エリート先輩はうかつな後輩に執着する

みつきみつか

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番外編13 リクエストなどなど

多紀の失敗① 一 和臣

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 五月下旬。金曜日。
 午後十一時過ぎ。

『小野寺ー? ちょっと早いけど相田くん、酔っぱらって寝てしもたーん』

 N社長から電話があった。多紀くんは会社の飲み会。遅くなるとはわかっていて、やきもきしながら待っていたところだった。
 つまり遅い。遅すぎる。ちょっと早い? ちっとも早くない。本人から連絡がないのも不満。
 これはお仕置きだね。

「迎えに行きます」
『よろしゅう!』

 池袋の居酒屋。位置情報、確認済。
 行ったら、どんちゃん騒ぎの和室の隅っこで、ネクタイを額に巻き、多紀くんはビール瓶を抱いて丸まって寝ていた。
 昭和のサラリーマンかな?

「失礼します」

 酔っぱらいの東京オフィスの面々が、入ってきた俺に注目して、とても盛り上がっている。勝手に拍手。大歓迎。初対面だしまだ何も言っていない。酔っぱらいどもめ。

「相田がいつもお世話になっております」

 頭をさげる。でも誰も聞いてないや。
 誰かの掛け声。

「飲んでますかー!?」

「うぇーい!」と俺以外。
 N社長もご機嫌。お酒弱いくせに。俺の姿に気づいて、多紀くんの肩を揺すっている。俺の許可なく俺の多紀くんの肩に触れるな。
 多紀くんときたら、油断しきった締まりのない真っ赤な顔。むらむらする。こんな多紀くん、他の人に見られたくないんだけど。なぜ俺以外にも見せているの?

「おーいっ、東京オフィス所長っ! しょっちょーさーん!」

 多紀くんはへべれけで寝言。

「むにゃむにゃ、東京オフィスは……俺に任せろ!」

 いつの間にそんな自信満々になったの? 
 俺は多紀くんのそばにしゃがむ。優しい声を掛ける。丸顔のほっぺたをぺちぺち。

「相田多紀さーん、お迎えですよー」
「ぁいっ!」

 元気いっぱいのお返事でよろしい。目を閉じたまま、ぴしっと腕をあげている。その腕をとり、肩を入れて脇腹に腕を回す。お酒と汗臭い多紀くん。ワイシャツ越しの体温。
 あとで脇の下いっぱいクンクンしよ。嫌がってもやめない。
 近くに座っていたスーツの若い男の子や女の子、のみならず、総勢十名ほどがこちらに注目して身を乗り出している。

「お友達ですかぁ?」
「はい」
「おいくつですか?」
「相田の三個上です。ほら、起きなさい」
「ふぇ、あれ? 和臣さんがいるぅ。ぐへへへ、今日もイケメンだね」

 そこに西社長のろくでもない合いの手。

「よっ! 日本一!」

「うぇーい!」と俺以外。
「世の中のすべてのことが思い通りになりそう」

 俺は構わず、多紀くんがラッパ飲みを試みた空のビール瓶を取り上げた。多紀くんの唾液。ふちをぺろぺろしたい。持って帰ろうかな。

「あっ。俺のビールぅ!」
「まったく、どれだけ呑んだの」
「大きい会社の商談がうまいことまとまってなぁ。相田くん大喜びでぐびぐび呑んでたわ!」
「さすが俺! えっへん!」
「さすが相田主任!」
「よっ、所長!」
「おめでとー! 乾杯!」
「カンパーイ!」

 多紀くんはまだ入っているビール瓶はどれかと散らかったテーブルの上を据わった目で探している。
 こらこら。

「おめでとう。よかったね。帰るよ。西社長、お疲れ様でした」
「おうっ、お疲れ様! あっ、そうやっ、今度福利厚生でキャンプすんねん、家族とか連れてくるやつ。相田くんから聞いてる?」
「聞いてません。参加します」
「了解!」
「えええ、和臣さん来るんですかぁ?」
「行く」

 わけもわからず周囲は歓声をあげている。

「どうやって説明すんのぉ……難しいですよぉ……」
「『西社長の元部下』。歩ける? お姫様抱っこしてあげようか?」

 N社長を筆頭に全員爆笑してるけど俺は本気だよ。多紀くんは聞いておらず、「あっ、トイレ!」と言って、すっくと立ち上がって、ふらふら出ていく。俺は多紀くんのビジネスリュックを背負う。
 そしてN社長に耳打ち。

「西社長。東京で羽根を伸ばしていること、奥様から探りが入ってきてます」
「ええっ!? やばいっ! 四軒目行ったらバレる!?」

 N社長の四軒目は、熟女セクキャバ。論外。むかし連れて行かれそうになり、全力で振り切って逃げた。いい店に連れていってやるって、価値観が違いすぎだよ。
 N社長のせいで目覚めてしまった同僚が何人かいて、その話を聞いた当時、卒倒しそうだった。懐かしくてろくでもない思い出。

「西社長、明日はご夫婦の結婚記念日ですよ。奥様の好きな花は、スプレータイプのピンクのバラ」
「おおきにっ、了解っ。いや、昨日までは覚えててんけどなっ! にしてもなにその記憶力! 俺の家庭の平和、お前のおかげで何回守られたかわからんわ」
「お役に立てて何よりです」

 N社長は、俺の弱みが多紀くんだとわかっている。それゆえ、俺にきちんと情報提供してくれる。むかしからこのひとはここぞというときに「外さない」ひと。

「敵じゃなくてよかったわー!」
「ですが、俺だけではないと思うので、身辺お気をつけください」
「怖いやん……」

 奥様から、『多少のことは目を瞑るが、あまり羽目を外すようなら釘を差しておいてくれ』と言われているんだよね。二重スパイみたい。
 保護すべきは家庭の平和だから、双方の目的は合致してるけどね。

「和臣さーん! 俺のリュックが消えちゃった! また盗まれた!?」
「俺の背中にあるよ」

 世話が焼ける連中だよまったく。
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