牧草地の白馬

蓬屋 月餅

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10「あけび」

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 【地界】へ降りて会いに行く度に背が伸び、顔つきや体つきが少年から青年らしくなっていった白馬。
 牧草地の神はそんな白馬と10年もの間にわたって、許される限りの時間を共に過ごした。
 たとえ言葉が通じないとしても、それは関係のないこと。
 共に歩き、走り、触れ合う。
 それだけで気持ちが何でも通じているかのような感覚になり、満たされていた。

ーーーーーーーーー

「おいで!」

 牧草地の神である犬の姿を見つけた白馬はすぐさま両手を広げて呼び込む。
 薄い黄緑の瞳をした犬が走る勢いのままその腕の中へ飛び込んでいくのは、もうお決まりのことだ。

「やっぱり今月も来たね!会いたかったよ~!」
(私もだよ、やっと会いに来ることができた!)

 白馬に撫でられ、喜びをあらわにする牧草地の神。
 今日はそこに水の神の側仕えである白蛇が転生した『金』もいた。

「おー、またいつものわんちゃん来てるじゃん。お前本当に懐かれてるよな、この犬に」
「はぁ、またそうやって…名前で呼んでよ、この子は『あけび』だってば」
「あぁ、分かってるよ、分かってるって。けど他に飼い主がいるんじゃないのかよ、こいつにはちゃんとした名前があるだろうに」

 やれやれと首を振りながら言う白蛇に、白馬は「別に…いいでしょ」と口をとがらせる。

「たしかに余所じゃ もっと違う名前を付けられてるかもしれないけど、でも今ここに来てくれてる間はこの子は『あけび』なの。首輪も名札もないし、この子の飼い主だっていう人も全然名乗り出ない、ならせめてここで僕が好きに呼ぶくらい…」
「分かったよ、もう」

 白蛇はかがむと「あけび。よう、あけび」と牧草地の神の頭を撫でた。
 そう、白馬は牧草地の神の『器』である犬に『あけび』という名をつけている。
 初めて会った頃が木通の花がよく咲いていた時期だからという理由のようだが、(なかなかに良い響きの名前をつけてもらった)と牧草地の神も満足していて、すっかり『あけび』と呼ばれることが嬉しくなっていた。

(銀、またちょっと雰囲気が変わったね?ふふっ、初めて人の姿になったときの君は今くらいの歳の背格好だったなぁ)

「そうだ、今日は他のわんちゃん達もいるからおやつをあげられるんだ。あけび、おいで!おやつをあげるよ」

 白馬はそう呼びかけて『あけび』を後についてこさせると、近くで牧羊犬達の世話をしていた男性から犬のためのおやつを受け取り、「ほら、食べていいよ あけび」と皿に乗せて差し出す。

「ごはんもあげたいけど、きっとどこか別の所でもらってるんだよね?食べ物を欲しがったことなんか全然ないし…」
「あぁ、やっぱり変な犬だよな。野良にしちゃ綺麗すぎるっていうか、きちんと世話されているような感じがする。でも誰も世話をしてるってやつが名乗り出ないなんてさ。なんなんだろうな、隠してなんの意味があるんだか」
「そうなんだよね、見かけるのも時々だし…いつもどこにいるんだろう?」

 皿に鼻を近づけ、食べるふりをしながら2人の会話を聞く牧草地の神。

(うん、私の行き先が気になって後をつけてきたことがあったね、馬で。あの時はさすがに焦ったなぁ…)

 過去に1度、日暮れ前にはどこかへと走り去っていく『あけび』の行方が気になったらしい白馬は馬に乗って追いかけてきたこともあったのだが、牧草地の神はなんとか草むらに逃げ込んだ隙に【天界】に戻り、完全に姿をくらますことに成功していた。
 一瞬で姿を見失ったことにしばらく戸惑っていたようだが、白馬はそれ以来追いかけようとはせず、『あけび』は所在の分からない犬ということになっている。

 白馬と白蛇がすっかり会話に夢中になっているのを見計らい、牧草地の神はそばにいた牧羊犬に《そこの君》と神力を使って語りかけた。

《これは君が食べなさい》
〘いいの、いいの?〙
《いいから食べなさい。私はこういうのは口にしないんだ》
 
 【地界】に来るようになってしばらくが経った頃から、牧草地の神は犬や鳥といった様々な動物達の気持ちが限定的に分かるようになっている。
 はっきりとした文や音の聞こえ方をするわけでは無いが、なんとなく理解できる程度の単語が届いてくるのだ。
 どうやらそれは動物達が神力を使って話しているというよりも、ただ単に動物同士での会話の仕方を『器』である『あけび』が理解したからということらしく、牧草地の神が動物達の声を聞くことができるのは『あけび』に魄を移している間だけだ。
 今も そばに呼び寄せられた1頭の牧羊犬は〘やった、やった〙と喜びの声をあげているのが分かる。

