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◇460 崩れる武家屋敷

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 雷斬は遺された太刀の柄に指を掛けた。
 震える手を握り締め、微かに残る熱で体を震わす。
 精一杯の力を振り絞り雪の上に刺さった太刀を抜くことにした。

「行きます。せーのっ!」

 雷斬は力一杯力を加えた。
 しかし太刀は雷斬では扱い切れない程重いのか、傾けることしかできない。

 それもそのはず太刀は雷斬の身の丈よりも長い。
 長いということはその分重い。
 このGAMEでは武器の重さも現実のソレに比例する。
 そのせいだろうか。雷斬の筋力パラメータでは難しいものがあった。

「しょうがないわね。私も手伝ってあげるわよ」
「私も手伝うよ。フェルノとNightも手伝って」

 ベルとアキラは率先して雷斬に近付く。
 これで三人分。とは言え筋力のパラメータは低い三人だ。
 
 そこでフェルノとNightにも手伝って貰う。
 Nightは戦力になれない顔をするが、フェルノは筋力に特化している。
 そのおかげか、フェルノの協力があれば太刀くらい抜けるはずだ。

「OKー。それじゃあせーのっ!」
「わ、私はなにもできないぞ。まあいいか……そらぁ!」
「「「いっせーのっ!」」」

 雷斬が太刀を握り締め、アキラたちは雷斬の体を支える。
 全体重を後ろに掛けた。そうすれば太刀は抜けるはず。
 雪の上から太刀がズルリと傾き、勢いそのままに太刀が抜けた。

「「「うぉわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっぉ!?」」」

 アキラたちは全員雪の上に倒れ込んだ。
 それぞれの体重が重みになり、押し潰されてしまう。

 背中が痛い。HPも微かに削れる。
 ムッとした表情を浮かべ、苦言を呈しそうになるも、雷斬は無事に太刀を抜いたようで良かった。

「ふぅ、痛てててぇ。みんな大丈夫?」
「なんとかな。とりあえず退け」
「あっ、ごめんごめーん。って、雷斬が一番上だから雷斬が退けてくれないとー。雷斬?」

 ふと視線を上げると、雷斬は太刀を両手で抱きかかえていた。
 如何やら太刀の重さが直接雷斬を襲ったようでなかなか動けない。
 けれど抜けたおかげかインベントリの中に仕舞うことはできる。
 だがしかし、雷斬はそれをしなかった。何故なのか。それはできなかったというよりも、それよりも気になる光景が起こったからだ。

「み、皆さん、これは一体……」
「一体ってなによ全く。はっ?」
「えっと、これってヤバいよね?」
「ヤバいなんて騒ぎじゃないだろ。とりあえず全員下がれ」

 なんとか全員が下敷きになっていたが、雪の上を這って抜け出す。
 全身はびしょ濡れ。体温を奪われそうになり、顔色が青くなる。
 けれどそんなことは言っていられない。何故ならば、武家屋敷が突然崩れ始めたからだ。

 ドッシャァァァァァァァァァァァァァァァン! 
ガタガタガタガタドッサァァァァァァァァァァァァァァァンッ!!

 けたたましい轟音が上がった。耳の奥を劈いてとても痛い。
 とは言えただ立ち尽くしている訳にも行かない。
 崩れて行く武家屋敷を目の当たりにし、崩れる屋根瓦などから逃れるように、少しで戻奥に逃げられるように、アキラたちは振り返らずに離れた。

 その間も崩れる音が延々と聞こえる。耳障りでしかない。それに加えて恐怖した。
 一体なぜこのタイミングで? アキラたちは自分達がした行いを振り返る。
 確かに壊れてしまっても仕方ないことはした。けれどここまで耐え抜いた筈が、突然崩れ始めた。建物の寿命ではないはず。だとすると一体……なんてことを考えながらも、とりあえず命大事で走った。

 肺が痛い。GAMEの中なのに肺が痛くて仕方ない。
 雪の上はとにかく走り難く、雪将軍たちと戦ったせいか、少し溶けている。
 寒々しい風と粉雪が降る中だが、足下が悪くて滑ってしまいそうで、それを堪えるために体幹を使うと動きが悪くなって倒壊に巻き込まれそうになった。

 だから誰も余計なことは言わない。
 とにかく走れるだけ走り、安全圏を目指す。
 そうこうして全速力になって三十秒程が経つと、けたたましい轟音は止み、武家屋敷の倒壊は治まったようだ。

「お、治まった?」
「そうみたいだな。とは言え、酷い轟音だった」

 とんでもなかった。死ぬかと思った。
 地面も揺れていないし、離れていたはずなのに、音と後継だけで恐怖心を露わにされた。
 しかもそれが自分たちの目の前で……考えただけで鳥肌が起き、呼吸は乱れる。

「皆さん、大丈夫でしたか? お怪我はありませんか?」

 椿姫が声を上げ、全員の心配をした。
 とりあえず見た目では分かりやすい怪我は無い。
 精神的にも負荷は負っていないようで、安堵することにした。

「大丈夫そうですよ、椿」
「うん。だけど一体何故……」
「壊れたんやろなぁ?」

 全員の中に共通する謎ができる。
 如何して武家屋敷が崩れ倒壊まで陥ったのか。
 しかもこのタイミングは異様。まるで太刀を抜いてしまったせいで、不自然な点が浮かぶ。

「とりあえず戻ってみるー?」
「そんな危険なことするわけないでしょ。一旦モミジヤに戻るわよ。ポータル踏んだら一瞬でしょ? はい、帰る帰る……なにしてるのよ、雷斬?」

 淀んだ空気をベルが変えようと引っ張ってくれる。
 全身びしょ濡れで早く帰りたいのもあるが、こんな負が立ち込める場所に長居しても良いことはない。そう思い先導して帰路に着こうとするが、何故か雷斬は固まっていた。
 見れば視線が太刀に釘付け。インベントリに仕舞うこともせず、ジッと見つめていた。

「雷斬、なにして……」
「ベル、この太刀変なんです」
「変? なに言ってるのよ。綺麗で良い太刀でしょ?」

 ベルはそう返した。如何見たって出来の良い太刀だった。
 けれどそう言うことが言いたいのでは無いらしい。
 では一体何を? 雷斬は押し黙ったまま、太刀を抱きかかえて見つめるのだった。
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