20 / 41
第三章
幕間「男子会(?)」
しおりを挟む
それはある日の【觜宿の杯】、夕飯刻のことだった。
「ねぇねぇ、最近どうなの?2人仲良くやってる??」
「えっ、まぁ…」
「おぉ~?」
ずらりと並んだ酒棚のそば、長机の端に位置する席で食後のちょっとした一時を過ごしていた彼らは、ふとした琥珀の一言によって何やらこそこそと密やかな会話を始める。
唐突な琥珀からの問いにしどろもどろになる夾。
端の席にいるということもあってか、まばらにやってくる男達によって続々と【觜宿の杯】の席が埋まっていく中でも 2人の会話に耳をそばだてる者はいない。
「それにしても、まさか2人がね~。初めは思いもしてなかったけど たしかに2人の雰囲気ってよく合ってると思うよ!コウちゃんってなんか放っておけない感じがあるけど、でもほら、実際はすごく包容力もあるでしょ?だからセンはコウちゃんのことを『放っておけないからそばにいる』ってだけじゃなくて、なんていうのかな…『一緒にいることで安らげてる感じ』っていうかさ。お互いにそれぞれちょっと違う角度から世話好きで人情家だし、とにかく考えれば考えるほど相性がいいよね~」
璇と夾の交際を知ってからというもの、琥珀はことあるごとに夾達についてをまるで自分のことかのように嬉しそうに話すなどしているのだが、どうやら今夜もそれが始まったらしい。
夾としても琥珀は自分をこの【觜宿の杯】に、そして璇に引き合わせてくれた恩人でもあるため、その琥珀がこうして嬉しそうにしてくれていることを嬉しく思っているのだが、あらためて自分達の関係について『相性がいい』だとか話されるとくすぐったくなるのも事実だ。
夾は話題を自分達から逸らそうとして「だけど琥珀さんと黒耀さんも、すごく仲がいいじゃないですか」と新たに話題を振る。
「お2人はお付き合いを始めてから長いんですよね?話しているのを見るといつも息がぴったりですよ」
すると琥珀は嬉しそうに笑って「え~分かる~?」と照れもせずに答えた。
「うん、そうだよ、僕と黒耀は結構長く一緒にいるんだ。初めて知り合ったのは僕が21のときだから…わぁ、こうして考えてみると本当に長いこと付き合ってるんだなぁ」
「…あの、お2人の馴れ初めって どんなだったんですか?」
「おっ、聞きたい?」
「琥珀さんがいいなら、ぜひ聞きたいです」
「も~かしこまっちゃって!もちろんいいよ、教えてあげる!」
きっと黒耀がいたら「そんな話、しなくてもいいだろ」と照れたように言いながら琥珀を遮ったに違いないのだが、彼は数日前から仕事のために泊りがけで農業地域へと行ってしまっているため、今ここには琥珀を止める者がいないのだ。
黒耀がこうして酪農地域を離れるのは珍しいことではないとはいえ、やはり琥珀としては寂しさがあったらしく、夾に馴れ初めが聞きたいと言われたことで目に見えて張り切りだす。
璇は2人が何の話をしているのか少々気になっているようだったが、なにせ酒場は一番忙しい時間帯に差し掛かっているため気にするだけに留めて近寄っては来ない。
「僕と黒耀は比較的仕事する場所が近くにあってさ、それでお互いのことを知ったんだよ。っていっても当時はそんなに接点はなかったし『たまに見かける』ってだけだったんだけどね…」
琥珀は茶を一口飲むと、黒耀と知り合ったときのことから懐古して意気揚々と話し始めた。
「僕の一家は昔から農業地域の水田で虫とか草を取ったりするための鴨を飼育する仕事をしててね、僕も学び舎での寮生活が終わったら実家に戻ってその手伝いをすることになってたんだ。時期に合わせて雛を育てたり、農業地域に連れて行ったりっていう仕事をね。で、僕は中央広場の方での寮生活を終えてから実家に戻って本格的に鴨の飼育場での仕事を始めたんだけど、それからちょっと経ったときにはもう黒耀の評判が有名になってたんだ」
琥珀が家を出て少し長く寮生活をしていた数年の間に農業地域からやってきたというその青年は、猟犬などの飼育をする区画で見習いとして働き始めたばかりだったらしいのだが、当初から背が高くとても目立っていたらしい。
