彼と姫と

蓬屋 月餅

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『姫』視点

4「月夜」後編

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 それは間違いなく、彼にとって人生最大の屈辱ともいうべきことだった。
 親しかった仕事仲間が結婚によってこの地を去るということが、いつまで経ってもきちんと話をする機会のない霙への焦る思いや不安を助長した結果、彼は若者を必要以上に刺激してしまったのだ。
 歳下だから、と若者のことを見くびっていた彼は、どれだけ必死に足掻いても強引に体をひらこうとする若者からは逃れることができず、それまで自身が握っていた行為の主導権を完全に奪われてしまった。
 どれだけ声を上げてもそれらは若者の耳には一切届かず、結局組み伏せられたまま彼は為す術もなく犯され、白濁を体の奥深くに注がれた。

 元々芯が短くなっていたせいで、部屋の灯りはとっくに燃え尽きている。
 青白い月の光だけが照らす中、彼は横で眠る若者の腕から逃れ、寝台を降りた。
 少し動くだけでも腰、尻、秘部に鋭い痛みが走り、彼は床に落ちていた衣を取るのにも、着るのにも非常に難儀する。
 その間、彼が眠っている若者に目を向けることは一切なかった。
 喉奥に何かがつかえたような、息が詰まるような感覚がして、彼はそれを抑え込もうと手のひらで胸元を擦る。

(泣くな…泣いてどうなる?泣いたって今のことが無くなるわけじゃないのに……)

 少しでも気を抜けば涙がとめどなく溢れ出してくるに違いない。
 彼は自分自身を落ち着かせながら、体内に渦巻く妙な『それ』が下の方へ流れているらしいと悟り、この場を離れることにした。

(中は…霙にしか出して欲しくなかったのに。霙にしか許したくなかったのに。こんなことになるなんて……早く出さないと、自分の中にこんなのを留めておきたくない。どっか外の冷たい水でも構わないから浴びて……とにかく外にいよう。ここには居たくない、外にいないと)

 彼は痛む腰に眉をひそめながら、着の身着のまま外へ出るべく戸を開ける。

「あ……」

 戸を開けるなり、彼は言葉を失って立ち尽くした。
 そこには霙がいた。
 踵を返したところだったらしい霙は戸の開いた音に振り向くと、「あ…あの」とそばへ寄ってくる。

「…すみません、話をと思ったんですが、やっぱり灯りが消えていて…おやすみになってるようだったので帰ろうと……」

 まさかこんな状況で霙に会うとは思いもしなかった彼。
 たしかに、暗くなっているとはいえまだ非常識な時間というわけでもない。
 いつもであれば部屋の中へ招き、ついにこの日が来たとばかりに霙へ精一杯の奉仕をしたに違いないのだが、今はあまりにもバツが悪すぎる。
 他の男に犯され、精液を中に放たれたままの体だというのに、どうして想い人の霙に一連の奉仕ができるのだろうか?
 彼は「明日でも…いい?」と小声で言った。

「今日はもう…明日なら、いくらでも時間はあるから」

 あまりの気まずさに目を合わせることができない彼。
 すると霙は「…誰か、いるんですか」といつもよりもいくらか低い声で尋ねてきた。

「中に誰か……」

 霙の言い方からして、それはほとんど確信を持っていると分かる。
 彼は誤魔化すことはせず「うん」と小さく頷く。

「この間の子が…来たんだ。いつもはすぐ帰るのにね、仕事で疲れてたのかな、今日はここで寝ちゃってるんだ」

 本当のことなどを言えるはずもなく、彼は体内に蠢く感覚の気持ち悪さと申し訳無さから霙に対して慎重に言葉を紡ぐ。

「わざわざ来てくれたのに、ごめん…これじゃ落ち着いて話なんかできないでしょ?だから無理だよ…」

 このまま早く霙に立ち去ってほしいと祈るように俯いていた彼は、霙の「大丈夫ですか」という声に思わず顔をあげる。

「え?」
「何があったんですか、中にいる人はここへ何の用があって来たんですか」
「それは……」
「今、私が来たから戸を開けたわけではありませんよね?あなたは外へ行こうとしたんじゃないですか、一体何が……」
「いや、なんでもないから……」

 彼の秘部は中から流れ出すものをもはや留めておくことができず、タラリとそれを尻につたわせてしまった。
 彼がそれに眉をひそめて堪え忍ぼうとしていると、霙は「…失礼します」とだけ言って彼を軽々と抱え上げる。
 あまりにも突然のことに、彼は「えっ、ちょっ、ちょっと…!!!」と戸惑う声をあげてその腕から逃れようとしたが、しっかりとしたその腕からは到底逃げられそうになかった。

ーーーーーーーー

(あぁ…あんなことにさえなってなければ、最高だったのにな……)

 彼は霙の腕の中でぼうっと今のこの状況について考える。
 霙の、好きな人の腕にしっかりと抱え上げられて運ばれるなど、夢のまた夢だったはずだ。
 秘部に滲む他人の精液などが無ければ、他人に犯されてしまったという事実さえなければ、今夜はすでに彼の人生の中で2度目の最高の夜になっていたに違いない。
 そうならなかったことが悔やまれてならず、彼は項垂れたまま大人しく霙の腕の中の居心地の良さに身を任せた。

 霙は彼の家の裏にある山の中へ入って行っているようだ。
 足元の草を一切避けることなく突き進むため、踏み分けた草の香りは次第に濃くはっきりと辺りに漂っていく。
 夜の静かな空気に混ざる草と土の香り、そして霙の香りを存分に感じていた彼は、霙が立ち止まったことでようやく意識を今のこの状況へと取り直した。
 霙の腕の中から下りて周りをそっと確認してみると、そこがいつも山菜採りの際に通りがかる小さな湖のそばだと分かる。

(足場が悪いのに…僕を抱えながらここまで来るなんて、さすが霙……)

 湖面に映る月は真ん丸だ。
 だが、彼は目の端で輝く月よりも目の前に迫ってくる霙に釘付けになる。
 青白い月の光が涼し気な目元が特徴的な霙の魅力を何倍にもしているように思えてならない。
 霙に見惚れている彼の熱は凄まじく、今晩、これまでに起こった出来事を全て忘れてしまうほどだ。

「あの男と、何をしたんですか」
「え……」

 霙の冷ややかな声が響く。

「衣を乱して、目を潤ませて。何をしてたんですか」
「あ、の……」
「言えないことをしてたんですか。あの男が寝台で寝てるだなんて。話をしてただけ?本当にそんなこと、信じられると思いますか」

 至近距離で見つめ合う彼と霙。
 身長差があるせいで彼は随分上を見上げなければならない。
 しかし、そうして下から覗き込む霙の瞳は痺れるほどの威圧感に満ちていて、彼はまたもや胸を高鳴らせてしまう。

「これは何ですか」
「っあ……」
「答えてください。答えられないんですか」

 霙のしなやかな指が下衣の上から彼の尻の割れ目をなぞると、じわじわと秘部から溢れ出してきていた若者の白濁は霙によって下衣にはっきりとしたシミをつけた。
 指先から伝わる濡れた感覚に確信を持ったらしい霙は、さらにそこへ指を押し当てて「これは何ですか」とさらに追及する。

「これが何か、隠す必要がありますか。明らかでしょう、こんな匂いまでさせて。あの男と何をしたのかははっきりしています。中に出させたんですか」
「あ……ち、ちが……」
「あなたは誰とでもこういうことをするんですか」

 冷ややかな声が続く中、彼は何とか否定しようとするものの秘部を刺激し続けられているせいで上手く言葉を紡げない。

「………掻き出してやる」

 そう低く呟いた霙は、足の力が抜けてしまいそうな彼の下衣を弛めて足首まで下ろすと、彼の秘部へ直接指を挿し込んで中を弄り始めた。

「は、あ、あぁっ……うぅ、う……」

 乱暴に突かれたことで痛んでいたはずの尻は、どういうわけか霙の指をすんなりと受け入れて快感までもたらしてくる。
 ただ中を擦るのではなく、文字通り『掻き出す』その指の動きはまったく予測不能だ。
 深くまで挿し込まれた指は中を拡げるようにぐにぐにと動き回り、引き抜く際には曲がった指先が異物感を強める。
 異物感が強まると、彼の中の良いところにも必然的に刺激が加わる。
 指1本では不十分だと思ったらしい霙は、さらに2本、3本と指を挿し込んで奥の方の白濁を掻き集めるように動かし、秘部からグチュグチュという淫らな音を響かせた。

「うぅ、ああっあっ……!!」

 途端に、彼はつかえていた白濁が奥の方から大量に流れ出してきたのを感じて身を震わせた。
 秘部から下へ滴り落ちていく白濁は激しい羞恥で彼を包む。
 彼は尻の感覚だけでその白濁の多さを察したのだ。
 手でそれらを扱っている霙には、よりその白濁の多さ、濃さが分かるに違いない。
 彼は顔をあげることができず、霙の胸元に額をくっつけて羞恥と犯された事実への屈辱を飲み込もうとする。

