14 / 36
第二部 帰郷
1話 祖国からの手紙
しおりを挟む
「シェフ、よろしいですか」
厨房に入ってきたアランに声を掛けられた。
ウサギのもも肉が焼き上がり、皿に乗せたところで、「はーい」と返事をする。
「お客様がお呼びです」
「わかりました。あとをお願いします」
スーシェフに盛り付けを頼み、私は振り返る。
厨房の扉口に、執事用の黒のタキシードを着こなしたアランが待っていた。
苦手だと言っていた髪を撫でつけて固めるスタイルにはしていない。
ここは自由の国アノルド。
伝統と格式を重んじるルクディア王国の料理を出すお店だけど、スタイルまではこだわらなかった。シェフである私が元侯爵令嬢で、そこからして伝統と格式を破っているのだから。
アランは私を見て、ふっと表情を緩めた。優しさが瞳に溢れる。
私たちが結婚して8年もたつ。3歳の息子だっているのに、アランに真っ直ぐ見つめられると、どきどきしてしまう。
家にいるときの甘い言葉と仕草、仕事中のきりっとした中でときおり見せる優しい表情。どちらのアランもすてき過ぎて、困ってしまう。
あなたはどうして、そんなにかっこいいの。
近づくだけで、嬉しくて胸が騒いでしまう。
私を呼んだお客様が食べた料理をアランから教えてもらってから、背を見せたアランについて、客席に向かった。
何度も私を助けてくれた頼もしい背中にもどきどきしてしまう。
いけない仕事中よ、と気を引き締める。
案内された席に座っていたのは、40歳半ば頃の男性。グレーのスーツに身を包んでいる。黒い髪色をしているから、ルクディア人だろうか。
彼のテーブルにはソースまできれいになくなった、食べ終わった皿が置いてある。
「お待たせしました。当店のシェフ、シェリーヌ・ボーヴォワールにございます」
アランが声をかけると、お客様は私を見て、驚くように目を見開いた。
「女性シェフだったのですね。銀色の髪? もしかして貴族の奥様でいらっしゃいますか」
立ち上がりかけるのを、アランが止める。
「お客様、どうぞおかけになったままで」
彼は戸惑った表情のまま、腰を落ち着けた。
「お客様、お料理はいかがでしたか? お口に合いましたでしょうか?」
私が話しかけると、話していいものか悩んだのだろう、口を開閉させる。
「ここはアノルド国です。どうぞ、お話しくださいませ」
私が促すと、姿勢は正したまま、口を開いた。
「とても、美味しかったです。わたしは新聞記者として、ここにきて二年になります。アノルド国の食事が口に合って気に入っていたのですが、こちらのお店を知って、久しぶりに祖国の味に触れました。懐かしい気持ちになり、作った方を知りたくなったのです。まさか貴族の奥様がいらっしゃるとは思わず。呼びつける形になってしまった非礼をお許しください」
ルクディア人であれば、貴族を呼びつけるなど許されない行為。彼の声が震えてしまうのも、無理もない。
「さきほども申し上げましたが、ここはアノルド国です。私はルクディアを出た身。お気になさらないでくださいませ」
私がにこりと微笑んで伝えると、彼は安心したのか、体から少し力を抜いた。
「貴族で国を出る方がおられるなんて、知りませんでした。しかも、街の食堂でシェフをしておられるなんて、たいへん驚きました」
「私は、貴族らしくないようです。婚約破棄をされた上に、国を捨ててしまいました」
「貴族の奥様なら、悠々自適な暮らしが保証されているのに」
「私にとっては、鳥籠です。あの国は」
「はあ、鳥籠ですか。そういう方もおられるのですねえ。庶民にはわかりませんが」
でも、と言った彼は、私に笑顔を向けた。
「お陰で美味しくて、懐かしい料理にありつけました。また来ます」
「ありがとうございます。ぜひ、お越しくださいませ」
満足そうに店を出ていく彼の背を、アランと見送った。
私が作った料理を美味しいと言ってくれる。また来ると言ってくれる。料理人にとって、最大の賛辞を伝えられて、私の頬が緩む。
喜ぶ私を見て、アランも優しく微笑んでくれた。
「こんちわ、郵便です」
お店の扉が開き、ポストマンから手紙を受け取った。
宛先は自宅になっているけれど、日中は店にいると知っているポストマンは、ここに届けてくれる。
誰からだろうかと、封書の裏を見ると、
