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賢者の章

12.卒業試験

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 セリナがウルスス村を旅立って二週間が過ぎた。

 この二週間、アルトは”剣士”としての修行に明け暮れた。
 ”賢者”として魔王討伐の旅へと旅立ったセリナは、今頃どれぐらい強くなっているだろうか。

 修行を始めた初日、アルトの元へと駆けて来るセリナを見てルドルは言った。


「何言ってやがる。お前よりも強くなる賢者様のご登場だ」


 と。後日、アルトはルドルに訊ねてみた。


「師匠、この前セリナの事、俺よりも遥かに強くなるって言ってましたよね?それ、本当なんですか?」
「あ?当たり前だろ。向こうは”勇者”をサポートする”救世の三職”の賢者だぞ?俺達の様な、普通の戦闘系の称号とは次元が違う」


 救世の三職。言わずと知れた、勇者をサポートする賢者、剣聖、聖女の称号の事。
 勇者同様、その時代に一人ずつしか授からない至高の称号であり、英雄になる事が約束されている様な称号。

 その至高の称号を授かったセリナは、確実に強くなる。あの、虫も殺せない様な華奢で内向的で優しい少女が、別次元とまで称される程に強くなるのだ。


「ふぅ…………」


 アルトが木剣を構える。今日はルドルの卒業試験。これでルドルを納得させられれば、修行は今日で終わり。逆に、納得させられなければ、更にもう一週間修行の延長だと言われている。


「存分にかかって来い。後悔しない様にな」


 ルドルも木剣を構える。この二週間でアルトは目覚ましい成長を遂げていた。
 修行を開始した初日に、僅か半日でヘバッていた男とは既に別人だった。


「行きます………はぁ!」


 勢い良く地面を蹴るアルト。そのままルドルへと近付き、木剣を振るう。


「はっ!んな単調な攻撃がーーー」


 アルトの木剣に合わせる様にルドルが木剣を振るう。
 ガゴッ!と鈍い音を響かせる木剣。すかさずルドルが反撃に転じるが、それよりも早くアルトが地面を蹴って後ろに跳躍した。


「おっと、いい動きだなアルト」


 アルトが後ろに跳躍した事で、ルドルの反撃は空振りに終わる。アルトはその隙を見逃さず、再び地面を蹴ってルドルに向かって行った。そして木剣を横薙ぎに振るう。

「はぁっ!!」


 完全に隙を突いた攻撃。決まったかの様に思われたが、アルトの木剣がルドルを捉えるよりも早くルドルが剣を構え直して防ぐ。


「うへぇ!!」


 まさか防がれるとは思っていなかったアルトは、そのまま何度か剣戟を繰り出し、再び後ろへと跳躍して距離を取る。いくら腕を上げたとは言え、このままルドルと打ち合える程の腕には達していない。まともに打ち合っていても、アルトに待つのは敗北だけだ。

 上手く緩急を付けながら、動きでルドルを翻弄しようとするアルト。ルドルもニヤリと口角を釣り上げた。


(やっぱり強い……自分が腕を上げれば上げる程、師匠の強さが良く分かる)


 緩急を付けても、死角から攻撃しても、その全てを防ぐルドル。徐々にアルトの中で焦りが生じる。


(くっ……勝たなきゃ………早くセリナの元に行かなくちゃいけないのに!)


 焦りと疲れで攻撃に精彩を欠くアルト。その隙をルドルに突かれた。


「攻撃が雑になってるぞ………っと!」
「うわっ!!」


 危機一髪でルドルの攻撃を防ぐアルト。しかし、そこまでだった。続く二撃目を防ぎ切れず、アルトの木剣がルドルの剣戟で後方へと飛ばされる。そして、ルドルは木剣の剣先をアルトに突き付けた。

 ギリッと歯を噛みしめるアルト。そしてーーーー


「参り………ました……」


 自分の負けを認めた。

 明らかに悔しそうな表情を浮かべながら、狼狽するアルト。これでまた一週間、修行のやり直しだ。早く村を出てセリナを追いかけたいのに。
 そんなアルトを前にルドルはニヤリと笑う。そして大声でアルトに言った。


「良し、合格だ!!」
「…………………へ?」


 咄嗟にルドルの言葉の意味を理解出来ないアルト。思わず呆けた顔でルドルを見る。


「何だその呆けた顔は。合格だっつってんのに嬉しく無えのか?」
「え…………いやでも……俺………負けましたよ………?」
「誰が勝てなんて言った。俺を納得させれば合格だって言ったんだ」
「納得………したんですか?負けたんですよ俺?」


 アルトの言葉を聞き、ボリボリと頭を掻くルドル。更に「はぁ~………」っと深い溜め息を付いた。


「あのなぁ、たかだか三週間ばかり修行したド素人のお前が、俺に勝てる訳無えだろうが。そんなんで三十年冒険者やってた奴に勝てるなら、どいつもこいつも一流の冒険者だろうぜ」


 確かに、言われてみればその通りだ。それこそ救世の三職ならいざ知らず、ただの剣士の称号しか持たない者が少しぐらい修行したからと言って、数々の死線をくぐり抜けて来た元ベテラン冒険者になど勝てる筈も無い。

 つまりこの卒業試験とは、負ける前提で行われていたものであり、その中でどれだけルドルを認めさせる事が出来るかが本質だったのだ。


「理解したって顔してるな。お前の動きや剣筋を見る限り、もう試験には合格出来る水準だ。だから改めて言う。合格だアルト」


 合格。その言葉の意味がジワジワとアルトの中に浸透して行く。そして、混乱していた頭の中が落ち着きを取り戻し、ようやく意味を完全に理解すると、小さく拳を握り締めた。


「あ、ありがとうございますッ!!」


 喜びを爆発させる事も無く、ルドルに深々と頭を下げるアルト。そんなアルトを見てルドルは苦笑いする。


「ったく、こういう時はもっと喜んでいいんだぞ。お前は変な所で冷静って言うか感情表現が下手って言うか………」
「え?十分喜んでますよ」
「はは……まあそうなんだろうけど、あまりそうは見えねえって言ってんだよ」


 首を傾げるアルト。ルドルも「まあいいか」と言って、それ以上は何も言わなかった。


(セリナ……これで俺も村を出られる。すぐに会いに行くから)


 毎日修行に明け暮れ、あまりセリナの事を考えない様にしていたこの二週間。
 しかし過酷な修行も終わり、これからは毎日セリナに思いを馳せるだろうアルト。

 今頃、セリナはどうしているだろうか。皆と仲良くやっているだろうか。除け者にされたりなどしていないだろうか。



 セリナに早く会いたい。

 セリナの手を繋ぎたい。

 セリナと会話がしたい。

 セリナを抱きしめたい。



 何処までも募るセリナへの思い。その思いを胸に秘め、アルトは旅立つ。まずは冒険者になる為に。


 ーーそして、セリナに会う為に。


 
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