾のものとは違う特別なものになっている。
 それが表しているものがなんなのかはもはや説明されずとも明白だろう。

「これ…この子のための…いなみ のための鈴ですね?」

 夾が目を輝かせて訊ねると璇は大きく頷いて応えた。

「そう。名前が決まった後すぐ職人に頼んでおいたんだよ、名前の『牛宿いなみぼしの加護のもとに産まれた子』に合う紋様を付けた鈴をって。この紋様は細かい部分が多くあるからそれを球体の表面にあしらうのは結構大変だったみたいで、出来上がるまでに少し時間がかかったんだ。でもようやく完成したって連絡が来てさ、昨日さっそく受け取りに行ってきた」

「子供達にも1人1人こうやって鈴があったら良いんじゃないかと前から思ってたんだ、お守りにもなるだろ?」

 璇は部屋に飾ってあった自分達2人の鈴飾りを持ってくると、そっと揺らして音を立てさせた。
 重なり合う2つの鈴の音はよく調和がとれていて美しい。
 だが夾が手に持っているこの真新しい鈴を鳴らすと、3つの鈴の音はさらに美しい響きを作り出す。
 手作業で作られているからこそ“全く同じものにはならない”という特別さを秘めている鈴の微妙な音の違いは、理屈抜きで本当に素晴らしいものだ。
 夾が璇と共に「わぁ…本当に綺麗な鈴ですね……」と感嘆しながら音を聴いたりあしらわれている紋様を眺めたりしていると、赤子はバタバタと手足を動かしながら顔を必死にこちらに向けるなどして反応を示した。
 その姿のなんと愛らしいことか。
 夾が「うん、そうだね、いなみはこの鈴の音が大好きなんだもんね」と真新しい鈴をかざして見せると、分かってのことかどうかは定かではないが、赤子は房飾りをむんずと掴んで振るように腕を動かす。
 夾は妊娠中 具合が悪くなる度にこの銀の鈴の音を聴いて心を静めていたので、それが胎内で聴いていた赤子にも伝わって『鈴の音はとても心地が良いもの』という風な認識がなされているのかもしれない。
 
「気に入った?お父さんがいなみのためにって用意してくれた鈴だよ、良かったねいなみ」

 そう語りかけてから、夾は璇に「ありがとうございます、璇さん」と改めて礼を言った。

「家族でお揃いのものをって…すごく素敵だと思います。さっき璇さん言いましたよね?“子供達1人1人にこうやって鈴を”って、“お守りになるから”って。ぜひそうしましょう、約束してください」

 心からの嬉しそうな表情を浮かべる夾に、璇も「もちろん」と寄り添う。

「約束するよ、1人1人にこうやって鈴を作ってもらうって」
「絶対ですよ?」
「任せとけって。名前にちなんだ紋様の鈴…この先どんなのがここに加わるかが楽しみだな」

 微笑みを交わし、そっと体を寄せ合う璇と夾。
 部屋には重なった3つの鈴の音が涼やかに響いたのだった。
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