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そのさん

そのさん-5

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「アンタ、この頃朝から出掛けるけど、どこに行きよるん?」

家で晩ごはんを食べてると、おかんの攻撃が飛んでくる。

「小説売れんでバイトでも始めたん?」

ぐっ。

確かに売れてるというにはほど遠い。

「ち、違うわ」

「なら、何してるん?」

ぐぐぐ。

ここで何か答えんと、おかんの攻撃は止まらん。

「か…彼氏ん家行ってる」

「は?昼間に?彼氏て、アンタ。何の仕事してるん、その人?」

「や、夜勤の仕事」

嘘はついてない。

夜働いてるから。

「まー。アンタと付き合うとか、物好きな人やねぇ。料理も出来んし、洗濯も出来んし掃除も」

物好きて。おかあさま。

自分の娘に対して言い過ぎじゃありませんか?

「この頃は見合いの話も全然無くなったしねぇ。そのトシで出来た彼氏なら、もう後は無いかも知れんよ」

おかんの攻撃がヒートアップ。

「で、どうなん?」

「どう、て何が」

「結婚出来そうなん?」

味噌汁を吹き出した。

いきなり話飛ばすな!

「まだ付き合い出して、そんな経ってないし!そんな事わからんっ」

溢した味噌汁を布巾で拭きながら反撃。

「嫌やね、この子は。それ逃がしたら後無やろ!」

我が親ながら失礼過ぎる。

「はあー。どうせなら松本さんが貰ってくれたらねぇ」

はあ?何で松本氏!?

「仕事しっかりしてるし、会社も良いとこやし。アンタどうにかしたら?」

「冗談やない。怖いもん、あの人」

「そう言えば、取引先の専務から誰か良い人はおらんか、て聞かれたなあ」

おとん乱入。

「何それ、みのりに!?お父さん」

テーブルから身を乗り出すおかん。

「専務の息子さんで30言うてたなあ。みのりの事はすっかり頭から出てこんやった。ははは」

「ははは、て。お父さん良いお話やないの!!お見合いさせな!」

「やから、彼氏おるってば!」

このままやとおかんに見合いさせられそうな勢いなんで、キッチンから撤退。 

コーヒーを飲みながら、PCの画面、確認。

メーラーを立ち上げ、松本氏に圧縮した原稿のファイルを添付したメールを送信。

ふっふふふふふ。

締め切りは明日。

なんと。

この遅筆なあたしが、締め切り一日前に原稿を終わらせたのだ。

はっはっはっ! 

ざまぁみろ!松本っ!

あたしだって、やれば出来んだよやれば!

はっはっはっ!

ベッドに仁王立ちして高笑いをしてたら、鳴り響くWild World。

ディスプレイを見て慌てて、着信ボタンを押した。

「はいっ!天海でごぜぇます!」

『お疲れ様です。松本です』

「はいっ!いつもお世話になっております」

ベッドの上で深々と頭を布団に擦り付ける、卑屈なあたし。

『データ受け取りました。今回、早かったですね』

「はっはい、頑張りましたっ!

『いつもこうだと有難いですね』

嫌味を忘れない松本氏。

『今から確認はしますが…ところで天海さん』

ん?なんですか?

なんかやらかしましたか?あたし?

『大石先生のパーティー、ご出席なさいますか?』

あ。

良かった。怒られるんじゃなくて。

大石先生は、あたしがデビューした賞の審査委員長を務められた、大御所様。

今度、先生の作家生活30周年をお祝いするパーティーが開催される。あたしも招待状を頂いてる。

「はあ、出席しますが」

『そうですか。パーティーは夕方からですから、当日の午後打ち合わせしましょうか』

「あ。そうですね」

『時間は後で連絡しますので。よろしくお願いします』

「はっはい、お願いします」

電話を切って、安堵のため息。

ははは。何も怒られずに終わったぜ。

あたしだってたまにはこういうこともある!

ベッドの上でガッツポーズをしていると、また着信音。

 『みのりさん?』

少し低くて、柔らかい声。

あたしの好きな声。

「どしたん?尊」

『うん。何でもないけど。今、店入ったとこ』

時計を見ると夜の8時。

尊のお店は同伴の時は、10時までに入れば良いはず。

「今日、お店早いね」

『うん。10時から別のお客さん来るから、早めに入ったんだ。みのりさん、仕事は?』

「さっき終わったぁ!」

終わりましたよ。

あたしにしては珍しく。

『もう?そうなの。早く終わったんだ』

そうなの。早かったの、今回は。

『頑張ったね、みのりさん』

褒めてくれるの尊だけだよぉ。

『俺、仕事戻るから。みのりさん、今日はゆっくり寝てね』

「ありがと。尊も頑張ってね」

『うん。じゃあね』

そう言って、電話は切れた。

尊は、電話とかメッセージがマメだ。

仕事中も手が空いたら、メッセージしてくれる。

ホストの習性なのか?とか思ったりするけど。

でも。

それだけあたしの事、想ってくれてんのかなー。

とか、思うと、やっぱ嬉しい。

一人でにやけてると、尊からすぐメッセージきて。

『みのりさん大好き』

とか書いてあったりするもんだから。

一人、にやにやが止まらん。






「みのりさん、好き」

耳元で尊が甘く囁く。

少し低くて、柔らかくて、優しい声。

あたしの鼓膜に響く。

その言葉と声はあたしの頭から思考を奪う。

囁く声。

でも尊は。

その声であたしを辱しめる。

恥ずかしがるあたしを。

「みのりさん、可愛い」

あたしの身体中、尊のキスが埋め尽くす。

あたしの全部は尊にからめとられる。

「みのりさん…好き」

何度も、何度も。

甘くささやく声。

あたしはまるで。

尊の気持ちがいっぱいあたしに染み込んでくるみたいに。

あたしはもう、尊のことしか見えなくなる。

尊でいっぱいになる。

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