その上、背恰好だけでなく性格や仕事に対する姿勢についても一目置かれていたという。
農業地域での猟犬の活躍を見て犬に関する仕事に憧れを抱いたという彼は、犬達と接する中での根気のいる作業にも真摯に向き合い、毅然とした態度をとらなければならない時と普段の世話の時とでは少し接し方を変えながら上手く立ち回っていて、骨のある青年だと評されていたのだ。
そうした評判は別の区画で働いている琥珀の耳にもすぐに届いてきたほどだった。
「たまに黒耀が犬を連れてるところとか世話しながら仕事してる姿を見かけてたんだけど、その度にすごくかっこいいなって思ってたんだ。今もあの通り、かっこいいでしょ?それに人柄も素敵だっていうのが見てるだけでも伝わってきたし、もう…そうこうしてるうちにいつの間にか好きになっちゃってさ。変だよね?だってほとんど話したこともないくらいだったのに それでも好きになるなんて…だけど不思議なことに『彼の姿を見かけたらそれだけでその日1日が良い日になった』って思えるくらい好きになっていっちゃったんだ。ほんとに、不思議なんだけどね」
「でもそれ以上どうにかなりたいってことはなかったんだよ。だって黒耀は女の子達にも人気があったからいずれその中の誰かと付き合って結婚するだろうって思ってたし、僕もなんとなく『付き合う』っていうのとは違うかなぁって思ってたからね。僕自身、当時は同性をそういう意味で好きになるとは思ってなかったってのもある。しかも仕事とか生活での接点もなくて、挨拶以外で話したこともない相手とどうこうなるなんて…ありえないでしょ?僕は本当にそんなふうには考えてなかったんだよ」
しかし、やはり《きっかけ》というのは訪れるものなのだ。
璇と夾が想いを告げ合ったあの日のように、琥珀と黒耀にとっての《きっかけ》となったのもまさしく【秋の儀礼】の日のことだった。
「秋の儀礼の日って、他所の手伝いのために色んなところで人手が必要になるでしょ?だから鴨の飼育場でも当日は最少人数で世話をすることになるんだけど、ちょうど僕の班がその当番になった年があってさ。いつもより少ない人数で全部の世話をしなくちゃいけないから忙しくて…班の仲間がちょっと鍵をかけ忘れた拍子にね、何羽か鴨を逃がしちゃったんだ。すぐに捕まえたんだけど どうしても1羽だけ捕まらなくて逃げちゃって。僕がその鴨を追うことにしたんだよ」
追えば追うほどすばしっこく、時々羽ばたきながら逃げる鴨。
琥珀はなかなか鴨に追いつくことができず、別の区画へと続く一本道をひたすら走ったのだが…その道中で草むらの陰になにやらムクムクとしたものがへたり込んでいることに気づいたのだった。
(な、なに?鴨…じゃないよね)と思いながら琥珀が恐る恐る草むらを除けてみると、そのムクムクとしたものの正体が明らかになる。
それはそれはどうみても仔犬、まだ生まれて1ヶ月に満たないくらいの仔犬だった。
陸国では野犬が存在しないため、この酪農地域の何処かの区画からか逃げ出してきた仔犬に違いなかったのだが…
「なんでこんなところに仔犬がいるんだろうってびっくりしてさ。抱っこして見てみたら首に識別のための首輪がつけられてて、どうもそれが猟犬を管理してるところのものみたいだったからとりあえず連れて行くことにしたんだ。もうその時には僕も鴨を完全に見失ってたし、まさか猟犬のいるところへはいかないだろうけど…でも人懐っこい子はどこへ行ったとしても不思議じゃないからね、とにかく見かけた人はいないか聞くだけでもと思って。そしたらそこで、僕は黒耀と出逢ったんだ」
---
琥珀の仕事場と黒耀の仕事場の、ちょうど中間あたりに位置する道中で顔を合わせた2人。
道の向かい側からやってきた黒耀の腕には逃げた鴨が抱えられていて、2人は互いが抱いている鴨と仔犬を見て「あっ」と同時に声を上げた。
「その鴨…!」
「その仔犬!」
会釈をしながら近寄って確かめてみると、たしかに黒耀が抱いているのは琥珀が追っていた鴨に間違いなかった。
互いに担当している区画から担当している動物を逃してしまい、後を追っているところだったらしい。
