エリート先輩はうかつな後輩に執着する

みつきみつか

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番外編17 リクエストなどなど3

熱で朦朧としている和臣

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 起きたら、何もわからなくなっていた。ここはどこだろう。俺は誰。
 体が熱くて、背中も胸も、バケツで水をかぶったみたいにびしょ濡れで、寝間着がぴったりと張り付くようだ。ベッドの中なのに。
 ああ、そうか。おそらく熱が出て、汗をかいた。前後不覚でなにもわからないのは熱のせい。頭がぼうっとして、気を失いそう。
 手を繋いでいるひとがいる。俺は隣に眠るひとを見る。誰だろう。ほどよく握ってくれて、ほっとする。
 眠っている顔を覗き込んでも、なんとなく知っている人であるという感覚はあるのに、名前が浮かばなかった。
 俺がそっと手を離すと、彼も目を覚ました。目をこすりながら起き上がる。

「熱、どうですか」

 と、彼は俺の額に手をやる。

「汗っぽいよ……」

 声を出すと、かすれている。

「スポドリ飲めそうなら飲んでいてくださいね。着替え持ってきますね。ごはんは食べられそうですか?」
「ん……」

 優しい声。まだ思い出せない。様子見。
 彼は俺が頷いたのを見て、枕元のコップを渡してきた。
 彼が部屋から出ていくのを眺める。
 急に心許なくなる。だが名前を思い出せないせいで、見送るしかなかった。
 見慣れないのに落ち着く寝室の天井を仰ぎ、ベッドボードに飲み終えたコップを置いて、ふたたび横たわって待っていると、彼が両手にいろいろ持って戻ってくる。

「飲めました?」
「ん」

 いくつか年下かな。俺の世話に慣れているらしい。背中を撫でてくる。

「わあ、汗だく。着替え持ってきたので、体を拭いて、着替えましょう」

 ベッドの端に腰掛けて、熱いタオルを受け取る。見られながら脱がないといけないのかな。困ったな。恥ずかしい。
 躊躇していると、彼は熱いタオルを俺の手から取って、俺の顔を拭き始めた。
 まだ体を動かせないと思ったのだろう。たしかに関節は痛くて、熱っぽい。

「体温計、挟んでてください」

 渡された体温計を脇の下に挟んで、鳴るのを待つ間、彼は俺の顔やら首やら、上を脱がせて上半身を拭いていた。楽だから任せていたけど、下はさすがに。
 音が鳴って、体温計を見る。微熱。

「三十八、点、二」
「まだ高いな……」
「ん」
「復帰したばかりですから、疲れが出たんですよ。今日は祝日ですし、ゆっくり休みましょうね。あとでおかゆ持ってきますね」
「ん……」

 下は自分で、と言うと、彼は寝室を出ていった。おかゆを持ってくるのだろう。
 体を拭いて着替えを終えると、少しだけさっぱりした。
 まだ頭がぼーっとしているせいか、ここがどこなのかも思い出せないけれど、自分の部屋だろうし、安全な場所だとわかる。そして彼のことはさらに何も思い出せないものの、なんとなく、任せていれば大丈夫。
 しばらくして、食事の載ったトレーを手に、戻ってきた。

「豆腐と卵とねぎの味噌雑炊。あとで、ぶどうのシャーベットもありますよ」
「ありがと」

 膝の上にトレーをのせて、スプーンで一口食べたら、知っている味だとわかった。思い出せないのに知っている。懐かしい。

「おいしい」
「よかった。和臣さんに前に作ってもらったの、再現できてよかったです」

 彼は顔を綻ばせてそう言った。かずおみ。俺の名前。
 そして俺は以前、彼にこの雑炊を作ったことがある。

「ゆっくり食べてくださいね、また呼んでください」

 彼は寝室を出ていこうと立ち上がった。引き止めたのは、呼び方がわからないせいでもあるし、ひとりで食べたくなかったから。

「待って。ここにいて」

 我ながら子どものようだ。彼はにこにこしながら、ベッドの端に腰掛ける。俺の足元。

「はい。食べたら薬飲みましょうね。昨日のうちに病院に行っておいてよかったですね」
「ん」

 俺が食べ終えたのを見計らって、彼はシャーベットと薬を取ってきますね、と言って出ていった。寂しい。
 どうしてこんなに恋しくなるのだろう。すぐそこにいるとわかっているのに。
 いったい何者なのかも、思い出せないのに、委ねていれば彼は俺を悪いようにはしないという確信がある。

「はいっ、ぶどうのシャーベット。お水と薬」
「ん……」
「空の器、片付けてきますね」

 寝室を出ていって何をするのか予告するのは、俺が視線で追うからか。
 俺は言った。

「まだここにいて……」
「わかりました」
「食べさせて」
「シャーベットを?」
「ん」

 彼は苦笑しつつ、スプーンを取る。一口ずつ、食べさせてくれる。何しているんだろう、何をさせているんだろう。そんなふうに思いつつ。

「つめたい」
「ひとくちが多いですか?」
「ううん。あまくておいしい」
「よかったですねぇ」

 笑顔がかわいい。
 食べさせてもらった後、薬を飲んで、そしてベッドに横たわった。

「片付けは後にして」
「はい」
「ごめんね……」
「大丈夫ですよ。寝ましょうね」

 彼はベッドの隣に潜り込んできて、枕元の洗面器で濡らしたタオルを絞って仰向けになった俺の額に置く。
 そしてひんやりした手で、俺の手を握った。

「……眠るまでいてね」
「こうしていてあげます」
「ん……」
「元気になりますように」
「ん……」

 もう一眠りしたら体は快復するに違いない。とろんと目が落ちてくる。なのに、同時に、眠りたくないと思う。この時間が、永遠を願うくらい穏やかで、心地よくて。
 でも、意識が、遠くなってくる。

「おやすみなさい」
「おやすみ……」

 この子がいる。だから大丈夫。



<熱で朦朧としている和臣 終わり>
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