ネコの涙

心符

文字の大きさ
8 / 9
第八章

生きて!

しおりを挟む
私たちは暫く、想い出に浸っていました。

すると、彼女は、私の首にあの鈴を結びつけたのです。

『カズ、今まで私を支えてくれてありがとうね。大好きだよカズ。』

私を抱き上げ、部屋を出たヒトミは、奥の部屋の襖を開けました。

電気を点けると、正面に、優しそうなお母さんが、写真の中で笑っていました。

その前には、今夜の晩御飯が並んでいたのです。


『お母さん。これがカズだよ。私のたった一人の味方。』

(お母さんは・・・死んでいたんだ・・・。ヒトミは、たった一人でここに・・・。)

『お母さん・・・。私はもうガマンできない。他人の言うことなんか気にしちゃだめって言ったよね?強く生きてって言ったよね?でも・・・もう無理だよ・・・。私そんなに強くなれない。』

涙は止まっていました。

『死んでいったお母さんや、お父さんには、残された私の気持ちなんかわからないよ・・・。小さい時から、どんなにイジメられても、お母さんがいたから、二人で頑張って来たけど、もう誰もいないじゃん・・・。』

小学2年生の時にお父さんが自殺し、それからヒトミに対する学校や友達の態度が変わったのでした。

(あの時の泥だらけの服も、鈴が壊れていたのも・・・。)

私は、鳴らなくなった鈴を、悔しそうな目で見つめていた少女を想い出していました。

イジメられながらも彼女は、お母さんと必死に生きていたのでした。

その辛さは、お母さんにしても同じでした。

周りから変な目で見られ、陰口を叩かれ、近場では落ち着いて働くこともできず、わざわざ離れた町まで、働きに行っていました。

娘のために・・・。

しかし、私がヒトミと再会する少し前に、苦労の末、病気でお母さんは亡くなってしまったのでした。

「親戚」という人たちが、彼女を引き取りにきましたが、それまで一度も助けてはくれず、そればかりか、いつも敬遠して離れていた彼らを、ヒトミは決して許さなかったのです。

結局、彼女は一人で、この家に残ったのでした。

『お母さんは、病気なのに私のために頑張ってくれたよね。だから、私も、どんなにイジメられても、辛くても、死にたくても、ガマンしてきたよ。精一杯頑張ったんだよ。でも、もうムリ。まだガマンしろって言うの、お母さん?』

「イジメ」というものが分からないまでも、酷く悪いものということは分かりました。


『今日私は・・・あいつらなんか死んでしまえばいいと思ったの。どうしても許せないと思ったの。このままじゃ、いつか彼女たちを傷つけてしまうかも知れない・・・。私は負けたの、お母さん。悔しいけど、ごめんなさい。私・・・これ以上は耐えられない・・・。』

(なんで・・・なんでヒトミみたいなイイ人が、こんなに苦しまなきゃいけないんだろう。人間って・・・わからないよ・・・。)

私は、もう何を信じていいのかわからなくなっていました。

ただ、彼女が可哀想で、悔しくて、悲しくてたまりませんでした。

その時、彼女の膝の上にいた私の顔に、冷たいものが落ちてきたのです。

(また・・・ヒトミ、そんなに泣かないで・・・・・・あれ?)

ヒゲに垂れてきた雫を舐めた私は、それが涙とは違うことに気付きました。

(これはっ!!ヒトミっ!!)

慌てて膝から飛び降り、見上げたヒトミの手首から、真っ赤な血が流れ落ちていたのです。

『カズ・・・。ごめんね。お前を独りぼっちにしちゃうね。約束したのに、許してね。カズ・・・』

(ダメだ!!ヒトミ!死んじゃだめだ!)

ゆっくりと畳に崩れていくヒトミに、私は必死で叫びました。

『カズ・・・さようなら。お母さん・・・お父さん・・・。カズ・・・キ君。』

(!?)

