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《第4章》
- ConfluencE -
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カルダーノは昼下がりに目を覚ました。酷い頭痛に襲われた。
「なっ……今までこんなこと無かったのに……」
ベッドの上で5分程耐えているとようやく頭痛が治まってきた。
「気のせいだといいんだが……ここのところ体調があまり良くない気がする……」
ゆっくりと身支度をするカルダーノ。彼は最近よく頭痛や目眩に悩まされていた。
カルダーノは部屋を出ると『資料保管室』へと歩いていった。暫く歩いていると、食堂に繋がる廊下からバルトが出てきた。バルトはカルダーノを見つけるとパッと顔を輝かせて走り寄ってきた。
「カルダーノ、これからどこ行くの?」
カルダーノはバルトに声をかけられ、振り向いた。
「あぁ、お前か。これから資料室に行くつもりだ。施設の外で何が起きているのか全く分からないからな。少しは調べようと思ってな」
バルトはカルダーノの腕を引っ張って引き止めた。
「ダメだよ、カルダーノ。資料室?ってところ入ったのバレたら施設の人に怒られちゃうよ」
カルダーノはバルトから視線を外すと何やら考えこんだ。
「前から思っていたんだが、お前はこの施設のことに詳しすぎないか?」
バルトはカルダーノの言葉に一歩後ずさりした。
「大体、俺の行くところに毎回お前が来るのもおかしな話だ。誰かに監視でも頼まれてるんじゃないのか?」
バルトは困った顔をすると首を横に振った。
「そんなことない、俺本当に監視とかそういうんじゃない……その、俺は」
バルトが何か言う前にカルダーノが口を開いた。
「悪い、今日正直あんまり調子良くないんだ。あまり絡まないでくれ」
バルトはカルダーノの言葉を聞くと、小さく頷くと立ち去った。
「……で?お前はなぜその部屋に隠れている」
カルダーノは脇にあった小部屋の扉に向かって声をかけた。
「気配に気づいていたか。さすがだ」
そう言いながら部屋の中からコレウスが出てきた。
「お前に朗報を持ってきたんだ。お前らの仲間がもうすぐこの施設に来る」
カルダーノは口元に笑みを湛えた。
「そうか……教えてくれてありがとな」
コレウスは情報をカルダーノに伝えると立ち去った。
「あとはお前らで上手くやってくれ」
カルダーノはコレウスが出てきた小部屋へと入った。その場所こそが『資料保管室』だった。カルダーノは棚をいくつか見て回るとタイトルも何も書かれていないファイルを手に取った。
「これか?2年前のあの事件……」
カルダーノはファイルを開くと中を読み進めた。その中にはカルダーノが固執していた事件のことが事細かく記されていた。
「やっぱり俺の推測は正しかったんだ……あれは俺たちの過失だ……」
カルダーノは自室から持ち出していたメモ帳に事件の鍵となる部分を全て書き写した。事件の詳細調査に没頭していたがカルダーノは本来の目的を思い出した。
「こんなことしてる場合じゃなかった……『チカラ』について調べねぇと」
カルダーノはファイルを元に戻すと『チカラ』について記述のある資料を探した。しかし、なかなか見当たらず壁際に寄せてあるダンボールに気づいた。カルダーノはそれの中を漁った。箱の中は整理されていない資料が詰まっており、なかなか全て取り出すことが出来ずカルダーノはため息をついた。暫くして資料室の奥に隠されるように設置されていた少し欠けた床板が外れた。
カルダーノは空気が少し揺らいだことに気づき、顔を上げ棚の影に身を隠した。
「……誰だ?」
棚の影から少し覗き込むと、床板を外してそこから何者かが出てきたのに気づいた。カルダーノは息を殺し、何とかやり過ごすことにした。
カルダーノは資料室の照明をつけておらず、出てきた人物が誰なのか特定することは出来なかった。カルダーノは体勢を低くし、出てきた人物の方を常に警戒していた。資料室に現れた人影は2人。
カルダーノは見つかるかもしれないと思い、近くにあった資料に囲まれた机の下に身を隠した。場所を移動した直後、カルダーノがいた場所に2人が移動し、カルダーノが隠れている机の前を通り過ぎたが、部屋から出た気配は全くなかった。
カルダーノはただ静かに事なきを得るためその人たちが外に出ていくのを待っていた。
カルダーノが身を隠し始めて10分。カルダーノは机の影からゆっくりと出ると、棚の陰に隠れつつあたりの様子を確認した。
先程、部屋に入ってきた人物の気配がなくなり、カルダーノは軽く息を吐き出したが後頭部に何か突きつけられた。
「動くな。動けば命の保証はない」
背後にいる人物の声を聞いたカルダーノは口元に笑みが広がった。
「動かない。だが、お前を誰か言い当てることは出来る」
声の主は呆れたようにため息をついたが、それに構うことなくカルダーノは続けた。
「俺の後ろにいるのはカッシア・ディラウス。俺の精鋭部隊のスナイパーだ」
その言葉と共に、銃口が降りた。
「当たってるだろ?な?」
カルダーノはそう言うと振り返った。カッシアはため息をついた。
「悪い、お前だと思わなかった」
カルダーノは首を横に振った。
「気にすんな。仕方ないだろ。今までずっと何かと戦ってきたんだろ?警戒すんのも当たり前だ。……お前がいる、ということは先輩とクロードもいるのか?」
カッシアは頷くとカルダーノを連れて少し離れた棚の陰へと向かった。
「クロード、ジョーイ。警戒する必要は無い。俺の言った気配はよく知るやつだったぞ」
カッシアの言葉と共に、ふたつの人影が現れた。
「カルダーノ?お前なのか?」
カルダーノは頷いた。
「なんだ?俺が幽霊にでも見えるのか?」
カルダーノはクロードに向かってそう冗談をかました。それを聞いたクロードは床に座り込んでしまった。
「良かった……生きてた。本当に心配したんだからな、お前」
カルダーノはクロードの隣に座った。
「悪かった。攫われたとはいえ、急に消えたこと。ここに来てくれて嬉しいよ、みんな」
カルダーノはそう笑った。
「しかし、カルダーノ。お前ここに来る前よりやつれた……というか、顔色良くない気がするが」
野外用の小さなランプをつけたカッシアに指摘されたカルダーノは目を逸らした。
「……言われなくてもそんな気はしたよ。ここのところ体調が良くない。目眩に頭痛……何が原因なのか分からないから困っているんだ」
カルダーノはため息混じりにそう答えた。
「ストレスとかじゃないか?環境の変化、みたいな」
クロードはそう首を傾げたが、カルダーノは首を横に振った。
「あれから1ヶ月以上経ってるんだ。そんなはずは無い」
話し込んでいると、資料室の扉が開きコレウスが入ってきた。
「まだいたか。お前ら軍服だと施設内で動きにくいだろうからここの研究員の制服でも着ておけ」
そう言うとクロードたちに制服を渡した。それを受け取った3人は素早く着替えを終わらせた。コレウスはそれを確認すると、偽装したIDカードを渡した。
「一応この施設で使えるようにはしてある。暫くは問題ないだろう……ただ、この施設の所長、アドラーにだけ目をつけられないように気をつけろ」
コレウスはそう言うと、部屋を後にした。
「……軍服どうする?」
コレウスが、出ていった扉を見つめながらクロードが呟いた。
「良ければ俺の部屋に置いとくか?クローゼットを同室と分けて使ってるんだ」
カルダーノはそう提案し、それに3人は頷いた。
「なるほどな。じゃあそれで」
クロードたちはカルダーノに案内されて彼の部屋に向かった。カルダーノの部屋のクローゼットに軍服を仕舞うと今後どうするかを話す為に、食堂へと向かった。彼らは一番端の席に座った。
「これからどうする?」
クロードは食堂の椅子に座るとすぐに口を開いた。
「そうだな……クロードたちは研究所を見て回ったらどうだ?どこでも入れそうじゃないか。俺はまあ、何とかやってくから気にするな」
カルダーノはお盆にコーヒーを4つのせて戻ってきた。その様子を見たカッシアはすっと立ち上がったが、カルダーノに制止された。
「あぁ、今の見た目だと俺の方が身分は下だから気にする事はない。逆に研究員がこの施設に入ってる奴にこんな事した方が不自然だろ」
カルダーノの言葉にジョーイは頷いた。
「確かに、軍としての立場はカルダーノが1番上だが……仕方ない。自然に振る舞うためだ」
ジョーイはそう言うとコーヒーを手に取った。それを見たカルダーノもそれを手に取り、ため息をついた。
「軍のことが気になっててな。あれから問題は無いか?」
クロードはコーヒーに砂糖を溶かしながら答えた。
「特にはない。ただ、僕たちが留守にしている間に何があるかは保証はない……かな。……ところでさ、さっきから聞こうと思ってたんだけど……その傷、どうしたの?」
クロードはカルダーノの首に着いた傷を指さした。
「その傷……この前までなかったよな」
カルダーノはクロードの言葉に目を逸らし、どう答えるかと悩んだ。だが、カルダーノは今後この施設内で何が起きるとも分からない状況だと分かっていた為、本当のことを話そうとゆっくりと口を開いた。
「これは……実は、ここに来てからちょっとあってな」
カルダーノは自分の身に何があったのかをクロードたちに全て話した。……あの化け物の事を。カルダーノが話終わるまでクロードたちは一言も発することなく黙っていた。
「……まあ、人智を越える何かがあるんだ、ここには」
クロードはカルダーノの話を聞き終えると自分がここにたどり着くまでに起きたことをゆっくりと話した。
「実は、僕達もカルダーノが言うようなのと遭遇したんだ。人間ではなかったけれど……ヘビとかネズミとか……ここの地下はバケモノで溢れてる」
カルダーノはため息をついた。
「お前らと合流できたからと言って、すぐに出られるわけではなさそうだな。その原因を突き止めてこれ以上拡がらないようにしないとだな」
その言葉に3人は頷いた。
「でもよ、止める算段はあるのか?」
ジョーイの言葉にカルダーノは首を横に振った。
「原因がわからないことには何も。でも、もしこれが人為的として確定すればデータを抹消したりすればいいかな、とは思いますけれども」
ジョーイは頷いた。
「まあ、何にせよ。調査は必須ってことだな」
「はい。ですが、俺の行動範囲は限られているので大体的な調査は先輩たち……」
話し込んでいると食堂の扉が開き、カルダーノは途中で言葉を切った。
そこにはリンドウに引き摺られるように連れていかれるバルトの姿があった。
「どこほっつき歩いてた。仕事が残ってるだろ」
バルトは抵抗はしていたか、完全に力負けしていた。
「だって!飽きた!仕事なんてしたくない!もっと遊ばせろ!これ、パワハラっていうんだぞ!!この鬼畜!」
そう喚き散らしながら食堂を抜けていった。
「……あれ、バルトなのか?」
カッシアはバルトたちが抜けていった方向を見つめながら口を開いた。
「ん?あぁ。そうだ。いつもあんな感じだぞ」
カッシアは何か言いたそうにしていたが、軽く息を吐くと何か言うこともなかった。
「とりあえず、さっきの話だけど。俺の行動範囲は狭い。詳しいことは先輩たちに任せたいと思う。この施設の地図なら食堂の近くに1枚あったからそこで確認できる。これからはあまり俺たちは接触しない方がいいと思う。研究員と親密にしていたら怪しまれるからな」
カルダーノが言い終わると、クロードが立ち上がった。
「じゃあ、俺はコレウス探してくる。ここで暫く滞在するのであれば部屋とか欲しいし……な」
クロードはそうい言うとコーヒーを一息に飲み干して立ち去った。
「相変わらず、行動力の鬼だなぁ……クロードは」
カルダーノはそう呟くと椅子に座り直した。そんなカルダーノの肩にカッシアはそっと手を置いた。
「……あまり無理すんなよ。合流できたんだ。少しは休んでおくといい……な、司令官。これからの事は俺たちで何とかするから。……じゃあ、俺は……施設の地図覚えてくるわ。で、ジョーイはどうする?」
カッシアはそう言うとジョーイ方を見た。ジョーイは少し考える仕草をして、顔を上げた。
「俺は……バルトの件をしっかり調べたい。あいつが生きてる理由を……あぁ、ついでに色んな研究員からここはなんなのか上手いこと聞き出してみるよ。まあ……なんだ……気負いすぎんなよ、俺らの司令官」
そう言い残すとジョーイは足早に食堂を後にした。カッシアはそれに続くように出ていった。
1人残されたカルダーノはため息をつくと頬杖をつき、空になったコーヒーカップを弄んでいた。暫くそのまま座っていたカルダーノだが、静かに立ち上がると自室へと戻って行った。
カルダーノは部屋に戻るとそのままベッドに横になった。
「あいつらは何でもお見通しか……」
カルダーノは小さく呟くと、そのまま目を閉じた。
クロードは部屋を出てからどこにコレウスがいるとも見当がつかないままただ歩き回っていた。
「地図、見とくべきだったなぁ……何やってんだよ、ほんと」
クロードはとぼとぼ歩いていると、後ろから声をかけられた。
「おい、なんでそんなに落ち込んでるんだ?」
クロードは声の方を振り向いた。そこには、リンドウとコレウスが立っていた。
「お、コレウスとリンドウか。ちょうど良かった。探してたんだ」
コレウスは首を傾げた。
「探していた?」
クロードは頷くと口を開いた。
「とりあえず、ここにいる間の部屋がどうなってるのかとこの施設の目的が知りたいんだ」
コレウスはクロードの言葉を聞くと彼の腕を引っ張って近くの部屋に入った。そこは物置として使われているようで少しばかり埃っぽかった。
「部屋は後で鍵を渡してやる。ちょうど4人用の部屋がまるまる空いていた。目的の事だが……断定できてはいるが……はっきり言うことは出来ない。言ったことがバレたら俺たちも目的を達成することが出来ない。ただ、この施設に攫われた人が危ない、としか答えられない」
クロードはその答えに納得していなかった。
「何がどう危ないんだよ!?僕たちは大事な人の命がかかってるんだぞ?」
クロードはコレウスの胸ぐらを掴もうとしたが、リンドウがそれを止めた。
「お前の言いたいことは十分理解出来る。だがな……コレウスには唯一の家族がここにいるんだ。だから、コレウスはそいつを助けたい一心で働いてるんだ」
リンドウの言葉にクロードは息を飲んだ。
「どんな施設なんだよ……ここは。バケモノといい……訳わかんねぇ」
深々とため息をつくクロードの肩に手を置くと、コレウスは部屋の扉を開けた。
「悪い。いつか、話す時が来たら全て話す……約束する」
クロードは頷いた。
「忘れんなよ!絶対に」
コレウスは口元に笑みを浮かべると、クロードたちに貸す部屋へ案内をした。
クロードが部屋の案内を受けている頃、カッシアは施設の地図の前に佇んでいた。カッシアは顎に手を当てて、何やらブツブツと呟いていた。
「……おかしい……この施設の広さならこの部屋数じゃ敷地が有り余るはずだ……」
カッシアはメモ帳を取りだすと、ページの間に挟んでいたワルデンから貰った地図と照らし合わせた。
「……この地図……フェイクか」
カッシアは地図を手帳に挟み直すと、施設内の探索を始めた。
カッシアは自分たちがでてきた資料室に戻った。彼は部屋の隅に無造作に置かれたダンボールをどけると、壁を調べ始めた。すると、壁の一部が沈み、隠し扉が現れた。
「やはりな」
カッシアそう呟くと、静かにその扉を開け中へと入っていった。
そこには1冊のファイルが置いてあるだけだった。
「ただ1冊のためにこんな部屋を……?」
カッシアはそれを手に取った。そのファイルには題名も何も記されていなかったが、なかなかの厚さがあった。カッシアは辺りを見回し、人の気配がないことを確認するとファイルを開いた。
「……これは……」
カッシアは小さく息を飲んだ。しかし、すぐに我に返るとメモ帳をとりだし、重要だと思う部分のメモをとった。
カッシアはメモをとり終えると、静かに部屋を出て物の位置を大体同じように戻し、資料室を後にした。
カッシアは食堂に戻ると1番入口から遠い席に座り、メモを見返すことにした。
「他にもなにか手がかりがあるかもしれない。探そう……カルダーノのためでもあるから」
カッシアは席を立つと、先程カルダーノと居た時にバルトが連れていかれた扉の奥へと入っていった。
カッシアはポケットにしまっていたスマホのライトをつけると、奥へと進んだ。
「バルトはこの奥でどんな仕事をさせられているんだ……?」
カッシアはあまり音を立てないようにゆっくりと歩みを進めた。
その頃、ジョーイは持ち前の明るさで色々な研究員と打ち解けていた。
「悪い!なんの実験してるのか聞いてたんだけどさ、俺そん時適当に聞き流しちまっててさ……念の為教えてくれないかな?」
ジョーイはそう言い、顔の前で手を合わせた。研究員は困ったような顔をしており、話して良いのかダメなのか、と悩んでいた。
ジョーイは少し待ったが、答えを得られないと悟ると軽く笑って見せた。
「ごめんな、覚えてなくて。まあ、そのうち思い出すだろうから今のは忘れてくれ。じゃ、俺行くわ」
ジョーイはその場から立ち去り、ため息をついた。
「誰に聞いても教えてくれやしねぇか。これは口止めされてるんだろうな……全員が全員はおかしすぎる」
ジョーイはさて、と口にすると気持ちを切り替えることにした。
「目的の聴き込みがダメでも、まだやるべき事はあるからな。よし、バルト……あの事件について調べるか」
ジョーイは進みながら施設の地図の前に戻ってきた。
「どこなら調べられるのか……資料室?……うーん……そんな気はしないんだよなぁ」
ジョーイは一瞬、地下室に戻るという考えも浮かんだが、またあの化け物と対峙するのは嫌だと感じ地図を食い入るように見つめた。
「んーこれからどうするか、一旦考え直すか……」
ジョーイはそう独り言を呟くと、コーヒーを飲むために食堂へと足を運んだ。彼は入口付近の席に座ると、1口コーヒーを含んだ。何気なく辺りを見渡していると、一角にある床板が不自然にズレていることに気づいた。
「ん?なんだ?」
ジョーイはその床板の方へと進むと、それに手をかけた。すると、簡単に外れ、階段が姿を現した。
「階段……?なんでこんなところに……」
ジョーイは地下から微かに吹いてくる風が妙に鉄の様な鼻につく匂いを纏っていることに気づいた。
ジョーイは思わず顔をしかめたが、この先になにかあると思い、進むことにした。
「何かあるな。調べる価値は十分にある……よし、行こう」
ジョーイは階段を降りると床板を戻し、ポケットから小さめの懐中電灯を取り出すと地下へと降りていった。
進むこと約5分。
ジョーイは開けた場所に出た。辺りを照らしながら見渡しているとそこにはバルトが使っていたものと同じ形の大鎌が立てかけられていた。
ジョーイはそれに近づくと、大鎌の刃の部分を確認した。刃は既に手入れがされているようで汚れ1つついていなかったが、柄の部分に視線を移すと拭いきれなかったであろう血が残っていた。
ジョーイが左手でそれに触れると、しっかりと乾ききっていなかったようでジョーイの手に血がついた。
「まだ乾いていない、か」
ジョーイはそう呟くと立ち上がり、左手をポケットに入れていた布で拭きながらさらに奥へと進んで行った。進むにつれてどんどん灯りの数が減ってきていることにジョーイは気づいた。何かこの先に進んでは行けないような雰囲気はあったが、ここまで来たからには引き返せないとジョーイは思い、最深部まで進むことにした。
暫く進むと、格子が懐中電灯の灯りを反射した。ジョーイはその格子の中に人影のようなものを見つけ、そっと近づいた。ジョーイは人影に向けて灯りを当てると、それがワルデンであると気づいた。
ワルデンはジョーイに気づくと顔を上げた。
「あれ、シュラハトの脳筋担当の人じゃないか」
ボロボロな割に憎まれ口を叩くワルデンにジョーイは思わず笑ってしまった。
「何を言い出すかと思えばお前は。いや、それよりも……お前、大丈夫か?そんなボロボロで」
ワルデンは頷いた。
「うん。どうやら殺されはしないらしいね。何が目的なのか全く検討もつかない。それなりに探り入れてたけれどもここの人は秘密主義らしくて……何も目的の手がかりが掴めなかった」
ワルデンの話を聞きながらジョーイは格子の前に座った。
「まあ、だよな。俺も聞こうとしてもみんな口を開いちゃくれねぇ。で、お前はなんでこんなところに閉じ込められてるんだ?」
ワルデンは目を逸らしつつ、少し気まずそうに口を開いた。
「まあ、僕がミスっただけなんだけど……君たちに情報渡したのがどうやら雇い主、アドラーにバレたようで……捕まったってところか。しかも、それの何がヤバいって本人じゃなくて、あの『死神』に依頼したんだよ。お陰様で怪我しまくりだよ」
ワルデンはため息混じりに自分になにかあったのかジョーイに話した。
「なるほどなぁ……」
ジョーイは格子に手をかけた。しかし、ワルデンが閉じ込められている格子に違和感を感じた。
「あれ……?これ鍵……どころか扉無くないか?」
ワルデンはその言葉に頷いた。
「そりゃそうさ。とある人の『チカラ』が使われた。それが誰かは言えないし、言ったら次こそ殺られかねないから。その人はチカラを持ってると言う自覚がない……そのうえ、干渉されてることにすら気づいていない。僕から伝えられる情報はそれだけさ。あとは君たちで暴いて見せてよ」
ワルデンはそういうとジョーイに背を向けた。
「早くここを出るといい。君の命に関わる」
ジョーイはワルデンの忠告を素直に聞くことにし、地下室を出た。
食堂の床板を少しずらすと、辺りを注意深く見渡し安全を確認するとジョーイは外に出た。
ジョーイが食堂の隅に座っていると、そこにクロードが入ってきた。
「あ、先輩。調査は終わったんですか?」
クロードに声をかけられ、ジョーイは顔を上げた。
「いや、バルトの事件は全く分からない。だが、この施設がとにかくヤバいってことはわかった」
ジョーイはワルデンから聞いた話をクロードに全て伝えると、クロードもコレウスとリンドウから聞いた話をジョーイに伝えた。
「共通点は……『目的については黙秘しなければならない』ということか」
その言葉にクロードは頷いた。
「あ、先輩。カッシア見ませんでした?別々に行動してからあいつを全く見かけてないんですよ」
ジョーイも首を横に振った。
「いや、俺も見てないな。さっきまで調査してたからな」
ジョーイはワルデンに言われたもう1人の『チカラ』を持つ人物についてなにやら考えていた。
食堂奥の扉へ入っていったカッシアは足音を潜めながらひたすら奥へと進んでいた。
「あの地図には通路以外何も書かれていなかったが……この先に何があるんだ?」
しばらく進むと、急に通路がただ切り開いただけのような石ばかり転がっている道に変わった。カッシアは慎重になり自分以外の人の気配に注意を払いながら更に奥へと進んだ。
カッシアは通路奥から微かに聞こえてきた音を聞き逃さなかった。
「こういう時ばかり……家柄に感謝するしかないな」
カッシアはそう呟くと壁に沿うように歩き始めた。15分程進むと、扉のようなものが見えてきた。カッシアはそれを少し開けると中を覗き込んだ。そこには、バルトとリンドウと思われる人物が立っていた。
「……何やってるんだ……?」
カッシアは二人の会話に集中した。
「ねぇ、毎日こういう仕事したくないんだけど。たまには遊ばせてよ」
バルトは仕事を休みたいようで、リンドウに言い寄っていた。
「誰のおかげで何不自由なく生きることが出来てると思ってんだ。処刑されかけてた奴を拾ったのは俺だろ?ただ大人しく言うことを聞いていろ、とあれほど言っただろ?」
リンドウはため息混じりに答えた。それでも首を横に振るバルトの胸倉をリンドウは掴んだ。
「それにお前は俺が依頼したことにどれだけ時間をかけているんだ?もう、これ以上の猶予は与えられない。3日以内に連れてこい。じゃないとお前もあの情報屋と同じ目に遭うぞ」
バルトは俯くと、渋々といった様子で頷いた。
「わかったよ、リンドウさん。……頑張って、連れてくる」
カッシアはバルトが命令されて動いていたことを知ると、静かに来た道を戻った。食堂にこっそり戻ると片隅にクロードとジョーイが座っているのが目に入った。
カッシアは彼らに近づくと声をかけた。
「みんな揃ってたのか。何かわかったか?」
クロードとジョーイは首を横に振った。
「これといった収穫はない。ただ、わかったのは目的に関してはみんな口を割らないってことくらいだ。なぁ、クロード」
ジョーイにそう問いかけられたクロードは静かに頷いた。
「そうか」
カッシアはそう言うとクロードの隣に座った。
「俺はそれなりに……いや、かなりの収穫があった。ここで話すのは危ないだろう……部屋があるのであればそこで『筆談』で重要な部分は話そう」
カッシアの言葉に、クロードはポケットから鍵を取りだした。
「リンドウから鍵は預かってる。部屋に戻ろう」
カッシアが立ち上がろうとするクロード。引き止めた。
「待て。リンドウから預かったのか?いつ?」
クロードは不思議そうに首を傾げ、口を開いた。
「え?ここで先輩と合流する5分くらい前だけど。だから、カッシアがくる10分前かな」
カッシアは信じられないと言わんばかりにクロードを見つめた。
「どうしたんだよ、カッシア」
カッシアは首を横に振った。
「クロードの所にリンドウが居たなら、俺と途中で鉢合わせているはず……それなのに、俺は会うことなくリンドウの姿を確認している……一体どういうことだ……?」
カッシアの言っていることが理解できないようでクロードとジョーイは首を傾げた。
「何が言いたいんだ?カッシア」
ジョーイの質問にカッシアは説明をした。
「その、俺が言いたい事はだな……まず、クロードがリンドウとコレウスと話していたんだろ?その時、俺は既にあの先の通路にいたんだ。で、俺が入った後に誰か来たわけでも、別の通路がある訳でもないんだ。それなのに、通路奥の部屋には『もう1人』のリンドウがバルトと一緒にいたんだ」
カッシアのその説明に何が言いたいのか理解したようにクロードとジョーイは頷いた。
「でも、それって本当にリンドウだったのか?」
ジョーイの問いにカッシアは頷いた。
「あぁ。バルトが『リンドウ』と呼んでいたからな」
うーん、とクロードは唸った。
「もし、リンドウが『察知』だっけ?以外のチカラ持ってたらそれができるんじゃないのか?」
カッシアはクロードの仮定を否定した。
「いや、それは無い。1人に宿るチカラはひとつのみ。だから、リンドウがあの場に……同時にいることがおかしいんだ」
ジョーイは軽く息を吐き出すと、提案をした。
「とりあえず、謎が深いのはわかった。部屋に戻って話をしよう」
2人は頷いた。部屋に戻るとクロードは本題を切り出した。
「なぁ、カッシア。リンドウの件はまた考えるとして……お前の得た情報を教えてくれ」
カッシアは頷くと、メモ帳を開きペンを走らせた。少しして、彼はクロードたちに書いたものを見せた。
それを見たクロードたちは驚きのあまり言葉を失った。
「俺も……想定外だった。こんな……」
カッシアはそう言葉を切ると顔を上げた。
「悪い、ちょっと」
そう言い残すと部屋を出て、音もなく走り去った。
「どうしたんだ?あいつ」
クロードはジョーイの言葉に首を横に振った。
「さぁ、分かりません。でも、なにかに気づいたのでしょう」
部屋に残されたふたりは先に寝ることにした。
部屋を飛び出したカッシアはカルダーノがいる階層まで階段を駆け下りた。
先程、クロードたちと話している時に微かに聞こえた金属の擦れる音。それがカルダーノのいる階層からしたと彼は判断し、司令官を守るため体が動いたのだった。
カッシアはスマホのライトをつけると、床に残る僅かな擦り傷を見つけた。その跡を追って足早に進んだ。
その傷跡はカルダーノの部屋の前で消えており、カッシアは小さく深呼吸をすると扉を少し開けた。
「カルダー……うっ……」
扉を開けた瞬間、鮮血の匂いがカッシアを襲った。カッシアは中へはいるのを躊躇ったが、自分たちを大切にしてくれているカルダーノを放っては置けず、少し開けた扉の隙間から静かに部屋へと潜り込んだ。
カッシアは持ち前の感覚を集中させ、部屋の電気をとにかく探した。暗闇の中ではどこにいるかはわかっても状況までは把握しきれないからだ。
少しの間手探りで壁を触っていると指先にスイッチのようなものが触れ、カッシアはそれを押した。
部屋が明るくなるとカッシアは顔を上げ、血の匂いがする方へと視線を向けた。
