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剣士の章
139.黒の核
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「はぁはぁはぁ………」
勝った。いや、リティアとエルマー、そしてミミリの三人に勝たせて貰った。そんな感慨でいっぱいだった。
エルマーとミミリがバラクーダとリグリットを倒してくれたから、クレイ一人に集中出来た。
リティアが奇抜な発想でクレイに攻撃する手段を思い付き、それを土壇場で成功させた事でクレイに決定的な一撃を入れられた。
誰一人欠けても勝てなかった。この三人以外の誰が仲間でも勝てなかった。アルトは心の底からそう感じていた。
「うっ………」
ガクッと床に膝を付くのはエルマー。最後に温存しておいた魔力も魔法反射で使い、いよいよ体内の魔力が底を尽きかける。
「エルマーちゃん!」
慌ててエルマーの肩を支えるミミリ。そんなミミリにエルマーが柔らかく微笑んだ。
「大丈夫です……回復魔法ほど魔力を使わずに済みましたから……」
魔法反射はそれほど魔力を使わないらしい。なので、何とか気を失うという状況は回避出来た。そんなエルマーの小さな身体を、ミミリがギュッと抱きしめる。
「ミ、ミミリ……?」
「良かった……良かったエルマーちゃん!」
「はは……何泣いてるの………よ……」
ミミリの声は涙声。しかしエルマーの声もまた涙の色が滲んでいた。
お互い何とか生き残れた。正直、クレイ、バラクーダ、リグリットの三人は想像していたよりもずっと強かった。魔道士相手ならば、今のミミリなら接近戦に持ち込めば余裕だとすら思っていたのに、その接近戦にすら持ち込めなかった。
魔族の”三魔闘”は人族の”救世の三職”ほどの強さではないと、色欲の神フォーゼリアはアルトとリティアに言ったらしい。
しかし憎悪の神の試練で『赤の核』を取り込み、その救世の三職と同等の力を得たエルマーとミミリがこれほど苦戦したのだ。間違いなくバラクーダとリグリットは救世の三職並の強さを持っていた。
そしてクレイ。強いとは思っていたが、彼も想像以上だった。勝てたのはアルトの執念と、皆がリティアを想う気持ち。リティアが皆を想う気持ち。そんな皆の気持ちが、奇跡をもたらしたのだ。
「アルト君……カッコ良かったね」
エルマーを抱きしめながら、エルマーの耳元で囁くミミリ。エルマーは急に憮然とするが、確かにあの魔王クレイ相手に一歩も引かずに必死に戦っているアルトはカッコ良かったと言えなくもない。
とは言え、自分が好きなのはミミリなのだ。どんなにカッコ良くてもアルトには靡かないし、と言うかミミリがアルトをカッコいいと言うのすらエルマー的には微妙な気分になる。
「まあ………今回はそういう事にしておきます」
それでもアルトが居なければ今回の勝利は無かった。ミミリは渡さないが、褒めるくらいはしておこうと思ったエルマーだった。
■■■
「く……そ………何で俺が………」
霞む天井を見上げながら、何故だと自問自答を繰り返すクレイ。何故自分は、大量の血を流して床に転がっているのだ。
何故勇者ではなく、こんなただの人族のガキに負けたのだろうか。何故これほど圧倒的な力の差があったのに、このガキは諦めなかったのだろうか。
分からなかった。クレイには何もかも分からなかった。分からないまま、意識が遠のいて行く。
「………お兄ちゃん」
耳に馴染みのある声が届いた。昔から近くで聞いていた、優しい声音。
「リティア………」
昔は仲が良かった。四歳も歳が離れていたが、リティアはよく懐いてくれた。そんな妹をクレイも可愛がった。
それが無くなったのは、母が死んだあの日。誰よりも母の事が好きだったクレイにとって、あの日から世界が一変した。
父を憎み、父の研究所を憎み、父の心配をするリティアを憎み、やがて全てを憎んだ。
それは寂しさを紛らわす為。母を失った絶望感と喪失感に耐えきれずに、周りを憎む事で生きる糧を得た。いつしかそれがクレイの全てを支配し、今のクレイを形作ったのだ。
「お兄ちゃん……何で……お父さんを………」
