彼と姫と

蓬屋 月餅

文字の大きさ
4 / 25
『姫』視点

1「…彼の事を思ったから?」

しおりを挟む
 生まれつき小麦のように色づいた肌と、焦げ茶でわずかにクセのある柔らかな髪。
 瑞々しささえ感じさせる灰色の瞳に、豊かな睫毛と緩やかに弧を描いた眉。
 ただじっとしているだけ、ふと微笑むだけ、たったそれだけで男女問わず惹きつける力を持つその人。
 彼の恋愛対象は男だった。

 幼い頃から容姿が女性と間違われることが多かった彼は3人の姉や両親にとても可愛がられていて、物心ついた時から姉と共に女の子達がするような遊びをしたり、姉のお下がりを着ては可愛いと言い合ったりしていた。
 だがある時、彼は女性達のことをただただ『可愛い存在』として認識していて、それ以上の何ものでもないのだと気づいた。
 成長するにつれ、近所に住む男友達が「酪農地域から来るあの娘が好きだ」「俺は鉱業地域のあの娘と付き合いたい」などと話すようになった時、彼は女性に対してそんな風に思うことがないどころか、むしろそうして話している笑顔の男の子達の方が魅力的だと思っていた。
 容姿が女性らしいからか、姉達と一緒になって遊ぶことが多かったからか。
 一体いつから、自分は女性ではなく男に胸を高鳴らせるようになったのか。
 今となっては知る由もないが、とにかく男友達との会話では、彼はいつも自分のことを誤魔化すようにして応じていた。

 彼は自分の性が男であると認識している。
 容姿は女性のようでも、恋愛対象が同性である男でも、彼自身は男だと。
 しかし、どこを見ても自分と同じように同性を恋愛対象として見ている人はいなかった。
 一時は自分の事を『中途半端だ』『僕は男でも、女の子でもない、どっちつかずで不完全な存在なんだ』と深く思い悩んでいたが、ある時出逢った1冊の本がそんな彼のすべてを変えた。

 図書塔で何気なく手に取ったその本。
 何故か導かれるようにして手を伸ばしていたその本。
 不思議な雰囲気を放つその本。

 その本は、男同士の愛、情事について書かれたものだった。

 彼はその本を開くなり、強い衝撃を受ける。
 まさか、男同士でも愛し合うことができるだなんて思ってもみなかったのだ。
 男女がするように愛を伝え合うことが、自分には一生味わえないだろうと思っていた『愛し合う』という感覚が、その本には可能なことだと書いてあった。
 なにより、この本を書いたのがどんな人物かは分からないが、少なくとも『相手』と共にきちんと愛し合っていたことが伝わってくる。

(僕だけじゃなかったんだ…この本を書いた人も、僕みたいに同性を…男を愛して、そして愛されていたんだ)

 彼は図書塔の片隅で熱心にその本を隅から隅まで、一字一句完璧に頭の中へと叩き込むようにして読み込んだ。

ーーーーーーーーー

 彼の家には両親と姉3人が暮らしていて、圧倒的に女性の割合が高い。
 そんな中で年頃の彼が男としての自己の快感を得るのは簡単なことではなかった。
 さらに、彼が例の本を読んで知った『後ろを使って得る快感』を試してみるには、まったく相応しくない環境だ。
 しかし、興味が湧いてしまったものはもはやどうしようもない。
 彼はちょうど陸国で独り立ちをする歳であるということにかこつけて、『どこか他の地域で一人暮らしをしてみたい』と両親に持ちかけた。

「そうね…あなたも、もうそんな歳だものね…」
「いいんじゃないか?家の仕事を手伝いに戻りたくなったら戻ってくればいいんだし、住んだ先の地域でやりたいことが見つかったらそれはそれで」

