牧草地の白馬

蓬屋 月餅

文字の大きさ
上 下
33 / 47
ショートストーリー(時系列バラバラ)

霊鳥『やままも』

しおりを挟む
 それは牧草地の神と銀白が3つの『器』を創り、新たに生まれた魄(精霊)達をその中へ納めてから少し経ったときのことだ。
 静かな【天界】の夜。
 牧草地の神と銀白は霊鳥となった『やまもも』がそろそろ目を覚ましそうだということを感じ取り、じっとそのそばで様子を見守っていた。
 牧草地の神達が生み出した中では唯一の霊鳥である『やまもも』は、他の霊獣達に比べると体が小さいためか、ほとんど同時に『器』へ納めていた『かりん』や『あけび』よりもいくらか早く適応が済んだらしい。
 牧草地の神達が屋敷の一室で固唾を呑んで見守る中、ゆったりと寝かされたその首がかすかに動き、嘴が2度3度と打ち鳴らされ、やがてその瞳がゆっくりと開く。

「やまもも…!!」

 ついに目を覚ました『やまもも』。
 銀白の衣を思わせる白い羽毛に白馬を思わせる足、そして牧草地の神と同じように緑がかった色の瞳をした『やまもも』。
 牧草地の神が「やまもも」と呼びかけながら手を伸ばすと、『やまもも』は体を震わせながら立ち上がり、《おとうさま、ととさま》と嬉しそうに言った。

「やまもも…おいで、私達のところへおいで」
《はい、おとうさま!》

 『やまもも』は尾羽根をプルプルと振りながらそばへ寄ってきて、『見て!』と言わんばかりに白い翼を広げる。
 牧草地の神と銀白はそんな『やまもも』が可愛くて堪らず、2人してその白い体を抱き寄せた。

「やまもも」
《なぁに》
「本当にやまももなんだよね?」
《はい!僕、やまもも です!ずっと おとうさまと ととさまのそばにいました!》
「本当に…本当にあのやまももなんだ…」
《そうです、おとうさま!僕は やまもも!》

 語りかけてくると共にグワグワと鴨らしい鳴き声も聴かせてくる『やまもも』。
 牧草地の神は銀白と目を合わせてから『やまもも』に ちゅっ と口づけ、「もう…どれだけお父様達が悲しんだと思ってるの!」と軽く指で嘴をつつく。

「あんなことになって…私達は本当に、本当に悲しかったんだよ?」
「そうだよ、やまもも。お前が連れて行かれるのを見た時、どれだけ辛い思いしたことか…」

 牧草地の神と銀白が口々に言うと『やまもも』は《ごめんなさい》と尾を震わせる。

《でもね、僕、みんなを助けたかったの。みんな困ってたから、僕は助けてあげたかったの》
「やまもも…」
《だって、おとうさま はいつもみんなを助けてるでしょ。僕も おとうさま みたいにしたかった。僕はまた おとうさまと ととさま に会えるって、分かってたもん。だから、ちっとも怖くなかったよ》

 『やまもも』はさらに《ね、また会えた。また会えたでしょ》と言いながら甘えるように頬を牧草地の神の手に擦り寄せてきたのだが、銀白は「だからってね、やまもも」と少々叱るように言う。

「私達はそうとは知らないのに…いや知ってたとしても!あんな別れ方は良くないだろう?お前を目の前で失った蒼様のお気持ちも考えてみなさい。もう2度とあんなことはするんじゃないよ、いいね?その体は蒼様がお前のために用意した大切なものなんだ、それをきちんと覚えておくように」
《…はい、ととさま…》

 牧草地の神もそのことに関して言いたいことは山ほどあったのだが、すっかりしゅんとしてしまった『やまもも』の姿を見ると何も言えなくなってしまった。
 とても辛く悲しい出来事だったが、『やまもも』は純粋に役に立ちたくてしたことだったに違いないのだ。
 結局牧草地の神は「…もうよそう」と『やまもも』の頭を撫でる。

「とにかく、こうしてまた私達のもとに戻ってきたのだから…ハクも私も忘れることはないだろうけど、もうすべて良しとしよう。その代わり、もう絶対にお父様達にあんな悲しい思いはさせないと約束できるね?やまもも」
《はい…おとうさま。僕、もう おとうさま と ととさま を悲しませたりしません》
「うん。約束だよ」

 牧草地の神が瞳を覗き込みながら言うと、『やまもも』は《やくそく、僕、ちゃんと やくそく します》と頷くような仕草をしてみせた。

《おとうさま、ととさま…僕、ちゃんと やくそく しますから…だから、もっと僕のこと、たくさん抱っこしてくれますか?》

 牧草地の神の腕の中から上目遣いでつぶらな瞳を向けてくる『やまもも』はなんとも形容し難い可愛らしさに満ちている。
 牧草地の神と銀白は思わず顔を見合わせて微笑むと、「もちろん、もちろんだよ やまもも」と背を撫でてやりながら抱きしめた。
 『やまもも』はとても嬉しそうにしながら《かりん、あけび!》と未だに眠り続けている霊獣2体に向かって呼びかける。

《早く起きておいでよ!おとうさま と ととさま がぎゅってしてくれるよ、とっても嬉しいよ!》

ーーーーーーーーー

 それから何十年もの月日が経ったある日。
 すっかり牧草地の神の屋敷に集まるようになった神々やその子供である霊獣達があちこちで思い思いに話をする中、森の神は「そういえば」と思い出したように牧草地の神に話しかける。

「もしかして蒼ちゃんってさ、前に【地界】の動物に直接神力を分けてあげたりしたこと、ある?」
「…というと?」
「たとえば狼とか」

 狼。
 それを聞いた牧草地の神と銀白は顔を見合わせる。

「実は最近、向こうの岩山の方からこっちの森にとてもよく統率された立派な狼の群れが移り住んできてね。その子達があまりにも きちんと森を統率しているものだから、ちょっと気になって話を聞いてみたんだ。そうしたらその子達は岩山の本家が大きくなって分家した群れだと名乗って…」

 岩山、狼…

 その2つに心当たりのある牧草地の神は(まさか)と思いながら森の神の話を聞く。

「…でね、その群れには昔から語り継がれてきた話があるんだって教えてくれたんだ。その話っていうのが、『この群れの始祖は神に神力を分け与えられたことで生き残れた』というものでね。その恩を決して忘れてはいけない、というのでその狼の群れは代々特に強い使命感を帯びているらしいんだ」
「神力を…分け与えられた狼の、子孫……」
「うん。僕も話していて気づいたんだけど、たしかにあの狼達には本当に神力があるみたいだった。本当にわずかだったけど…少なくとも僕ときちんと言葉を交わすことができる程度には。そしてその神力は…確信があるわけじゃないけど、なんだか蒼ちゃんのものに似ている気がしたんだ」

 呆然とする牧草地の神。
 そのすぐ隣に座っている銀白もその話の意味を理解していて、牧草地の神の肩をそっと抱く。
 2人共、今の気持ちをなんと言葉にすれば良いのか分からない。

《その狼さん、僕が助けた狼さん!!》

 すぐそばから明るく響いてきた声。
 その声の主は『やまもも』だ。
 『やまもも』はいつの間にか他の霊獣達と遊んでいた輪の中から離れてきていたらしい。
 森の神が「ももちゃん が助けた狼さんなの?」と訊くと、『やまもも』は《はい!》と元気に返事をした。

《ね、お父さま!その狼さんって、あの時 僕が助けた狼さんでしょ?》

 人間の子供の姿をした『やまもも』は牧草地の神の膝に両手を置いて《そうでしょ?》としきりに訊ねてくる。
 牧草地の神は『やまもも』の頭を撫でてからそっと抱き上げると、自らの膝の上に座らせて「…そうだね、やまもも」と後ろから抱きしめながら髪に口づけた。

「その狼さんは…やまももが助けた子の子孫に違いないね」

 森の神は涙ぐんだような牧草地の神や銀白の様子から何かを察したらしく、《わぁ!すごい!僕、本当にあの子達を助けたんだ!》とはしゃぐ『やまもも』にとても優しい微笑みを向けている。

《森の神様!狼さん達、元気ですか?》
「うん、とっても元気にしているよ」
《そうですか!良かった!実はその狼さん達、僕が助けたんです!》
「そうなの?わぁ…狼さん達を助けたのは ももちゃん だったんだね!僕、狼さん達とお話をしたんだけど、狼さん達は皆、今でも君のことを忘れていないみたいだったよ。いつも『ありがとう』って思ってるんだって」
《わぁーっ!すごい、すごいっ!!》

 くすくすと笑っては《やった!僕、狼さんを助けたんだ!》と歓喜の声をあげる『やまもも』。
 牧草地の神は潤む瞳を隠すようにして『やまもも』をしっかりと胸に抱き、銀白は『やまもも』と牧草地の神とを両腕でしっかりと包みこんで抱きしめた。
しおりを挟む
1 / 3

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

愚かな者は世界に堕ちる

BL / 連載中 24h.ポイント:14pt お気に入り:25

Captor

BL / 連載中 24h.ポイント:63pt お気に入り:221

処理中です...