クレイの頬に、温かい雫が落ちた。それは言うまでもなくリティアの涙。父の為に流している妹の温かい涙。
「じゃあ……な………」
そのままクレイは目を閉じた。父を殺した理由を説明する事もなく、そして謝る事すらなくあの世へと旅立った。そんなクレイの頬に、リティアの涙の雨がぽたぽたと落ちる。
「酷い……よ……何か言ってよ………」
幼い頃に母を亡くし、父も亡くし、そして唯一の肉親だった兄もまた、リティアの前から居なくなった。
最後にクレイに落ちた涙は、リティアがクレイの為に流した涙。優しかった兄を思い出して流した涙だった。
そんなクレイの身体から、黒い霧の様なものが立ち昇る。それはやがて一箇所に集まり、宙で黒い球状の物体へと姿を変えた。それを見て、エルマーとミミリもよろよろと近くに歩み寄る。
「黒の核………」
全員、色は違えど見覚えのあるそれは、魔王の証でもある『黒の核』。クレイが自分の父を殺して奪った魔王の力は、クレイが死んだ今でも圧倒的な力の波動を辺りに撒き散らしている。
「消えない……ね?」
「はい。文献で読む限りでは、黒の核の力が消えるのは勇者に倒された時だけみたいです」
なるほどと合点がいくアルト達。だからクレイは魔王の力である黒の核を手に入れられたのだ。そして今この瞬間、目の前の黒の核が消えないのも魔王を倒したのが勇者では無かったから。
「そっか。じゃあどうするのコレ?このまま勇者が来てこれ壊すの待ってる?」
ミミリの言葉は意外と的を射ていた。確かに、その方法ならこれ以上誰も傷つかなくて済むのではないだろうか。
クレイを倒す前までは、クレイを倒して勇者を迎え撃とうと意気込んでいたアルト達だが、考えてみればリティアが守るべき父が既に居ない以上、誰かが無理をして次の魔王になる必要などないし、勇者を倒す必要も無い。勇者に黒の核を破壊させれば、勇者の勝利でこの戦いも終わるのだ。
そう思っていた矢先、黒の核がフワフワと動き始めた。そしてリティアの前でその動きを止める。
「えっと………」
それは誰が見ても、黒の核がリティアに吸収される事を望んでいる、そんな風に映った。
「待って下さいリティア!触っちゃ駄目です!」
「そうだよリティアちゃん!魔王になったらリティアちゃんが………」
直接勇者と戦わなければならない。そんな事になれば、リティアの命はどうなってしまうのか。
だがリティアはエルマーとミミリの声が聞こえていないのか、黒の核をじっと見つめている。
父がこの核に選ばれ魔王となった。その父の命を奪い、兄がこの核の力で魔王になった。そしてその核は今、自分の目の前で静かに浮かんでいる。
(お父さん……お兄ちゃん……)
何故かリティアには、これが二人の意志の様なものに感じてしまった。まるで父と兄の二人が、自分達の代わりにこの核の力を受け継げと、そう言っている様な気持ちになったのだ。
もちろんそれはリティアの勘違いだ。娘を何処までも愛していた優しい父が、わざわざ黒の核の力を得て勇者と戦えなどと言う筈が無い。
あの自分以外の全てを敵と思っていた様な兄が、自分以外の誰かに力を託す事などする筈がない。ないのに、何故かリティアの心は揺れ動く。
これこそが黒の核の力。魔族である限り、黒の核に選ばれた者はその核を手に取らないなどと、抗う事など出来ない。クレイが黒の核を取り込めたのは、黒の核が次の魔王を選ぶ前にクレイが核に触れたから。本当はあの時点で、黒の核は次の魔王にリティアを選ぶつもりだったのだ。
そんなリティアを見て、アルトは拳を握りしめる。このままでは、リティアが魔王になってしまう。そうなれば、リティアは勇者アリオンと直接戦う事になるだろう。そしてその場合、おそらくリティアは負けて命を落とす。
自分至上主義のアリオンと仲間思いの優しいリティアでは、きっと底力が違う。ただでさえ剣士と魔道士との戦いでは剣士が圧倒的に有利なのに相手はあの勇者、相手が悪すぎる。
(違う、そんなのは言い訳だ。俺はリティアをーーーー)
守りたい。いや、守ると誓った筈だ。このままリティアに魔王を押し付けて、それでリティアを守れる筈など無い。
それに、アルトには新たに芽生えた思いがあった。それはこの魔族領に来て、たくさんの魔族達と触れ合って芽生えた純粋な思い。
「…………え?」