「クリストフお兄様から?」
私の両親の土地を、今治めている従兄クリストフお兄様からの手紙だった。
次回⇒2話 帰郷
厨房に入ってきたアランに声を掛けられた。
ウサギのもも肉が焼き上がり、皿に乗せたところで、「はーい」と返事をする。
「お客様がお呼びです」
「わかりました。あとをお願いします」
スーシェフに盛り付けを頼み、私は振り返る。
厨房の扉口に、執事用の黒のタキシードを着こなしたアランが待っていた。
苦手だと言っていた髪を撫でつけて固めるスタイルにはしていない。
ここは自由の国アノルド。
伝統と格式を重んじるルクディア王国の料理を出すお店だけど、スタイルまではこだわらなかった。シェフである私が元侯爵令嬢で、そこからして伝統と格式を破っているのだから。
アランは私を見て、ふっと表情を緩めた。優しさが瞳に溢れる。
私たちが結婚して8年もたつ。3歳の息子だっているのに、アランに真っ直ぐ見つめられると、どきどきしてしまう。
家にいるときの甘い言葉と仕草、仕事中のきりっとした中でときおり見せる優しい表情。どちらのアランもすてき過ぎて、困ってしまう。
あなたはどうして、そんなにかっこいいの。
近づくだけで、嬉しくて胸が騒いでしまう。
私を呼んだお客様が食べた料理をアランから教えてもらってから、背を見せたアランについて、客席に向かった。
何度も私を助けてくれた頼もしい背中にもどきどきしてしまう。
いけない仕事中よ、と気を引き締める。
案内された席に座っていたのは、40歳半ば頃の男性。グレーのスーツに身を包んでいる。黒い髪色をしているから、ルクディア人だろうか。
彼のテーブルにはソースまできれいになくなった、食べ終わった皿が置いてある。
「お待たせしました。当店のシェフ、シェリーヌ・ボーヴォワールにございます」
アランが声をかけると、お客様は私を見て、驚くように目を見開いた。
「女性シェフだったのですね。銀色の髪? もしかして貴族の奥様でいらっしゃいますか」
立ち上がりかけるのを、アランが止める。
「お客様、どうぞおかけになったままで」
彼は戸惑った表情のまま、腰を落ち着けた。
「お客様、お料理はいかがでしたか? お口に合いましたでしょうか?」
私が話しかけると、話していいものか悩んだのだろう、口を開閉させる。
「ここはアノルド国です。どうぞ、お話しくださいませ」
私が促すと、姿勢は正したまま、口を開いた。
「とても、美味しかったです。わたしは新聞記者として、ここにきて二年になります。アノルド国の食事が口に合って気に入っていたのですが、こちらのお店を知って、久しぶりに祖国の味に触れました。懐かしい気持ちになり、作った方を知りたくなったのです。まさか貴族の奥様がいらっしゃるとは思わず。呼びつける形になってしまった非礼をお許しください」
ルクディア人であれば、貴族を呼びつけるなど許されない行為。彼の声が震えてしまうのも、無理もない。
「さきほども申し上げましたが、ここはアノルド国です。私はルクディアを出た身。お気になさらないでくださいませ」
私がにこりと微笑んで伝えると、彼は安心したのか、体から少し力を抜いた。
「貴族で国を出る方がおられるなんて、知りませんでした。しかも、街の食堂でシェフをしておられるなんて、たいへん驚きました」
「私は、貴族らしくないようです。婚約破棄をされた上に、国を捨ててしまいました」
「貴族の奥様なら、悠々自適な暮らしが保証されているのに」
「私にとっては、鳥籠です。あの国は」
「はあ、鳥籠ですか。そういう方もおられるのですねえ。庶民にはわかりませんが」
でも、と言った彼は、私に笑顔を向けた。
「お陰で美味しくて、懐かしい料理にありつけました。また来ます」
「ありがとうございます。ぜひ、お越しくださいませ」
満足そうに店を出ていく彼の背を、アランと見送った。
私が作った料理を美味しいと言ってくれる。また来ると言ってくれる。料理人にとって、最大の賛辞を伝えられて、私の頬が緩む。
喜ぶ私を見て、アランも優しく微笑んでくれた。
「こんちわ、郵便です」
お店の扉が開き、ポストマンから手紙を受け取った。
宛先は自宅になっているけれど、日中は店にいると知っているポストマンは、ここに届けてくれる。
誰からだろうかと、封書の裏を見ると、
「クリストフお兄様から?」
私の両親の土地を、今治めている従兄クリストフお兄様からの手紙だった。
次回⇒2話 帰郷
476
あなたにおすすめの小説
聖女を騙った罪で追放されそうなので、聖女の真の力を教えて差し上げます
香木陽灯
恋愛
公爵令嬢フローラ・クレマンは、首筋に聖女の証である薔薇の痣がある。それを知っているのは、家族と親友のミシェルだけ。
どうして自分なのか、やりたい人がやれば良いのにと、何度思ったことか。だからミシェルに相談したの。
「私は聖女になりたくてたまらないのに!」
ミシェルに言われたあの日から、私とミシェルの二人で一人の聖女として生きてきた。
けれど、私と第一王子の婚約が決まってからミシェルとは連絡が取れなくなってしまった。
ミシェル、大丈夫かしら?私が力を使わないと、彼女は聖女として振る舞えないのに……
なんて心配していたのに。
「フローラ・クレマン!聖女の名を騙った罪で、貴様を国外追放に処す。いくら貴様が僕の婚約者だったからと言って、許すわけにはいかない。我が国の聖女は、ミシェルただ一人だ」
第一王子とミシェルに、偽の聖女を騙った罪で断罪させそうになってしまった。
本気で私を追放したいのね……でしたら私も本気を出しましょう。聖女の真の力を教えて差し上げます。
家族から虐げられた令嬢は冷血伯爵に嫁がされる〜売り飛ばされた先で温かい家庭を築きます〜
香木陽灯
恋愛
「ナタリア! 廊下にホコリがたまっているわ! きちんと掃除なさい」
「お姉様、お茶が冷めてしまったわ。淹れなおして。早くね」
グラミリアン伯爵家では長女のナタリアが使用人のように働かされていた。
彼女はある日、冷血伯爵に嫁ぐように言われる。
「あなたが伯爵家に嫁げば、我が家の利益になるの。あなたは知らないだろうけれど、伯爵に娘を差し出した家には、国王から褒美が出るともっぱらの噂なのよ」
売られるように嫁がされたナタリアだったが、冷血伯爵は噂とは違い優しい人だった。
「僕が世間でなんと呼ばれているか知っているだろう? 僕と結婚することで、君も色々言われるかもしれない。……申し訳ない」
自分に自信がないナタリアと優しい冷血伯爵は、少しずつ距離が近づいていく。
※ゆるめの設定
※他サイトにも掲載中
婚約破棄されたので、戻らない選択をしました
ふわふわ
恋愛
王太子アルトゥールの婚約者として生きてきた
貴族令嬢ミディア・バイエルン。
だが、偽りの聖女シエナに心を奪われた王太子から、
彼女は一方的に婚約を破棄される。
「戻る場所は、もうありませんわ」
そう告げて向かった先は、
王都から遠く離れたアルツハイム辺境伯領。
権力も、評価も、比較もない土地で、
ミディアは“誰かに選ばれる人生”を静かに手放していく。
指示しない。
介入しない。
評価しない。
それでも、人は動き、街は回り、
日常は確かに続いていく。
一方、王都では――
彼女を失った王太子と王政が、
少しずつ立ち行かなくなっていき……?
派手な復讐も、涙の和解もない。
あるのは、「戻らない」という選択と、
終わらせない日常だけ。
私を虐げた人には絶望を ~貧乏令嬢は悪魔と呼ばれる侯爵様と契約結婚する~
香木陽灯
恋愛
「あなた達の絶望を侯爵様に捧げる契約なの。だから……悪く思わないでね?」
貧乏な子爵家に生まれたカレン・リドリーは、家族から虐げられ、使用人のように働かされていた。
カレンはリドリー家から脱出して平民として生きるため、就職先を探し始めるが、令嬢である彼女の就職活動は難航してしまう。
ある時、不思議な少年ティルからモルザン侯爵家で働くようにスカウトされ、モルザン家に連れていかれるが……
「変わった人間だな。悪魔を前にして驚きもしないとは」
クラウス・モルザンは「悪魔の侯爵」と呼ばれていたが、本当に悪魔だったのだ。
負の感情を糧として生きているクラウスは、社交界での負の感情を摂取するために優秀な侯爵を演じていた。
カレンと契約結婚することになったクラウスは、彼女の家族に目をつける。
そしてクラウスはカレンの家族を絶望させて糧とするため、動き出すのだった。
「お前を虐げていた者たちに絶望を」
※念のためのR-15です
※他サイトでも掲載中