「……これはどういう……?」
目にした光景に、彼は驚きを隠せなかった。
「なっ……今までこんなこと無かったのに……」
ベッドの上で5分程耐えているとようやく頭痛が治まってきた。
「気のせいだといいんだが……ここのところ体調があまり良くない気がする……」
ゆっくりと身支度をするカルダーノ。彼は最近よく頭痛や目眩に悩まされていた。
カルダーノは部屋を出ると『資料保管室』へと歩いていった。暫く歩いていると、食堂に繋がる廊下からバルトが出てきた。バルトはカルダーノを見つけるとパッと顔を輝かせて走り寄ってきた。
「カルダーノ、これからどこ行くの?」
カルダーノはバルトに声をかけられ、振り向いた。
「あぁ、お前か。これから資料室に行くつもりだ。施設の外で何が起きているのか全く分からないからな。少しは調べようと思ってな」
バルトはカルダーノの腕を引っ張って引き止めた。
「ダメだよ、カルダーノ。資料室?ってところ入ったのバレたら施設の人に怒られちゃうよ」
カルダーノはバルトから視線を外すと何やら考えこんだ。
「前から思っていたんだが、お前はこの施設のことに詳しすぎないか?」
バルトはカルダーノの言葉に一歩後ずさりした。
「大体、俺の行くところに毎回お前が来るのもおかしな話だ。誰かに監視でも頼まれてるんじゃないのか?」
バルトは困った顔をすると首を横に振った。
「そんなことない、俺本当に監視とかそういうんじゃない……その、俺は」
バルトが何か言う前にカルダーノが口を開いた。
「悪い、今日正直あんまり調子良くないんだ。あまり絡まないでくれ」
バルトはカルダーノの言葉を聞くと、小さく頷くと立ち去った。
「……で?お前はなぜその部屋に隠れている」
カルダーノは脇にあった小部屋の扉に向かって声をかけた。
「気配に気づいていたか。さすがだ」
そう言いながら部屋の中からコレウスが出てきた。
「お前に朗報を持ってきたんだ。お前らの仲間がもうすぐこの施設に来る」
カルダーノは口元に笑みを湛えた。
「そうか……教えてくれてありがとな」
コレウスは情報をカルダーノに伝えると立ち去った。
「あとはお前らで上手くやってくれ」
カルダーノはコレウスが出てきた小部屋へと入った。その場所こそが『資料保管室』だった。カルダーノは棚をいくつか見て回るとタイトルも何も書かれていないファイルを手に取った。
「これか?2年前のあの事件……」
カルダーノはファイルを開くと中を読み進めた。その中にはカルダーノが固執していた事件のことが事細かく記されていた。
「やっぱり俺の推測は正しかったんだ……あれは俺たちの過失だ……」
カルダーノは自室から持ち出していたメモ帳に事件の鍵となる部分を全て書き写した。事件の詳細調査に没頭していたがカルダーノは本来の目的を思い出した。
「こんなことしてる場合じゃなかった……『チカラ』について調べねぇと」
カルダーノはファイルを元に戻すと『チカラ』について記述のある資料を探した。しかし、なかなか見当たらず壁際に寄せてあるダンボールに気づいた。カルダーノはそれの中を漁った。箱の中は整理されていない資料が詰まっており、なかなか全て取り出すことが出来ずカルダーノはため息をついた。暫くして資料室の奥に隠されるように設置されていた少し欠けた床板が外れた。
カルダーノは空気が少し揺らいだことに気づき、顔を上げ棚の影に身を隠した。
「……誰だ?」
棚の影から少し覗き込むと、床板を外してそこから何者かが出てきたのに気づいた。カルダーノは息を殺し、何とかやり過ごすことにした。
カルダーノは資料室の照明をつけておらず、出てきた人物が誰なのか特定することは出来なかった。カルダーノは体勢を低くし、出てきた人物の方を常に警戒していた。資料室に現れた人影は2人。
カルダーノは見つかるかもしれないと思い、近くにあった資料に囲まれた机の下に身を隠した。場所を移動した直後、カルダーノがいた場所に2人が移動し、カルダーノが隠れている机の前を通り過ぎたが、部屋から出た気配は全くなかった。
カルダーノはただ静かに事なきを得るためその人たちが外に出ていくのを待っていた。
カルダーノが身を隠し始めて10分。カルダーノは机の影からゆっくりと出ると、棚の陰に隠れつつあたりの様子を確認した。
先程、部屋に入ってきた人物の気配がなくなり、カルダーノは軽く息を吐き出したが後頭部に何か突きつけられた。
「動くな。動けば命の保証はない」
背後にいる人物の声を聞いたカルダーノは口元に笑みが広がった。
「動かない。だが、お前を誰か言い当てることは出来る」
声の主は呆れたようにため息をついたが、それに構うことなくカルダーノは続けた。
「俺の後ろにいるのはカッシア・ディラウス。俺の精鋭部隊のスナイパーだ」
その言葉と共に、銃口が降りた。
「当たってるだろ?な?」
カルダーノはそう言うと振り返った。カッシアはため息をついた。
「悪い、お前だと思わなかった」
カルダーノは首を横に振った。
「気にすんな。仕方ないだろ。今までずっと何かと戦ってきたんだろ?警戒すんのも当たり前だ。……お前がいる、ということは先輩とクロードもいるのか?」
カッシアは頷くとカルダーノを連れて少し離れた棚の陰へと向かった。
「クロード、ジョーイ。警戒する必要は無い。俺の言った気配はよく知るやつだったぞ」
カッシアの言葉と共に、ふたつの人影が現れた。
「カルダーノ?お前なのか?」
カルダーノは頷いた。
「なんだ?俺が幽霊にでも見えるのか?」
カルダーノはクロードに向かってそう冗談をかました。それを聞いたクロードは床に座り込んでしまった。
「良かった……生きてた。本当に心配したんだからな、お前」
カルダーノはクロードの隣に座った。
「悪かった。攫われたとはいえ、急に消えたこと。ここに来てくれて嬉しいよ、みんな」
カルダーノはそう笑った。
「しかし、カルダーノ。お前ここに来る前よりやつれた……というか、顔色良くない気がするが」
野外用の小さなランプをつけたカッシアに指摘されたカルダーノは目を逸らした。
「……言われなくてもそんな気はしたよ。ここのところ体調が良くない。目眩に頭痛……何が原因なのか分からないから困っているんだ」
カルダーノはため息混じりにそう答えた。
「ストレスとかじゃないか?環境の変化、みたいな」
クロードはそう首を傾げたが、カルダーノは首を横に振った。
「あれから1ヶ月以上経ってるんだ。そんなはずは無い」
話し込んでいると、資料室の扉が開きコレウスが入ってきた。
「まだいたか。お前ら軍服だと施設内で動きにくいだろうからここの研究員の制服でも着ておけ」
そう言うとクロードたちに制服を渡した。それを受け取った3人は素早く着替えを終わらせた。コレウスはそれを確認すると、偽装したIDカードを渡した。
「一応この施設で使えるようにはしてある。暫くは問題ないだろう……ただ、この施設の所長、アドラーにだけ目をつけられないように気をつけろ」
コレウスはそう言うと、部屋を後にした。
「……軍服どうする?」
コレウスが、出ていった扉を見つめながらクロードが呟いた。
「良ければ俺の部屋に置いとくか?クローゼットを同室と分けて使ってるんだ」
カルダーノはそう提案し、それに3人は頷いた。
「なるほどな。じゃあそれで」
クロードたちはカルダーノに案内されて彼の部屋に向かった。カルダーノの部屋のクローゼットに軍服を仕舞うと今後どうするかを話す為に、食堂へと向かった。彼らは一番端の席に座った。
「これからどうする?」
クロードは食堂の椅子に座るとすぐに口を開いた。
「そうだな……クロードたちは研究所を見て回ったらどうだ?どこでも入れそうじゃないか。俺はまあ、何とかやってくから気にするな」
カルダーノはお盆にコーヒーを4つのせて戻ってきた。その様子を見たカッシアはすっと立ち上がったが、カルダーノに制止された。
「あぁ、今の見た目だと俺の方が身分は下だから気にする事はない。逆に研究員がこの施設に入ってる奴にこんな事した方が不自然だろ」
カルダーノの言葉にジョーイは頷いた。
「確かに、軍としての立場はカルダーノが1番上だが……仕方ない。自然に振る舞うためだ」
ジョーイはそう言うとコーヒーを手に取った。それを見たカルダーノもそれを手に取り、ため息をついた。
「軍のことが気になっててな。あれから問題は無いか?」
クロードはコーヒーに砂糖を溶かしながら答えた。
「特にはない。ただ、僕たちが留守にしている間に何があるかは保証はない……かな。……ところでさ、さっきから聞こうと思ってたんだけど……その傷、どうしたの?」
クロードはカルダーノの首に着いた傷を指さした。
「その傷……この前までなかったよな」
カルダーノはクロードの言葉に目を逸らし、どう答えるかと悩んだ。だが、カルダーノは今後この施設内で何が起きるとも分からない状況だと分かっていた為、本当のことを話そうとゆっくりと口を開いた。
「これは……実は、ここに来てからちょっとあってな」
カルダーノは自分の身に何があったのかをクロードたちに全て話した。……あの化け物の事を。カルダーノが話終わるまでクロードたちは一言も発することなく黙っていた。
「……まあ、人智を越える何かがあるんだ、ここには」
クロードはカルダーノの話を聞き終えると自分がここにたどり着くまでに起きたことをゆっくりと話した。
「実は、僕達もカルダーノが言うようなのと遭遇したんだ。人間ではなかったけれど……ヘビとかネズミとか……ここの地下はバケモノで溢れてる」
カルダーノはため息をついた。
「お前らと合流できたからと言って、すぐに出られるわけではなさそうだな。その原因を突き止めてこれ以上拡がらないようにしないとだな」
その言葉に3人は頷いた。
「でもよ、止める算段はあるのか?」
ジョーイの言葉にカルダーノは首を横に振った。
「原因がわからないことには何も。でも、もしこれが人為的として確定すればデータを抹消したりすればいいかな、とは思いますけれども」
ジョーイは頷いた。
「まあ、何にせよ。調査は必須ってことだな」
「はい。ですが、俺の行動範囲は限られているので大体的な調査は先輩たち……」
話し込んでいると食堂の扉が開き、カルダーノは途中で言葉を切った。
そこにはリンドウに引き摺られるように連れていかれるバルトの姿があった。
「どこほっつき歩いてた。仕事が残ってるだろ」
バルトは抵抗はしていたか、完全に力負けしていた。
「だって!飽きた!仕事なんてしたくない!もっと遊ばせろ!これ、パワハラっていうんだぞ!!この鬼畜!」
そう喚き散らしながら食堂を抜けていった。
「……あれ、バルトなのか?」
カッシアはバルトたちが抜けていった方向を見つめながら口を開いた。
「ん?あぁ。そうだ。いつもあんな感じだぞ」
カッシアは何か言いたそうにしていたが、軽く息を吐くと何か言うこともなかった。
「とりあえず、さっきの話だけど。俺の行動範囲は狭い。詳しいことは先輩たちに任せたいと思う。この施設の地図なら食堂の近くに1枚あったからそこで確認できる。これからはあまり俺たちは接触しない方がいいと思う。研究員と親密にしていたら怪しまれるからな」
カルダーノが言い終わると、クロードが立ち上がった。
「じゃあ、俺はコレウス探してくる。ここで暫く滞在するのであれば部屋とか欲しいし……な」
クロードはそうい言うとコーヒーを一息に飲み干して立ち去った。
「相変わらず、行動力の鬼だなぁ……クロードは」
カルダーノはそう呟くと椅子に座り直した。そんなカルダーノの肩にカッシアはそっと手を置いた。
「……あまり無理すんなよ。合流できたんだ。少しは休んでおくといい……な、司令官。これからの事は俺たちで何とかするから。……じゃあ、俺は……施設の地図覚えてくるわ。で、ジョーイはどうする?」
カッシアはそう言うとジョーイ方を見た。ジョーイは少し考える仕草をして、顔を上げた。
「俺は……バルトの件をしっかり調べたい。あいつが生きてる理由を……あぁ、ついでに色んな研究員からここはなんなのか上手いこと聞き出してみるよ。まあ……なんだ……気負いすぎんなよ、俺らの司令官」
そう言い残すとジョーイは足早に食堂を後にした。カッシアはそれに続くように出ていった。
1人残されたカルダーノはため息をつくと頬杖をつき、空になったコーヒーカップを弄んでいた。暫くそのまま座っていたカルダーノだが、静かに立ち上がると自室へと戻って行った。
カルダーノは部屋に戻るとそのままベッドに横になった。
「あいつらは何でもお見通しか……」
カルダーノは小さく呟くと、そのまま目を閉じた。
クロードは部屋を出てからどこにコレウスがいるとも見当がつかないままただ歩き回っていた。
「地図、見とくべきだったなぁ……何やってんだよ、ほんと」
クロードはとぼとぼ歩いていると、後ろから声をかけられた。
「おい、なんでそんなに落ち込んでるんだ?」
クロードは声の方を振り向いた。そこには、リンドウとコレウスが立っていた。
「お、コレウスとリンドウか。ちょうど良かった。探してたんだ」
コレウスは首を傾げた。
「探していた?」
クロードは頷くと口を開いた。
「とりあえず、ここにいる間の部屋がどうなってるのかとこの施設の目的が知りたいんだ」
コレウスはクロードの言葉を聞くと彼の腕を引っ張って近くの部屋に入った。そこは物置として使われているようで少しばかり埃っぽかった。
「部屋は後で鍵を渡してやる。ちょうど4人用の部屋がまるまる空いていた。目的の事だが……断定できてはいるが……はっきり言うことは出来ない。言ったことがバレたら俺たちも目的を達成することが出来ない。ただ、この施設に攫われた人が危ない、としか答えられない」
クロードはその答えに納得していなかった。
「何がどう危ないんだよ!?僕たちは大事な人の命がかかってるんだぞ?」
クロードはコレウスの胸ぐらを掴もうとしたが、リンドウがそれを止めた。
「お前の言いたいことは十分理解出来る。だがな……コレウスには唯一の家族がここにいるんだ。だから、コレウスはそいつを助けたい一心で働いてるんだ」
リンドウの言葉にクロードは息を飲んだ。
「どんな施設なんだよ……ここは。バケモノといい……訳わかんねぇ」
深々とため息をつくクロードの肩に手を置くと、コレウスは部屋の扉を開けた。
「悪い。いつか、話す時が来たら全て話す……約束する」
クロードは頷いた。
「忘れんなよ!絶対に」
コレウスは口元に笑みを浮かべると、クロードたちに貸す部屋へ案内をした。
クロードが部屋の案内を受けている頃、カッシアは施設の地図の前に佇んでいた。カッシアは顎に手を当てて、何やらブツブツと呟いていた。
「……おかしい……この施設の広さならこの部屋数じゃ敷地が有り余るはずだ……」
カッシアはメモ帳を取りだすと、ページの間に挟んでいたワルデンから貰った地図と照らし合わせた。
「……この地図……フェイクか」
カッシアは地図を手帳に挟み直すと、施設内の探索を始めた。
カッシアは自分たちがでてきた資料室に戻った。彼は部屋の隅に無造作に置かれたダンボールをどけると、壁を調べ始めた。すると、壁の一部が沈み、隠し扉が現れた。
「やはりな」
カッシアそう呟くと、静かにその扉を開け中へと入っていった。
そこには1冊のファイルが置いてあるだけだった。
「ただ1冊のためにこんな部屋を……?」
カッシアはそれを手に取った。そのファイルには題名も何も記されていなかったが、なかなかの厚さがあった。カッシアは辺りを見回し、人の気配がないことを確認するとファイルを開いた。
「……これは……」
カッシアは小さく息を飲んだ。しかし、すぐに我に返るとメモ帳をとりだし、重要だと思う部分のメモをとった。
カッシアはメモをとり終えると、静かに部屋を出て物の位置を大体同じように戻し、資料室を後にした。
カッシアは食堂に戻ると1番入口から遠い席に座り、メモを見返すことにした。
「他にもなにか手がかりがあるかもしれない。探そう……カルダーノのためでもあるから」
カッシアは席を立つと、先程カルダーノと居た時にバルトが連れていかれた扉の奥へと入っていった。
カッシアはポケットにしまっていたスマホのライトをつけると、奥へと進んだ。
「バルトはこの奥でどんな仕事をさせられているんだ……?」
カッシアはあまり音を立てないようにゆっくりと歩みを進めた。
その頃、ジョーイは持ち前の明るさで色々な研究員と打ち解けていた。
「悪い!なんの実験してるのか聞いてたんだけどさ、俺そん時適当に聞き流しちまっててさ……念の為教えてくれないかな?」
ジョーイはそう言い、顔の前で手を合わせた。研究員は困ったような顔をしており、話して良いのかダメなのか、と悩んでいた。
ジョーイは少し待ったが、答えを得られないと悟ると軽く笑って見せた。
「ごめんな、覚えてなくて。まあ、そのうち思い出すだろうから今のは忘れてくれ。じゃ、俺行くわ」
ジョーイはその場から立ち去り、ため息をついた。
「誰に聞いても教えてくれやしねぇか。これは口止めされてるんだろうな……全員が全員はおかしすぎる」
ジョーイはさて、と口にすると気持ちを切り替えることにした。
「目的の聴き込みがダメでも、まだやるべき事はあるからな。よし、バルト……あの事件について調べるか」
ジョーイは進みながら施設の地図の前に戻ってきた。
「どこなら調べられるのか……資料室?……うーん……そんな気はしないんだよなぁ」
ジョーイは一瞬、地下室に戻るという考えも浮かんだが、またあの化け物と対峙するのは嫌だと感じ地図を食い入るように見つめた。
「んーこれからどうするか、一旦考え直すか……」
ジョーイはそう独り言を呟くと、コーヒーを飲むために食堂へと足を運んだ。彼は入口付近の席に座ると、1口コーヒーを含んだ。何気なく辺りを見渡していると、一角にある床板が不自然にズレていることに気づいた。
「ん?なんだ?」
ジョーイはその床板の方へと進むと、それに手をかけた。すると、簡単に外れ、階段が姿を現した。
「階段……?なんでこんなところに……」
ジョーイは地下から微かに吹いてくる風が妙に鉄の様な鼻につく匂いを纏っていることに気づいた。
ジョーイは思わず顔をしかめたが、この先になにかあると思い、進むことにした。
「何かあるな。調べる価値は十分にある……よし、行こう」
ジョーイは階段を降りると床板を戻し、ポケットから小さめの懐中電灯を取り出すと地下へと降りていった。
進むこと約5分。
ジョーイは開けた場所に出た。辺りを照らしながら見渡しているとそこにはバルトが使っていたものと同じ形の大鎌が立てかけられていた。
ジョーイはそれに近づくと、大鎌の刃の部分を確認した。刃は既に手入れがされているようで汚れ1つついていなかったが、柄の部分に視線を移すと拭いきれなかったであろう血が残っていた。
ジョーイが左手でそれに触れると、しっかりと乾ききっていなかったようでジョーイの手に血がついた。
「まだ乾いていない、か」
ジョーイはそう呟くと立ち上がり、左手をポケットに入れていた布で拭きながらさらに奥へと進んで行った。進むにつれてどんどん灯りの数が減ってきていることにジョーイは気づいた。何かこの先に進んでは行けないような雰囲気はあったが、ここまで来たからには引き返せないとジョーイは思い、最深部まで進むことにした。
暫く進むと、格子が懐中電灯の灯りを反射した。ジョーイはその格子の中に人影のようなものを見つけ、そっと近づいた。ジョーイは人影に向けて灯りを当てると、それがワルデンであると気づいた。
ワルデンはジョーイに気づくと顔を上げた。
「あれ、シュラハトの脳筋担当の人じゃないか」
ボロボロな割に憎まれ口を叩くワルデンにジョーイは思わず笑ってしまった。
「何を言い出すかと思えばお前は。いや、それよりも……お前、大丈夫か?そんなボロボロで」
ワルデンは頷いた。
「うん。どうやら殺されはしないらしいね。何が目的なのか全く検討もつかない。それなりに探り入れてたけれどもここの人は秘密主義らしくて……何も目的の手がかりが掴めなかった」
ワルデンの話を聞きながらジョーイは格子の前に座った。
「まあ、だよな。俺も聞こうとしてもみんな口を開いちゃくれねぇ。で、お前はなんでこんなところに閉じ込められてるんだ?」
ワルデンは目を逸らしつつ、少し気まずそうに口を開いた。
「まあ、僕がミスっただけなんだけど……君たちに情報渡したのがどうやら雇い主、アドラーにバレたようで……捕まったってところか。しかも、それの何がヤバいって本人じゃなくて、あの『死神』に依頼したんだよ。お陰様で怪我しまくりだよ」
ワルデンはため息混じりに自分になにかあったのかジョーイに話した。
「なるほどなぁ……」
ジョーイは格子に手をかけた。しかし、ワルデンが閉じ込められている格子に違和感を感じた。
「あれ……?これ鍵……どころか扉無くないか?」
ワルデンはその言葉に頷いた。
「そりゃそうさ。とある人の『チカラ』が使われた。それが誰かは言えないし、言ったら次こそ殺られかねないから。その人はチカラを持ってると言う自覚がない……そのうえ、干渉されてることにすら気づいていない。僕から伝えられる情報はそれだけさ。あとは君たちで暴いて見せてよ」
ワルデンはそういうとジョーイに背を向けた。
「早くここを出るといい。君の命に関わる」
ジョーイはワルデンの忠告を素直に聞くことにし、地下室を出た。
食堂の床板を少しずらすと、辺りを注意深く見渡し安全を確認するとジョーイは外に出た。
ジョーイが食堂の隅に座っていると、そこにクロードが入ってきた。
「あ、先輩。調査は終わったんですか?」
クロードに声をかけられ、ジョーイは顔を上げた。
「いや、バルトの事件は全く分からない。だが、この施設がとにかくヤバいってことはわかった」
ジョーイはワルデンから聞いた話をクロードに全て伝えると、クロードもコレウスとリンドウから聞いた話をジョーイに伝えた。
「共通点は……『目的については黙秘しなければならない』ということか」
その言葉にクロードは頷いた。
「あ、先輩。カッシア見ませんでした?別々に行動してからあいつを全く見かけてないんですよ」
ジョーイも首を横に振った。
「いや、俺も見てないな。さっきまで調査してたからな」
ジョーイはワルデンに言われたもう1人の『チカラ』を持つ人物についてなにやら考えていた。
食堂奥の扉へ入っていったカッシアは足音を潜めながらひたすら奥へと進んでいた。
「あの地図には通路以外何も書かれていなかったが……この先に何があるんだ?」
しばらく進むと、急に通路がただ切り開いただけのような石ばかり転がっている道に変わった。カッシアは慎重になり自分以外の人の気配に注意を払いながら更に奥へと進んだ。
カッシアは通路奥から微かに聞こえてきた音を聞き逃さなかった。
「こういう時ばかり……家柄に感謝するしかないな」
カッシアはそう呟くと壁に沿うように歩き始めた。15分程進むと、扉のようなものが見えてきた。カッシアはそれを少し開けると中を覗き込んだ。そこには、バルトとリンドウと思われる人物が立っていた。
「……何やってるんだ……?」
カッシアは二人の会話に集中した。
「ねぇ、毎日こういう仕事したくないんだけど。たまには遊ばせてよ」
バルトは仕事を休みたいようで、リンドウに言い寄っていた。
「誰のおかげで何不自由なく生きることが出来てると思ってんだ。処刑されかけてた奴を拾ったのは俺だろ?ただ大人しく言うことを聞いていろ、とあれほど言っただろ?」
リンドウはため息混じりに答えた。それでも首を横に振るバルトの胸倉をリンドウは掴んだ。
「それにお前は俺が依頼したことにどれだけ時間をかけているんだ?もう、これ以上の猶予は与えられない。3日以内に連れてこい。じゃないとお前もあの情報屋と同じ目に遭うぞ」
バルトは俯くと、渋々といった様子で頷いた。
「わかったよ、リンドウさん。……頑張って、連れてくる」
カッシアはバルトが命令されて動いていたことを知ると、静かに来た道を戻った。食堂にこっそり戻ると片隅にクロードとジョーイが座っているのが目に入った。
カッシアは彼らに近づくと声をかけた。
「みんな揃ってたのか。何かわかったか?」
クロードとジョーイは首を横に振った。
「これといった収穫はない。ただ、わかったのは目的に関してはみんな口を割らないってことくらいだ。なぁ、クロード」
ジョーイにそう問いかけられたクロードは静かに頷いた。
「そうか」
カッシアはそう言うとクロードの隣に座った。
「俺はそれなりに……いや、かなりの収穫があった。ここで話すのは危ないだろう……部屋があるのであればそこで『筆談』で重要な部分は話そう」
カッシアの言葉に、クロードはポケットから鍵を取りだした。
「リンドウから鍵は預かってる。部屋に戻ろう」
カッシアが立ち上がろうとするクロード。引き止めた。
「待て。リンドウから預かったのか?いつ?」
クロードは不思議そうに首を傾げ、口を開いた。
「え?ここで先輩と合流する5分くらい前だけど。だから、カッシアがくる10分前かな」
カッシアは信じられないと言わんばかりにクロードを見つめた。
「どうしたんだよ、カッシア」
カッシアは首を横に振った。
「クロードの所にリンドウが居たなら、俺と途中で鉢合わせているはず……それなのに、俺は会うことなくリンドウの姿を確認している……一体どういうことだ……?」
カッシアの言っていることが理解できないようでクロードとジョーイは首を傾げた。
「何が言いたいんだ?カッシア」
ジョーイの質問にカッシアは説明をした。
「その、俺が言いたい事はだな……まず、クロードがリンドウとコレウスと話していたんだろ?その時、俺は既にあの先の通路にいたんだ。で、俺が入った後に誰か来たわけでも、別の通路がある訳でもないんだ。それなのに、通路奥の部屋には『もう1人』のリンドウがバルトと一緒にいたんだ」
カッシアのその説明に何が言いたいのか理解したようにクロードとジョーイは頷いた。
「でも、それって本当にリンドウだったのか?」
ジョーイの問いにカッシアは頷いた。
「あぁ。バルトが『リンドウ』と呼んでいたからな」
うーん、とクロードは唸った。
「もし、リンドウが『察知』だっけ?以外のチカラ持ってたらそれができるんじゃないのか?」
カッシアはクロードの仮定を否定した。
「いや、それは無い。1人に宿るチカラはひとつのみ。だから、リンドウがあの場に……同時にいることがおかしいんだ」
ジョーイは軽く息を吐き出すと、提案をした。
「とりあえず、謎が深いのはわかった。部屋に戻って話をしよう」
2人は頷いた。部屋に戻るとクロードは本題を切り出した。
「なぁ、カッシア。リンドウの件はまた考えるとして……お前の得た情報を教えてくれ」
カッシアは頷くと、メモ帳を開きペンを走らせた。少しして、彼はクロードたちに書いたものを見せた。
それを見たクロードたちは驚きのあまり言葉を失った。
「俺も……想定外だった。こんな……」
カッシアはそう言葉を切ると顔を上げた。
「悪い、ちょっと」
そう言い残すと部屋を出て、音もなく走り去った。
「どうしたんだ?あいつ」
クロードはジョーイの言葉に首を横に振った。
「さぁ、分かりません。でも、なにかに気づいたのでしょう」
部屋に残されたふたりは先に寝ることにした。
部屋を飛び出したカッシアはカルダーノがいる階層まで階段を駆け下りた。
先程、クロードたちと話している時に微かに聞こえた金属の擦れる音。それがカルダーノのいる階層からしたと彼は判断し、司令官を守るため体が動いたのだった。
カッシアはスマホのライトをつけると、床に残る僅かな擦り傷を見つけた。その跡を追って足早に進んだ。
その傷跡はカルダーノの部屋の前で消えており、カッシアは小さく深呼吸をすると扉を少し開けた。
「カルダー……うっ……」
扉を開けた瞬間、鮮血の匂いがカッシアを襲った。カッシアは中へはいるのを躊躇ったが、自分たちを大切にしてくれているカルダーノを放っては置けず、少し開けた扉の隙間から静かに部屋へと潜り込んだ。
カッシアは持ち前の感覚を集中させ、部屋の電気をとにかく探した。暗闇の中ではどこにいるかはわかっても状況までは把握しきれないからだ。
少しの間手探りで壁を触っていると指先にスイッチのようなものが触れ、カッシアはそれを押した。
部屋が明るくなるとカッシアは顔を上げ、血の匂いがする方へと視線を向けた。
「……これはどういう……?」
目にした光景に、彼は驚きを隠せなかった。
0
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