じっと黒の核を見つめていたリティアの横から、アルトが黒の核に手を伸ばした。
勝った。いや、リティアとエルマー、そしてミミリの三人に勝たせて貰った。そんな感慨でいっぱいだった。
エルマーとミミリがバラクーダとリグリットを倒してくれたから、クレイ一人に集中出来た。
リティアが奇抜な発想でクレイに攻撃する手段を思い付き、それを土壇場で成功させた事でクレイに決定的な一撃を入れられた。
誰一人欠けても勝てなかった。この三人以外の誰が仲間でも勝てなかった。アルトは心の底からそう感じていた。
「うっ………」
ガクッと床に膝を付くのはエルマー。最後に温存しておいた魔力も魔法反射で使い、いよいよ体内の魔力が底を尽きかける。
「エルマーちゃん!」
慌ててエルマーの肩を支えるミミリ。そんなミミリにエルマーが柔らかく微笑んだ。
「大丈夫です……回復魔法ほど魔力を使わずに済みましたから……」
魔法反射はそれほど魔力を使わないらしい。なので、何とか気を失うという状況は回避出来た。そんなエルマーの小さな身体を、ミミリがギュッと抱きしめる。
「ミ、ミミリ……?」
「良かった……良かったエルマーちゃん!」
「はは……何泣いてるの………よ……」
ミミリの声は涙声。しかしエルマーの声もまた涙の色が滲んでいた。
お互い何とか生き残れた。正直、クレイ、バラクーダ、リグリットの三人は想像していたよりもずっと強かった。魔道士相手ならば、今のミミリなら接近戦に持ち込めば余裕だとすら思っていたのに、その接近戦にすら持ち込めなかった。
魔族の”三魔闘”は人族の”救世の三職”ほどの強さではないと、色欲の神フォーゼリアはアルトとリティアに言ったらしい。
しかし憎悪の神の試練で『赤の核』を取り込み、その救世の三職と同等の力を得たエルマーとミミリがこれほど苦戦したのだ。間違いなくバラクーダとリグリットは救世の三職並の強さを持っていた。
そしてクレイ。強いとは思っていたが、彼も想像以上だった。勝てたのはアルトの執念と、皆がリティアを想う気持ち。リティアが皆を想う気持ち。そんな皆の気持ちが、奇跡をもたらしたのだ。
「アルト君……カッコ良かったね」
エルマーを抱きしめながら、エルマーの耳元で囁くミミリ。エルマーは急に憮然とするが、確かにあの魔王クレイ相手に一歩も引かずに必死に戦っているアルトはカッコ良かったと言えなくもない。
とは言え、自分が好きなのはミミリなのだ。どんなにカッコ良くてもアルトには靡かないし、と言うかミミリがアルトをカッコいいと言うのすらエルマー的には微妙な気分になる。
「まあ………今回はそういう事にしておきます」
それでもアルトが居なければ今回の勝利は無かった。ミミリは渡さないが、褒めるくらいはしておこうと思ったエルマーだった。
■■■
「く……そ………何で俺が………」
霞む天井を見上げながら、何故だと自問自答を繰り返すクレイ。何故自分は、大量の血を流して床に転がっているのだ。
何故勇者ではなく、こんなただの人族のガキに負けたのだろうか。何故これほど圧倒的な力の差があったのに、このガキは諦めなかったのだろうか。
分からなかった。クレイには何もかも分からなかった。分からないまま、意識が遠のいて行く。
「………お兄ちゃん」
耳に馴染みのある声が届いた。昔から近くで聞いていた、優しい声音。
「リティア………」
昔は仲が良かった。四歳も歳が離れていたが、リティアはよく懐いてくれた。そんな妹をクレイも可愛がった。
それが無くなったのは、母が死んだあの日。誰よりも母の事が好きだったクレイにとって、あの日から世界が一変した。
父を憎み、父の研究所を憎み、父の心配をするリティアを憎み、やがて全てを憎んだ。
それは寂しさを紛らわす為。母を失った絶望感と喪失感に耐えきれずに、周りを憎む事で生きる糧を得た。いつしかそれがクレイの全てを支配し、今のクレイを形作ったのだ。
「お兄ちゃん……何で……お父さんを………」
クレイの頬に、温かい雫が落ちた。それは言うまでもなくリティアの涙。父の為に流している妹の温かい涙。
「じゃあ……な………」
そのままクレイは目を閉じた。父を殺した理由を説明する事もなく、そして謝る事すらなくあの世へと旅立った。そんなクレイの頬に、リティアの涙の雨がぽたぽたと落ちる。
「酷い……よ……何か言ってよ………」
幼い頃に母を亡くし、父も亡くし、そして唯一の肉親だった兄もまた、リティアの前から居なくなった。
最後にクレイに落ちた涙は、リティアがクレイの為に流した涙。優しかった兄を思い出して流した涙だった。
そんなクレイの身体から、黒い霧の様なものが立ち昇る。それはやがて一箇所に集まり、宙で黒い球状の物体へと姿を変えた。それを見て、エルマーとミミリもよろよろと近くに歩み寄る。
「黒の核………」
全員、色は違えど見覚えのあるそれは、魔王の証でもある『黒の核』。クレイが自分の父を殺して奪った魔王の力は、クレイが死んだ今でも圧倒的な力の波動を辺りに撒き散らしている。
「消えない……ね?」
「はい。文献で読む限りでは、黒の核の力が消えるのは勇者に倒された時だけみたいです」
なるほどと合点がいくアルト達。だからクレイは魔王の力である黒の核を手に入れられたのだ。そして今この瞬間、目の前の黒の核が消えないのも魔王を倒したのが勇者では無かったから。
「そっか。じゃあどうするのコレ?このまま勇者が来てこれ壊すの待ってる?」
ミミリの言葉は意外と的を射ていた。確かに、その方法ならこれ以上誰も傷つかなくて済むのではないだろうか。
クレイを倒す前までは、クレイを倒して勇者を迎え撃とうと意気込んでいたアルト達だが、考えてみればリティアが守るべき父が既に居ない以上、誰かが無理をして次の魔王になる必要などないし、勇者を倒す必要も無い。勇者に黒の核を破壊させれば、勇者の勝利でこの戦いも終わるのだ。
そう思っていた矢先、黒の核がフワフワと動き始めた。そしてリティアの前でその動きを止める。
「えっと………」
それは誰が見ても、黒の核がリティアに吸収される事を望んでいる、そんな風に映った。
「待って下さいリティア!触っちゃ駄目です!」
「そうだよリティアちゃん!魔王になったらリティアちゃんが………」
直接勇者と戦わなければならない。そんな事になれば、リティアの命はどうなってしまうのか。
だがリティアはエルマーとミミリの声が聞こえていないのか、黒の核をじっと見つめている。
父がこの核に選ばれ魔王となった。その父の命を奪い、兄がこの核の力で魔王になった。そしてその核は今、自分の目の前で静かに浮かんでいる。
(お父さん……お兄ちゃん……)
何故かリティアには、これが二人の意志の様なものに感じてしまった。まるで父と兄の二人が、自分達の代わりにこの核の力を受け継げと、そう言っている様な気持ちになったのだ。
もちろんそれはリティアの勘違いだ。娘を何処までも愛していた優しい父が、わざわざ黒の核の力を得て勇者と戦えなどと言う筈が無い。
あの自分以外の全てを敵と思っていた様な兄が、自分以外の誰かに力を託す事などする筈がない。ないのに、何故かリティアの心は揺れ動く。
これこそが黒の核の力。魔族である限り、黒の核に選ばれた者はその核を手に取らないなどと、抗う事など出来ない。クレイが黒の核を取り込めたのは、黒の核が次の魔王を選ぶ前にクレイが核に触れたから。本当はあの時点で、黒の核は次の魔王にリティアを選ぶつもりだったのだ。
そんなリティアを見て、アルトは拳を握りしめる。このままでは、リティアが魔王になってしまう。そうなれば、リティアは勇者アリオンと直接戦う事になるだろう。そしてその場合、おそらくリティアは負けて命を落とす。
自分至上主義のアリオンと仲間思いの優しいリティアでは、きっと底力が違う。ただでさえ剣士と魔道士との戦いでは剣士が圧倒的に有利なのに相手はあの勇者、相手が悪すぎる。
(違う、そんなのは言い訳だ。俺はリティアをーーーー)
守りたい。いや、守ると誓った筈だ。このままリティアに魔王を押し付けて、それでリティアを守れる筈など無い。
それに、アルトには新たに芽生えた思いがあった。それはこの魔族領に来て、たくさんの魔族達と触れ合って芽生えた純粋な思い。
「…………え?」
じっと黒の核を見つめていたリティアの横から、アルトが黒の核に手を伸ばした。
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