どちらも区画を統括している年長者に知られてしまえば大目玉を食らうであろうというほどの失態を犯していたことに気まずく思いながら「あ…ありがとうございます、探してた…んですよ」とぎこちなく言葉を交わす琥珀と黒耀。
「その子、羽ばたきながら逃げていっちゃったから、なかなか捕まえられなくて…」
「…その仔犬はちょっと目を離したすきに柵の下を掘って抜け出していたみたいで」
「そう…だったんだね、だからこの子ちょっと疲れてるみたいだったのかな?よく見たら…ほら、おててが土だらけだ」
琥珀が鼻っ面を撫でてやると、仔犬は嬉しそうに小さな尻尾を振る。
きっとこの前足で必死に土を掘り 柵の外へ出てみたはいいものの、まっすぐ歩いているうちに疲れ切ってしまって草むらにへたり込んでいたのだろう。
「この子ね、道端の草むらに座りこんじゃってたんだ。最初は元気がなかったみたいだけど抱っこして撫でてあげたらちょっとは元気になったみたいで…あははっ、知ってる人が迎えに来てくれて嬉しいんだね、こんなに尻尾振ってる」
黒耀の匂いを嗅ぐなりそれまで以上に激しく尻尾を振りだした仔犬が微笑ましく、琥珀は黒耀の元へとさらに一歩近づいて仔犬を渡そうとする。
鴨も仔犬も、ついさっきまで脱走して追われていた身なのだ。
せっかく捕まえている今、どちらも地面へ下ろすわけにはいかない。
受け渡すために体を寄せ合ってなんとか互いに抱えていたものを交換すると…琥珀と黒耀の手は重なり、そして少ししてからまた離れた。
一瞬感じた大きな温かい手の感触をあまり気にしないようにしながら「…もう、どうしてこんなところまで逃げて来ちゃったの、おまえは。すごく心配したんだよ?」と琥珀が鴨の頬をぐりぐりと撫でると、鴨はグワグワと鳴いてうっとりと目を閉じる。
黒耀曰く、この鴨はやはりこの道を堂々とした様子で歩いていたらしい。
きっと琥珀の追跡をうまく撒いたことで『ゆったり散歩でもしようか』という気になっていたのだろう。
明らかに野鳥ではないその人慣れした様子に仔犬同様 飼育区画から逃げたようだと悟った黒耀は、その鴨を抱き上げ、琥珀とまったく同じようにして仔犬を探すことにしていたのだという。
互いにほんの少し情報交換をし、礼を言い合ってその場を後にしようとした琥珀。
だが黒耀はそんな琥珀のことを「あの、あなた『琥珀さん』ですよね?」と呼び止めたのだった。
「いつも鴨達を連れている…琥珀、さん」
呼び止められたことに驚きながらも「えっ?あっ…うん、そうだよ、僕は琥珀」と応える琥珀。
「君は『黒耀君』でしょ?背が高くってとっても爽やかな人だなって、実は前から思ってたんだ」
「そう…だったんですか。俺も琥珀さんのことを、すごく朗らかな人だなと以前から…」
どうやら以前から互いのことを気にしていたらしいと知った2人は、胸にそれぞれ鴨と仔犬を抱いたまま、ほんの少しだけさらにその場で立ち話をしたのだった。
---
「……っていうのが僕と黒耀の馴れ初めなんだ~」
琥珀は当時を懐かしむように微笑みながら、濡れた酒器の縁を人差し指の先で拭う。
「それからも色々あってさ、結局付き合い始めたのはもっともっと後のことなんだけど。でもその日がきっかけになったことは間違いないし、僕たちにとっても秋の儀礼の日は特別な日なんだよ」
「そうだったんですか。…ということはつまり、琥珀さん達を結びつけたのは鴨と仔犬だったってことですね」
「そうそう!図書塔にある本の物語みたいな話だけど、本当にそうなんだ」
琥珀の楽しそうな表情につられて、夾も柔らかく微笑んだ。
その時2人を結びつけた仔犬はその後大きく成長し、猟犬ではなく牧羊犬になったそうだ。
鴨は年老いた今も黒耀によく懐いていて、黒耀の姿を見るとグワグワと鳴いて近寄ってくるのだという。
そうしたことをひとしきり話した琥珀はふと息をつくと、「でもほんとに…こういう話ができて嬉しいな」としみじみ口にした。
「…ほら、僕達にはあんまりこういう話をする機会がないでしょ?話したくてもなかなか、ね。だからコウちゃんがこうやって話を聞いてくれるのがすごく嬉しいよ。…ありがとね」
どこか淋しげなその様子に「いえ、俺も琥珀さんから色々なお話が聞けて楽しいですから」と夾が応えると、琥珀は「も~!コウちゃんは良い子だなぁほんとに~!」と破顔して肩を寄せる。
「ねぇ、コウちゃん。もしなにかあったらなんでも僕に言ってね、どんなことでもいいから!もちろん相談にものるよ、知りたいことや訊きたいことも全部教えるし答えるからね。僕に任せて!」
琥珀のその頼もしい言葉に「はい」と頷く夾。
夾のまっすぐで人懐っこさのあるそうした姿を特に気に入っている琥珀は、さらに嬉しそうに笑いながら夾と話をする。
「で?コウちゃんはどうなの?センとはうまくいってる?」
「えっ、まぁ…それは、その…」
「え~?なになに、なんなの~?」
声を潜めながら、なにやらコソコソと言葉を交わす夾と琥珀。
そんな2人を見かねた璇が【觜宿の杯】の主らしく「楽しそうに、何の話を…してるんですか?」と恭しい態度でお冷やを手に近寄ると、琥珀はまたクスクスと楽しそうに笑ったのだった。
「ねぇねぇ、最近どうなの?2人仲良くやってる??」
「えっ、まぁ…」
「おぉ~?」
ずらりと並んだ酒棚のそば、長机の端に位置する席で食後のちょっとした一時を過ごしていた彼らは、ふとした琥珀の一言によって何やらこそこそと密やかな会話を始める。
唐突な琥珀からの問いにしどろもどろになる夾。
端の席にいるということもあってか、まばらにやってくる男達によって続々と【觜宿の杯】の席が埋まっていく中でも 2人の会話に耳をそばだてる者はいない。
「それにしても、まさか2人がね~。初めは思いもしてなかったけど たしかに2人の雰囲気ってよく合ってると思うよ!コウちゃんってなんか放っておけない感じがあるけど、でもほら、実際はすごく包容力もあるでしょ?だからセンはコウちゃんのことを『放っておけないからそばにいる』ってだけじゃなくて、なんていうのかな…『一緒にいることで安らげてる感じ』っていうかさ。お互いにそれぞれちょっと違う角度から世話好きで人情家だし、とにかく考えれば考えるほど相性がいいよね~」
璇と夾の交際を知ってからというもの、琥珀はことあるごとに夾達についてをまるで自分のことかのように嬉しそうに話すなどしているのだが、どうやら今夜もそれが始まったらしい。
夾としても琥珀は自分をこの【觜宿の杯】に、そして璇に引き合わせてくれた恩人でもあるため、その琥珀がこうして嬉しそうにしてくれていることを嬉しく思っているのだが、あらためて自分達の関係について『相性がいい』だとか話されるとくすぐったくなるのも事実だ。
夾は話題を自分達から逸らそうとして「だけど琥珀さんと黒耀さんも、すごく仲がいいじゃないですか」と新たに話題を振る。
「お2人はお付き合いを始めてから長いんですよね?話しているのを見るといつも息がぴったりですよ」
すると琥珀は嬉しそうに笑って「え~分かる~?」と照れもせずに答えた。
「うん、そうだよ、僕と黒耀は結構長く一緒にいるんだ。初めて知り合ったのは僕が21のときだから…わぁ、こうして考えてみると本当に長いこと付き合ってるんだなぁ」
「…あの、お2人の馴れ初めって どんなだったんですか?」
「おっ、聞きたい?」
「琥珀さんがいいなら、ぜひ聞きたいです」
「も~かしこまっちゃって!もちろんいいよ、教えてあげる!」
きっと黒耀がいたら「そんな話、しなくてもいいだろ」と照れたように言いながら琥珀を遮ったに違いないのだが、彼は数日前から仕事のために泊りがけで農業地域へと行ってしまっているため、今ここには琥珀を止める者がいないのだ。
黒耀がこうして酪農地域を離れるのは珍しいことではないとはいえ、やはり琥珀としては寂しさがあったらしく、夾に馴れ初めが聞きたいと言われたことで目に見えて張り切りだす。
璇は2人が何の話をしているのか少々気になっているようだったが、なにせ酒場は一番忙しい時間帯に差し掛かっているため気にするだけに留めて近寄っては来ない。
「僕と黒耀は比較的仕事する場所が近くにあってさ、それでお互いのことを知ったんだよ。っていっても当時はそんなに接点はなかったし『たまに見かける』ってだけだったんだけどね…」
琥珀は茶を一口飲むと、黒耀と知り合ったときのことから懐古して意気揚々と話し始めた。
「僕の一家は昔から農業地域の水田で虫とか草を取ったりするための鴨を飼育する仕事をしててね、僕も学び舎での寮生活が終わったら実家に戻ってその手伝いをすることになってたんだ。時期に合わせて雛を育てたり、農業地域に連れて行ったりっていう仕事をね。で、僕は中央広場の方での寮生活を終えてから実家に戻って本格的に鴨の飼育場での仕事を始めたんだけど、それからちょっと経ったときにはもう黒耀の評判が有名になってたんだ」
琥珀が家を出て少し長く寮生活をしていた数年の間に農業地域からやってきたというその青年は、猟犬などの飼育をする区画で見習いとして働き始めたばかりだったらしいのだが、当初から背が高くとても目立っていたらしい。
その上、背恰好だけでなく性格や仕事に対する姿勢についても一目置かれていたという。
農業地域での猟犬の活躍を見て犬に関する仕事に憧れを抱いたという彼は、犬達と接する中での根気のいる作業にも真摯に向き合い、毅然とした態度をとらなければならない時と普段の世話の時とでは少し接し方を変えながら上手く立ち回っていて、骨のある青年だと評されていたのだ。
そうした評判は別の区画で働いている琥珀の耳にもすぐに届いてきたほどだった。
「たまに黒耀が犬を連れてるところとか世話しながら仕事してる姿を見かけてたんだけど、その度にすごくかっこいいなって思ってたんだ。今もあの通り、かっこいいでしょ?それに人柄も素敵だっていうのが見てるだけでも伝わってきたし、もう…そうこうしてるうちにいつの間にか好きになっちゃってさ。変だよね?だってほとんど話したこともないくらいだったのに それでも好きになるなんて…だけど不思議なことに『彼の姿を見かけたらそれだけでその日1日が良い日になった』って思えるくらい好きになっていっちゃったんだ。ほんとに、不思議なんだけどね」
「でもそれ以上どうにかなりたいってことはなかったんだよ。だって黒耀は女の子達にも人気があったからいずれその中の誰かと付き合って結婚するだろうって思ってたし、僕もなんとなく『付き合う』っていうのとは違うかなぁって思ってたからね。僕自身、当時は同性をそういう意味で好きになるとは思ってなかったってのもある。しかも仕事とか生活での接点もなくて、挨拶以外で話したこともない相手とどうこうなるなんて…ありえないでしょ?僕は本当にそんなふうには考えてなかったんだよ」
しかし、やはり《きっかけ》というのは訪れるものなのだ。
璇と夾が想いを告げ合ったあの日のように、琥珀と黒耀にとっての《きっかけ》となったのもまさしく【秋の儀礼】の日のことだった。
「秋の儀礼の日って、他所の手伝いのために色んなところで人手が必要になるでしょ?だから鴨の飼育場でも当日は最少人数で世話をすることになるんだけど、ちょうど僕の班がその当番になった年があってさ。いつもより少ない人数で全部の世話をしなくちゃいけないから忙しくて…班の仲間がちょっと鍵をかけ忘れた拍子にね、何羽か鴨を逃がしちゃったんだ。すぐに捕まえたんだけど どうしても1羽だけ捕まらなくて逃げちゃって。僕がその鴨を追うことにしたんだよ」
追えば追うほどすばしっこく、時々羽ばたきながら逃げる鴨。
琥珀はなかなか鴨に追いつくことができず、別の区画へと続く一本道をひたすら走ったのだが…その道中で草むらの陰になにやらムクムクとしたものがへたり込んでいることに気づいたのだった。
(な、なに?鴨…じゃないよね)と思いながら琥珀が恐る恐る草むらを除けてみると、そのムクムクとしたものの正体が明らかになる。
それはそれはどうみても仔犬、まだ生まれて1ヶ月に満たないくらいの仔犬だった。
陸国では野犬が存在しないため、この酪農地域の何処かの区画からか逃げ出してきた仔犬に違いなかったのだが…
「なんでこんなところに仔犬がいるんだろうってびっくりしてさ。抱っこして見てみたら首に識別のための首輪がつけられてて、どうもそれが猟犬を管理してるところのものみたいだったからとりあえず連れて行くことにしたんだ。もうその時には僕も鴨を完全に見失ってたし、まさか猟犬のいるところへはいかないだろうけど…でも人懐っこい子はどこへ行ったとしても不思議じゃないからね、とにかく見かけた人はいないか聞くだけでもと思って。そしたらそこで、僕は黒耀と出逢ったんだ」
---
琥珀の仕事場と黒耀の仕事場の、ちょうど中間あたりに位置する道中で顔を合わせた2人。
道の向かい側からやってきた黒耀の腕には逃げた鴨が抱えられていて、2人は互いが抱いている鴨と仔犬を見て「あっ」と同時に声を上げた。
「その鴨…!」
「その仔犬!」
会釈をしながら近寄って確かめてみると、たしかに黒耀が抱いているのは琥珀が追っていた鴨に間違いなかった。
互いに担当している区画から担当している動物を逃してしまい、後を追っているところだったらしい。
どちらも区画を統括している年長者に知られてしまえば大目玉を食らうであろうというほどの失態を犯していたことに気まずく思いながら「あ…ありがとうございます、探してた…んですよ」とぎこちなく言葉を交わす琥珀と黒耀。
「その子、羽ばたきながら逃げていっちゃったから、なかなか捕まえられなくて…」
「…その仔犬はちょっと目を離したすきに柵の下を掘って抜け出していたみたいで」
「そう…だったんだね、だからこの子ちょっと疲れてるみたいだったのかな?よく見たら…ほら、おててが土だらけだ」
琥珀が鼻っ面を撫でてやると、仔犬は嬉しそうに小さな尻尾を振る。
きっとこの前足で必死に土を掘り 柵の外へ出てみたはいいものの、まっすぐ歩いているうちに疲れ切ってしまって草むらにへたり込んでいたのだろう。
「この子ね、道端の草むらに座りこんじゃってたんだ。最初は元気がなかったみたいだけど抱っこして撫でてあげたらちょっとは元気になったみたいで…あははっ、知ってる人が迎えに来てくれて嬉しいんだね、こんなに尻尾振ってる」
黒耀の匂いを嗅ぐなりそれまで以上に激しく尻尾を振りだした仔犬が微笑ましく、琥珀は黒耀の元へとさらに一歩近づいて仔犬を渡そうとする。
鴨も仔犬も、ついさっきまで脱走して追われていた身なのだ。
せっかく捕まえている今、どちらも地面へ下ろすわけにはいかない。
受け渡すために体を寄せ合ってなんとか互いに抱えていたものを交換すると…琥珀と黒耀の手は重なり、そして少ししてからまた離れた。
一瞬感じた大きな温かい手の感触をあまり気にしないようにしながら「…もう、どうしてこんなところまで逃げて来ちゃったの、おまえは。すごく心配したんだよ?」と琥珀が鴨の頬をぐりぐりと撫でると、鴨はグワグワと鳴いてうっとりと目を閉じる。
黒耀曰く、この鴨はやはりこの道を堂々とした様子で歩いていたらしい。
きっと琥珀の追跡をうまく撒いたことで『ゆったり散歩でもしようか』という気になっていたのだろう。
明らかに野鳥ではないその人慣れした様子に仔犬同様 飼育区画から逃げたようだと悟った黒耀は、その鴨を抱き上げ、琥珀とまったく同じようにして仔犬を探すことにしていたのだという。
互いにほんの少し情報交換をし、礼を言い合ってその場を後にしようとした琥珀。
だが黒耀はそんな琥珀のことを「あの、あなた『琥珀さん』ですよね?」と呼び止めたのだった。
「いつも鴨達を連れている…琥珀、さん」
呼び止められたことに驚きながらも「えっ?あっ…うん、そうだよ、僕は琥珀」と応える琥珀。
「君は『黒耀君』でしょ?背が高くってとっても爽やかな人だなって、実は前から思ってたんだ」
「そう…だったんですか。俺も琥珀さんのことを、すごく朗らかな人だなと以前から…」
どうやら以前から互いのことを気にしていたらしいと知った2人は、胸にそれぞれ鴨と仔犬を抱いたまま、ほんの少しだけさらにその場で立ち話をしたのだった。
---
「……っていうのが僕と黒耀の馴れ初めなんだ~」
琥珀は当時を懐かしむように微笑みながら、濡れた酒器の縁を人差し指の先で拭う。
「それからも色々あってさ、結局付き合い始めたのはもっともっと後のことなんだけど。でもその日がきっかけになったことは間違いないし、僕たちにとっても秋の儀礼の日は特別な日なんだよ」
