2 / 4
第2章 “冷徹な将軍”と噂される夫
しおりを挟む翌朝、わたしは目覚めた瞬間、一瞬どこにいるのかわからなくなった。広く柔らかなベッド、厚手のカーテン、そして淡い朝日の差し込む石造りの壁。夢で見た景色かと錯覚してしまう。
――そうだ、ここはあのグラナート帝国。わたしはセレスティア王国の公爵令嬢として、政略結婚の名目でこの地に嫁いできた。昨夜、長い旅路を終えてこの屋敷に到着したところだった。
ぼんやりとした頭でそれを思い出すと、胸の奥から奇妙な感覚が湧き上がる。安心感とも戸惑いともつかない、不思議な鼓動。それは、この場所があまりにも静かで居心地がよいからなのかもしれない。
「……そうだ、朝食の時間に遅れないようにしないと」
わたしは枕元の小さな時計を確認する。時刻はまだ早いようだが、初日からのんびりしすぎるわけにもいかない。
昨夜、わたしと食事を共にしたクラウスは、今日以降の予定についても一通り説明してくれた。ひとまずわたしはこの屋敷で“将軍閣下の婚約者”として身を置き、慣れない環境に適応するまで無理をしなくていいという。
夫になるはずの人――クラウス・フォン・グラナート公爵。セレスティア王国にいたときの印象では「冷酷で恐ろしい将軍」と聞かされてきたが、実際に会ってみると想像とは大きく異なっていた。
どちらかといえば無骨で言葉も必要最低限。ただし、わたしが怯える様子を見せるとすぐに気遣いの言葉をかけてくれる。さらに、わたしの生い立ちを話したときには怒りさえあらわにしてくれた。
そして昨夜、あのひと言――「お前は道具ではない」「わたしを大切にする」と言ってくれたことが、まだ心の奥でじんわりと響いている。
「どうして、あんなにもはっきりと言ってくれたんだろう……」
眠りにつくまで、その疑問が頭を巡っていた。わたしにはまだよくわからない。でも、わからないままでもいい。こうして受け入れられている事実だけで、十分に心が救われている。
早めに起床したので、ゆっくりと身支度を整えることにした。支度をしていると、控えめなノックの音。続いて、屋敷の侍女の一人が現れ、あたたかい湯を入れた洗面器やタオルを運んできてくれる。
「エリシア様、おはようございます。今朝のご気分はいかがでしょうか?」
「ええ、よく眠れました。ありがとうございます」
そう言いながら、わたしは少し緊張していた。侍女と呼ばれる人が、自分に丁寧な口調で接してくれるのは、あまり経験がない。セレスティアでわたしに仕えてくれたラナだけは温かな人だったけれど、ビアンカ付の侍女たちはわたしをあからさまに見下していた。
ここでは、将軍閣下の“婚約者”として扱われる。だからこそ、使用人たちもわたしをそれなりに尊重してくれているのだろう。でも、まだ慣れない……。
「クラウス様は、朝食までに書簡を数通確認されるとのことで、少し遅れて食堂へいらっしゃるそうです。エリシア様はどうなさいますか?」
「あ、ではわたしも、支度が整い次第食堂へ向かいます。……すみません、勝手がわからないので」
「かしこまりました。では、ご用がありましたら何なりとお申し付けくださいませ」
侍女が部屋を出て行くと、わたしは改めて姿見に向かう。昨夜用意してもらったドレスは一着だけじゃない。どうやら何着か仕立て直してあるらしく、部屋のクローゼットにはシンプルながら質の良さそうな服が掛かっていた。帝国の布地独特の手触りが何とも言えない。
迷った末、落ち着いたグレーのドレスを選ぶ。胸元や袖口にわずかに細工が施されていて、上品だが華美ではない。わたしが着るにはちょうどいいだろう。
「……よし、こんなところかしら」
初日からいきなり大失敗はしたくない。おそるおそるドレスを着て、鏡の前で身の回りを確認する。髪も簡単にまとめただけだが、昨日よりはましに整えられているはずだ。
大きく息を吸ってから、わたしは部屋を出た。廊下には暖かな陽射しが差し込んでいて、石造りの床には美しい模様が施されている。歩くとわずかに靴音が反響するが、それもまたこの国の特徴なのかもしれない。
---
将軍閣下の朝食
使用人の女性が「ご案内いたします」と声をかけてくれたので、わたしは彼女の後ろをついてゆく。食堂は昨夜の部屋とはまた別の、大きな窓が並ぶ明るい空間だった。
長いテーブルの中央あたりに席が用意されていて、その向かいにクラウスの席がある。彼はまだ来ていないようだが、もうすぐ現れると聞いている。テーブルクロスは白く清潔で、繊細な刺繍が入っている。すでにパンやフルーツ、スープらしきものが運ばれ始めていた。
「失礼しますね、エリシア様。こちらにおかけください」
使用人の指示に従い、わたしは椅子に腰掛ける。緊張を抑えるため、深呼吸をひとつ。昨夜クラウスと言葉を交わしたときの安心感を思い出し、少し心を落ち着ける。
そうこうしているうちに、重々しい扉の向こうから足音が近づいてきた。クラウスかもしれないと思い、そっと顔を上げると――やはり彼だった。
昨日と同じ黒の軍服を身につけ、裾には金糸の装飾が見える。まさに軍人らしい凛とした佇まい。わたしが席を立とうとすると、彼は軽く手を挙げて制した。
「そのままでいい。……おはよう、エリシア」
「おはようございます、クラウス様……。今朝もお早いのですね」
「ああ、帝都へ戻れば書簡が山のように届くからな。戦場と比べれば楽な仕事だが、慣れない政治文書も多くてな」
そう言いながら、クラウスはわたしの向かいに腰を下ろす。使用人がすぐにお茶を注いでくれるが、彼はそれには手をつけず、まっすぐわたしを見つめた。
「寝られたか?」
「はい、ぐっすりと……。ありがとうございます」
「それならいい。……そのドレス、昨日のものとは違うな」
「あ……はい。部屋にあったものをお借りしています。もしまずければ、すみません」
わたしがそう返すと、クラウスは首を振る。
「いや、構わん。むしろそのために仕立てさせたんだ。お前に必要なものは全部そろえろと指示してある。足りないものがあれば遠慮なく言え」
「……ありがとうございます」
本当に至れり尽くせりだ。正直、戸惑うほどに。こんなにも丁寧に扱われるなど、わたしの人生では想像もつかなかった。
それからわたしたちは、簡単な朝食をとり始めた。スープはハーブの香りがほんのりと漂い、パンには少し硬めのチーズが添えられている。フルーツの甘酸っぱさが口の中に広がり、朝にはちょうどいい。
朝食を取る間、クラウスは時折わたしに質問を向けてくる。
「食事は口に合うか?」
「はい、とても……。まだ慣れない香辛料もありますが、意外と大丈夫です」
「そうか。それならよかった。……俺には料理の味など細かくわからんが、もしお前が苦手なものがあれば、台所へ申し伝えておけ」
「わかりました。お気遣いありがとうございます」
会話はどちらかというと事務的なやり取りが多い。けれど、その背後には確かな優しさが感じられる。
---
冷徹将軍の噂と、その素顔
食事を終えると、わたしたちは廊下を歩きながら屋敷をひととおり見て回ることになった。ここでの生活に慣れるためにも、まずはどこに何があるのかを把握したほうがいい――そうクラウスが提案してくれたのだ。
昨日は夜遅くに到着したこともあって、十分に屋敷の中を見て回る余裕がなかった。明るい時間に見ると、意外にも庭や回廊が広々としていて、石畳が陽光に照らされると美しく輝いている。
「ここは俺の執務室だ。……本来は、公爵家としての文書管理もここでやっている。もともとは父が使っていた部屋だが、数年前に病で倒れてからはずっと俺が任されることになった」
クラウスが静かに扉を開ける。そこは天井が高く、本棚が壁一面に設置されていた。重厚な机の上には、大量の書簡や封蝋(ふうろう)の道具らしきものが並んでいる。
まさしく“公務”といった雰囲気だが、彼は「戦場に比べれば頭を使うだけ楽だ」と言い放つ。その言葉からは、やはり彼が“軍人”であることを再認識させられた。
「将軍と呼ばれているぐらいですから、やはり前線に出られることが多いのですか?」
「長いときは一年以上、遠征に出ることもある。もちろん、帝都の守備や戦略立案を任されるときもあるが……ここ最近は、停戦協定に向けてずいぶん動きが激しかった」
そう言うと、彼は珍しく苦笑めいた表情を浮かべた。
「だが、その停戦の一環で、お前がこうして来てくれたわけだ。……俺としてはありがたい話だよ」
「え……ありがたい、ですか?」
思わず問い返してしまう。わたしなど、国と国との駆け引きの中では“捨て駒”のような存在ではないのかとさえ思っていたのに。
「セレスティア王国との戦いは、正直なところ消耗が激しい。俺も数度、前線に立って大損害を被ったことがある。……戦いに勝って領地を得たとしても、それだけの犠牲が出るのなら、どこかで和睦を図るのが最善なんだ。実際、帝国内でも和平派が増えてきていた」
「なるほど……」
クラウスが「冷徹将軍」と呼ばれるのは、その戦闘の非情な指揮ぶりにある――そう聞いていた。だが、いま話を聞く限り、彼が望んだのは無意味な殺戮などではなく、最終的には国を守るための“必要最小限の戦闘”だったように思える。
もちろん、それが敵国にとって冷酷な結果をもたらしたのは事実だろう。しかし、単に好戦的で恐ろしい男というわけではないのかもしれない。
「……ただ、俺は戦場で“結果”を出しすぎた。味方からは賞賛されても、敵からは憎まれ、冷酷非道の烙印を押される。そして……」
彼はそこで言葉を切り、苦々しげに唇を噛む。わたしは続きが気になったが、彼はわざとかそれ以上は語ろうとしなかった。
そのまま執務室を出て、わたしたちはさらに奥へ進む。ここには重役会議や、大事な取引の相手を迎えるための応接間がいくつもあった。薄いカーペットが敷かれ、調度品も豪華というよりは質実剛健な印象。まさに“軍人の家”といったところだ。
---
庭園での語らい
一通り内部を案内してもらったあと、わたしたちは屋敷の中庭へ足を運んだ。ここには噴水と小さな池があり、水面には睡蓮の花が浮かんでいる。周囲を囲むように草花が植えられていて、想像していたよりはずっと優美な景色だった。
クラウスの屋敷なので、もっと荒々しい庭園かと思っていたが、意外にも手入れが行き届いている。花の種類こそ派手さはないものの、清楚な色合いの花が多く、落ち着いた雰囲気だ。
「……わたし、ここ好きです。とてもきれい……」
「そうか。ここは母が最後まで手入れしていた庭でな。俺にとっても思い出の場所だ。……手入れは使用人たちに任せているが、いまでも母の方針が受け継がれているらしい」
母――そういえばクラウスの母は既に他界しているのだろうか。わたしも母が早くに亡くなった身だからこそ、何か共感するところがある。
そんなわたしの心中を察したのか、クラウスは少し視線をやわらげた。
「もし時間があれば、ここを散策してもいい。使用人たちも、俺の命令がなくても出入り自由だからな。……お前が好きなら、好きなだけこの庭で過ごしてくれて構わない」
「はい、ありがとうございます」
ふと噴水のそばを歩くと、足元に猫が一匹、ひなたぼっこをしていた。ふわふわの毛並みをした灰色の猫で、わたしが近づくとちらりとこちらを見上げる。
思わず微笑んで手を伸ばそうとすると、猫は逃げるでもなく、むしろ人懐っこそうに立ち上がり、わたしの足元にすり寄ってきた。
「かわいい……この子、飼い猫ですか?」
「さあな。俺は猫のことなど、よく知らん。ただ昔から屋敷の庭に住みついていて、勝手にエサを食べていく。誰かが世話をしているんだろう。……お前は猫が好きか?」
「はい、あまり触れ合う機会はありませんでしたが……動物は嫌いじゃありません」
猫はにゃあと鳴いて、わたしの手のひらを舐める。くすぐったい感触に思わず笑みがこぼれた。ささくれだっていた心が、少しずつ癒されていくような気分だ。
すると、クラウスがわたしの隣に立ち、猫をじっと観察するように見つめる。
「……この猫、いつもは使用人にしか懐かないと聞いていたが」
「え? そうなんですか?」
「ああ、俺が近づこうとすると逃げていく。……なのに、お前には随分と懐いているじゃないか。面白い奴だな」
まるで不思議な現象でも見るかのように、クラウスが首を傾げる。そこに、少し離れた場所で庭の草木を手入れしていた使用人が気づいて、こちらへ近づいてきた。
「将軍閣下、こちらの猫は昔から屋敷に住みついておりまして、いつの頃からか『グリ』と呼ばれております。人を見る目が厳しく、簡単には懐かないのですが……エリシア様には心を許しているようですね。珍しいことです」
なるほど、猫にも好き嫌いがあるのだろう。わたしが微笑んで猫を撫でると、グリは喉を鳴らしながら気持ちよさそうに目を細める。そんな姿に、自然とわたしの口元も緩んだ。
「……エリシア、お前は本当に優しいんだな」
「え……わたしが、ですか? そんな……」
それまで何気なく猫を撫でていただけだったのに、突然クラウスにそんなことを言われ、戸惑ってしまう。優しいと言われたのは、生まれてはじめてかもしれない。
しかしクラウスは、当たり前のように言葉を続ける。
「猫や犬は敏感だ。人の本質を見抜くとよく言われるからな。……俺には未だに懐かない猫が、お前にはこんなに甘えている。俺は、俺の目の確かさを再認識したよ」
「クラウス様の……目の、確かさ?」
「お前をここに迎えることだよ。俺は正しかったと思う」
淡々とした声だったが、そこには強い信頼というか、わたしを受け入れてくれている証のようなものが感じられた。胸が熱くなって、思わず目を伏せる。
ありがとう、と言おうとしたとき、グリがわたしの足元からひょいと離れ、クラウスの足元をくるくる回り始めた。驚いた彼が少し身を引くと、今度はグリが小さく鳴いて訴えるように前足で彼のブーツをちょいちょいと触る。
「……なんだ、やけに積極的だな。お前、俺が苦手なんじゃなかったのか」
「ふふっ。グリも、クラウス様の優しさに気づいたんじゃないですか?」
「さあな。……しかし逃げられなくなったら困る」
そう言いながらも、クラウスは意外と嫌がらずに猫の頭を軽く撫でている。猫はそのまま大人しく喉を鳴らし、彼に甘えているようだった。わたしもつられて笑ってしまう。
――これが“冷徹将軍”と呼ばれる男なのだろうか。
昨日と今日だけで感じたことは、彼が決して冷酷非道などではなく、むしろ不器用なほど誠実な人間だということ。きっと、帝国でも事情を知らない人々は、戦場での彼の指揮だけを見て恐れ、誤解しているのだろう。
あの目の鋭さや強い存在感は、たしかに畏怖を感じさせる。けれど、少なくともわたしに向けられるまなざしは、やさしくあたたかい。
---
帝国の社交界に向けた準備
中庭を散策したあと、わたしは侍女たちの案内でさらに詳しく屋敷の設備を見せてもらった。しばらくはこの家で生活することになるのだから、キッチンや物置部屋、メイドたちの詰め所なども把握しておく必要がある。
わたしが「こんなところまで見せてもらっていいのか」と言うと、侍女たちは口を揃えて「将軍閣下のご指示ですので」と微笑んだ。少し気恥ずかしいが、クラウスの指示があるのなら遠慮する理由もない。
そして午後、クラウスが執務室で公務をこなしているあいだ、わたしは彼の侍女頭――ガートルードという中年女性から、帝国の宮廷事情について簡単なレクチャーを受けることになった。
どうやら、近いうちに皇帝陛下へのお披露目が予定されており、その際には最低限のマナーや作法が必要となるそうだ。もっとも、わたしはセレスティア王国で一通りの礼儀は学んでいるが、帝国では微妙に異なる慣習があるらしい。
「エリシア様、こちらが宮廷での正式な挨拶の仕方になります。足の開き方、頭を下げる角度、そして言葉づかい。国によって微妙な違いがございますので、最初は戸惑われるかもしれませんが……」
「はい、頑張って覚えます」
わたしはガートルードが用意してくれたメモを見つめる。たとえば、皇帝陛下に会うときの言葉づかいひとつをとっても、セレスティアとはニュアンスが違う。敬称はもちろん、陛下の前での一人称の使い方まで細かい。
こうした作法を身につけるには時間がかかりそうだ。けれど、クラウスが一緒ならなんとかなるはず。そう自分を鼓舞する。
「それから、いずれは帝都の貴族たちのサロンに招かれる機会もあるかもしれません。将軍閣下は公の場にあまり姿を見せない方ですが、エリシア様がいらしてからは状況が変わることもございます。……何か困ったことがありましたら、遠慮なくお申し付けください」
「はい。ありがとうございます。……ガートルード様は、ずっとクラウス様に仕えておられたんですか?」
わたしがそう尋ねると、ガートルードは微笑を深くする。
「はい。将軍閣下がまだ十代のころからお仕えしております。あのころはまだまだ荒削りな少年でしたが……いまや帝国を代表する将軍ですわ。わたしたちも誇りに思っております」
「そうなんですね……」
クラウスの少年時代か。想像がつかないが、今よりずっと尖っていたのだろうか。それとも、今とあまり変わらなかったのだろうか。
わたしがそんなことを考えていると、ガートルードはさらに続けた。
「閣下は戦場で非情な判断を下すことも多いと聞きますが……実際はとてもお優しい方です。傷ついた兵士や民を見捨てず、最善を尽くすお姿に、どれだけの者が救われたことでしょう。……ですが、あまりにも有能すぎるがゆえに、誤解や妬みを受けることも少なくないのです」
「……やはり、そうなのですね」
噂と現実のギャップは大きい。わたし自身がそれを身をもって体験している。
“冷酷将軍”と恐れられながらも、実際のクラウスは公平で、必要とあらば己の手を汚すことも厭わない。その結果だけを見れば、たしかに恐ろしいと映るかもしれない。だが、彼の内面には、わたしのような弱い存在を守ろうとする優しさがある。
「……ですから、エリシア様には将軍閣下の心の支えになっていただければと、わたしは勝手ながら願っております。閣下がこうして誰かを身近に迎えるのは、本当に久しぶりのことなんです」
「身近に迎える、ですか……」
その言葉が、妙に胸に響いた。わたしとクラウスは政略結婚。もちろん両国の思惑があっての縁組だ。けれど、少なくともクラウスはわたしを“道具”としてだけ見ていない。そこには、確かな温かみがある。
そうした思いを噛みしめながら、わたしは作法のレクチャーに集中する。言葉遣いや動作の確認を何度も繰り返していると、やがて夕方が近づいてきた。
---
思わぬ来客と、将軍閣下の威圧
その日の夕方、わたしは再びクラウスと食事をとることになった。もっとも、昼食のときはわたしは侍女たちと軽く済ませ、彼は公務でほとんど姿を見せなかった。
夕方になると屋敷の正面に馬車が一台止まり、なにやら来客があるらしいという話を聞く。ガートルードは落ち着いた様子で「少々やっかいなお客様かもしれませんね」と、苦笑していた。
しばらくすると、執務室にいたクラウスがわたしを呼ぶ旨の伝言が届いた。どうやら、その客との面会に同席してほしいということらしい。わたしは緊張しながら、使用人に案内されて応接間へと向かった。
そこには、やや派手な衣装を纏った壮年の男性と、その取り巻きらしき数人が立っていた。彼らはクラウスを見るや否や、こびへつらうように頭を下げる。
「これはこれは、将軍閣下。さっそくお会いできるとは光栄の至りです」
「……お前は、確かオーバーグ男爵だったか。用件はなんだ?」
クラウスの声は低く冷たい。こうした“貴族の客”には慣れているのだろうが、その態度には明らかな拒否感がにじんでいる。
男爵と呼ばれた男は、ご機嫌を取りつつ、どこか胡散臭い笑みを浮かべて話し始めた。
「いえいえ、将軍閣下が先日の会議にて目覚ましい活躍をされ、さらにはセレスティア王国のお嬢様をお迎えになったと聞きまして……ぜひご挨拶をと思い、足を運ばせていただきました。おお、もしかしてそちらにおられるのが、その噂のご令嬢でしょうか?」
視線がわたしに向けられる。嫌な予感がした。社交的な笑顔というよりは、わたしを値踏みするようなまなざし。その奥には、どこか陰険な興味が伺える。
「エリシアだ。……俺の婚約者だ。無礼のないように頼む」
「これは失礼を……ご紹介が遅れました、わたくしはオーバーグ男爵と申します。この帝都の貴族社会では、そこそこ顔が利くほうでしてね……。どうぞお見知りおきを」
彼はそう言ってわたしに会釈をする。表面上は礼儀正しいが、底意地の悪さがにじむ笑みはどうにも気味が悪い。
クラウスが腕を組んだまま動かないのを見て、男爵はそそくさと続けた。
「閣下とお嬢様のご婚約は、国同士の停戦協定を支える大事なピースになると伺っております。これは帝国にとっても素晴らしいことで……いやはや、実に喜ばしい。そこで、もしよろしければ、近々帝都で行われる舞踏会にお二人をお招きしたいと思いましてね。もちろん、これは陛下のご意向でもあるのですが、わたくしが橋渡し役を――」
そこまで聞いて、クラウスはあからさまに眉をひそめる。
「舞踏会? ……陛下の正式な文書ならまだしも、お前が橋渡しする必要などないだろう。第一、お前のような男爵風情が勝手に呼びつけることが許される行事ではないはずだが?」
「い、いえいえ、勝手になどと……。わたくしはあくまで“お嬢様をスムーズに社交界に迎え入れる”ためのサポートをしたく……。セレスティア出身では、いろいろ戸惑いも多いでしょうし、帝都の貴族たちに紹介する機会が必要だと思いましてね」
ああ、なるほど。男爵はわたしを“外様”として扱い、紹介という名目で自分に恩を感じさせようとしているのか。要は「社交界での立ち回りがわからないだろうから、俺の力を借りろ」と言っているわけだ。
しかし、クラウスはそれを見透かしたように鼻で笑う。
「ふん、余計なお世話だ。エリシアは俺の客でもあり、やがて正式な妻になる。陛下へのお披露目も近いうちに予定している。そこにお前が首を突っ込む必要はない」
「し、しかし……舞踏会は帝国の貴族たちにとって伝統的な交流の場ですし、お嬢様がそこで堂々とお披露目されれば、セレスティア王国と帝国の関係改善を印象づける絶好の機会かと……」
男爵は必死に食い下がる。彼の後ろに控えている取り巻きも、コバンザメのようにうんうんとうなずいている。
そこでクラウスは、ちらりとわたしのほうを振り向いた。わたしが不安そうに俯いているのを見て取ると、再び男爵に目を戻す。
「……エリシアが舞踏会に出るなら、俺が直接段取りを整える。お前が出しゃばるな。……わかったか?」
「……わ、わかりました……」
明らかに男爵の声は震えている。クラウスの声音には不穏な威圧感が滲んでいて、わたしでさえ思わず背筋が伸びる。
これが、“将軍閣下”の圧というものか。普段はわたしに優しいけれど、こうやって他人と相対するときにははっきりと格の違いを見せつけるのだ。
「そもそも、お前が俺の妻をどう扱おうが勝手だなどと思っているのなら、とんだ勘違いだぞ。エリシアは帝国への客人であり、俺が守るべき存在だ。……不審な真似をしたら、容赦はせん」
「け、決してそのようなことは……!」
男爵の顔はみるみる青ざめていく。取り巻きも落ち着かない様子で視線を泳がせている。
そんな彼らの慌てぶりを見て、わたしは少しだけ胸がすく思いだった。わたしの国でビアンカや父から冷遇されたときは、こんなふうに守ってくれる存在は誰もいなかった。けれど今、クラウスが間違いなくわたしを庇い、守ろうとしてくれる。
そう思うと、心が温かくなるのを感じると同時に、自分がとても大切に扱われているのだと実感した。政略結婚という形に捉われてはいけない。いまのクラウスの言葉は、まぎれもなく“わたしを大事に思う”声だったから。
「ひとまず挨拶は済んだ。――もう帰れ、オーバーグ男爵。用事があるなら改めて正式な書簡を寄越せ。俺が判断する」
「か、かしこまりました……。失礼いたします……」
男爵は早口でそう言うと、取り巻きを引き連れてそそくさと退散していった。その姿はまるで、尻尾を巻いて逃げる犬のようだ。
わたしがほっと息をついていると、クラウスが唇をへの字に曲げて低く唸る。
「……ああいう連中が寄ってくるのも、俺の地位や影響力が大きくなったせいだな。正直、辟易する」
「でも、わたしのことを“守るべき存在”って言ってくれて、嬉しかったです……」
思わず本音がこぼれ落ちる。クラウスは一瞬言葉に詰まり、次いでその金色の瞳でわたしを見つめた。
「……俺は本音を言っただけだ。お前は俺にとって、誰にも譲れない相手になるだろうからな」
「……!」
その一言に、わたしは思わず胸が高鳴る。まだ正式な結婚の儀式すら済ませていないし、これから帝国の貴族たちに認めてもらうまでにはいろいろと障害もあるだろう。
けれど、クラウスがはっきり“譲れない相手”と言ってくれたのが、たまらなく嬉しかった。
---
不安と期待、そして始まる新生活
男爵が去ったあとの応接間には、静かな空気が流れていた。わたしは思わず胸の奥が熱くなり、俯きがちになる。そんな様子を察したのか、クラウスが小さく息をつくのがわかった。
「……お前は気にしなくていい。やがて、お前が帝都に出入りするようになれば、ああいう輩が何人も現れるだろう。だが、俺がいる限りは誰にも好き勝手はさせん」
「……ありがとうございます。あの……わたし、ちゃんと帝国の作法や言葉づかいを覚えて、恥をかかないように頑張ります」
そう言うと、彼はほんの少しだけ口元を緩めた。
「焦る必要はない。お前ができる範囲で学んでいけばいい。――ともに生きるのだから、いずれは慣れるさ」
「……はい」
“ともに生きる”――その言葉の響きが、まるで夫婦そのものだ。わたしはまだ、彼の妻として何もしていないのに、彼はこうもさらりと受け入れてくれる。
不思議な安心感に包まれつつ、わたしは胸の奥でしんと覚悟を固める。わたしはもう、国から捨てられた道具なんかじゃない。クラウスが与えてくれたこの居場所を守るために、わたしもしっかりと学び、彼の隣にふさわしい人間になるんだ、と。
---
こうして始まったわたしの帝国での新生活は、思っていたより穏やかで、そして予想以上に忙しかった。
朝はクラウスとともに簡単な朝食をとり、それからわたしはガートルードのレクチャーを受けつつ屋敷のことを学ぶ。昼食は都合が合えばクラウスと一緒に、合わなければ侍女たちと。午後には礼儀作法の練習や、部屋で書類を読んだりする。合間に庭を散策してグリと遊んだりもする。
夕食時には、なるべくクラウスが席に着くようにしてくれているようだ。少し遅れることもあるけれど、わたしと顔を合わせ、今日あったことを簡単に報告すると「よし、頑張ったな」とどこか誇らしげに言ってくれる。
――こんな生活が、わたしにも許されるなんて。
「エリシア様、そちらの書類は読み終わりましたか? 帝国の貴族の名前と家紋の一覧です。しばらくは覚えるだけでも大変かと思いますが……」
「あ……はい、もう少しかかりそうです。いろんな家名があって、少し混乱してしまいますね。でも、なんとかまとめてみます」
わたしはガートルードから渡された家名一覧を眺めながら、分類のメモを取っていた。セレスティア王国と微妙に被る名前もあれば、発音が似ていて紛らわしい家名もある。
こういう基本的な情報を把握しないことには、帝都の舞踏会や宮廷行事で立ち回るのは難しい。ガートルード曰く、クラウスは武官としてあまり社交界に顔を出さないものの、いざ出るとなれば周囲からの注目が集まるそうだ。わたしが彼の隣に立つのなら、下手な失敗は許されない。
「……もうすぐお披露目か。……うまくやれるかな」
心配でため息が出る。わたしはそれなりに礼儀作法を学んできたが、それはあくまでセレスティア王国の宮廷に合わせたもの。ここでは勝手が違うし、なによりわたしは――正式には“敵国の娘”なのだ。そんな相手がいきなり将軍閣下の妻候補として現れれば、反発もあるに違いない。
でも、クラウスは「俺がいるから心配するな」と言ってくれる。彼がそう言うだけで、わたしの不安はだいぶ和らぐ。結局、わたしは彼の存在に大きく支えられているのだ。
---
将軍閣下の“冷徹”なる真意
そんな日々を過ごして数日後、わたしは思いがけずクラウスの“冷徹”な一面を目撃することになった。
夕刻、わたしは今日の作法の復習を終え、部屋で少し休んでいた。すると、ガートルードから呼び出しがあり、「将軍閣下が部下を叱責しておられます。……エリシア様、あまり気にしないでくださいね」とのこと。
気にしないようにと言われても、わたしはつい心配になり、執務室の前まで足を運んでしまった。扉は閉まっていたが、中から低い怒声が聞こえる。
「貴様……この程度の任務も満足に遂行できないとは、どういうことだ! 俺は遠征の報告書を何度も確認し、必要な人員配置を支持したはずだぞ!」
「も、申し訳ありません……閣下の指示を確認しきれず、人員調達が間に合わなかったのです……」
「言い訳か! そのせいで前線の補給が一日遅れただろう! 最悪の場合、兵が飢え死にする状況だったんだぞ! ……いいか、戦場では一日の遅れが死を意味する。貴様の怠慢が何を引き起こしかねなかったか、分かっているのか!」
部下の男は平伏して謝罪の言葉を繰り返しているようだったが、クラウスの声は容赦がない。まるで刃のように鋭い言葉が飛び交い、部屋の空気が凍っていそうなほどだ。
ドア越しにそのやり取りを聞きながら、わたしは息をのむ。あの優しいクラウスとは思えないほどの迫力。けれど、これが軍人としての彼の本当の姿なのだろう。
しばらくして怒声がやんだので、わたしは慌てて廊下の柱の影に隠れた。扉が開き、うなだれた様子の男性が執務室から出てくる。彼は顔面蒼白で、汗を滲ませながら廊下を足早に去っていった。
「……失礼しました……」
と、か細い声が聞こえたあと、ドアが閉まる。去り際の男性の姿が痛々しく、わたしは思わず胸が苦しくなった。
でも、クラウスの言うことにも理があるのだろう。戦争は命がけ。わずかな遅れが多くの命に関わる。この帝国では、彼のような存在が兵たちの命を左右する重大な決断を担っているのだ。
――わたしは、廊下の壁に背を預けながら小さくため息をつく。クラウスの“冷徹さ”は、こういう場面でこそ発揮されるものなのだと、改めて理解した。
「……エリシア?」
不意に名前を呼ばれて、はっと顔を上げると、執務室の扉から出てきたクラウスと視線が合った。彼は、まだ怒気を宿したままの鋭い目つきでわたしを見つめる。
「あ、あの……すみません、勝手にここまで来てしまって……」
「いや、構わん。……全部聞いたか?」
「その、はい……。少しだけ……」
わたしがうろたえながら答えると、クラウスは眉間に深い皺を寄せて軽く嘆息した。
「……すまない。お前に聞かせるような話ではなかったな。ああやって恐怖を与えないと、兵站を軽視する輩はすぐに手を抜く。俺も好きで怒鳴り散らしているわけではないんだが……」
「……わかります。わたし、気にしてません。むしろ……これが“将軍閣下”なんだと、少し実感しました」
そう言うと、彼はわずかに視線を緩め、廊下の窓辺に目を向ける。夕陽が差し込んでいて、その金色の瞳が美しく映える。
「お前がどう思おうが、俺は仕事だ。……だが、こんな姿を見てしまったら、やはり怖いか?」
「いいえ。わたしは……“冷徹”と呼ばれている理由が、少しだけわかった気がします。戦場では、きっともっと厳しい判断をしてきたのですよね」
彼は黙って頷く。おそらく、あの程度の叱責は序の口なのだろう。敵国にとっては悲惨な結果がもたらされたに違いない。だからこそ、彼は冷徹と呼ばれる。
わたしは、そっと意を決して言葉を続けた。
「でも、わたしが知っているクラウス様は……厳しさの裏に優しさがある人です。だから、もう“冷酷将軍”という噂だけを鵜呑みにするつもりはありません。あなたが正しいと思うやり方で、たくさんの人を救ってきたのだと思います」
自分の言葉ながら、どこか偉そうかもしれない。けれど、これは率直な気持ちだった。まだ出会って日は浅いけれど、わたしにはわかる。クラウスは決して暴君ではない。彼の冷静な判断が、多くの命を救っている。
クラウスはわたしの言葉を聞いて、一瞬だけまなざしを揺らした。まるで、普段は隠している何かを突かれたようにも見える。だが、すぐにいつもの毅然とした表情に戻り、ぽつりと呟く。
「……そう言ってくれるのは、お前ぐらいだろうな」
それは、どこか寂しげな響きを含んでいた。彼がどういう過去を背負ってきたのか、まだわたしにはすべてがわからない。けれど、その過去に寄り添いたいと思う。
何か言おうと口を開きかけたとき、彼は小さくかぶりを振り、「そろそろ食事の時間だ。お前の部屋に戻るといい」とだけ言い残して廊下を去っていった。
その背中には、冷たい鎧のような威圧感が纏わりついている。それでも、わたしはその姿に嫌悪感を覚えなかった。むしろ切なかった。彼の孤独を少しでも和らげたい――心の底からそう思った。
---
“わたし”でいることの意味
その夜の食卓で、クラウスはあまり言葉を発しなかった。わたしから話しかけると短くは返してくれるが、どうにも気がかりな様子だ。
わたしは空気を読み、なるべく普段通りに振る舞うことにした。食後には、やはり仕事があるのか、クラウスは早々に席を立とうとする。
「クラウス様、あの……一つだけ聞いてもいいですか?」
「なんだ?」
「その……わたし、あなたの妻になるためにここに来ました。……けれど、まだあなたに何もしてあげられていない気がして。困っていることや、手伝ってほしいことがあれば、教えてほしいんです」
わたしの言葉に、彼は珍しくやや驚いたような顔をした。
「……お前が、俺のために……?」
「はい。わたしは政治に詳しいわけでも、軍略に明るいわけでもありません。でも……あなたの助けになりたいんです。それが、わたしの“ここで生きる”理由になると信じてるから……」
正直にそう伝えた。すると、彼は少し硬い表情を崩し、静かに微笑んだ。とても小さな、かすかな笑みだったが、わたしはそれだけで胸がいっぱいになる。
「ありがとう。だが、今のところお前にできることは少ない。まずは帝国のやり方に慣れてくれれば、それで十分だ」
「……そう、ですか。わかりました」
「いずれ機会があれば、お前には俺の仕事を手伝ってもらうこともあるかもしれん。そのときに嫌がらず協力してくれるなら、それ以上の望みはない」
そう言って、クラウスは少しだけわたしの頭を撫でるように手を伸ばした。わたしは驚きながらも、その大きな手のひらが優しく触れる感触に思わず目を閉じる。
「……俺は、もう少しで戻る。お前も今日は早めに休め。……いいな?」
「はい……」
言葉を返す間もなく、彼は手を離して立ち上がる。わたしに背を向ける前、さりげなく「ありがとう」と呟いたのが聞こえた。
そんな短いやり取りが、わたしにはたまらなく愛おしい。彼は不器用だ。でも、その不器用さが愛しさを掻き立てる。
---
部屋に戻り、わたしは暖炉の火を見つめながら、今日あった出来事を思い返していた。クラウスが部下を怒鳴る姿、冷酷な面。けれど、その裏には帝国を守る重責と、彼自身が抱える苦悩がある。
わたしは、そんな彼の支えになりたい。これまでわたしが誰からも受けられなかったような温かさを、彼が与えてくれるのならば――わたしもそれに応えたい。
セレスティアでは、わたしはただの“使えない娘”と見なされていた。だけど、ここではそうではない。誰かの役に立ち、そして愛されるかもしれないという未来がある。
「わたし……頑張ろう」
はっきりとした目標があるわけではないけれど、それでもこうして決意すると心が軽くなる。
暖炉の火がゆらめく室内で、わたしは深呼吸をして、ベッドに腰掛けた。肌に触れるシーツの感触は相変わらず柔らかく、少し甘い香りがする。
クラウスのことを想うと、胸の奥がぎゅっと締めつけられるような気持ちになる。憧れとは違う、もっと切実な、けれど甘やかな思い。これが“恋”なのだろうか――正直、まだ自分でもよくわからない。
「……おやすみなさい、クラウス様。明日も一緒に朝食を……とれたら、いいな」
そう呟いて目を閉じると、わたしはすぐに眠りに落ちていった。いつか、この想いが彼に届く日が来るかもしれない。少なくとも、政略結婚という形だけの関係では終わらない予感がしていた。
---
エピローグへのつなぎ
こうして、わたしはグラナート帝国の将軍閣下の婚約者としての日々を始めた。
“冷徹”な将軍と呼ばれながらも、優しさを隠し持つ彼。わたしは彼の隣で新しい価値を見出し、“わたし自身が大切にされる喜び”を知りはじめている。
しかし、その一方でセレスティア王国の実家――わたしを冷遇してきたルクセンベルク公爵家では、思わぬ事態が進行していた。妹ビアンカの評判、そして父の政治的地位が揺らぎ始めているという噂が、わたしの耳に届くのはもう少し先のことになる。
クラウスの溺愛とも呼べるほどの厚意を受けながら、わたしは帝国の社交界への第一歩を踏み出す。そこでは、わたしを快く思わない者との衝突や、思いがけない味方の存在が浮かび上がるだろう。
だが、わたしはもう逃げない。ビアンカや父に虐げられてきたときとは違う。この地での新たな居場所を守るため、そしてクラウスに少しでも報いられるように。
――そう、これはまだ物語の途中。わたしの運命が大きく変わるのは、これからだ。
1
あなたにおすすめの小説
旦那様、そんなに彼女が大切なら私は邸を出ていきます
おてんば松尾
恋愛
彼女は二十歳という若さで、領主の妻として領地と領民を守ってきた。二年後戦地から夫が戻ると、そこには見知らぬ女性の姿があった。連れ帰った親友の恋人とその子供の面倒を見続ける旦那様に、妻のソフィアはとうとう離婚届を突き付ける。
if 主人公の性格が変わります(元サヤ編になります)
※こちらの作品カクヨムにも掲載します
一途に愛した1周目は殺されて終わったので、2周目は王子様を嫌いたいのに、なぜか婚約者がヤンデレ化して離してくれません!
夢咲 アメ
恋愛
「君の愛が煩わしいんだ」
婚約者である王太子の冷たい言葉に、私の心は砕け散った。
それから間もなく、私は謎の襲撃者に命を奪われ死んだ――はずだった。
死の間際に見えたのは、絶望に顔を歪ませ、私の名を叫びながら駆け寄る彼の姿。
……けれど、次に目を覚ました時、私は18歳の自分に戻っていた。
「今世こそ、彼を愛するのを辞めよう」
そう決意して距離を置く私。しかし、1周目であれほど冷酷だった彼は、なぜか焦ったように私を追いかけ、甘い言葉で縛り付けようとしてきて……?
「どこへ行くつもり? 君が愛してくれるまで、僕は君を離さないよ」
不器用すぎて愛を間違えたヤンデレ王子×今世こそ静かに暮らしたい令嬢。
死から始まる、執着愛の二周目が幕を開ける!
貴方なんて大嫌い
ララ愛
恋愛
婚約をして5年目でそろそろ結婚の準備の予定だったのに貴方は最近どこかの令嬢と
いつも一緒で私の存在はなんだろう・・・2人はむつまじく愛し合っているとみんなが言っている
それなら私はもういいです・・・貴方なんて大嫌い
冷酷騎士様の「愛さない」は一分も持たなかった件
水月
恋愛
「君を愛するつもりはない」
結婚初夜、帝国最強の冷酷騎士ヴォルフラム・ツヴァルト公爵はそう言い放った。
出来損ないと蔑まれ、姉の代わりの生贄として政略結婚に差し出されたリーリア・ミラベルにとって、それはむしろ救いだった。
愛を期待されないのなら、失望させることもない。
契約妻として静かに役目を果たそうとしたリーリアは、緩んだ軍服のボタンを自らの銀髪と微弱な強化魔法で直す。
ただ「役に立ちたい」という一心だった。
――その瞬間。
冷酷騎士の情緒が崩壊した。
「君は、自分の価値を分かっていない」
開始一分で愛さない宣言は撤回。
無自覚に自己評価が低い妻に、激重独占欲を発症した最強騎士が爆誕する。
以後、
寝室は強制統合
常時抱っこ移動
一秒ごとに更新される溺愛
妻を傷つける者には容赦なし宣言
甘さ過多、独占欲過剰、愛情暴走中。
さらにはリーリアを取り戻そうとする実家の横槍まで入り――?
自己評価ゼロの健気令嬢と愛が一分も我慢できなかった最強騎士。
溺愛が止まらない、契約結婚から始まる甘すぎる逆転ラブコメ
三回目の人生も「君を愛することはない」と言われたので、今度は私も拒否します
冬野月子
恋愛
「君を愛することは、決してない」
結婚式を挙げたその夜、夫は私にそう告げた。
私には過去二回、別の人生を生きた記憶がある。
そうして毎回同じように言われてきた。
逃げた一回目、我慢した二回目。いずれも上手くいかなかった。
だから今回は。
侯爵夫人のハズですが、完全に無視されています
猫枕
恋愛
伯爵令嬢のシンディーは学園を卒業と同時にキャッシュ侯爵家に嫁がされた。
しかし婚姻から4年、旦那様に会ったのは一度きり、大きなお屋敷の端っこにある離れに住むように言われ、勝手な外出も禁じられている。
本宅にはシンディーの偽物が奥様と呼ばれて暮らしているらしい。
盛大な結婚式が行われたというがシンディーは出席していないし、今年3才になる息子がいるというが、もちろん産んだ覚えもない。
王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る
家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。
しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。
仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。
そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる