AnarchY-アナーキー-

やた

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《第5章》

- CrisiS -

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 カッシアはカルダーノの部屋で立ち尽くしていた。カッシアの目の前には血に濡れたカルダーノがバルトをぎゅっと抱きしめながら座っていた。
 床にはバルトが持ってきたであろう大鎌と刃の折れたナイフが落ちていた。
 カルダーノは電気がついたことに気づき、入口の方を見た。
「カッシア……どうしてここに?」
 カッシアはカルダーノに声をかけられ、ハッと我に返った。
「金属の擦れる音が聞こえてそれを追ってきた。ただ、それだけだ」
 カッシアはそういうとカルダーノの方へと近づいた。カルダーノの腕の中ではバルトが必死に抵抗を見せていたが、力負けしておりその目にはワルデンを襲った時のような狂気が宿っており、更に怒りが滲んでいた。
 それを尻目にカッシアは口を開いた。
「で、俺に何か出来ることはあるか?」
 カルダーノは視線を泳がせた。
「うーん……とりあえず、バルト何とか出来ないか?傷の手当がしたい。離すとまたあの鎌を持ってくるだろうから……今は手が離せないんだ」
 カルダーノはそういうと床に落ちている大鎌の方を見た。
 カッシアは頷くと、バルトの首筋に手刀を軽く入れるとカルダーノからバルトを離した。
「とりあえず、お前のベッド借りるぞ」
 カッシアはそう言うとバルトをカルダーノのベッドに寝かせるとサイドバックから包帯やら何やらを取り出した。
 カルダーノが手当をする隣で、カッシアはバルトが使ったであろう大鎌を壁際に立て掛け、折れたナイフは破片を集め部屋に置いてある袋の中に入れた。
「どうしてこうなったんだ?」
 カッシアは手を動かしながらカルダーノに聞いた。
「わからない。ふと人の気配がして目が覚めたらバルトが大鎌をもって扉の前に立っていて急に襲ってきたんだ」
 カルダーノは腕に包帯を巻き終わると、ため息をついた。
「しかも、その時のこいつは……どこかおかしかった。いつものバルトじゃなかった。狂気に支配されている、とでも言うべきなのか……よく話す無邪気なあいつじゃなかったんだ」
 カルダーノはバルトの方を見ると小さく息を吐いた。
「無邪気?……あれだけの事件を起こしたバルトがか?」
 カルダーノは頷いた。
「あぁ。なんというか……純粋無垢が故にあの様な事件を起こしたんだと思う。家族に捨てられた時の孤独が1番怖かったんだろうな」
 カルダーノは血のついたシャツを脱ぐと、クローゼットの中から新しくシャツを取り出し、それを着た。
「なるほどなぁ……とりあえず、バルトが目を覚ますまで俺は残らせてもらう。また襲われでもしたら……大変だからな」
 カルダーノはカッシアの申し出を受け入れた。
「そうしてくれると助かる。ありがとな」
 カルダーノはそういうと椅子に座り、カッシアは壁にもたれ掛かるように立つと特に話しかけることも無く時間が過ぎていった。
 待つこと30分。バルトが目を覚ました。
「……あぅ……俺、なんでここに?俺の部屋じゃない」
 カルダーノがバルトの近くでしゃがんだ。
「目を覚ましたか。大丈夫か?」
 バルトはカルダーノを見ると表情を輝かせた。
「カルダーノ?うん、大丈夫。でも、なんでここにいるんだろう?さっきまで自分の部屋で寝てたはずなのに……」
 バルトは不思議そうに首を傾げていたが、カッシアを見ると目を逸らしてしまった。
「研究員……お前がいるなんて聞いてない」
 カッシアは気にする事はない、と声をかけた。
「俺は別にお前に対してなにかする訳でもないから気にするな。どうやら、この施設の人間が嫌いらしいな……バルト、俺はカルダーノのちょっとした知り合いなだけ……俺はこれで失礼させてもらう」
 カッシアはそういうと静かに部屋を出ていった。
「ねぇ、なんで俺ここにいるの?」
 バルトはずっと首を傾げていた。 
「……記憶、ないのか?」
 バルトはカルダーノの言葉に頷いた。
「最近多いんだ。夜は自分の部屋で寝てるのに朝起きたら誰かの血に濡れたまま寝てたりとか、知らない部屋で起きたりとか……今だって、俺は部屋で寝てたはずなのにカルダーノの部屋にいる」
 カルダーノはバルトの言葉に首を傾げた。それは本当に言っているように感じたからだ。
「記憶が無くなる、と言うよりかは寝ている間に何かあった……と言うべきか……」
 カルダーノはそう小さく呟いた。
「あとね、そうなった日って頭痛くなったり……気持ち悪くなったりするんだ」
 カルダーノはその言葉に顔を上げた。最近自分が悩まされている症状と全く同じだったからだ。バルトはそう言い終えると、ゆっくりと立ち上がり壁際まで足を進めた。大鎌に手をかけるとバルトは口を開いた。
「それに、俺は頼まれてるんだ。……お前を連れてこいってな」
 そういうバルトの声はいつもより少しばかり低く感じられた。カルダーノは身の危険を感じ、咄嗟にバルトから距離をとったが、髪が数本宙に舞うのが見えた。
「俺だって、嫌だよ。お前をあいつのところに連れていくの。でも、それよりもあの時みたいに……クソみたいな家族に虐げられたのと同じ目を見る方が嫌なんだ」
 バルトは淡々と語りながらカルダーノの部屋で大鎌を幾度となく振り回す。武器の無いカルダーノはとにかく刃が当たらぬように逃げるしかできなかった。
 カルダーノが必死に逃げ回っていると、彼の指先に何かが触れた。カルダーノはそれを素早く手に取ると、ちらっと視線を落とした。
「……またナイフ……?この前のよりは大きいが……いや、今は気にしてる暇なんてないな」
 カルダーノは拾ったナイフの鞘を抜き捨てると大鎌の刃をそれで受け流した。
 しかし、力の強さはカルダーノが勝っていたとしても武器の威力では遥かに負けていた。
 暫くカルダーノはバルトの攻撃を受け流し続け、攻撃の間に隙ができるタイミングを見計らっていた。……が、全くその隙ができず焦っていた。
 先程受けた怪我もあり、体力の消耗がいつもより激しかった。攻撃を受け流していると途中でナイフから嫌な音が鳴った。
 カルダーノがナイフの刃を見ると、そこにはヒビが入っていた。
「持ってあと数回……って所か」
 カルダーノはそう呟くと極力受け流さないようにバルトの攻撃を避け続けていた。それでも、避けきれない時に何度かナイフを使ってしまい、ナイフのヒビは深く割れ始めた。
 バルトはカルダーノがナイフを徐々に使わなくなったことに気づき口元に笑みが広がる。
「ほら、それももう使い物にならなくなるんでしょ?大人しくついて来なよ、そうしたらやめてあげる」
 カルダーノは首を横に振った。
「依頼主の目的が分からない以上、大人しくついていく訳にはいかない。条件を出す前に目的を教えろ。それから提案を飲むか否か決める」
 バルトはその言葉にため息をつくと、大鎌を振り上げ確実にナイフを使わせる高さに合わせ振り下ろした。
 カルダーノは小さく舌打ちをすると、ナイフでその攻撃を受けた。今回ばかりは衝撃を抑えるだけでナイフの刃が砕け散った。
 弾かれた衝撃でカルダーノは床に倒れ込んでしまい、バルトはそれを狙って再び武器を振り上げた。
 カルダーノは咄嗟になにか身を守るものを探したが、何も見つからず今度こそはまともに斬撃を食らうと覚悟した。
 バルトが大鎌を振り下ろす瞬間、カルダーノは目をつぶったが時間が経っても全く攻撃されず、不思議に思い目を開けた。
 すると、そこには大鎌に巻き付く鎖があった。
「チッ……もう少しで連れていけたのに……こんなところで目覚めやがって……」
 バルトは悔しそうにそう唸ると大鎌を手放し、カルダーノの部屋を出ていった。
 カルダーノは間一髪のところで助かった。
「あれは……なんだったんだ?」
 大鎌が地面に落ちる音でカルダーノは我に返った。先程見た鎖は全て跡形もなく消え去っていた。
 バルトが部屋を出てから数分後、カッシア、クロード、ジョーイがカルダーノの部屋に入ってきた。
「おい!カルダーノ?!さっきの音は……って……凄い荒れ様だな」
 クロードは部屋に入るや否や、カルダーノの心配をしつつ部屋の状況も心配した。
「あぁ、ちょっとな。面倒事があってな……はぁ」
 カルダーノは立ち上がろうとしたが、激しい目眩に襲われ頭を抱えた。
「無理はするな。……大体のことはわかった。もう少し、俺がここに残っていれば……」
 カッシアはカルダーノに手を貸しながらそう口にした。
「悪い、カルダーノ。まさか、あの状態からあいつの『チカラ』が豹変するなんて……」
 カルダーノはカッシアの手を借り、椅子に座った。
「あいつって……バルトのことか?あいつ、なにかしたのか?」
 ジョーイは少し難しい顔をしていた。そんなジョーイにカルダーノは口を開いた。
「あいつが鎌を手に襲ってきたんだ。しかも、その理由が『連れて来いって言われてるから』……だそうだ」
 その言葉を聞いたカッシアは自分が見たものをカルダーノに伝えた。
「実は、今日……厳密に言えば昨日か。バルトがリンドウと話をしていたんだ。その時に『3日以内に連れて来い』そう言っていたのを聞いた。恐らくその事かもしれない……それで……これ全てバルトがやったのか?」
 カルダーノは少し黙っていたが先程までの出来事を全て話した。
「……ってなことがあってさ。それで、死ぬ覚悟でいたら鎖がバルトの武器を止めた、というわけだ」
 ジョーイはにわかには信じ難いようで首を捻っていた。
「しかし、タイミングがいいよな。奇跡、ともいえなくはないが、仕組まれていた可能性……」
 ジョーイが話終わらないうちにカッシアが口を開いた。
「それは奇跡だな。……まあ、なんだ……その……そういう時もある……だろう」
 カッシアは言葉に詰まっていた。カルダーノは普段そんなことにならないカッシアを不審に思い、口を開いた。
「カッシア。何か知ってるんだろ?この際、何でも話してくれ」
 カッシアはしばらくカルダーノを見ていたが、彼が本気で言っていることが確認できると自分が見つけた資料のことを話し始めた。
「実は俺、昨日の調査で『チカラ』とそれを持つ者の資料を見つけたんだ……」

 それは昨日、カッシアが資料室の奥で見つけた隠し扉の中に1冊のファイルが置いてあった。カッシアはそれに気づくと中を開いた。
「これは……」
 その中には『チカラ』について書いてあった。その内容は……
『2×××年5月25日 緊急報告レポート。遥か東方の国……『ロム』と呼ばれる国で生物兵器を作り出す為に作られた薬品の実験がこの国『ゼルトナ』を含む3つの独立した国を対象に告知もなくばら撒かれた。この国は運良く特に何も起きることはなく存続はしたが、他の2つの国は全て壊滅。人など、もはや生存不可能な状態にまで壊滅したと情報屋から手紙が届いた。今年で、無差別な実験から3年になる。ヴァイザー市にて暴動が発生。原因は不明(恐らくロムが行った無差別実験が原因だと専門家は言っている)。暴動発生から僅か2日でヴァイザー市は壊滅。暴動発生時に出発した夜行列車に乗った住人以外の死亡が確認された。それを引き金に次々と都市で暴動が発生し、恐るべきスピードで陥落。僅か半年で9割の都市が陥落。ルーエ市のみ暴動が起きず、最後の要塞として防壁を急遽建設。ゲフェングニス市にルーエ軍が派遣され、暴動を鎮圧。都市の大半は壊滅したがまだ再建可能の為、『施設を作り第2の拠点設立を目標にせよ』と、国から命令が出た。研究所、軍事施設の建設を予定。鎮圧してから5年程で、ルーエ市に設置されていたシュラハト軍事施設の移設が完了。この国を支えているヘルツォーク社の移設も完了した。あとは暴動が起きても問題の無いよう、防壁を設立するだけとなった』
 カッシアはレポートを読み終えるとため息をついた。
「結局、どの国も……目的のためなら犠牲なんか気にしないってやつか……しかも、17年前……俺の『チカラ』が目覚めた時と一致する……」
 そんなことを言いつつも、カッシアはページを捲った。次のページにはその実験の後に国を襲った変化が記されていた。
『実験の後、ゼルトナ国内で謎の能力を持つ者が出現。これまでで確認できているものは、炎、氷、水、念力、統率(また支配とも言う)の5種類が主要だと考えられるが実際のところは不明。今後も発見でき次第、国に連絡するように』
 カッシアは途中で紙が1枚ずれているのに気づき、それを引き抜いた。その紙にはよく知る人物の事が書かれていた。
「これは、カルダーノについての資料?」
 カッシアはその資料に目を通し、首を横に振った。
「薄々気づいてはいたが……事実だったとはな」
 カッシアはその資料の内容をメモすると部屋を後にした。

「……と、まあ。こんな感じだな」
 カッシアは一息つくと、カルダーノに向き直った。
「で、お前が救われたというあの鎖はお前の『チカラ』だ。よく調べたなとも思ったが……お前は『生成』を持っている。恐らく今まで使っていたナイフはお前が無意識のうちに作りだしたものだ」
 カッシアの言葉にカルダーノは俯いた。ジョーイとクロードもなにか思い当たることがあったようで、口を開いた。
「そういば、僕も気になることがあるんだ。僕たちの軍ではカルダーノは射撃精度は1番高い。それでも、出撃してから弾薬の補給を全くしに来ない。いくら射撃精度が高かったとしてもアサルト系統の弾が尽きないことを不思議には思ってたんだ」
 ジョーイも頷きながら口を開いた。
「確かに、クロードの言う通りだ。それに、一時期カッシアとカルダーノのメインであるスナイパーの弾が不足していた時期があったよな。あの時残り弾の8割……確か、60発をカッシアに渡していたが、戦闘終了後カルダーノから返ってきた弾薬ポーチを見たら殆ど減っていなかった。てっきり、使ってなかったのかとも思ったが、あの時スナイパー一丁だけ担いでいたから絶対に使っていたはずだ」
 カルダーノはため息をついた。
「俺も、不思議だったさ。なぜ弾の減りがこんなにも遅いのか、と。まさか『チカラ』があったなんてな……」
 カッシアはなにかに気づいたように手帳を開いた。
「となると……バルトの『殺戮』、ワルデンの『牽制』、カルダーノの『生成』が揃ったことになる。もし、この件の黒幕の元に『捕縛』を持つ奴がいたらまずいかもしれない。俺の予想ではあるが……恐らく、この主犯は『支配』のチカラを持っている」 
 クロードは首を傾げた。カッシアが主犯のチカラを想定できたことが不思議だった。
「なんでそう言いきれるんだ?」
 カッシアは静かに口を開いた。
「それは、過去に俺は『チカラ』について調査をしていたからだ。俺自身、それが目覚めたわけだからな。その時に色々わかってな。バルトの持つ『殺戮』は本来カルダーノが経験したものほど凶暴なものじゃない」
 カッシアの言葉にジョーイは首捻り、クロードはなにやら考えている様子だった。
「わかった。わかりやすく言うと、ターゲットを捕まえるだけが目的なら大鎌なんて持ち出さない、ということだ」
 カルダーノはカッシアの言葉を上手く繋げ、ある答えを導き出した。
「つまり、お前が言いたいのは……なんというか……その『チカラ』の中にも組み合わせによっては危険性が増したり元々の反応?が変わってくる、ということか?」
 カッシアは頷いた。それに加えてカッシアは、カルダーノはまだしも残り2人にはもっと簡単に理解できるような言葉選びをしないといけないということを痛感した。
「バルトの『殺戮』と主犯の『支配』は元々合わせてはいけないんだ。最悪の場合、チカラの……『殺戮』側の暴走を招く。昔読んだ資料では今狙われているチカラは全て『支配』のチカラが干渉していいものでは無いらしいが」
 カッシアは何やら考える仕草をした。カルダーノたちはカッシアの言葉を待った。
 カッシアが考え込んで3分程。彼は考えが纏まったようで口を開いた。
「俺の予想だが、主犯は『チカラ』同士の相性を知ってて行動している気がする。全てを完全に支配し、この国自体をするつもりなのではないか?」
 ほかの3人は『リセット』という言葉に今ひとつピンと来ていなかった。何をどうする気なのかが掴めていないようだった。
「えーっと……?つまりは……?」
 クロードがそう口を開いた。それを聞いたカッシアはため息をついた。
「つまりは、国を新しく作りかえるんじゃないか……主犯が完全に支配できる国を作りたいのでは?と言ったところか」
 カルダーノは静かに頷いた。
「それだったら納得がいく。どれだけ相性が悪くても作りかえ、配下につく人間を思い通りに出来れば不自由なんてないからな……いくら暴走しようと、そいつの主は『支配』を持つヤツだからな」
 改めてカルダーノは自分の置かれた状況が如何に危険かを実感した。
「まあ、お前の『チカラ』はこの件が解決しても危険だがな。別名『無限武器庫』だとさ」
 カッシアがカルダーノを見据えてそう言葉にした。カルダーノは彼が何を言いたいのか理解するのに少し時間がかかったが、言葉の意味を理解すると苦笑した。
「まあ、だよな。自在に使えれば武器なんて好きなだけ出せるんだからな」
 カルダーノは小さくため息をつくと独り言かのように一言漏らした。
「俺にチカラさえなければこんなことには……」
 それをクロードは聞き逃さなかった。
「何言ってんだよ。お前は何も悪くない。元はと言えば『ロム』って国だろ?」
 クロードはマイナスになっているカルダーノにそう言うと立ち上がった。
「まあ、夜も遅い。俺たちの部屋来いよ、4人部屋だしな。こんなところじゃ休むに休めないだろ?」
 クロードの提案にカルダーノは頷き、立ち上がる。それと同時に、部屋の扉が開きコレウスとリンドウが入ってきた。
「さっき物凄い音がしたが……」
 コレウスは部屋の様子を見て言葉を切った。カルダーノの部屋の壁には大きな切り傷があり、壁からは血が垂れ、床にも小さな血溜まりがあった。
「見ての通りだ」
 カッシアは振り向きもせず、そう口にした。
「……バルトへのチカラの干渉が強くなっているのか……」
 床に落ちている大鎌を見つけると、コレウスは目を逸らした。
 後ろからリンドウがため息混じりに口を開いた。
「これは予想以上に『支配』の影響が強いな……なんとしてでもバルトを止めねぇと」
 その言葉にカッシアはリンドウの方を見た。普段、表情の変わることの無いカッシアの目に怒りが滲んでいた。
「止める?……お前が指示をしておいて何故、そんなことを言う必要がある?」
 リンドウは怪訝そうな顔をした。
「は?俺が指示?どういうことだ」
 カッシアは壁にもたれていたが、リンドウとカルダーノの間に立つように移動した。
「奥の部屋でお前がバルトに『連れて来い』と指示をしていたのを見たんだ」
 それを聞いたコレウスは咄嗟に反論した。
「待ってくれ。リンドウはこの施設内では俺と行動してるんだ。俺にチカラの影響が出ないように、と。その……お前の言う部屋には研究のレポートや施設にいる人の状態報告以外立ち入りを禁止されてるんだ」
 リンドウは、それに、とコレウスの言葉に繋げた。
「バルトがこの施設にいる、ということは知っているがずっと地下にいると聞いている。 そもそも、俺はバルトと接触したことはない。全ては所長からの命令であいつと接触することを禁止されている。俺も、コレウスも……」
 リンドウの言葉にカッシアは考え込んだ。どう考えても彼の目は嘘を言っているように見えなかった。
「もし、お前の言っていることが本当ならば……俺が見たあいつは一体……?」
 クロードは3人が話し込んでいる最中、カルダーノの部屋のクローゼットを開け彼の服を数着手に取っていた。
「そんなん、後で考えればいいことだろ?今日は休もう。僕たちも色々あったし……カルダーノの方が大変な目に遭ってるんだから」
 クロードはそう言うと、カルダーノの手を取ってコレウスたちの間を抜け部屋を後にした。
 カルダーノは足速に手を引いて廊下を進むクロードに何故か不思議と懐かしさを感じた。しかし、それがいつの事だったのかは思い出せなかった。
 クロードは借りた部屋に戻るとため息をついた。それを見たカルダーノはクロードの気持ちを落ち着けようと口を開いた。
「……久しいな。お前にこうやって引っ張られたのは。いつぶりだ?」
 クロードはカルダーノの言葉に顔を上げた。
「かれこれ……10年ぶり、かな」
 そんなに、とカルダーノは口にしたが、その後に言葉を続けることは無かった。
 クロードたちが部屋に戻ってから数分後、カッシアとジョーイが戻ってきた。
「クロード、いきなりどうしたんだよ」
 クロードはジョーイの方を見たが無言で顔を背けた。
「先輩、気にすることないです」
 カルダーノは咄嗟にクロードをフォローした。
「……まあいいんだけどよ」
 ジョーイはそう言うとベッドの端に座った。カッシアは椅子に座ると、クロードたちの方を見もせずに口を開いた。
「ところで、ずっと前から思ってたんだが……なぜお前らは幼い頃から軍部にいたんだ?カルダーノの件は簡単に聞いたが……」
 カルダーノはクロードの方を見たが、話そうとする気配がなく、代わりに話そうとしたがクロードに片手で止められた。
「その話は……また今度でいいか?今は話し……たく、ない」
 クロードが何処か苦しそうに答えたことにカッシアたちは気づいたが誰も深堀する気にならなかった。
 カルダーノは無言でクロードの肩に手を置くと、空いているベッドに座った。
「部屋、ありがとな。俺先に休むわ」
 そう言うとカルダーノは布団の中に潜り込んだ。それに合わせてジョーイとカッシアも布団に潜った。
 クロードは全員が寝静まるといつも誰にも見られないように隠してつけていたネックレスを取り出した。
「17年前……あの日……僕にとっては地獄だったよ」
 クロードはネックレスについている小さな写真入れを開いた。中に入っている写真をクロードは見つめ、直ぐに閉じた。
「……僕は……いや、やめよう。考えたところで何も変わらないんだ。とりあえず、明日また調べてみよう」
 クロードはネックレスを元通り隠すと、ベッドで横になった。

 翌朝、クロードは誰かに揺さぶられて目を覚ました。
「何……もぉ……」
 目の前にはカッシアがいた。
「やっと起きたか。寝起き早々悪いが……ちょっといいか?」
 クロードは渋々体を起こすと、周りを見渡した。
「……あれ、カルダーノは?」
 クロードは自分の向かいにあるベッドがもぬけの殻になっていることに気づくとそう口にした。
「それは、俺たちが聞きたい。起きたらいなかったんだ」
 クロードはカルダーノのベッドになにか手がかりが残されていないか必死に探した。
 しばらく探したが、何も残されておらずクロードは明らかに落ち込んでいた。
「折角、合流できたのに……」
 クロードは悔しさのあまり拳を強く握っていた。そのせいで、手から血が滴っていた。
「クロード、探そう。俺と、ジョーイも手伝うから。ここだけじゃ何も分からない……今、聞くべきじゃないのは分かってるが……お前がいつも身につけているそれは……」
 クロードはカッシアの方を見ると、ネックレスを取りだした。
「あぁ……これは、その……家族、から貰ったんだ。もう、家族の元には帰れないけど」
 ジョーイはクロードの近くに座ると、口を開いた。
「なぁ、その……話してくれないか?ずっと思ってたんだが……過去のことをひとりで抱えることは無いんだ。まあ、なんの悩みも持ってねぇ俺がそんなこと言っても意味ないと思うけどな」
 クロードは俯いたまま、ぽつぽつ、と言葉を繋いだ。
「その、これは……離れた家族が、僕が心配にならないようにって……それで、くれたもので……昔、何かあったとかそういうんじゃ……ただ、ちょっとみんな心配性なだけで……」
 クロードはそう口にした。だが、ジョーイたちはそれは本当の理由てはないということを見抜いていたがそれ以上聞こうともしなかった。
「そう、か。特に悩んでないのであれば……いいんだ」
 クロードはため息をつき、借りている研究員の制服を着ると部屋を出た。それに続いてジョーイたちも部屋を出た。 
 彼らは過去の事件を調べることなく、その日はカルダーノの居場所の手がかりを手分けして探すことにし、施設内の捜索を始めた。
 半日探しても手がかりとなりそうなものは何一つ見つからず、クロードはジョーイたちと別れると1人で施設内を宛もなく歩いていた。
「……地下のあの研究室に何かあるかも」
 コレウスとリンドウと出会った地下研究室の方へとクロードは足を向けた。
 地下研究室につくと、クロードは前回のワルデンの件を思い出したが何も無かったかのように片付けられていた。
「……すごいな、本当に何も無かったみたいだ……」
 クロードはそう言いつつ、ファイルの詰められた棚を片っ端から調べ始めた。
 暫く漁っていると、クロードは背後に人の気配を感じたが敢えて気づいていないふりをした。クロードは背後の人物がある程度近づいてきた頃に銃をホルスターから抜くとその人物に向けた。
「動くな……って、お前……」
 クロードは銃口の先にいる人物を見ると銃をしまった。
「どこの刺客かと思っただろ。グラジオ」
 グラジオと呼ばれた男はため息をついた。
「バレてたか……でも、なんでお前がここにいるんだ?クロード」
 クロードは目的をグラジオに話した。
「カルダーノがこの施設に攫われたんだ。昨日、一緒にいたんだが……今朝、姿を消してて……それで手がかりを探してるんだ。で?お前はなんでここにいるんだよ?国御用達のエージェント様」
 グラジオはクロードの言葉に思わず笑ってしまった。
「お前、本当にエージェントが嫌いなんだなぁ……まあ、名目上ではここの所長の護衛を任されている……だが、本来の目的はこの施設の目的の特定と言ったところか。国からの命令だ」
 グラジオはそう言うと、椅子に座った。
「で?カルダーノがいるという情報は俺も掴んではいるが。いつ頃から軍を離れてる?」
 クロードは再び、資料を漁り始めた。
「1ヶ月以上前だ」
 グラジオはクロードの言葉を聞くと、近くの棚からファイルを1冊取りだしクロードに差し出した。
「急を要する。そろそろ主犯の『チカラ』が干渉し始める頃だ。この資料に目を通しておけ。そうすればどうしたらいいか対処法がわかるだろう……取り込まれる前にアイツを取り戻せ。いいな?」
 グラジオはそう言うと耳につけている無線機に手を触れると、部屋を出ていった。なにやら話しているようだったが、内容は聞き取れなかった。
「取り込まれる……?」
 クロードはグラジオに言われたことを小さく口にした。とてつもなく嫌な予感がし、クロードはファイルを小脇に抱えるとジョーイとカッシアを探して走った。
 資料室の扉を開け、外に出ようとした時クロードは何を思ったのか来た道とは反対側……カルダーノの部屋の方へと足を向けた。
 クロードは扉を開けると、昨日出来た破損が嘘のように無くなっていた。クロードは壁際で何か落ちていることに気づき、それを確認するために近づいた。
「……これは……空薬莢?」
 クロードの手には未使用の空薬莢が握られていた。昨日はなかった物だった。
「カルダーノがここに1回来たんだ……でも、何のために?」
 クロードは立ち上がると部屋を後にした。クロードはカッシアたちを探して再び走り出した。
 暫く探していると、カッシアたちが部屋に入っていくのを見つけ、クロードはそれを追いかけた。そこはデータベースだった。
「カッシア!カルダーノを早く見つけないと……!」
 クロードはカッシアの服の裾を掴んで呼び止めた。カッシアとジョーイは振り向くと息を切らしたクロードをとりあえず近くの椅子に座らせ、事情を聞くことにした。
「クロード、わかったから……一旦落ち着け。話は聞く」
 クロードはカッシアたちにグラジオから聞いた話をそのまま伝え、渡されたファイルを見せた。
「まだ中は見てないけど……エージェントが言うなら間違いは無いかもしれない……」
 ジョーイはファイルを受け取るとそれを開いた。中に綴じられていた資料にはカルダーノ、バルト、ワルデンを事細かく調べた資料だった。以前、カッシアやリンドウが見つけた資料とは全く違うものだった。全ての資料の最下部には『取り込まれたら取り戻せない』と記されていた。3人の資料とは別に『支配』について調べた資料も綴じてあった。
 資料を確認しつつ、データベースでも様々な資料を漁っているとカッシアが不意に手を止めた。
 それに気づいたジョーイがカッシアに声をかけた。
「どうした?」
 ジョーイの方を見向きもせずカッシアは口を開いた。
「人の気配がした。敵……かもしれない。もう少ししたら様子を探ろうと思う。だから、それまでは何もしなくていい」
 カッシアはそういうと再度資料と向き合った。15分ほど経つと、カッシアは音もなく席を離れた。
 そのため、ジョーイもクロードも気づかなかった。カッシアは物陰に隠れるようにして様子を確認していたもう1人の来客者に声をかけた。
「隠れて何をしている」
 カッシアはハンドガンを抜くとその人物に向けた。
「目的はなんだ」
 無言を貫く人物に対して、カッシアは銃のストッパーを外した。
「はぁ……俺だよ、リンドウだ。お前らがなにやってんのか気になってきたんだよ」
 リンドウはカッシアの方を振り向くと銃を手で制した。
 カッシアは銃を下ろしかけたが、すぐに構え直した。
「嘘をつくな。リンドウは先程コレウスと一緒に研究の資料をまとめに反対側に行った……5分ほど前の話だ」
 リンドウと名乗った人物は軽く頭をかいていたが、ため息をついた。
「悪いが、資料のまとめはコレウスに」
 カッシアはリンドウの言葉をさえぎった。
「ふざけるのもいい加減にしろ。お前がリンドウでは無いことくらい気配から見抜いている。俺を……元暗殺者を舐められたら困る」
 カッシアの言葉にリンドウと名乗る人物は不気味な笑みを浮かべた。
「お前、本当に厄介だな。先に殺っとくべきだっなぁ……目的達成まで少々時間を稼いでやろうと思ってたんだがな……まあ、見抜かれちまったわけだし……俺は失礼させてもらおう。さぁ、足掻いて見せろ」
 そう言うとその人は立ち去った。
 カッシアは慌てて外に出たが、そこにはその人の姿はなかった。
「チッ……あいつは、あの声は……まさか」
 立ち尽くすカッシアにクロードは声をかけた。
「大丈夫か?カッシア」
 クロードの言葉に我に返ったカッシアは首を横に降ると口を開いた。
「あぁ、問題はないが……早く調査を終わらせよう。嫌な予感がする」
 カッシアはそう言うとデータベースに戻り、パソコンの前に座った。クロードもそれに続き調査に戻った。
 カッシアの今まで以上に険しくなった目つきに2人は心配を隠せなかった。
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