「そうだったんですか。…ということはつまり、琥珀さん達を結びつけたのは鴨と仔犬だったってことですね」
「そうそう!図書塔にある本の物語みたいな話だけど、本当にそうなんだ」
琥珀の楽しそうな表情につられて、夾も柔らかく微笑んだ。
その時2人を結びつけた仔犬はその後大きく成長し、猟犬ではなく牧羊犬になったそうだ。
鴨は年老いた今も黒耀によく懐いていて、黒耀の姿を見るとグワグワと鳴いて近寄ってくるのだという。
そうしたことをひとしきり話した琥珀はふと息をつくと、「でもほんとに…こういう話ができて嬉しいな」としみじみ口にした。
「…ほら、僕達にはあんまりこういう話をする機会がないでしょ?話したくてもなかなか、ね。だからコウちゃんがこうやって話を聞いてくれるのがすごく嬉しいよ。…ありがとね」
どこか淋しげなその様子に「いえ、俺も琥珀さんから色々なお話が聞けて楽しいですから」と夾が応えると、琥珀は「も~!コウちゃんは良い子だなぁほんとに~!」と破顔して肩を寄せる。
「ねぇ、コウちゃん。もしなにかあったらなんでも僕に言ってね、どんなことでもいいから!もちろん相談にものるよ、知りたいことや訊きたいことも全部教えるし答えるからね。僕に任せて!」
琥珀のその頼もしい言葉に「はい」と頷く夾。
夾のまっすぐで人懐っこさのあるそうした姿を特に気に入っている琥珀は、さらに嬉しそうに笑いながら夾と話をする。
「で?コウちゃんはどうなの?センとはうまくいってる?」
「えっ、まぁ…それは、その…」
「え~?なになに、なんなの~?」
声を潜めながら、なにやらコソコソと言葉を交わす夾と琥珀。
そんな2人を見かねた璇が【觜宿の杯】の主らしく「楽しそうに、何の話を…してるんですか?」と恭しい態度でお冷やを手に近寄ると、琥珀はまたクスクスと楽しそうに笑ったのだった。
12
あなたにおすすめの小説
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
借金のカタで二十歳上の実業家に嫁いだΩ。鳥かごで一年過ごすだけの契約だったのに、氷の帝王と呼ばれた彼に激しく愛され、唯一無二の番になる
水凪しおん
BL
名家の次男として生まれたΩ(オメガ)の青年、藍沢伊織。彼はある日突然、家の負債の肩代わりとして、二十歳も年上のα(アルファ)である実業家、久遠征四郎の屋敷へと送られる。事実上の政略結婚。しかし伊織を待ち受けていたのは、愛のない契約だった。
「一年間、俺の『鳥』としてこの屋敷で静かに暮らせ。そうすれば君の家族は救おう」
過去に愛する番を亡くし心を凍てつかせた「氷の帝王」こと征四郎。伊織はただ美しい置物として鳥かごの中で生きることを強いられる。しかしその瞳の奥に宿る深い孤独に触れるうち、伊織の心には反発とは違う感情が芽生え始める。
ひたむきな優しさは、氷の心を溶かす陽だまりとなるか。
孤独なαと健気なΩが、偽りの契約から真実の愛を見出すまでの、切なくも美しいシンデレラストーリー。
完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました
美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!
秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~
めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆
―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。―
モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。
だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。
そう、あの「秘密」が表に出るまでは。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる