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午後九時三十分。扉が開かれ、授業出終えた生徒達がいくつかのグループにかたまりながら、外に出てきた。
クリスマス間近だというのに、この生徒達の顔には笑みがなく、一部の群がりながら帰宅する女子達の他は、黙々と参考書に目を近づけながら歩いている。ジングルベルの曲が流れていようとも彼らの耳には入らない。彼らに今必要なのはクリスマスのプレゼントなどではなく、志望校の合格通知だけなのだ。
そして今、周りの者と同じように、単語帳に目を落としながら一人の男子生徒が階段を下りてきた。
自分の事以外興味がない生徒達の中に、まるで今出てきた彼を待っていたかの様な女子の集団が彼に声をかける。
「辻本君。バイバーイ」
『辻本』とそう呼はれた男子は、一旦顔を上げ、軽く会釈すると目前の道路のガードレールに腰をかける。『無愛想』という表現がピッタリな彼であったが、このクールさが彼女達にはたまらないらしい。
単語帳を左ポケットにしまうと、彼はコートの内ポケットから鎖のついた銀色の懐中時計を出して現時刻を確認する。九時三十三分、迎えはまだ来ない。両ポケットに手を入れ、ため息をつくと目の前の空気が白く変わる。彼はそれを黙って見る。
「おい」
声をかけられ、顔を上げる。すると、彼の身の丈の二倍はありそうな男が二人、彼の目の前に立って彼を見下ろしていた。彼は無表情なまま二人を見つめる。いかにも盛り場などに群っていそうな男達の姿に彼は呆れ、再び白いため息を漏らすと、視線を下に向ける。全く彼から相手にされていない事に気づいた男達の頭に一瞬のうちに血がのぼり、彼から向かって左側にいた男が平手を彼のかけていた眼鏡を払い落とした。
カシャンッ
眼鏡はアスファルトに叩きつけられ、右のレンズにひびが入る。その眼鏡を拾う事なく、彼は鋭い眼光で二人を睨みつける。 一瞬だけ二人は怯んだが、すぐに虚勢を張り直し、一歩前に出た。
「今の時計、テメェ『喜多』の人間だろ。何でココにいるんだよっ」
『ココ』とは『日河岸』の領域の事で、この地域は昔から土地を東西南北の四つに分け、そのそれぞれの領域に『日河岸』『仁志』『美波』『喜多』の名前をつけている。そして今、彼の前に立っている二人の男は日河岸エリアの住人で、彼は喜多工リアの住人だと二人は言うのだった。何故二人が、彼が喜多の住人か分かったのかというと、決め手は先程彼が手に持っていいた銀色の懐中時計だった。
この四つのエリアには、そのエリアに住む少年少女を統率するリーダーという者がいて、そのリーダーが決めた小道具を持う事がそのエリアに所属しているという証で、喜多が揃いで持っている小道具こそが銀色の懐中時計なのであった。
四つのエリアはそれぞれ仲が悪く、もし自分のエリアと違うエリアに誰かいたとしたら、その者は例えそのエリアの者に重傷を負わされても文句を言う事はできない。あくまで他エリアの者は、そのエリアにとって『侵入者』でしかないのだから。
今、『日河岸』のエリアに『喜多』の人間がいる。よって。、この彼は、この二人の男から私刑を受けたとしても、文句が言えないのだ。
「塾」
彼はそう言って、今自分が出てきた建物を視線で示した。そこはこの地域で一番名高い進学塾。毎年数多くの受験生がここから難解な高校に合格しているという事で有名である。彼はこの塾に通う為だけに喜多から日河岸に来ていたらしい。しかし男達がそんな事で納得する訳がない。
「なぁにナメたマネしてんだ。中坊がよぁ! そんなに殺されてぇか!!」
「それはこっちの台詞」
彼は左ポケットに手を入れながら歩き出した。男達とすれ違う瞬間、わずかに体と体が触れ、彼が通り過ぎると、男達が前のめりに倒れ込む。それを黙って見ている数名の受験生。彼らは自分の事以外に興味がない。それ故、男達の腹部から赤い液体が出ていようが、救急車を呼ぼうとする者もいなかった。
見捨てられたこの二人の男達の生涯は、わずか十九年という短かさで幕を閉じた。
二人の死体を振り返る事もなく彼は横断歩道を突き進む。お気に入りのコートが男達の血で汚れ、彼はひどく立腹していた。彼、辻本唯こそ、喜多エリアのリーダーで現在現役の受験生であった。
迎えを待つ為、唯は横断歩道の前で立ち止まっていた。やがて歩行者専用の信号が赤から碧に変わり、大勢の人間が唯のいる方向へ歩いてくる。その時唯は自分に向かってくる人の波の中のある一人に目を留めた。
闇に溶け込むような長い黒髪。その上に巻かれている真紅のバンダナ。真紅のバンダナは喜多から一番遠い美波のトレードマークである。そのバンダナを頭に巻いて、喜多から日河岸へ堂々と移動しているこの少女が気になった。気になってから唯は自嘲する。他エリアの人間の事を心配するなどあまりにも自分らしくない。しかし、どこかで会った事があるような気がした。そう思っているうちに、少女は唯とすれ違った。しかしすれ違う瞬間、少女は確かに唯を見て笑ったのだった。
「!!」
流れるような長い髪が唯の印象に残った。それ以外に忘れられないのは少女の瞳。単に視線が交差したからではない。どこかで見た事がある、そして誰かに似ている瞳――。
「辻本様?」
少女と同じ団体を横断歩道を渡ってきた亜純が声をかける。 少女のすぐ側にいるというのに、唯には少女の姿しか目に入っていなかったらしい。唯ははじかれたように顔を上げる。
「どうかなさったんですか?」
「いや……」
唯は再び先程少女が歩いていった方に視線を向けたが、あの目立つ真紅のバンダナはもう見えなかった。
クリスマス間近だというのに、この生徒達の顔には笑みがなく、一部の群がりながら帰宅する女子達の他は、黙々と参考書に目を近づけながら歩いている。ジングルベルの曲が流れていようとも彼らの耳には入らない。彼らに今必要なのはクリスマスのプレゼントなどではなく、志望校の合格通知だけなのだ。
そして今、周りの者と同じように、単語帳に目を落としながら一人の男子生徒が階段を下りてきた。
自分の事以外興味がない生徒達の中に、まるで今出てきた彼を待っていたかの様な女子の集団が彼に声をかける。
「辻本君。バイバーイ」
『辻本』とそう呼はれた男子は、一旦顔を上げ、軽く会釈すると目前の道路のガードレールに腰をかける。『無愛想』という表現がピッタリな彼であったが、このクールさが彼女達にはたまらないらしい。
単語帳を左ポケットにしまうと、彼はコートの内ポケットから鎖のついた銀色の懐中時計を出して現時刻を確認する。九時三十三分、迎えはまだ来ない。両ポケットに手を入れ、ため息をつくと目の前の空気が白く変わる。彼はそれを黙って見る。
「おい」
声をかけられ、顔を上げる。すると、彼の身の丈の二倍はありそうな男が二人、彼の目の前に立って彼を見下ろしていた。彼は無表情なまま二人を見つめる。いかにも盛り場などに群っていそうな男達の姿に彼は呆れ、再び白いため息を漏らすと、視線を下に向ける。全く彼から相手にされていない事に気づいた男達の頭に一瞬のうちに血がのぼり、彼から向かって左側にいた男が平手を彼のかけていた眼鏡を払い落とした。
カシャンッ
眼鏡はアスファルトに叩きつけられ、右のレンズにひびが入る。その眼鏡を拾う事なく、彼は鋭い眼光で二人を睨みつける。 一瞬だけ二人は怯んだが、すぐに虚勢を張り直し、一歩前に出た。
「今の時計、テメェ『喜多』の人間だろ。何でココにいるんだよっ」
『ココ』とは『日河岸』の領域の事で、この地域は昔から土地を東西南北の四つに分け、そのそれぞれの領域に『日河岸』『仁志』『美波』『喜多』の名前をつけている。そして今、彼の前に立っている二人の男は日河岸エリアの住人で、彼は喜多工リアの住人だと二人は言うのだった。何故二人が、彼が喜多の住人か分かったのかというと、決め手は先程彼が手に持っていいた銀色の懐中時計だった。
この四つのエリアには、そのエリアに住む少年少女を統率するリーダーという者がいて、そのリーダーが決めた小道具を持う事がそのエリアに所属しているという証で、喜多が揃いで持っている小道具こそが銀色の懐中時計なのであった。
四つのエリアはそれぞれ仲が悪く、もし自分のエリアと違うエリアに誰かいたとしたら、その者は例えそのエリアの者に重傷を負わされても文句を言う事はできない。あくまで他エリアの者は、そのエリアにとって『侵入者』でしかないのだから。
今、『日河岸』のエリアに『喜多』の人間がいる。よって。、この彼は、この二人の男から私刑を受けたとしても、文句が言えないのだ。
「塾」
彼はそう言って、今自分が出てきた建物を視線で示した。そこはこの地域で一番名高い進学塾。毎年数多くの受験生がここから難解な高校に合格しているという事で有名である。彼はこの塾に通う為だけに喜多から日河岸に来ていたらしい。しかし男達がそんな事で納得する訳がない。
「なぁにナメたマネしてんだ。中坊がよぁ! そんなに殺されてぇか!!」
「それはこっちの台詞」
彼は左ポケットに手を入れながら歩き出した。男達とすれ違う瞬間、わずかに体と体が触れ、彼が通り過ぎると、男達が前のめりに倒れ込む。それを黙って見ている数名の受験生。彼らは自分の事以外に興味がない。それ故、男達の腹部から赤い液体が出ていようが、救急車を呼ぼうとする者もいなかった。
見捨てられたこの二人の男達の生涯は、わずか十九年という短かさで幕を閉じた。
二人の死体を振り返る事もなく彼は横断歩道を突き進む。お気に入りのコートが男達の血で汚れ、彼はひどく立腹していた。彼、辻本唯こそ、喜多エリアのリーダーで現在現役の受験生であった。
迎えを待つ為、唯は横断歩道の前で立ち止まっていた。やがて歩行者専用の信号が赤から碧に変わり、大勢の人間が唯のいる方向へ歩いてくる。その時唯は自分に向かってくる人の波の中のある一人に目を留めた。
闇に溶け込むような長い黒髪。その上に巻かれている真紅のバンダナ。真紅のバンダナは喜多から一番遠い美波のトレードマークである。そのバンダナを頭に巻いて、喜多から日河岸へ堂々と移動しているこの少女が気になった。気になってから唯は自嘲する。他エリアの人間の事を心配するなどあまりにも自分らしくない。しかし、どこかで会った事があるような気がした。そう思っているうちに、少女は唯とすれ違った。しかしすれ違う瞬間、少女は確かに唯を見て笑ったのだった。
「!!」
流れるような長い髪が唯の印象に残った。それ以外に忘れられないのは少女の瞳。単に視線が交差したからではない。どこかで見た事がある、そして誰かに似ている瞳――。
「辻本様?」
少女と同じ団体を横断歩道を渡ってきた亜純が声をかける。 少女のすぐ側にいるというのに、唯には少女の姿しか目に入っていなかったらしい。唯ははじかれたように顔を上げる。
「どうかなさったんですか?」
「いや……」
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