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6 ある三百万円のゆくえ
十二 和臣
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多紀くんの実家を出て最寄り駅に向かう途中、多紀くんが訊ねてきた。
「そういえば、和臣さん、次郎お兄さんの事務所に入るんですか?」
「あ、実はね、元の会社に戻るんだ」
「え!?」
やはり驚かれた。それもそうだよね。いったい何のために試験を受けたのって感じ。
「法務部にね。いくつか事務所を受けて、採用もされたんだ。だけど元の会社に声を掛けられて……、仕事の内容もわかっているし、条件も良くてね。どんな働き方をしているかもよく知っているし。もし町弁になりたかったら、それこそいつでも次郎兄さんの事務所に入れてもらえばいいから」
渉外事務所にも採用されたものの、激務で有名である。九時五時。つまり朝九時から朝五時まで。
三十歳を超えている俺が二十代前半の優秀な若者にまじって激務に耐えられるとはとてもじゃないが思えない。仕事に集中したいわけでもない。
俺の目的はただひとつ。
「家も近くて、多紀くんの会社とも近いし」
俺が守りたいのは、多紀くんとの距離だけ。
だが、いつも、俺だけが幸せでいいのかと考えている。多紀くんが隣を歩いていることはいつだって不思議で、いついなくなってしまうのだろうかと怯えている。
離れたくない。
それでも、伝えなければならない。
いつか多紀くんに言われたこと。俺は、誠実とはどういうものなのか、長らく考えていた。
言葉の意味はわかるものの、どのように行動することがすなわち誠実なのかはわからない。だから、俺なりに考えた結論。
俺は言った。
「多紀くん、あのね。俺……、多紀くんは幸せな家庭を築いて、多紀くんが望むような、ごくふつうの未来があったんじゃないかって思ってる。ひとに言えない関係ではなくて、たくさんのひとに祝福されるはずの未来。多紀くんにあったはずの幸せを、俺が捻じ曲げたんだと思う」
手を離せなくて、ごめんね。
俺が離れたくなくて、一緒にいると俺は幸せで、だけど多紀くんにも幸せになって欲しくて、多紀くんが幸せになるにはどうしたらいいのか、考えている。
多紀くんは明るく笑っている。
「あはは! どうでしょうねぇ? ブラック企業でぼろぼろになって、名ばかり管理職で、平社員より逆に給与が少なくなって、気づいたら未婚のまま四十超えてたもあるかなって。流されるままに」
多紀くんの暗い未来予想図に、俺は笑った。
もしそんな未来が訪れるのならば、俺は安心して多紀くんと仲良しの先輩後輩をしているかもしれない。
その立ち位置で、君の体温だって知らないまま。
「あの会社に居続けていたら、有り得たかもね」
「感謝してます。辞めさせてくれたの、というよりは、気づかせてくれたことかな。世の中に、頑張っていたら認めてくれるような会社があることも知らずに、こき使われて、最後はぶっ倒れて使い捨てられたんじゃないかなぁって、思うんですよねー。うわっ、このとおりになりそう!」
そんな風に話していたら駅に到着した。地方の小さな駅。ホームは人が少ない。電車はまだ来ない。
空いているベンチに並んで掛ける。
俺は早くも暮れつつある空を仰ぎながら、呟いた。
「多紀くん」
「はい?」
「家族、やり直してくる?」
「そういえば、和臣さん、次郎お兄さんの事務所に入るんですか?」
「あ、実はね、元の会社に戻るんだ」
「え!?」
やはり驚かれた。それもそうだよね。いったい何のために試験を受けたのって感じ。
「法務部にね。いくつか事務所を受けて、採用もされたんだ。だけど元の会社に声を掛けられて……、仕事の内容もわかっているし、条件も良くてね。どんな働き方をしているかもよく知っているし。もし町弁になりたかったら、それこそいつでも次郎兄さんの事務所に入れてもらえばいいから」
渉外事務所にも採用されたものの、激務で有名である。九時五時。つまり朝九時から朝五時まで。
三十歳を超えている俺が二十代前半の優秀な若者にまじって激務に耐えられるとはとてもじゃないが思えない。仕事に集中したいわけでもない。
俺の目的はただひとつ。
「家も近くて、多紀くんの会社とも近いし」
俺が守りたいのは、多紀くんとの距離だけ。
だが、いつも、俺だけが幸せでいいのかと考えている。多紀くんが隣を歩いていることはいつだって不思議で、いついなくなってしまうのだろうかと怯えている。
離れたくない。
それでも、伝えなければならない。
いつか多紀くんに言われたこと。俺は、誠実とはどういうものなのか、長らく考えていた。
言葉の意味はわかるものの、どのように行動することがすなわち誠実なのかはわからない。だから、俺なりに考えた結論。
俺は言った。
「多紀くん、あのね。俺……、多紀くんは幸せな家庭を築いて、多紀くんが望むような、ごくふつうの未来があったんじゃないかって思ってる。ひとに言えない関係ではなくて、たくさんのひとに祝福されるはずの未来。多紀くんにあったはずの幸せを、俺が捻じ曲げたんだと思う」
手を離せなくて、ごめんね。
俺が離れたくなくて、一緒にいると俺は幸せで、だけど多紀くんにも幸せになって欲しくて、多紀くんが幸せになるにはどうしたらいいのか、考えている。
多紀くんは明るく笑っている。
「あはは! どうでしょうねぇ? ブラック企業でぼろぼろになって、名ばかり管理職で、平社員より逆に給与が少なくなって、気づいたら未婚のまま四十超えてたもあるかなって。流されるままに」
多紀くんの暗い未来予想図に、俺は笑った。
もしそんな未来が訪れるのならば、俺は安心して多紀くんと仲良しの先輩後輩をしているかもしれない。
その立ち位置で、君の体温だって知らないまま。
「あの会社に居続けていたら、有り得たかもね」
「感謝してます。辞めさせてくれたの、というよりは、気づかせてくれたことかな。世の中に、頑張っていたら認めてくれるような会社があることも知らずに、こき使われて、最後はぶっ倒れて使い捨てられたんじゃないかなぁって、思うんですよねー。うわっ、このとおりになりそう!」
そんな風に話していたら駅に到着した。地方の小さな駅。ホームは人が少ない。電車はまだ来ない。
空いているベンチに並んで掛ける。
俺は早くも暮れつつある空を仰ぎながら、呟いた。
「多紀くん」
「はい?」
「家族、やり直してくる?」
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