《静かに食べなさい、私の分を食べているとバレたら君が怒られてしまうかもしれない》
〘怒られちゃう?〙
《そう。だから静かに、ね》
〘分かった。バレちゃいけない、バレちゃいけない…〙
《うん、私も食べるふりをしておくから》

 なんとか気付かれないうちに皿を空にすることができた。
 前にもこうして何度かおやつなどを貰ったことがあったが、じっと注目されている間にはこの手を使うことができず、その際は「お腹空いてないのかな、それともどこか具合が悪いの?」と心配されながら一切手を付けることなくやり過ごした。
 たまには本物の犬らしく『食べている』と認識をしてもらわなければならない。
 食べるふりをしながら、牧草地の神は白馬と白蛇の話に耳を傾ける。

「後でまた川に行ってくるけど、魚でもいるか?獲ってきてやるよ」
「また?毎日毎日飽きないね、湖だの川だのって」
「まぁな。泳ぐのが好きなんだよ、冬とかでよっぽど水が冷たくなきゃ毎日行きたい。泳ぎに行かないと気が済まないんだ。泳がなくったって、水辺に行くのは楽しいしさ」
「変なの、そこまで水辺が好きだなんて。もし前世っていうのがあるならさ、金は絶対に魚だよ。完全にそう、魚しかない」
「えー、俺魚だった?じゃあ魚食ったら駄目か、親戚だったかもしれないもんな」
「あははっ!それ今更だよね?今まで生きてきた中でもう何匹食べてきたんだか」

 楽しげに会話する2人。
 牧草地の神も思わず心の中で笑ってしまう。

(惜しいね、銀。金くんは蛇だよ、魚じゃない。ふふっ、金くんもやっぱり水の神が恋しいんだな、知らず知らずのうちに水辺を求めてるだなんて)

 【天界】にいた頃の白蛇と水の神の姿を思い出し、懐かしさでいっぱいになる牧草地の神。
 水の神も白蛇が転生を終えて帰ってくるのを首を長くして待っている、いわば同志だ。
 互いに忙しい身ではあるものの、また折を見てゆっくりと語り合うのもいいだろう。

 白馬はひとしきり話し終えた後、「あけび、全部食べ終わった?」とにこやかに視線を向けてきたが、次の瞬間には「あっ、お前いつの間に!」と眉をひそめた表情に変わる。

「まさかあけびにあげたやつ、全部食べちゃったんじゃないだろうな!?」

 牧羊犬は食べ終えた後の皿を舐めていたらしく、それを見た白馬はすぐにおやつを横取りしたのだと思ったらしい。
 たしかに食べたのはこの牧羊犬だが、それは牧草地の神が譲ったからであり、このまま横取りをしたと思われるのは可哀想だ。
 現に牧羊犬も〘えっ、えっ、どうしよう、バレちゃった?〙と戸惑っている。
 牧草地の神は《大丈夫、落ち着いて》と伝えると、尾を振りながら白馬を見て、あたかも『満腹だ』と言っているかのような様子を見せた。

「いや、実際横取りしてるのをみたわけじゃないだろ。責めるなよ」
「でもお皿をすごく舐めてたよ?食べ終わって、それでも足りないからだったんじゃないの?怪しい……」

〘あ、怪しい?怪しい?どうしよ、どうしよう〙
《大丈夫だから、落ち着いて。動揺して目が泳ぐと余計怪しく見える》
〘落ち着く?落ち着く…落ち着く〙

「あけびがおやつをもらってるのが羨ましくて来たんだろ」
「そうかな…」
「横取りされたんならもうちょっと騒いだりしてたんじゃないか?なぁ、お前もおやつが欲しいんだろ、あっち行ってもらってこいよ。皿を舐めたって大して味なんかしないだろ」

 白蛇に頭を撫でられた牧羊犬は嬉しそうに〘怒ってないね、怒ってない〙と繰り返す。

《うん、もう大丈夫。今のうちにご主人のところへ戻って、もっとおやつをもらうといいよ》
〘ありがと、ありがと神様〙
《いいんだよ、こちらこそ私の代わりに食べてくれてありがとう》

 牧羊犬は尾を振って〘またね、またね〙と言いながらその場を去っていった。
 白馬は牧草地の神を撫でながら「本当におやつ、食べれた?」と心配そうに聞く。

「やっぱり食べれてないんじゃない?もっと貰ってきてあげようか」
(ううん、大丈夫だよ、銀)
「銀、お前なぁ」

 呆れたというような白蛇の言葉に「でも…」という呟きで返す白馬。
 牧草地の神は額を撫でられるその感覚に目を細めながら(ありがとう、その気持ちだけで充分だよ)と微笑む。
 成長したことで大きくなった白馬の手のひらは温かさに満ちていて、一度触れられるだけでも全身を安心感で包んでしまうようだ。
 しばらくそうしていると、白蛇は「しっかしこの犬も年をとったよな」とやはり同じように撫でながら話し始めた。

「こうやって会うようになってからもう随分経つだろ、今何歳くらいなんだ?」
「さぁ…僕が8歳くらいの時に初めて会ったはずだから、もう10年は経つよね?あの時のあけびは1歳半か2歳くらいだったと思うし、だとすると…今は11歳とか12歳くらいなのかな」
「へぇ?でももっと歳いってそうだけどな」

 風が吹き抜けていく中、「そうなんだよね…」と眉をひそめた白馬は牧草地の神の頬を両手で包み込むと、真正面から目を合わせて言った。

「あけび…君は何歳なの?」

ーーーーーーーー

 屋敷に戻ってきた牧草地の神は胸に抱えていた『あけび』をいつもの寝床に横たわらせると、すぐに泉へと身を清めに行く。
 表の衣を脱ぎ、薄い衣1枚を身に纏った状態で浸かる泉の水は、温かいようで温かくなく、冷たいようで冷たくない。
 全身をくまなく清め終え、いくらか気分の悪さが薄れてきた牧草地の神はそのまま森や草原から聴こえてくる風と草木との涼やかな音にじっと耳を傾ける。
 すると、昼間に聞いた白馬の言葉が自然と脳裏に蘇ってきた。

(「あけび…君は何歳なの?」)

 その言葉は牧草地の神も自身の胸にずっと引っかかっていたことでもある。
 泉の中、「何歳…何歳、か」と呟いた牧草地の神はそのまま考え込んだ。

 当初、牧草地の神は『器』である犬の『あけび』がいわゆる寿命を迎えるのは当分先のことで、白馬が転生を終えるまでは充分にもつのではないかとさえ思っていた。
 なにせ、生まれたばかりの仔犬の状態から2歳程度になるまで、実に8年もの年月を要したのだ。
 どう見ても普通の犬と変わりない『あけび』は、いずれその普通ではない長寿をありえないこととして捉えられ、いつの日か『あけびにそっくりな子』と認識されて白馬に可愛がられることになるだろうと。
 そして白馬が転生を終えるその日まで、そばにいることになるだろうと。

 その考えが正しくないことを知ったのは、牧草地の神が【地界】に降りるようになってから6年ほどが経過したときだった。
 『あけび』の見た目が、明らかに歳をとってきていたのだ。
 牧草地の神も初めは戸惑ったものの、すぐにその理由に気がついた。

 成長するということは、老いるということでもある。
 
 神力によって成長する『器』は与えられた神力の分だけその身を育てており、『ある一定の歳になれば成長を止める』というわけではなかったのだ。
 実際、牧草地の神は年を経るごとに『あけび』の体に神力が巡りづらくなっているということにも気づいたが、それは『あけび』が老いたからに他ならなかった。
 『仔犬から成犬にするまで』と『魄を移すようになってから』では成長の速さが数十倍異なっていたが、それも『器』に与える神力の量の違いによるものだったのだろう。
 少量とはいえ、毎日神力を与え続けること8年でようやく成犬になったのに対し、膨大な神力を秘めた魄はそれを移しただけで『器』がすっかり老いるほどにまで成長させてしまったのだ。
 それも1か月に1度の数時間のみを10年ほど繰り返しただけ、なのに。
 すでに『あけび』の神力の巡りが悪くなっていることを感じている牧草地の神には、決めておかなければならないことが1つあった。

ーーーーーーーー

 泉からあがり、袖を振って全身を乾かした牧草地の神は、同じく清めておいた表の衣を纏うと、横たわらせておいた『あけび』の元へと向かった。
 『あけび』は規則正しく胸を上下させ、いつもと変わらないような寝顔を見せている。

「あけび…」

 牧草地の神はその寝顔を見つめながらそっと鼻面を撫でた。
 美しい茶1色だった『あけび』はあちこちに白い毛が混じり、誰がみても立派な老犬だと言うくらいになっている。
 その見た目からすると すでに17、18.歳にはなっているだろうか。
 まだ目も開かないような頃から見続けてきた牧草地の神の胸には一抹の寂しさがある。
 この『器』には、『あけび』には、確実に最期が近づいているのだ。
 牧草地の神はずっと(最期を迎えるとしたら この屋敷で私が見届けてやりたい)と思ってきたのだが、その考えを改め始めていた。
 自らの神力を使って創り出し、育て、魄を移すことで動いていた『あけび』。
 ほとんど牧草地の神の分身だと言っても過言ではない存在ではあるものの、それでもやはり『あけび』は『あけび』なのだ。
 命の宿らない『器』として一方的に創り出した上に利用までしていたという意識がある牧草地の神は、『あけび』にとって最も良い選択をしてやりたかった。
 最も良い選択。
 それを直接『あけび』に訊ねる術はないものの、牧草地の神には確信めいた思いがある。

「きっと君は…銀のそばがいいよね?」

 『あけび』の額から首筋にかけてをゆっくりと撫でさする牧草地の神。
 胸の内に拡がる寂しさが、もはやこうして共にいられる時は少ないということを物語っていた。
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