「…………」

 夜風が辺りの木々を撫でて喧しいほどのざわめきを起こす。

「……もっと…もっと掻き出してやる……全部、全部だ」

 怒気を孕んだ霙の声。
 霙は彼の下衣を足首から抜き去ると、彼の片足をぐいっと抱え上げ、自らの猛ったものを彼の秘部へと突き刺した。

「はあっ、あっ、ああっ!!!」

 熱く、強い衝撃が彼の全身を駆け巡る。
 あまりの昂揚感に視界が明滅し、まるで星がすぐそこで瞬いているようだ。

 待ちに待った霙との2度目の交わり。
 彼は待ち焦がれたその時を余裕を持って臨むつもりでいたのだが、もはや今は何のことも考えられなくなっていた。

 霙の動きに合わせ、力を入れたり、抜いたり。
 抜き挿しだけではなく、うねるように腰を動かしたり。
 膝の開き具合で、挿入る角度や深さを変えたり。
 
 霙と再び交われたなら試すべきと思っていたあれこれはとても試せそうにない。
 立ったまま片足を抱え上げられて抜き挿しされるそれは、彼にとって真新しい刺激なのだ。

 じゅぷじゅぷという大きな水音が響き渡る中、彼は喘ぎ声を漏らさないようにと荒い吐息だけで揺さぶりに耐える。
 一度気を抜けばあられもない喘ぎ声をそこら中に漏らしてしまうのは間違いないだろうというほどの快感が押し寄せているが、なぜこんなにも気持ちがいいのかと彼も不思議に思えてならない。
 体位が違うとはいえ、若者に強引に犯された時と力強さは大して変わらないようだ。
 しかし、霙とのこの交わりには痛みがないどころか、比較のしようがないほどの快感が絶え間なく押し寄せてくる。
 彼はこれが『想い』による違いなのだと感覚的に理解していた。
 自分の、霙へのこの想いが深く、強く、本気であるからこそのこの気持ち良さなのだと。

「はあっ、はぁぁっ、はあっ……」

 絶えず下から突き上げられ、彼はすでに中だけで2度も絶頂を迎えてしまった。
 それでもなお足りない、と思っていたところへ一陣の風が吹き、夢中になっていた彼はそこでここが外であることを思い出す。

「あっ…そ、外…誰かに…見られっ……」

 いくら夜の山中とはいえ、何があるかは分からない。
 散々水音を響かせた後ではあるのだが(誰かに見られでもしたら)という心配からそう言う彼に対し、霙は「誰も来ない」と短く答える。

「誰か来ても…どうせ俺しか見えない」
「はあっうっっ」

 さらに激しく突き上げる霙に、彼は(違う…!!)と内心で反論する。

(僕じゃない…君を、こういうことをしてる君の体を他のやつに見られるのが嫌なんだ!!)

 彼は自らの裸体が誰に見られようとも構わなかった。
 それよりも我慢ならないのは、上衣から透けるしっかりとした霙の筋肉の線を自分以外の人間が目にすることだ。
 霙と初めて交わった次の日の朝に見た、あの神々しくも思える霙の背。
 この美しい月光が照らす中では、それはより一層素晴らしいに違いない。
 今、彼は激しく突き上げられているのに乗じ、両の手のひらで霙を抱きしめるようにしながら背に触れている。
 こんなにもしっかりと霙の体に触れたのは初めてのことだ。
 見ただけとは違う、上衣の生地の上からでも伝わる筋肉の線と熱さはさらに彼の興奮を煽る。

 さらに深く、どんなものでさえも届かないほどの奥にまで。
 自身の中の、奥深くに霙の存在を残してほしい。
 それが痛みでも、構わない。

「はぁっ、あっ、あああっ…」

 彼は腕を霙の背から首の後ろへと回す。

(もっと…もっと深くまで……)

 片足は霙に掴まれていて、彼の体を支えているのはもう片方の足と背に当たる木の幹だけだ。
 地面についている片足は快感のためにもはやほとんど力が入らない。
 しかし彼はそんな片足と両腕に一瞬だけグっと渾身の力を込めた。
 両足を霙の腰に絡みつけ、よじ登るようにして密着すると、さらに奥深くに霙のものが挿入ってきたことが分かる。
 彼は秘部を霙に差し出すように体を反らした。
 痛みでさえも、瞬時に快感へと昇華していく。
 自らの体重によって霙の一突きがさらに重くなり、満足感と苦しいほどの愉悦が押し寄せた。

「うぅっ、ぅ、う、あぁっ、は、あぁぁ!!」

 容赦ない抽挿は少しの休息も無しに続く。
 彼が中だけでどれだけの絶頂を迎えたのか、もはやそれは数えようがなかった。

 美しい月夜。
 山中で繰り広げられる濃厚な交わりの音が、湖面にさざ波を立てていた。
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