夫に捨てられた私は冷酷公爵と再婚しました
香木陽灯
恋愛
伯爵夫人のマリアーヌは「夜を共に過ごす気にならない」と突然夫に告げられ、わずか五ヶ月で離縁することとなる。
これまで女癖の悪い夫に何度も不倫されても、役立たずと貶されても、文句ひとつ言わず彼を支えてきた。だがその苦労は報われることはなかった。
実家に帰っても父から不当な扱いを受けるマリアーヌ。気分転換に繰り出した街で倒れていた貴族の男性と出会い、彼を助ける。
「離縁したばかり? それは相手の見る目がなかっただけだ。良かったじゃないか。君はもう自由だ」
「自由……」
もう自由なのだとマリアーヌが気づいた矢先、両親と元夫の策略によって再婚を強いられる。相手は婚約者が逃げ出すことで有名な冷酷公爵だった。
ところが冷酷公爵と会ってみると、以前助けた男性だったのだ。
再婚を受け入れたマリアーヌは、公爵と少しずつ仲良くなっていく。
ところが公爵は王命を受け内密に仕事をしているようで……。
一方の元夫は、財政難に陥っていた。
「頼む、助けてくれ! お前は俺に恩があるだろう?」
元夫の悲痛な叫びに、マリアーヌはにっこりと微笑んだ。
「なぜかしら? 貴方を助ける気になりませんの」
※ふんわり設定です
辺境に追放されたガリガリ令嬢ですが、助けた男が第三王子だったので人生逆転しました。~実家は危機ですが、助ける義理もありません~
香木陽灯
恋愛
「そんなに気に食わないなら、お前がこの家を出ていけ!」
実の父と義妹に虐げられ、着の身着のままで辺境のボロ家に追放された伯爵令嬢カタリーナ。食べるものもなく、泥水のようなスープですすり、ガリガリに痩せ細った彼女が庭で拾ったのは、金色の瞳を持つ美しい男・ギルだった。
「……見知らぬ人間を招き入れるなんて、馬鹿なのか?」
「一人で食べるのは味気ないわ。手当てのお礼に一緒に食べてくれると嬉しいんだけど」
二人の奇妙な共同生活が始まる。ギルが獲ってくる肉を食べ、共に笑い、カタリーナは本来の瑞々しい美しさを取り戻していく。しかしカタリーナは知らなかった。彼が王位継承争いから身を隠していた最強の第三王子であることを――。
※ふんわり設定です。
※他サイトにも掲載中です。
妹に婚約者まで奪われました!~彼の本性を知って、なんとかしてと泣きつかれましたが、私は王子殿下と婚約中なので知りません~
ルイス
恋愛
伯爵令嬢のシャルナは、妹のメープルに婚約者である公爵を奪われてしまう。
妹は昔から甘やかされて育ち、その外見の良さと甘え上手な態度から守ってあげたくなるのだ。
シャルナの両親もメープルには甘く、彼女はずっと煮え湯を飲まされていた。
今回は婚約破棄までされ、とうとう彼女も我慢の限界を超えるが、その時に助けてくれたのが王子殿下だった。
シャルナは王子殿下と婚約を果たし、幸せな生活の一歩を踏み出すことになる。
対して妹のメープルは、婚約した公爵の欠点や本性が見え始め、婚約を取り消したいと泣きついてくるのだが……いまさらそんなこと言われても、遅すぎる。
家を追い出された令嬢は、新天地でちょっと変わった魔道具たちと楽しく暮らしたい
風見ゆうみ
恋愛
母の連れ子だった私、リリーノは幼い頃は伯爵である継父に可愛がってもらっていた。
継父と母の間に子供が生まれてからは、私への態度は一変し、母が亡くなってからは「生きている価値がない」と言われてきた。
捨てられても生きていけるようにと、家族には内緒で魔道具を売り、お金を貯めていた私だったが、婚約者と出席した第二王子の誕生日パーティーで、王子と公爵令嬢の婚約の解消が発表される。
涙する公爵令嬢を見た男性たちは、自分の婚約者に婚約破棄を宣言し、公爵令嬢に求婚しはじめる。
その男性の中に私の婚約者もいた。ちょ、ちょっと待って!
婚約破棄されると、私家から追い出されちゃうんですけど!?
案の定追い出された私は、新しい地で新しい身分で生活を始めるのだけど、なぜか少し変わった魔道具ばかり作ってしまい――!?
「あなたに言われても心に響きません!」から改題いたしました。
※コメディです。小説家になろう様では改稿版を公開しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる