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禊祓に行ってきます

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 「へい! 団子、二皿お待ち!」

 真っ白な皿の上に乗った、つやつやとしたみたらし団子が三本、店の主人によって運ばれてくる。
 お腹いっぱい朝食は食べたが、これは別腹だ。

 串に刺さった丸くて大きな団子。皿から持ち上げると、ハチミツの様にタレが滴り落ちる。――それが勿体ないので、私はすぐさま団子を口に入れる。
 そうして口の中で広がる、舌の根元にまで染み入るようなコッテリとした甘さ。
 噛めば噛むほど、タレが団子の中に入り込み、米の甘みと混ざって上品な味になる。そしてある程度噛んで楽しんだら、備えのほうじ茶を含んで、独特な苦みで甘さを抑える。

 ひええ。たまらん!

「ふふっ」
 ユキメが私を見て笑う。
「ん、なに?」
「いえ、団子をおいしそうに頬張るものですから、つい可笑しくなって」

 しまった、私の悪い癖だ。美味しいものを食べている最中は周りが見えなくなる。
 ――――その恥ずかしさのあまり、私は小さく咳払いをした。

「ところで、ユキメは何処に住んでいるの?」
 苦し紛れのすり替えだが、まあ子供だしいいだろう。
「私(わたくし)は、ソウ様のお家が建つ丘の、その麓の離れに住んでおりますよ」

 そう言って皿を手に持ちながら、ユキメは団子を頬張る。頬が落ちなよう抑える様はまるで少女。

「ふうん。女房なんだから、私の家で寝泊りすればいいのに」
「そんな、私めなどが御家族と同じ家で寝泊るなど、とても恐れ多いことです」

 あり得ない。といった表情で彼女は笑う。そして気付けば、彼女の串からは団子が消えていた。

「へい! 草団子お待ち」
 店の主人が団子を持ってくる。――――私が頼んだものではない。
「大丈夫だって。ユキメは父上も母上も信用している。もちろん私もね」

 何気なく言った言葉だったが、なぜかユキメの目から涙が零れる。そして仕舞には、通りすがった龍人からも変な目で見られる始末。

「なんと、なんと|貴(とうと)きお言葉! このユキメ、ソウ様をかしづくことが出来て光栄でございます」
「いや、そんなに泣かんでも……」

 涙が流れるも、団子を食べる手は決して止めない。
 それにしても一体、我が家とユキメはどんな関係なのだろうか? ただの主従関係とは思えない深さがある。

「へい! 五平餅お待ち!」
 また主人が来て皿を置いてゆく。私はようやく二本目を平らげたばかりだ。
「…………あの、よかったら私が、父上に頼んでおこうか?」

 彼女は涙を指で拭い、小さく鼻をすすっては、来たばかりの五平餅を口に入れる。

「何をですか?」
「そのさ、ユキメが私の家に住めるように」

 案の定、ユキメの目からは滝のように涙があふれる。あれだけ美しく輝いていた紅緋色の瞳も、おかげで海に沈む夕焼けの如く紅く映える。

「へい! 磯部焼きお待ち!」

 いや食べすぎじゃない!? 
 心の中でそう叫ぶと共に、私の中でのユキメのイメージが音を立てて崩れ始めた。

 ーーーー結局、私はお腹に余裕がなく最後の一本を残してしまったが、ユキメが食べてくれたので問題ない。そして、ユキメが大食いキャラだという事実に驚きを隠せないまま、私たちはその甘味処を後にした。

「ねぇねぇ。ユキメの好きな食べ物ってなあに?」

 山間に設置された馬鹿みたいに長い階段。花柳町から徒歩二十分ほど離れた所にそれはある。
 マナーの悪いJKでも窮屈しない広い階段。その石造りの階段はしっかりと手入れされており、しばしば苔も生えているが、それがまた美しさを作っている。

「んー。美味しい物は、全部好きですよ?」

 一定の間隔で置かれた赤い|灯篭(とうろう)は、真昼だというのに、中でぼんやりと火を灯している。
 そして極めつけは、狂った様に咲き誇る、天女の如し美しい桜だ。この世界もなかなか悪くない。

「いや。もっと具体的にさ」

 ちなみにこの龍人の里は、下界と天界の丁度狭間。というよりも、天界よりの天界のため、春と秋が入り混じっている。
 …………書物で呼んだのだが、神様は夏と冬が苦手らしい。全く贅沢なものだ。

 そうしてユキメは、軽い足取りですたすたと階段を登りながら、好きな食べ物を考える。対する私の息はぜえぜえだ。

「アユの甘露煮でしょうか」
「…………鮎の甘露煮」

 渋い。見た目は二〇前後なのに、チョイスが渋いんじゃ。でもまあ、この世界には和食しかないから、無理もないか?