私の名前の理由が、その時分かりました。

(そうか!そうだったんだ!・・・ヒトミ、待ってて!!)

私は閉じられた襖に飛びつき、重たい襖を必死で引っかきました。

爪がいくつか飛んで、血が出てきましたが、その時の私は、痛みなんて感じませんでした。

(早くしないと、ヒトミが死んじゃう!)

やっとのことで、襖を開け、いつも開けてある、お風呂場の小窓の格子から、外へ出ました。


私は、あのマンションへと必死で走りました。

最後の角を曲がって、道路を渡ろうとした時です。

左から来た、眩しい光に私は一瞬立ち止まってしまったのです。

『君たちネコってね、車に轢かれそうになった時、固まって動けなくなるんだって。だから、カズは、ここから出ちゃだめだよ。』

ヒトミの声が、頭の中によみがえりました。

(しまったっ!!)

「キキキキーッ!」

「バンッ!!」

とっさに動こうとした時は、もう手遅れでした。

私はその車にはねられ、路上に転がってしまったのです。

暫くは、何が何か分かりませんでした。

(早くしないと・・・ヒトミが・・・ヒトミが・・・)

何とか立ち上がりましたが、体の感覚がなく、思うように歩けませんでした。

そこへ、彼が自転車で帰ってきたのです。

『お、お前・・・カズ・・・か?』

(あれ・・・誰?なんで・・・名前を?)

『カズじゃないか!大変だ!!』

彼は、自転車を投げ出し、私を抱えて、階段を駆け上がりました。

ドアを開ける時、その横に、あの写真で見た文字「和樹」が見えました。

(良かった、辿り着けた・・・。)

『お母さん!お父さん!カズが大変なんだ。助けて!』

私を自分の部屋に運んだ彼は、両親を呼びに行きました。

(ここが、ヒトミの彼の家・・・。)

不思議ともう痛みはありませんでした。

倒れたまま、部屋の中を見渡していた私の目が、ベッドの横の壁で止まりました。

(あ・・・あれは!)

それは、ヒトミが書いた私の絵でした。

破かれた絵は、たくさんのテープで丁寧に貼り合わされ、その壁に飾ってあったのです。

(ヒトミ・・・彼はまだ君を・・・忘れていないよ・・・。)

彼が両親を連れて、戻ってきました。

『瞳ちゃんちのネコか?』

『そうだよ、お父さん。車にはねられたみたいなんだ。医者なんだから、助けてあげてよ!』

『どれどれ・・・』


彼のお父さんが、私にさわり、診察をしてくれました。

『和樹、外傷はないようだが、目の様子がおかしい。恐らく、頭でも打ってるのかもしれないな。レントゲンを撮ってみないと・・・』

『えっ?傷はないの?でも、その血は?』

『さぁ・・・?もう少し良く診てみるか。苦しそうだから、とりあえず、これは外すよ。』

「バチン!」

おとうさんが、私の首輪を切りました。

「リンリン♪」

拾い上げた彼の手元で、あの鈴が鳴りました。

(ヒトミ!!)

その音で我に返った私は、彼に向かって、必死で叫びました。

『おいおい、急にどうしたんだ?このネコ。和樹、おまえにほえてるぞ。』

『この鈴は・・・瞳ちゃんの・・・・・・その血は・・・まさかっ!?』

私と彼の目が合いました。

(早く!早くヒトミを!!ヒトミを助けて!!)

『お父さん!車っ!!瞳ちゃんの家へ、早く!!』

お父さんも事の重大さに気付き、二人は慌てて部屋から飛び出して行ったのです。

(ヒトミ・・・もう少しだからね・・・もうすぐ大好きな彼が、もう一人の味方が助けに行くからね・・・死んじゃいけないよ・・・。ヒトミ・・・生きて!!)

