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魔姫の章

81.告白

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「あ~あ………結局泊まり込みかよ」


 賑やかな王都の街並みを尻目に、沈んだ顔で歩くのはビリー。
 今朝は朝から、厄介になる昔なじみの鍛冶工房へと足を運んだ。親方はビリーが来た事に喜び、ビリーもあまり覚えていない昔話に花を咲かせたのだが、修行の話になると雰囲気は一変した。

 ビリーは親方に、宿屋に泊まりながら工房へ修行に通うと話した。すると親方は眉を釣り上げ、修行する奴が宿屋に泊まるとは何事だ!と、ビリーを怒鳴りつけた。そして、親方の家に泊まり込みをして修行に励め、もしも断るならお前は家では預からんと、物凄い剣幕でビリーを怒鳴った。
 ビリーも、親方の所以外に当てなど無い。ここで修行出来なければ他には行く所も無く、結局は渋々了承する事にした。


「くっそ~、あの頑固オヤジ!泊まり込みじゃ女の子とエッチ出来ねぇじゃんか!」


 詰まる所、ビリーの頭の中はその事一色である。エリーゼやサリーを抱けなくなるのが嫌なのだ。
 それに、ノエルの事も諦めた訳では無い。昨日ノエルはエリーゼの話を聞き、アルトに恋人が居る事を知った。ともすれば、いずれ自分の事を好きになり、処女を捧げてくれる可能性も無い訳ではない。
 何度もノエルの裸を見て、綺麗なアソコを愛撫して、いつかはこの未成熟な身体と繋がりたいと常々思っているのだ。

 しかし、それもこれも全てお終いだ。親方には明日中に宿を出て自分の所に来いと言われている。つまり、あの宿に泊まるのは今夜が最後だ。

 暗い顔をしながら、それでも内心で腹を立てて歩くビリー。途中で屋台に寄り、昼飯を調達する。何処かの店に入って一人で飯を食うのも馬鹿馬鹿しい。どうせ一人なら、自分の部屋でのんびり食べようと思った。

 相変わらず不機嫌さを顔に出して歩いていると、いつの間にか宿屋に到着していた。そのまま自身の部屋がある二階へと上がる。 
 そして、廊下を曲がった所で長椅子に座って俯いているアルトとノエルを見つけた。


(アルト……?もう帰って来たのか?)


 何となく身を隠すビリー。何故そうしたのか自分でも良く分からない。曲がり角に立って、耳だけアルト達の方へ傾けた。



■■■



「そんなのって………」


 アルトの話を聞き終えたノエル。あまりにも酷い話に、自分まで深い悲しみに包まれる。すぐそこの曲がり角でビリーが聞き耳を立てているのだが、ノエルもアルトも気づいていない。いつもなら気付いたかもしれないが、今は二人ともそんな余裕のある精神状態では無かった。


 それにしても、とノエルは思う。こんなに素敵な男性が一途に恋人を想い、田舎の小さな村から遥々この王都まで恋人を追い掛けて来た。
 しかしその恋人はアルトではなく、別の男に抱かれていた。気持ち良さそうに自分から求めたという事は、間違いなく一度や二度では無い。きっと頻繁に身体を重ね、アルトの知らない所で愛を育んでいたのだ。
 こんなに酷い話があるだろうか?それではアルトはなんの為に、誰の為に頑張って来たと言うのか。エリーゼは、なんの為に何年も苦しんで来たと言うのか。

 それに自分だって………アルトの事が大好きだ。アルトと話をしているだけで幸せな気持ちになれるし、見ているだけでも幸せになれる。
 結婚出来るなんて図々しく思ってなどいないが、せめて処女だけでも捧げる事が出来れば、その思い出と事実だけで、この先ずっと幸せな気持ちになれる。
 アルトも初めてらしいので、アルトの初めての女になる事が出来たら、もう死んでもいいとさえ思える。

 いつもカッコいいアルト。いつも優しいアルト。そのアルトが今、深い悲しみのどん底に居る。何とか手を差し伸べてあげたい。少しでもアルトから悲しみを取り除いてあげたい。

 ーーアルトと、ずっと一緒に居たい。だからノエルは、なけなしの勇気をありったけ振り絞ってアルトに告白した。


「わたしじゃ………駄目ですか………?」
「……………え」
「わたし………初めてアルト君を見た時から………ずっとアルト君が好きで………」


 普段なら絶対に言えない言葉が、今はすんなりと言える。人の失恋につけ込んでいるみたいで罪悪感はあったが、今言わないときっと二度と言えないと思った。
 初めて会ったあの日から、ずっと恋焦がれて来たのだ。しかしお互いの事などほとんど知らないし、告白する勇気だってもちろん無かった。それでもいつかは、告白しようと思っていた。王都に到着して、本格的に一緒のパーティで冒険者を続けて、今よりももっと仲良くなったその日には、必ず告白しようと密かに胸に誓っていた。


「ノエル…………」
「わたし………処女だよ。初めての相手はアルト君がいいなって………ずっと思ってたの」


 顔が燃える様に熱い。きっと真っ赤になっているのだろう。そして、今までの人生で一番激しく鼓動が胸を叩いている。
 心の準備などしている暇は無かった。いや、それ以前にもう失恋したと思っていたのだ。つい先ほどまで、世界が真っ暗で歩く足も覚束ない程だった。
 しかしアルトの話を聞き、言わなければならないと思った。自分の気持ちを伝えなければならないと思った。その結果どうなるか分からないけど、どうしても今この瞬間に告白したかった。アルトを想っている人は他にも居るのだと、アルトに知って欲しかった。


 伝えたい事は伝えられた。後はアルトがどういう返事をしてくるかなのだが、既になけなしの勇気を使い果たした今、それを黙って待つだけの勇気はノエルには残っていなかった。


「夜………自分の部屋で待ってるね」
「…………………」
「き、来てくれなくても全然平気だけど………来てくれると………嬉しいな」


 嘘だった。来てくれないと絶対に泣いてしまう。だってそれは、拒絶されたという意味だから。だが、もしも来てくれるならーーーー、その時はアルトに全てを捧げたい。
 絶世の美少女である賢者セリナの足元にも及ばないが、想いだけなら彼女には絶対に負けない。アルトそっちのけで他の男を受け入れた者になど、絶対に負けないし負けたくない。


「分かった………よく考えてみるよ」
「うん…………ありがとう」


 すぐに断られなくてホッとするノエル。考えてくれるという事は、可能性はゼロでは無い。アルトの気持ちも少しは揺れている…………といいなと、ぎこちなく微笑むノエル。


「じゃ、じゃあねアルト君!わたし………お昼ご飯食べて来るから!」


 慌てて踵を返すノエル。先ほどまでは全く腹など減っていなかったのに、今は告白の緊張と、一時的に失恋が帳消しになった事で現金にも空腹感が押し寄せて来た。我ながら単純だなぁと、口元を緩める。
 それに、もしもアルトが部屋に来てくれたら、今夜は色々と体力も気力も使う。アルトが望むなら、朝までだって彼に全てを捧げたい。だから、しっかり食べて体力をつけておかなくては。

 そんな事を考えながら、廊下の角を曲がる。


「…………あれ?」


 何やら空腹感を更に増長させる様な、美味しそうな匂いがした。しかし、そこには誰も居なかった。


「何だろ………?食堂から………?」


 その匂いは、つい今の今までここに居た男の、手に持っていた食べ物の残り香。自分の部屋で食べようと屋台で調達した、チキンサンドの匂い。
 しかしその持ち主であるビリーの姿はーーーー、いつの間にか忽然と消えていたのだった。



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