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剣士の章
122.視線
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勇者一行の魔王討伐出発当日。昨日のうちに勇者出発の噂が王都中を駆け巡り、王都の人々は勇者の出立式を一目見ようと、大通りには物凄い人数が押し寄せていた。
王城から王都の東西南北の大門に一直線に続く大通り、その北門への大通りの沿道は王都に住む人々で溢れかえり、まさに身動き一つ取れない状態だった。
そんな中、頑張って最前列に場所を取ったエリーゼが沿道に視線を送っていた。出立式には勇者一行だけではなく、従軍する兵たちや追従する冒険者達も大通りを馬車で通る。その中にはエリーゼの友人でもあるレック、サリー、ノエルも居るので、エリーゼは仕事の休みを取って彼らの勇姿を見に来たのだ。
周りの人々が口にするのは勇者一行の名前や、中には従軍する息子の心配をする老夫婦、冒険者を親に持つ子供の声など様々。
そしてついに、屋根の無い豪華な荷台の上で吹奏楽器を鳴らしながら進む先頭車両が現れた。その瞬間、周りからは大歓声が上がる。
必勝祈願のファンファーレを響かせた先頭の馬車の後ろからは、勇者一行に先行して兵士達の馬車や、単騎で馬に乗る兵士達。そしてまた間隔を空け、今度は打楽器を打ち鳴らす車両が現れる。
沿道に建つ高い建物の窓からは、建物に暮らす人々が色とりどりの紙吹雪を降らせ、そんな中を延々と続く馬車が堂々と通り過ぎて行く。
鳴り止まない大歓声が一番大きくなったのは、それからしばらくしての事だった。人々に馴染みのある一際豪華な馬車が、朝陽に照らされ輝きながら現れたのだ。
「勇者様だぁぁぁーーーーッ!!」
「勇者様の馬車が来たぞぉぉ!!」
「きゃぁぁぁーーーーッ勇者様ぁぁぁーーーーっ!!」
「剣聖様ーーーッ!!聖女様ぁぁぁーーーーッ!!」
「セリナ様ァァァーーーッ賢者セリナ様ァァァーーーーッ!!!」
まさに地鳴りの様な大歓声が上がり、大通りに響き渡る。そんな中、エリーゼは勇者一行を乗せた馬車を凝視していた。あの馬車にセリナが、幼馴染が乗っているのだ。
勇者一行の馬車からは、左右の窓からアリオン達が沿道に集まった人々に向けて手を振っている。
その勇者アリオンが手を振っているのは、ちょうどエリーゼが立つ沿道側の窓。その横で同じ様に手を振っているのは、エリーゼの良く知る幼馴染の少女。
(セリナ…………)
セリナが、この世の者とは思えない程の美しい微笑みを浮かべて、沿道の人々に向かって柔らかく手を振っている。それはエリーゼが知る以前のセリナよりも美しく、少し大人の女性になったセリナ。そんなセリナを見て、エリーゼの中で不安が首をもたげる。
(セリナ……本当にアルトじゃなくて勇者様を選んだの……?)
アルトは言った。セリナが勇者に抱かれていたと。自分から勇者を求めていたのだと。
本人が見たと言っている以上、アルトの言う事は事実だろう。セリナと勇者はそういう関係になっていた。
しかし、だからと言ってセリナの心も勇者にあるのかと言うと、それは分からない。エリーゼ自身、好きでも無いビリーや、少しカッコいいなぐらいにしか思っていないレックと何度も身体を重ねた。そして、その快感の虜になればなる程、そこから抜け出す難しさを身を持って体験している。
いつかは無理やり上司に犯されて、それでも身体は快感を得てしまった。女の身体とはそういうふうに出来ているのだ。
いや、それは決して女性だけでは無いだろう。男性だって、好きでもない女性に無理やり迫られれば、心の中でどんなに拒否しても身体は反応してしまうのではないだろうか。
ひとたび自身の陰茎を膣内に挿入してしまえば、腰を動かさずにはいられないのではないだろうか。射精したくて必死に快感を求めるのではないだろうか。
だからセリナも、何か事情があって勇者に抱かれ、その後はズルズルと快感の渦に足を引っ張られてしまったのだとしたらーーーーー
エリーゼは自分の考えが、そうであって欲しいと願った。今もセリナが想っているのは勇者ではなくアルトであって欲しい。
だって、お互いずっとアルトが好きだったのだ。アルトが好きで好きで、でもセリナが相手だから何度も諦めた。何度も身を引いた。アルトとセリナは誰よりもお似合いだと誰よりも分かっていた。
それなのに、セリナが今さらアルト以外の男を好きになるなんて耐えられない。それでは今までアルトを諦めて来た自分は何だったのだと言うのか。セリナが相手だからと身を引いて来たこの十年は何だったのか。
セリナを乗せた馬車が、エリーゼの前を通り掛かる。エリーゼは声を張り上げるでも、手を大きく振るでもなく、呆然とセリナを見つめていた。以前よりも更に美しくなった超絶美少女な幼馴染の姿を、黙って見つめていた。
セリナと目が合った。
「ぁ……………」
こんなに大勢人が居る中で、セリナと目が合った。エリーゼとセリナの視線が交差し、セリナは心底驚いた表情を浮かべてエリーゼを見つめ返した。
その瞬間、まるで世界から切り離された様に二人の時間が止まる。きっとそれは刹那とも呼べるような短い時間だったのだろうが、二人にはとても長く感じた。
そしてセリナが、エリーゼを見て泣き笑いの様な表情を浮かべた。その表情を見た瞬間、エリーゼの中にセリナの気持ちが流れ込む。
エリーゼ久しぶり!エリーゼ会いたかった!エリーゼ来てくれたの!?エリーゼ美人になったね!エリーゼ元気だった?エリーゼわたしねーーーー
何も変わっていなかった。セリナはあの頃と、ウルスス村で毎日接していた頃と何も変わっていなかった。
「エリーゼ、今日のお昼ご飯どうするの?」
「うーん……お父さんもお母さんも畑仕事だから、自分で作って食べるよ」
「あ、じゃあわたしもお邪魔していい?エリーゼの作るご飯好きだから」
「いいよ、おいでおいで!わたしも一人で食べるよりセリナと食べた方が美味しいからさ!」
「ふふ、やったやった♪じゃあお邪魔します」
そして二人で手を繋ぎ、エリーゼの家へ。
エリーゼの瞳からぽろりと涙が零れ落ちた。あれからまだ三ヶ月、たった三ヶ月しか経っていないのだ。それなのに、もう何年も昔の事の様に思えるのは、この三ヶ月でお互い色々な経験をしたから。
ウルスス村で暮らしていたら一生経験しない色んな経験を、このたった三ヶ月の間にして来たから。
セリナを乗せた馬車が、エリーゼの前を通り過ぎて行く。涙をボロボロと流したエリーゼは、大声を張り上げてセリナの名前を呼んだ。
「セリナァァァァーーーーーッッ!!!!」
見ると、セリナもエリーゼに向かって叫んでいた。
「エリーゼーーーーーーーッ!!!!」
周りの大歓声にかき消され、お互いの声は届かなかったが、セリナの気持ちはエリーゼの心にちゃんと届いていた。
やっぱり違った。今でもセリナは、変わらずにアルトを愛している。ずっとアルトを見て来て、ずっとアルトとセリナの二人を一番近くで見て来たからこそ分かる。
(セリナは、今でもアルトを想ってる)
その事実が嬉しかった。アルトを想うエリーゼにとっては、アルトとセリナが離れてくれれば自分にもチャンスがある筈なのに、何故かそんな気持ちにはならなかった。
(わたし………アルトと同じぐらいセリナの事も好きだったんだ)
当然その好きは愛情ではなく友情。だが好きという一点においては、同じだけの熱量を含んでいる。
勇者一行の馬車が通り過ぎ、冒険者達を乗せた馬車が列を作って進んで来る。しばらくすると、御者席に座る友人達の姿を見つけた。
「レックーーーッ!サリーさぁぁぁん!ノエルーーーーッ!!」
大声でレック達を呼ぶと、三人ともエリーゼに気付いて手を振ってくれた。勇者が通り過ぎた時とは違い、今はそれほどの歓声ではないのでエリーゼの声が届いたのだ。
そんな三人を見ながら、エリーゼは心の中で彼らにお願いする。
(お願い………セリナを助けてあげて)
セリナが無事に帰って来ます様に。そして再び、セリナも自分もアルトに再会できます様に。通り過ぎる馬車の列を眺めながら、エリーゼは主神に祈るのだった。
王城から王都の東西南北の大門に一直線に続く大通り、その北門への大通りの沿道は王都に住む人々で溢れかえり、まさに身動き一つ取れない状態だった。
そんな中、頑張って最前列に場所を取ったエリーゼが沿道に視線を送っていた。出立式には勇者一行だけではなく、従軍する兵たちや追従する冒険者達も大通りを馬車で通る。その中にはエリーゼの友人でもあるレック、サリー、ノエルも居るので、エリーゼは仕事の休みを取って彼らの勇姿を見に来たのだ。
周りの人々が口にするのは勇者一行の名前や、中には従軍する息子の心配をする老夫婦、冒険者を親に持つ子供の声など様々。
そしてついに、屋根の無い豪華な荷台の上で吹奏楽器を鳴らしながら進む先頭車両が現れた。その瞬間、周りからは大歓声が上がる。
必勝祈願のファンファーレを響かせた先頭の馬車の後ろからは、勇者一行に先行して兵士達の馬車や、単騎で馬に乗る兵士達。そしてまた間隔を空け、今度は打楽器を打ち鳴らす車両が現れる。
沿道に建つ高い建物の窓からは、建物に暮らす人々が色とりどりの紙吹雪を降らせ、そんな中を延々と続く馬車が堂々と通り過ぎて行く。
鳴り止まない大歓声が一番大きくなったのは、それからしばらくしての事だった。人々に馴染みのある一際豪華な馬車が、朝陽に照らされ輝きながら現れたのだ。
「勇者様だぁぁぁーーーーッ!!」
「勇者様の馬車が来たぞぉぉ!!」
「きゃぁぁぁーーーーッ勇者様ぁぁぁーーーーっ!!」
「剣聖様ーーーッ!!聖女様ぁぁぁーーーーッ!!」
「セリナ様ァァァーーーッ賢者セリナ様ァァァーーーーッ!!!」
まさに地鳴りの様な大歓声が上がり、大通りに響き渡る。そんな中、エリーゼは勇者一行を乗せた馬車を凝視していた。あの馬車にセリナが、幼馴染が乗っているのだ。
勇者一行の馬車からは、左右の窓からアリオン達が沿道に集まった人々に向けて手を振っている。
その勇者アリオンが手を振っているのは、ちょうどエリーゼが立つ沿道側の窓。その横で同じ様に手を振っているのは、エリーゼの良く知る幼馴染の少女。
(セリナ…………)
セリナが、この世の者とは思えない程の美しい微笑みを浮かべて、沿道の人々に向かって柔らかく手を振っている。それはエリーゼが知る以前のセリナよりも美しく、少し大人の女性になったセリナ。そんなセリナを見て、エリーゼの中で不安が首をもたげる。
(セリナ……本当にアルトじゃなくて勇者様を選んだの……?)
アルトは言った。セリナが勇者に抱かれていたと。自分から勇者を求めていたのだと。
本人が見たと言っている以上、アルトの言う事は事実だろう。セリナと勇者はそういう関係になっていた。
しかし、だからと言ってセリナの心も勇者にあるのかと言うと、それは分からない。エリーゼ自身、好きでも無いビリーや、少しカッコいいなぐらいにしか思っていないレックと何度も身体を重ねた。そして、その快感の虜になればなる程、そこから抜け出す難しさを身を持って体験している。
いつかは無理やり上司に犯されて、それでも身体は快感を得てしまった。女の身体とはそういうふうに出来ているのだ。
いや、それは決して女性だけでは無いだろう。男性だって、好きでもない女性に無理やり迫られれば、心の中でどんなに拒否しても身体は反応してしまうのではないだろうか。
ひとたび自身の陰茎を膣内に挿入してしまえば、腰を動かさずにはいられないのではないだろうか。射精したくて必死に快感を求めるのではないだろうか。
だからセリナも、何か事情があって勇者に抱かれ、その後はズルズルと快感の渦に足を引っ張られてしまったのだとしたらーーーーー
エリーゼは自分の考えが、そうであって欲しいと願った。今もセリナが想っているのは勇者ではなくアルトであって欲しい。
だって、お互いずっとアルトが好きだったのだ。アルトが好きで好きで、でもセリナが相手だから何度も諦めた。何度も身を引いた。アルトとセリナは誰よりもお似合いだと誰よりも分かっていた。
それなのに、セリナが今さらアルト以外の男を好きになるなんて耐えられない。それでは今までアルトを諦めて来た自分は何だったのだと言うのか。セリナが相手だからと身を引いて来たこの十年は何だったのか。
セリナを乗せた馬車が、エリーゼの前を通り掛かる。エリーゼは声を張り上げるでも、手を大きく振るでもなく、呆然とセリナを見つめていた。以前よりも更に美しくなった超絶美少女な幼馴染の姿を、黙って見つめていた。
セリナと目が合った。
「ぁ……………」
こんなに大勢人が居る中で、セリナと目が合った。エリーゼとセリナの視線が交差し、セリナは心底驚いた表情を浮かべてエリーゼを見つめ返した。
その瞬間、まるで世界から切り離された様に二人の時間が止まる。きっとそれは刹那とも呼べるような短い時間だったのだろうが、二人にはとても長く感じた。
そしてセリナが、エリーゼを見て泣き笑いの様な表情を浮かべた。その表情を見た瞬間、エリーゼの中にセリナの気持ちが流れ込む。
エリーゼ久しぶり!エリーゼ会いたかった!エリーゼ来てくれたの!?エリーゼ美人になったね!エリーゼ元気だった?エリーゼわたしねーーーー
何も変わっていなかった。セリナはあの頃と、ウルスス村で毎日接していた頃と何も変わっていなかった。
「エリーゼ、今日のお昼ご飯どうするの?」
「うーん……お父さんもお母さんも畑仕事だから、自分で作って食べるよ」
「あ、じゃあわたしもお邪魔していい?エリーゼの作るご飯好きだから」
「いいよ、おいでおいで!わたしも一人で食べるよりセリナと食べた方が美味しいからさ!」
「ふふ、やったやった♪じゃあお邪魔します」
そして二人で手を繋ぎ、エリーゼの家へ。
エリーゼの瞳からぽろりと涙が零れ落ちた。あれからまだ三ヶ月、たった三ヶ月しか経っていないのだ。それなのに、もう何年も昔の事の様に思えるのは、この三ヶ月でお互い色々な経験をしたから。
ウルスス村で暮らしていたら一生経験しない色んな経験を、このたった三ヶ月の間にして来たから。
セリナを乗せた馬車が、エリーゼの前を通り過ぎて行く。涙をボロボロと流したエリーゼは、大声を張り上げてセリナの名前を呼んだ。
「セリナァァァァーーーーーッッ!!!!」
見ると、セリナもエリーゼに向かって叫んでいた。
「エリーゼーーーーーーーッ!!!!」
周りの大歓声にかき消され、お互いの声は届かなかったが、セリナの気持ちはエリーゼの心にちゃんと届いていた。
やっぱり違った。今でもセリナは、変わらずにアルトを愛している。ずっとアルトを見て来て、ずっとアルトとセリナの二人を一番近くで見て来たからこそ分かる。
(セリナは、今でもアルトを想ってる)
その事実が嬉しかった。アルトを想うエリーゼにとっては、アルトとセリナが離れてくれれば自分にもチャンスがある筈なのに、何故かそんな気持ちにはならなかった。
(わたし………アルトと同じぐらいセリナの事も好きだったんだ)
当然その好きは愛情ではなく友情。だが好きという一点においては、同じだけの熱量を含んでいる。
勇者一行の馬車が通り過ぎ、冒険者達を乗せた馬車が列を作って進んで来る。しばらくすると、御者席に座る友人達の姿を見つけた。
「レックーーーッ!サリーさぁぁぁん!ノエルーーーーッ!!」
大声でレック達を呼ぶと、三人ともエリーゼに気付いて手を振ってくれた。勇者が通り過ぎた時とは違い、今はそれほどの歓声ではないのでエリーゼの声が届いたのだ。
そんな三人を見ながら、エリーゼは心の中で彼らにお願いする。
(お願い………セリナを助けてあげて)
セリナが無事に帰って来ます様に。そして再び、セリナも自分もアルトに再会できます様に。通り過ぎる馬車の列を眺めながら、エリーゼは主神に祈るのだった。
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