私の意識は、そこで少しの間、途切れてしまいました。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
私は、夫にも子供にも選ばれなかった。 その事実だけを抱え、離縁を突きつけ、家を出た。 そこで待っていたのは、最悪の出来事―― けれど同時に、人生の扉がひらく瞬間でもあった。 夫は愛人と共に好きに生きればいい。 今さら「本当に愛していたのは君だ」と言われても、裏切ったあなたを許すことはできない。 でも、子供たちの心だけは、必ず取り戻す。 妻にも母にもなれなかった伯爵夫人イネス。 過去を悔いながらも、愛を手に入れることを決めた彼女が辿り着いた先には――

【完結】ジュリアはバツイチ人生を謳歌する

ariya
恋愛
エレン王国の名門貴族・アグリア伯爵家に嫁いだジュリア・アグリア(旧姓ベルティー)。 夫のアベル・アグリア伯爵は、騎士として王妃の護衛任務に没頭し、結婚翌日からほぼ別居状態。 社交界のパーティーでは妻のエスコートを代理人に任せ、父の葬儀にも顔を出さず、事務的な会話と手紙のやり取りだけの日々が続く。 ジュリアは8年間の冷遇に耐え抜いたが、ある朝の食事中、静かに切り出す。 「私たち、離婚しましょう」 アベルは絶句するが、ジュリアは淡々と不満を告げる。 どれも自分のしでかしたことにアベルは頭を抱える。 彼女はすでに離婚届と慰謝料の用意を済ませ、夫の仕事に理解を示さなかった「有責妻」として後腐れなく別れるつもりだった。 アベルは内心で反発しつつも、ジュリアの決意の固さに渋々サイン。 こうしてジュリア・アグリアは、伯爵夫人としての全てを置き去りにし、バツイチ人生を開始する。

王の影姫は真実を言えない

柴田はつみ
恋愛
社交界で“国王の妾”と陰口を叩かれる謎の公爵夫人リュミエール。彼女は王命により、絶世の美貌を誇る英雄アラン公爵の妻となったが、その結婚は「公爵が哀れ」「妻は汚名の女」と同情と嘲笑の的だった。 けれど真実は――リュミエールは国王シオンの“妾”ではなく、異母妹。王家の血筋を巡る闇と政争から守るため、彼女は真実を口にできない。夫アランにさえ、打ち明ければ彼を巻き込んでしまうから。 一方アランもまた、王命と王宮の思惑の中で彼女を守るため、あえて距離を取り冷たく振る舞う。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

届かぬ温もり

HARUKA
恋愛
夫には忘れられない人がいた。それを知りながら、私は彼のそばにいたかった。愛することで自分を捨て、夫の隣にいることを選んだ私。だけど、その恋に答えはなかった。すべてを失いかけた私が選んだのは、彼から離れ、自分自身の人生を取り戻す道だった····· ◆◇◆◇◆◇◆ 読んでくださり感謝いたします。 すべてフィクションです。不快に思われた方は読むのを止めて下さい。 ゆっくり更新していきます。 誤字脱字も見つけ次第直していきます。 よろしくお願いします。

離婚した彼女は死ぬことにした

はるかわ 美穂
恋愛
事故で命を落とす瞬間、政略結婚で結ばれた夫のアルバートを愛していたことに気づいたエレノア。 もう一度彼との結婚生活をやり直したいと願うと、四年前に巻き戻っていた。 今度こそ彼に相応しい妻になりたいと、これまでの臆病な自分を脱ぎ捨て奮闘するエレノア。しかし、 「前にも言ったけど、君は妻としての役目を果たさなくていいんだよ」 返ってくるのは拒絶を含んだ鉄壁の笑みと、表面的で義務的な優しさ。 それでも夫に想いを捧げ続けていたある日のこと、アルバートの大事にしている弟妹が原因不明の体調不良に襲われた。 神官から、二人の体調不良はエレノアの体内に宿る瘴気が原因だと告げられる。 大切な人を守るために離婚して彼らから離れることをエレノアは決意するが──。

処理中です...