 彼の家は酪農地域で主に他の地域へ貸し出す馬の世話を担当していて、彼や姉達も毎日馬の世話をし、時折他の地域へ荷車を繋いだ馬達を連れて行ったりしている。
 あくまでも貸し出しを主としているため、彼1人がこの家を離れたからといってすぐに人手不足の心配をする必要はない。
 そうしてやけにあっさりと話が進む中、彼は「どこか行きたい地域はあるのか」という問いに少し考え込む。

「別に行きたいところっていうのは…だけど、他の子達みたいに大人数で一緒に暮らすんじゃなくて、できれば1人で静かに暮らしてみたい」
「地域は?」
「それも…まぁ、住めそうなところならどこでも」

 彼の言葉を受け、場所の見当をつけるべく考えだした両親。
 少ししてから、母親が「そうだ、漁業地域はどう?」と提案する。

「漁業地域?」
「そう、漁業地域。この間、近所の…ほら、よくあなたも小さい頃に遊んでもらっていたお兄さんがね、漁業地域から帰ってきたの。あの子が暮らしていたのは、たしか漁業地域の小さな一軒家だったはずよ。魚のアラとかを肥料にする作業場があって、そこで仕事をしてたんですって。少し作業場とか他の家から離れてて不便だし、小さめだから窮屈だったと言っていたのを聞いた気がするけど…それは別の所だったかしら?とにかく、まだ他の人が決まっていなければその家が空いてると思うわ」

 周りから離れているなど、むしろ彼には好都合だ。
 彼は(家が窮屈だとして、なんの問題があるだろう。掃除が楽でいいじゃないか)などとも思い、浮き足立つ。

「いいね、良さそうな気がする」
「ね、あなたはどう?」
「うん、気に入った場所なら良いんじゃないか?」

 翌日、母親がその家が空いているかどうかと方々に確認してみると、やはり利便性の悪さから誰も住みたがらず、空き家のままだということだった。
 彼が早速その家へ下見をしに行くと、まったく普通の家で窮屈さなど感じない。
 以前住んでいたという近所のお兄さんは体が大きいために窮屈に感じたのだろうが、彼にはすべてがちょうど良く思える。
 そうして、すぐに彼の引っ越しが決まった。

「こんなにすぐ決めちゃうなんて…姉さん達に会えなくなるのが寂しくないの?」
「なんでまたそんな遠くに決めちゃったのよ」
「姉さん…別にもう会えないってわけじゃないでしょ?帰ってくるようにするし、手紙でもやり取りすればいいよ」
「だけど……」
「もう、姉さんてば!」

 寂しがる姉達は「こら、いつまでも困らせるんじゃないの」と母親に言われて渋々彼の手を離す。

「きちんと生活するのよ、いいわね?あなたはしっかりしているから そんなに心配はしていないけれど…とにかく、水回りだけは…」
「もう、分かってるってば!大丈夫!それじゃ、行くね」

 彼は両親や姉達の見送りに手を振り返しながら、住み慣れた酪農地域の家をあとにした。

ーーーーーーー

 初めての一人暮らしでも、彼は全く不自由さを感じずに生活し始める。
 掃除、洗濯は家でしていたよりも少ない1人分のために大して苦労はしない上、食事は好きな時間に好きなものを食べることができるのだ。
 彼は味の濃いものを食べるのが好きなのだが、実家では家族に合わせて普通の料理を食べる他なかった。
 しかし今は1人だ。
 濃く煮て味付けたものを齧っても誰にも何も言われない。
 仕事に関しても自由だ。
 陸国における『仕事』とは元々他の地域からの新鮮な食糧を得るためにするものなので、濃い味付けの保存期間が長いものばかりを好む彼は頻繁に食糧を得る必要がない。
 食糧がなくなれば外へ出て行って仕事をし、持ち帰った食糧を濃い味付けでじっくりと数日煮込んで食べる。
 そして、その食糧が尽きればまた外へ行って仕事をする。
 それ以外の時間は家の裏にある山へ山菜を採りに行ったり、水汲みをしたりと自由気ままに日々を送った。
 彼がこの生活を気に入っていることの、極めつけは『性欲の発散』だ。
 周りに人がいない環境は何もかもを開放的にさせ、彼は今まで溜め込んでいた分を解き放つかのように欲に溺れた。
 それは秘めていた後ろへの興味も同じだ。
 彼はこの家で暮らし始めてすぐ、自らの後ろの方を弄り始めていた。
 例の本には行為に活用できる粘液の作り方までもが載っていたのだが、その素となる薬草が裏の山に山ほど生えていたことも、彼にとっては好都合だった。

(いや…これで本当に気持ちよくなるのかな?そんな風に思えないけど……でも本に書いてあったから、気持ちいいと思う人にはきっとすごく気持ちいいことなんだよね?うーん……もしかしたら向き不向きがあるのかも…)

 彼は自らの後ろを洗って中を刺激してみるということを何日も繰り返したが、それでもたらさせれるのはただ指が出入りするという感覚だけで、結局強い快感というのは得られなかった。

ーーーーーーー

「おーい、『姫』ー!」
「ん、なんだー?」

 彼がこの地に暮らし始めてしばらく経ち、持ち前の人懐っこさですっかり人々と打ち解けた彼は『姫』という愛称で呼ばれるようになっていた。
 元々、漁業地域のこの作業場は試しによその地域で暮らしてみたいという若い男達が一時的に来る場ということもあって、人の入れ替わりが激しい場所だ。
 明るく、周りと打ち解けやすい男達が集まる中、一際美しく、会話も弾みやすい彼が人気になって可愛がられるのは不思議ではない。
 彼も愛称として『姫』と呼ばれることを好んでいた。

「本当に『姫』は神出鬼没だよな、前会ったのなんかいつだっけ?」
「さぁなー、いつだっけ?いちいち覚えてないよ」
「はははっ!なんていうか、そんなのでよく体調を崩さないよなぁ」

 ある日、彼がいつものように気楽に話しながら作業をしていると、ふと目の端に見かけない男の姿があった。
 上背があり、なんとなくひんやりとした雰囲気をもつその男。
 人の入れ替わりが多いこの場において『見かけない姿』というのはけっして珍しいものではないが、彼は何故かその男に目を惹かれ、話していた仕事仲間に尋ねる。

「…あそこにいる人、誰?ここに新しく来た人?」
「ん?…あぁ、そうそう。もう5日くらい前かな?新しく越してきたんだ」
「へぇ……」

 その新しく越してきたという男はまだ仕事に慣れていないらしく、周りからあれこれと教えられながら作業をしているようだ。
 彼の仕事仲間は「あの人、結構話してみると面白いよ」と何気なく言う。

「ちょっと話しかけづらい感じだけどさ、きっとそのうち人気者になるね。間違いない」
「は…なにそれ、かっこつけてるの?『間違いない』って、やけにキリッとしちゃって」
「いや、間違いない…あいつは人気者になる!」

 わざとらしく頷く仕事仲間。
 彼は「なんだそれ!」と笑いながらも目の端で作業を続ける男が気になっていた。

ーーー

「あ…君は……」

 仕事仲間と話をしてからしばらく日が経った頃、彼は偶然その男と話す機会を得ていた。
 昼時になって水を飲もうと水汲み場へ向かうと、ちょうどそこへその男も来ていたのだ。
 たしかに、じっとしていればなんだか気まずいような気がしてくる雰囲気を感じて、彼はわざとらしく明るげに声をかけた。

「ねぇ、ここに来たばかりなんだって?初めまして」
「…どうも」

 男は話しかけられたことに驚いたらしく、言葉少なに頭を下げる。
 近くで見てみると、男は彼よりも15cmほど高い身長に涼し気な目元が映えるはっきりとした顔立ちをしていた。
 雰囲気を色で例えると、薄めの青、よく晴れ渡った青空のような色、といった感じだ。
 初めて見かけた時から仕事をしようと外へ出てくる度に遠目から気になっていた存在は、近くに寄ってみるとまるで長年憧れていた人に会ったかのような高揚感と緊張感をもたらす。

「わぁ…すごく背が高いんだね、遠目からでも目立つなと思ってたんだ!」
「そうですか」
「…別に羨ましくなんてないよ、いいなぁって思ってるだけ」
「羨ましいんですか?」
「な…う、羨ましくないよ!別に!」

 「羨ましいと、思ってるじゃありませんか」と口角を上げる男に対し、彼は再び「あっ、思ってないって言ってるのに!」と反論した。
 彼はいつになく言葉数が多くなっている。
 思うよりも先に言葉が口をついて出ていくというのは生まれて初めてのことだ。
 彼のどうでもいい話に笑みで応えてくれたところを見ると、この男は冷徹な性格というわけではなく、むしろ親しみやすい性格をしているらしい。
 彼は仕事仲間が言っていた『あいつは人気者になる』という言葉に(その通りだな)と胸の内で同意する。

「これ、どうぞ」

 男は彼に水の入った杯を渡すと、そばにある椅子を軽く拭って座るよう促してきた。
 流れるような一連の動作に、彼は促されるまま「あ…ありがとう、悪いね」と椅子に腰掛ける。

「なんだか手慣れてるね」
「あ…すみません」
「いや、謝ることはないのに。むしろ僕の方が歳上なのに、気が利かないね」

 彼が「恥ずかしいな」と苦笑すると、男は首を横に振る。

「気が利かないだなんて。私はまだ妹の世話をしていた頃の癖が抜けなくて…ついこうして人にあれこれとしてしまうんです」
「あれ、妹さんがいるんだ」
「はい、1人。2人兄妹でして」
「へぇ!僕は姉がいるんだよ、3人も!」
「そうなんですか?」
「うん!だから僕はどっちかというと世話されてばかりで…ははっ、君とは逆だね」

 互いに女の姉妹がいるという共通点を見つけ、今日初めて話したとは思えないほど会話が弾む2人。
 彼は楽しく話をしながらも、さらに男に惹きつけられていた。
 男の考え方やこれまでの育ちが感じられるふとした仕草。
 それら全てに好感がもてる。
 極めつけは「そろそろ仕事に戻ろうか」と杯を片付けていた時のことだ。
 水汲み場である以上、そこが常に水に濡れているのは仕方がない。
 しかし、男は杯を片付けた後で辺りに飛び散る水滴を丁寧に拭い出したのだ。
 それを見た瞬間、彼は微動だにできなくなってしまった。
 じっと見つめてくる彼に気付いた男は「すみません、これも癖なんです」と布巾を畳みなおす。

「『水場は綺麗にしなさい』と言われて育ったもので…放っておけなくて」
「あ…ぼ、僕も!僕もなんだ!」

 「え?」と驚く男に、彼は自分のことを話していく。
 彼は馬の世話をする上でよく水を扱っていたこともあり、自身も『水場は特に清潔にしないといけない』と言われて育っていた。
 それはすっかり身についていて、ここで仕事をし始めた時からこういった水回りの汚れを目にする度にどうしても気になってしまい、それとなく拭っていたのだ。
 彼はまさか、と感激のあまり声をつまらせる。

「い、今まで、見かけたら綺麗にするようにしてたんだけど、僕以外でこんな…拭ってる人なんて、初めて見て…」
「…私達は本当に共通点が多いみたいですね」

 柔らかな笑みを浮かべる男に、彼は思わず「ぼ、僕…僕の名前は…」と自ら名乗っていた。
 『姫』という愛称が浸透し、彼の本名を知る者はほとんどいないこの地。
 彼は今までそれでも構わなかったが、どういうわけかこの男にはきちんとした自身の名前を伝えたいと思ったのだ。
 男は少し驚いたようだが、すぐに彼の名前を復唱して笑みを浮かべると、「私の名前は…」と名乗る。

「農業地域の言葉で『恵みをもたらす霙(みぞれ)』という意味です」
「霙…」
「はい。私達はどちらも冬に因んだ名前なんですね」

 また1つ共通点がありました、と『霙』は微笑む。
 彼はその笑みに胸を鷲掴みにされたような気分になった。

ーーーーーーー

「うっ……はぁ、慣れないな、もう……」

 その夜、彼は浴室で自身の後ろを洗い、中へ指を入れてあちこちを撫で回してはため息をついていた。
 彼はほとんど毎日のようにこうして後ろを弄っている。
 しかし、未だにそこで快感を得たことはない。
 いつかは快感を得られるはずだと信じ、中に指を入れては気分を盛り上げるためにわざとらしく声をあげるなどしているものの、結局中を洗うのが上手くなっただけで快感などは一向に感じられない。
 唯一それらしい場所はあるものの、だからといってそこを弄り続けても気持ちよさがこみ上げてくるわけではない。
 彼はいい加減、自分のしていることが無意味に思えてきた。

(僕は向いてないんだな…たしかに気持ち良くなる人もいるのかもしれない、でも僕は違うんだ、きっと。それに…こんなことをして何になる?相手がいないのに、これで気持ち良くなったとしてなんの意味がある?はぁ…『あの本』を書いた人達はどうやってお互いを見つけたんだろう?同性が好きだなんて、まさか周りに言いふらしてたわけじゃないだろうし…でも、そうじゃないと出会いようがないんじゃ……?あぁ、もう!いいなぁ、好きな人と出逢って抱き合ったり色んなことをするなんて…きっとすごく幸せだったんだろうなぁ…)

 彼は憧れと羨ましさを滲ませながら、指を最奥まで押し込んでクイクイと曲げる。

(僕だって好きな人と手を繋いだりとか、色々してみたいのに…きっと本を書いた人達はそういうのも全部してたんだよね?いいなぁ…あんなに綺麗な字と文を書くくらいだから、きっとすごく素敵な人達だったに違いないよ。例えばほら、あの彼、『霙』みたいに!昼間話した時、すごくかっこいいと思っ……)

《…私達は共通点が多いみたいですね》

「っ!?」

 浴室の中、自らの秘部を弄っていた彼は驚いて思わず周りを見渡した。
 なぜか突然、耳元にあの男の、霙の声が聞こえてきた気がしたのだ。
 ここは彼の家の浴室で、当然他に人はいない。
 しかし、やけにはっきりと声が聞こえたようで、彼は目を白黒させる。

(な、なに…?すぐそばで話しかけられたみたいだった、そんなわけないのにな…昼間のことを思い出したから?でも…い、いくらなんでもそんな……)
 
 (いや、そんなはずはない)と首を横に振り、さらに指を動かそうとする彼。
 しかし、1度幻聴で霙の声を聴いた彼の脳裏にはあの微笑む霙の姿しか浮かんでこなくなっていた。

(霙、みぞれ、か…良い名前だな、すごく似合ってて……前から目立つなとは思ってたけど、やっぱりかっこよかった…それに笑ったあの顔も…かっこいいのになんだかちょっと可愛いくて……)

「ふ、う…うう、ん……」

 話していた時の霙を思い出しながら中の指を動かし続ける彼。
 いつもとは違う『何か』を感じている彼は、徐々に『あの1点』を強く、早く擦りだした。
 
「ああっ、あっ、やぁっ……んん、う……」

 わずかに膨らんだその部分を押しつぶすようにして刺激すると、それまで感じたことがない、痺れるような感覚が全身を駆け巡っていく。

(す、すごい、たぶんこれ…きてる……これ、ずっと欲しかったやつが……)

「うぁ、あぁあっ!!!」

 彼は濡れた浴室に自らのあけすけな喘ぎ声を響かせながら絶頂を迎えた。
 今までとは違う、腰や足がビクつくほどの快感。
 しかし彼の前のものは依然として熱く首をもたげたままであり、彼はぱっとそれを掴むと闇雲にしごき始めた。
 後ろを弄るために塗り込んでいた薬草の粘液が前の方をしごくのにも役立つ。
 さらに、彼の耳には霙が彼の名前を復唱した時の声が響き、情欲を煽っていた。

(うぅ…き、きもちいい…あぁ、だめだ、もう出る……っ!)

「う、あぁっ……!!!」

 長いこと手を動かし続けていた彼は白濁を散らしてからぐったりと浴室の床に倒れ伏す。
 それは間違いなく、今まで彼がしてきた自慰の中で1番の気持ちよさを誇っていた。
 後ろで得る快感がまさかあんなにも、無意識に体がビクついてしまうほど素晴らしいものだとは思っていなかった彼はしばし呆然としてしまう。
 自らの鼓動と呼吸の音が煩いほどに思え、彼は汗ばむ額に腕を重ねて落ち着きを取り戻そうと時を1秒ずつ数えていく。
 それと同時に、それほどまでに気分を高まらせた存在についてもぼぅっと考えた。

(霙…彼の事を思ったから?今までこんなことは…1度だってなかったのに…)

 彼は特定の人を想って欲情したことがない。
 ましてやこんなにも激しく絶頂を迎えたのは初めてのことだ。
 後ろを弄っても奥底から溢れ出してくるような気持ちよさなど感じたことがなかったというのに、今日、彼はあの『霙』の事を想ったことで新たな扉を開いた。

(信じられないけど…でもきっとそうだ…彼のあの微笑みと…僕の名前を呼んだ時のことを思い出したら…)

「っ!?」

 彼は自らの下腹部を見て驚く。
 たった今とてつもない快感を感じて射精したというのにもかかわらず、なんと彼のものは再び首をもたげ始めていたのだ。
 なんとも言えない羞恥を心に沸き立たせながらも、彼はそれに手を重ねる。

「み、霙……」

 ぼそり、と口に出して名前を呼んでみると、それに呼応するかのように霙の声が脳裏をよぎり、手の中のものは熱く跳ねる。

「あ…みぞ、れ…みぞれ…っ!!」

 彼はうわ言のように何度も『霙』と呼びながら自らの前のものを一心不乱に扱った。

 そこはかとなく感じる罪悪感と大きな満足感。
 それらは彼の心と体を隅々まで満たしていった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

世界を救ったあと、勇者は盗賊に逃げられました

芦田オグリ
BL
「ずっと、ずっと好きだった」 魔王討伐の祝宴の夜。 英雄の一人である《盗賊》ヒューは、一人静かに酒を飲んでいた。そこに現れた《勇者》アレックスに秘めた想いを告げられ、抱き締められてしまう。 酔いと熱に流され、彼と一夜を共にしてしまうが、盗賊の自分は勇者に相応しくないと、ヒューはその腕からそっと抜け出し、逃亡を決意した。 その体は魔族の地で浴び続けた《魔瘴》により、静かに蝕まれていた。 一方アレックスは、世界を救った栄誉を捨て、たった一人の大切な人を追い始める。 これは十年の想いを秘めた勇者パーティーの《勇者》と、病を抱えた《盗賊》の、世界を救ったあとの話。

魔王の息子を育てることになった俺の話

お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。 「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」 現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません? 魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。 BL大賞エントリー中です。

学校一のイケメンとひとつ屋根の下

おもちDX
BL
高校二年生の瑞は、母親の再婚で連れ子の同級生と家族になるらしい。顔合わせの時、そこにいたのはボソボソと喋る陰気な男の子。しかしよくよく名前を聞いてみれば、学校一のイケメンと名高い逢坂だった! 学校との激しいギャップに驚きつつも距離を縮めようとする瑞だが、逢坂からの印象は最悪なようで……? キラキライケメンなのに家ではジメジメ!?なギャップ男子 × 地味グループ所属の能天気な男の子 立場の全く違う二人が家族となり、やがて特別な感情が芽生えるラブストーリー。 全年齢

今日もBL営業カフェで働いています!?

卵丸
BL
ブラック企業の会社に嫌気がさして、退職した沢良宜 篤は給料が高い、男だけのカフェに面接を受けるが「腐男子ですか?」と聞かれて「腐男子ではない」と答えてしまい。改めて、説明文の「BLカフェ」と見てなかったので不採用と思っていたが次の日に採用通知が届き疑心暗鬼で初日バイトに向かうと、店長とBL営業をして腐女子のお客様を喜ばせて!?ノンケBL初心者のバイトと同性愛者の店長のノンケから始まるBLコメディ ※ 不定期更新です。

ノリで付き合っただけなのに、別れてくれなくて詰んでる

cheeery
BL
告白23連敗中の高校二年生・浅海凪。失恋のショックと友人たちの悪ノリから、クラス一のモテ男で親友、久遠碧斗に勢いで「付き合うか」と言ってしまう。冗談で済むと思いきや、碧斗は「いいよ」とあっさり承諾し本気で付き合うことになってしまった。 「付き合おうって言ったのは凪だよね」 あの流れで本気だとは思わないだろおおお。 凪はなんとか碧斗に愛想を尽かされようと、嫌われよう大作戦を実行するが……?

【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 全8話 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c

アプリで都合のいい男になろうとした結果、彼氏がバグりました

あと
BL
「目指せ!都合のいい男!」 穏やか完璧モテ男(理性で執着を押さえつけてる)×親しみやすい人たらし可愛い系イケメン 攻めの両親からの別れろと圧力をかけられた受け。関係は秘密なので、友達に相談もできない。悩んでいる中、どうしても別れたくないため、愛人として、「都合のいい男」になることを決意。人生相談アプリを手に入れ、努力することにする。しかし、攻めに約束を破ったと言われ……?   攻め:深海霧矢 受け:清水奏 前にアンケート取ったら、すれ違い・勘違いものが1位だったのでそれ系です。 ハピエンです。 ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。 自己判断で消しますので、悪しからず。

ウサギ獣人を毛嫌いしているオオカミ獣人後輩に、嘘をついたウサギ獣人オレ。大学で逃げ出して後悔したのに、大人になって再会するなんて!?

灯璃
BL
ごく普通に大学に通う、宇佐木 寧(ねい)には、ひょんな事から懐いてくれる後輩がいた。 オオカミ獣人でアルファの、狼谷 凛旺(りおう)だ。 ーここは、普通に獣人が現代社会で暮らす世界ー 獣人の中でも、肉食と草食で格差があり、さらに男女以外の第二の性別、アルファ、ベータ、オメガがあった。オメガは男でもアルファの子が産めるのだが、そこそこ差別されていたのでベータだと言った方が楽だった。 そんな中で、肉食のオオカミ獣人の狼谷が、草食オメガのオレに懐いているのは、単にオレたちのオタク趣味が合ったからだった。 だが、こいつは、ウサギ獣人を毛嫌いしていて、よりにもよって、オレはウサギ獣人のオメガだった。 話が合うこいつと話をするのは楽しい。だから、学生生活の間だけ、なんとか隠しとおせば大丈夫だろう。 そんな風に簡単に思っていたからか、突然に発情期を迎えたオレは、自業自得の後悔をする羽目になるーー。 みたいな、大学篇と、その後の社会人編。 BL大賞ポイントいれて頂いた方々!ありがとうございました!! ※本編完結しました!お読みいただきありがとうございました! ※短編1本追加しました。これにて完結です!ありがとうございました! 旧題「ウサギ獣人が嫌いな、オオカミ獣人後輩を騙してしまった。ついでにオメガなのにベータと言ってしまったオレの、後悔」

処理中です...