「ソウ様のお好きな食べ物は何ですか?」

 嬉しそうに人差し指を立てながらユキメは私に聞く。甘味処を出てから、彼女と距離が近くなった気がする。少し嬉しい。

「私? 私は…………」

 あれ、何だろ。チーズバーガーにチーズカレー。あとはイチゴパフェかなあ。 って。全部洋食じゃん。これはこれでつらみが深い。

「――――私は、おはぎかなあ」

 ぱっと思い浮かんだものを口に出した。あとは抹茶という選択肢もあったが、抹茶は抹茶でも抹茶スイーツの事だ。

「ふむ。粒あんですか? こしあんですか?」
「断然こしあん。粒あんはあの舌触りが許せん」
 そう言えば、赤福餅も大好きだな。あれは何箱でも食べられる。
「あの粒々、歯に挟まるから私も苦手でございます」

 などと、おはぎトークに花を咲かせていたら、私たちはあの長い石段を登り終えていた。時間にしておよそ一時間弱。しんどい!

 ――――そして、それと同時に目に飛び込んできたのは、山の様に|聳(そびえ)え立つ鳥居と、海の様に広い敷地を持つ巨大な神宮だった。

「やば……」
「参道の中央は神の道なので、私たちは端を歩きます」

 巨木の様に構える鳥居をくぐり、砂利の海に敷かれた石畳の道を歩く。玉砂利を踏むたびに、しゃりしゃりと奏でられる音が気持ちいい。

 ――しかし、敷地の端まで行くのに、一体どれだけの時間がかかるのだろう。間違いなく、龍人用に造られた物ではないな。

「ユキメ、ここって?」

 龍人の里のさらに上部。思い浮かぶは神の領域。恐らく私たちの住む場所とは違う次元だろう。

「ここは神の都である天都あまつに通ずる場所。私たち龍人族は、三十になるとここで禊を行い、神と契りを交わすのです」

「神と契約するって事?」
「はい。我々の神通力は、力の一部をお借りする事。ですが神々は、自らが気に入った者以外には、力を貸してくれませぬ」

 要は神様に嫌われなければいいって事か。ちょっと面倒くさそうだなあ。あたし人の機嫌取るの苦手なんだよなあ。

「その際、決して不純な心は持たないようにしてください」
 言うの遅くない? 面倒くさそうとか思っちゃったんだけど。
「ユキメもここで契りを交わしたの?」
「ええ。ソウ様と同じ年の頃に」

 ――ユキメの幼女時代かあ。きっと私と同じくらい可愛かったんだろうなあ。きっとそうだよ。うん、そうであって欲しい。

「ところで、禊ってどんなことするの?」

 軽はずみで聞いたのだが、ユキメの顔がすごく暗くなる。今から行うのはロクな儀式ではないと、その表情から読み取れた。

「ごめん。なんでもない」

 軽い放心状態になるユキメを見て、私の顔も自然と引きつる。
 でもまあ、何が来ても大丈夫っしょ。

 ――――と、社までの長い長い道を歩いていると、その神殿から大きな人影が出てきた。
 そしてそれは、深々と建物に向かって頭を下げると、ゆっくりとこちらに向かって歩いてくる。

「あれは、樹木の女神ですね」

 ――――デカい! 
 信号機ほどの身長の女神は、新緑の様に優しい色をした衣を纏っており、それを引きずりながら近づいて来る。

「ソウ様、こちらへ」
 ユキメに袖をつかまれ、ぐいと引き寄せられる。
「御神(みかみ)が歩かれる際、私たちは邪魔をしない様、参道の外へ出なければなりませぬ。
 軽く頭を下げたまま、ユキメは羽織の袖で口を覆いながら囁く。

 しかし、神様ってこんなに大きいんだな。っていうか目に見えるんだ。

 ユキメと私は軽く頭を下げたまま、木の神が通り過ぎるのを待つ。私は結構せっかちな方だが、不思議と気分は落ち着いていた。
 ――――というよりも、どこか心地よさすらも感じていた。彼女の神々しい姿と、どこか懐かしい香り。誰かを心の底から敬えたのは、これが始めてだ。

「もし。その黒髪、汝ら龍人の子らか?」

 喋った! でも何だこれ、何で涙が出るんだろう。まるで私という存在が、この世界で生きる事を許されたような感覚だ。――――言葉が出ない。

「恐れ多くも、天つ神様のおっしゃる通りでございます」
 しかしユキメは慣れた様子で、木の神の質問に淡々と答える。
「ふむ。もしや、そちらの童が禊祓に来たのか?」

 童って私の事か! ヤバいよヤバいよ、喋っていいいのかこれ。口きいても怒られたりしないよね。ええい、ままよ!

「は、はい! そうでごじゃ…………」

 ――――噛んでしまったあ。本当に本当にごめんなさい。どうぞ、焼くなり煮るなり、叩きにするなり、好きにしておくんなましッ!

「ほほほ。なんと可愛げのある御霊じゃ。表を上げて、その顔をよく見せてはくれぬか」

 樹木の女神は気品あふれる声で笑う。だから私も、頬を伝う涙を拭いて、ゆっくりと顔を上げた。瞬間、飛び込んできたのは眩いばかりのご尊顔。
 …………顔ちっさあ。

「龍人の子らはみな、端整な顔立ちをしておるが、主はまた違った可愛げがあるのう」
「お、お、お。恐れ入ります!」

 神様に褒められた。いや、褒められたのかは分からんが、考えるよりも先ず口が出てしまった。しかもかなりの大声…………。

「ふふ。そなたの将来が楽しみじゃ」

 それだけ言うと、木の神様は私たちに会釈をして立ち去った。その桧(ひのき)のような爽やかな匂いをのこしながら。

「――――ッ緊張したあ」

 女神の姿が見えなくなったことを確認し、私は大きく息を吐きながら額の汗を拭う。しかし嫌な汗ではない。

「ふふっ。それでは参りましょうか」

 それにしてもユキメは肝が据わっている。神様を目の前にしても、眉一つ動かしていなかったのだから。――やはり、その美貌からくる自信がそうさせているのか?

 そうして樹木の女神と別れてからしばらく歩くと、最初に見た大鳥居の、その何倍もの大きさはある門にたどり着く。

「この門から先は神の国です。入る前に、まずは手水舎で穢れを落としましょう」

 なんか、神社に参拝しに来てるみたいだな。というより、神様と契りを交わしに来たんだから、これぞ本当のお参りだよね?

 ――――現世では、観光やら初詣やらで何となく歩いていた境内だけど、こうして神様の気配を身近に感じると、やはり神聖な場所なのだと改めて実感する。

「手水舎の作法は知っていますか?」

 何も恐れていないようなユキメの声に安らぎを覚える。
 それでも、屋根が見えない程の巨大な門を前にして、自然と私の動悸も早くなる。

 ここから先は神の領域。私という存在が、ゴマ粒くらい矮小であるこの場所で、いま頼れるのはユキメだけだ。

 
「ソウ様、いかがされましたか?」

 門の前で立ちすくむ私を見て、ユキメが不思議そうな表情で私を見る。
「あぁ、ごめんごめん。ちょっと考え事」

 こんな所でビビっている姿は見せられない。と、私は自分の頬を叩いて、いざ手水舎の前に立つ。

 ――――ちなみに手水舎の作法は知っている。
 先ず柄杓を使って左手を濯ぐ。次に右手を濯いで、柄杓を持ち換えたら左手で口を漱ぐ。最後は柄杓の持ち手を残った水で洗い流す。完璧だ。

 私はドヤ顔でユキメを見る。この年で手水舎の作法を知っているのだ。きっと目ん玉ひん剥いて驚いてるだろうな。

「何をしておられるのですか?」

 ユキメは柄杓で水をすくうと、それを自らの頭にぶっかける。
 ――――いや、お前が何してんの?

「な、何してるのユキメ」
「神の御前に列するのです。手だけではなく、身も清めねばなりません」

 あ、そういう事。現代の作法は通用しないのね。
 …………というわけで私もユキメを見習い、ひんやりとした手水を頭からかぶった。

「うう。袴が肌に引っ付く」

 べたべたして気持ち悪い。だが不思議と寒くはない。しかし、ここまでびしょ濡れだと、かえって神様に失礼な気がする。

「すぐに慣れます。私も初めてここへ来た時、ソウ様と同じ気持ちでしたから」

 水も滴るいい女が何か言っている。
 濡れた黒髪、唇に残った水滴。水を吸った袴は体に吸い付き、そのボディラインを露わにさせる。
 …………エロいぞ。なんだか頭がくらくらする。

「いかがなさいましたか、ソウ様?」
「――――へ? ごめん聞いてなかった。何か言った?」
「いえ、大したことではありませんが、目が虚ろですよ。ご気分でも悪いのですか?」

 果たしてこの女は、自分の美しさに気付いているのだろうか? きっとこれまでも、何人もの男を骨抜きにしてきたに違いない。

「大丈夫! ちょっとぼーっとしてただけ」
「そうですか。ならいいのですが」

 眉根を吊り上げ、心配そうな表情で私の顔を覗き込むユキメ。この感じは、多分気付いてないな。

「では、参りましょう」

 そうして私たちは門をくぐり、拝殿へとたどり着く。だがやはり、拝殿も凄まじく甚大であり、巨大物恐怖症でなくとも鳥肌が立つ。

「あいそづさいしゅじぇにふぁねか」
「えっ?」

 突然声を掛けられ心臓が縮みそうになる。
 恐る恐る声の方へ顔を向けると、大きな白い獣が、石柱の上から私の事をじっと見つめていた。

「ユキメ…………」

 そのおぞましい姿に肩がすくみ上がった私は、条件反射の様にユキメの袖を掴む。
 ――――何だあれ? 顔怖すぎるだろ。

「狛犬ですね。我々が神獣の言葉を理解することは出来ませんが、彼らに敵意はありません」

 ユキメはそう言って、柴犬でも見ているかのような表情で狛犬を見る。しかしどうしても、私はその獣を生理的に受け付けなかった。
 平らな顔に大きな鼻。耳まで裂けているかの様な口からは、人間のように平な歯が覗いている。まさしくその姿から連想するのは、狛犬ではなく人面犬だ。

「安心してください。ソウ様には私が付いていますから」

 そう言って彼女は私に身体を寄せ、羽織の袖を私に覆いかぶせる。すると、まるで布団の如し抱擁感に、私は絶大なる安心感を得る。

 そうして私の肩に手を回したまま、ユキメは拝殿の鈴を力いっぱい打ち鳴らす。しかし、がらんがらんと響く鈴の音は、あまり心地のいい音ではない。

 ――――しばらく待つと、建物の奥からぎしぎしと音を立てながら、笏を持った一人の男がやってくる。
 この人も大きい。二メートル以上はあるぞ。

「よくぞ参った。その方らの名と、所を述べよ」

 水色の衣をまとった男は、見えているのか分からないくらい細い目をしている。一見した感じは年若い好青年だ。

「手前は、天千陽あまのちはるに住する龍人が一人、ユキメ・エトと申します」

 まるで私に“こう言うのです”と、教えるかのように、ユキメが先陣を切って男の言葉に答える。だから私も彼女の動作を真似る。

「て、手前も、同じく天千陽に住する龍人が一人、ソウ・ヨウと申します」

 腰を直角に曲げた深いお辞儀。この最敬礼は神様にのみ行う礼だ。という事は、この男の人も神様の一柱なのだろうか

「ふむ。して、用件は?」
「は。恐れ多くも我らの子が無事、今年で三十を迎えました。しかしながら、これからも道は長く。その無病息災を願い、禊を済ませに参った次第にございまする」
「うむ。汝らの早い行いに、天都の神々も満足しておられる」

 ユキメの言葉を聞くと、男は糸目をさらに細めて満足そうに頷く。どうやら歓迎されている様だ。

「しからば、参られよ」

 私たちは男に言われるがまま内部へ上がり、亀のようにのんびりと歩く男に付いてゆく。

 殿内は壁が少なく、風も素通り出来るほどの造りで、まるで来訪者を手招いているかのように、その口を大きく開けていた。
 日差しを通さないので中は程よく明るい。外から入る風も、打ち水の如く涼しく、その風に乗って来た桜の花が、歩く度々蝶のように舞う。

 ――――その美しい殿内に、心地よさを覚えながらしばらく歩くと、なにやら細い渡り廊下に差し当たった。

「ここから先は、童子のみ。付き人はここで待つように」

 男は足を止めて振り返ると、ここから先へは通させまいと言わんばかりに、渡り廊下の中央に立つ。

「ソウ様、案ずることはありませぬ。どうか安らな心で行ってきてくださいませ」

 ユキメは優しく微笑むと、私に向かって小さくガッツポーズを見せる。
 しかし、今から独りになると思うと、ユキメが遠い存在のように感じてしまう。

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