エリート先輩はうかつな後輩に執着する

みつきみつか

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番外編18 続・野球帽と初恋(和臣視点)

十* 野球帽

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 野球帽を持っている。
 それは、俺が仙台から持って帰ってきたものだ。多紀くん、どうしてそんなもの持って出てきたんだろう。
 もとは白かったのだけど、年月を経て黄ばんでいるそれ。
 多紀くんはそれを被った。

「そろそろ言おうと思って、持ってきてよかった」
「それがどうしたっていうの……」
「俺、当時、世田谷に住んでたんですよ」
「え?」

 多紀くんは頬をかきながら笑っている。

「小学校のとき野球してたの言いましたっけ? 小学校四年生のときの話です。母親とふたりで東京に引っ越してきて、すぐのこと。すげー暑い日に、近所の公園で、女の子が休んでるの見つけて」
「……」
「帽子かぶせて、親戚の家に連れて行ったんですよ」
「……」
「わかりますよね?」

 俺は頷いた。
 すごく暑い日、公園のベンチでくたばっていたら、声をかけてくれた野球少年がいたこと。
 その子の顔は思い出せないけれど、下心なく親切にしてもらって嬉しかったこと。
 野球帽はその子に被せてもらったもので、今でもなんとなく大切に思っていること。

「俺の、初恋じゃない初恋」

 でも、初恋のX氏が俺だなんて、そんなこと、あるわけないじゃん。

「……そんな偶然、ある?」
「俺もそう思いましたねー」

 多紀くんは真剣な眼差しで、俺を見つめて、俺の頬を両手で挟んでくる。
 目を閉じて口づけた。

「偶然じゃないって考えても、いいんじゃないですか、この際」

 偶然じゃないなら、何なの。
 それからしばらく、その場にふたりで座り込んだままキスしていた。
 離れたり、キスしたりを繰り返して、指先を繋いで、見つめ合う。
 多紀くんは真っ直ぐに俺のことを見ていた。

「和臣さん」
「ん……」

 俺は泣きすぎて顔が涙と鼻水でぐしゃぐしゃ。多紀くんは苦笑している。

「帰りましょ。帰りたいんですけど」

 俺は言った。

「腰が抜けた」

 立てない。醜態に次ぐ醜態である。ここ、道端だよ。住宅街に差し掛かっているとはいえ、人目もあるし。
 多紀くんのこととなると、どうして俺はこう、どうしようもなくなっちゃうんだろう。

「えー!?」
「引っ張って」
「ほい」

 立ち上がりざま、俺は多紀くんに口づけた。

「ほら冷えてるじゃないですか。もー」
「あっためて」
「いいですよ。一緒にお風呂入ってもいいし、……してもいいし」
「どっちもする……」
「いいですよ」
「眠たいから寝ちゃうかも。寝れなかった」
「悩みがあるなら俺に言えばいいのに」
「……言えないよ」

 多紀くんは笑った。

「お昼寝に添い寝してあげます」

 だったらすぐ寝られそう。
 多紀くんとの関係が始まってから、俺はぐっすり寝られるようになった。多紀くんがいないとちっとも寝られない。多紀くんを思うことは、俺の支えなんだ。
 俺は小さな声で訊ねてみる。涙声かっこ悪い。多紀くんに、かっこいいところがちっとも見せられない。
 本当にだめだめな俺。

「多紀くん、俺のこと、捨てないでくれる?」

 多紀くんは呆れている。

「誰がそんなことするって言ったんです?」
「言ってません……」
「せっかくの新婚生活なのに、こんなことしてたらすぐ日が経っちゃうじゃないですか。いいんですか?」
「タンマする……」

 というと、多紀くんはおなかを抱えて笑い出した。
 ひとしきり笑ったあと、目元を拭いながら手を差し出してくる。

「早く帰りましょ。俺、せっかく毎日楽しかったのに。和臣さんは楽しくなかったですか? どうしてくれるんです?」
「Fをやっつけにいく……」
「え?」
「なんでもない……」

 多紀くんの手を握りながら、俺は泣いた。
 Fのやつめ、絶対にとっちめてやるんだ。覚悟してろよ。




 <野球帽と初恋 終わり。おまけの多紀視点に続く>
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