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第二部 帰郷
12話 夫婦の絆
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「シェリーヌ、どうしましたか? 顔色が悪いですよ」
部屋に戻った私は、アランに抱きついた。いつも私を見ていて、変化にもすぐに気づいてくれる。大切な人。心から信頼する旦那様。それなのに、今回ばかりは気が休まらない。
「まだ、しばらくここでお世話になります。事情はあとで話すわね」
リュカの前では話せない内容だと察してくれたのか、アランは質問を重ねなかった。
私たちが体を離すと、リュカがやってきた。
「ママ。パパと、お片付けしてたの。お家帰るの?」
「お片付けありがとう。もう少しここにいるから、少しだけ荷物を出してもいい?」
きょんとして私を見ていたリュカは、にかっと笑って「いいよ」と応えた。
「ありがとう。お家に帰るときに、またお片付け手伝ってね」
「うん」
リュカの頭を撫でると、嬉しそうににぱっと笑った。身を翻して旅行鞄に向かうと、収納していた衣類を取り出した。それらをチェストに戻していく。
「マーティナ様とは、仲良くなれた?」
リュカに訊ねると、リュカは「うん!」と力いっぱい頷いた。
「お子様プレート、とっても楽しいって、言ってたよ」
「マーティナ様、気に入ってくれたのね。作ったママも嬉しいわ」
「また作ってくれる?」
「そうね。お家に帰ったら、また作るわね」
「ううん。ちがうよ」
「違うの?」
「マーティナちゃんと、やくそくしたんだ。ママに作ってもらうねって」
そういうことね。リュカに何と言えばいいのか。
毒をどういう経路で摂取させたのか。最初に思いつくのは食事や飲み物に混ぜる方法だろう。
厨房に出入りする調理師やキッチンメイドが真っ先に疑われ、その後給仕をした者も疑われる。
疑い深い領主であれば、毒見役を雇っているだろうけど、クリストフお兄様は雇っていない。だから私は十分に注意して料理を作った。信頼には信頼で応えたかったから。
でも、もう作らせてもらえないだろう。私にとってブランヴィルは親の仇になった。とお兄様は思っただろうから。
だけど、子供に毒の話を聞かせたくなかった。
領主の許可がないと作れないと言うと、ルーファスお兄様が悪者になってしまう。その伝え方は、お兄様に申し訳ない。
私はリュカの正面に座って、両手を握った。
「ママは、本当はこのお屋敷でお料理をしてはいけないの。毎日、マーティナ様たちの食事を作っている方のお仕事を取ってしまうから」
リュカに通じているかは、わからない。でも私は続けた。
「だから、もうここでは作れないの。ママのお仕事を、他の人に取られたら嫌だから」
リュカはわからないのか、理解しようとしている最中なのか、瞬きを繰り返す。
「リュカは、ママが違う人になっちゃったらどう思う?」
「イヤ! イヤイヤ」
そんなの許さないとばかりに、むぎゅうとしがみついてきた。
リュカの背中をよしよしと撫でてやる。
「マーティナ様には、約束守れなくてごめんなさいって言おうね」
「……うん」
ぐずぐずと鼻を鳴らしながら、リュカは頷いてくれた。
「でもね」と体を離しながら、私は付け加えた。
「マーティナ様の食事を作る人に、レシピを渡しておいたから、きっとまた作ってくれると思うわ。ママからも頼んでおくわね」
「ぜったい、ぜったい頼んでね」
「約束するね」
リュカが必死にお願いするので、あとで筆頭執事から必ず伝えてもらおうと、アランと目配せし合った。
ソファで昼寝をしているリュカを見ながら、使者から聞いた話をアランに伝えた。
「ルーファス様が、関わっていたのですか……」
仔細を聞いたアランの声に、驚きと戸惑いが混ざっている。
「私もまだ信じられないの。何のためなのかもわからないし、そこまで愚かな方だったなんて」
「しかし、アドリック殿下の調査の結果なら、その証拠がルーファス様を貶めるために作られたものでない限りは、信頼に値するかと」
「そうよね。私もそう思うわ」
アドリック殿下は信頼のおける人。一度しか会っていないけど、あの一度だけで私たちはアドリック殿下を信頼できる人だと認識した。
「ブランヴィル一家から話を聞くために、屋敷から出ないようにと。私たちには、国を出るのはもうしばらく待って欲しいと。屋敷から出るには、制限はしないと言われたわ」
「クリストフ様は、どう仰っておられるの?」
「嫌でなければ、いてくれて構わないと。王都のホテルに移動してもいいけれど、クリストフお兄様は関わっておられないと信じたい」
「シェリーヌがブランヴィルの屋敷で過ごしていた間、クリストフ様は学校の寮にいらっしゃったから、関わっていないと思うけれど。ルーファス様は成人しておられたから、どんな行動を取っていたのか、わからない」
「そうよね。クリストフお兄様は信用していいと思うわ」
信じたいけれど、少し迷う気持ちも片隅にあった。アランの言葉で迷いが吹っ切れた。いずれ王都に移動する必要が出るのかもしれないけれど、今はまだブランヴィルにいようと、決心がついた。
決心といえば、いまだ迷っているのが、
「遺体の調査って、お父様とお母様のお墓を掘り返すってことでしょう。亡くなった直後だったら、迷わないわ。十八年は、長すぎる」
溜め息をつくと、アランが肩を抱いてくれた。頼りになる肩に、ことんと頭を預ける。
「養父を見舞うためだけに帰って来たはずなのに、亡くなってしまった上に、それが事件に発展するなんて。ルクディアはどうなっているのかしらね」
駅前で感じた空気の重さは、これのせいだったのかもしれない。
貴族の死が相次ぎ、国民には病気が原因だと伝えても、噂は駆け巡る。嘘だろうと真実だろうと。不安がさらなる不安を呼び、疑心暗鬼を生む。
アドリック殿下が掴んだ事実をすべて公表したとしても、ネガティブな空気が晴れるとは限らない。いっそ毒殺事件があったなんて公表しない方が、国のためになるのかもしれない。
両親の死をいまさらつまびらかにしても、不穏な芽を育ててしまうだけなのかも。
だけど、命を理不尽に奪った罰は、受けるべきだとも思う。
突然、両親を奪われ、住む場所を変えられ、つらい目に遭ってきた。両親が生きていれば、ブランヴィル一家に虐げられる生活にはならなかった。
両親さえ生きていれば、と何度思ったことだろう。
でも、とまた思う。
両親がいないからこそ、私は自由を手に入れた。
大好きなアランと結ばれ、かわいいリュカを産んだ。それもまた、事実。
ルーファスお兄様なら、「感謝しろよ」と言いそうだ。
どうすればいいのだろう。もうわからない。
私はアランの肩にもたれながら、涙を流した。
そっと優しく触れてくる指を、抱きしめるように絡ませた。
やがてアランは、静かに告げた。
「あなたがどんな決断を下そうと、わたしはあなたの側にいます。これまで以上にあなたを守ります。あなたが望むのなら、わたしが決断を下します。わたしにすべてを託してくださるのならば」
耳横で掛けられる声に、少し硬さを感じた。アランにも負担をかけているなと思う。私のことで。
謝ろうと思い、私は体を起こした。
アランが私に体を向けた。真摯な瞳が、私を見つめてくる。
「でも、あなたはご自身で決断を下そうと思っているのでしょう。わたしも一緒に悩みます。二人で考えましょう。あなたの問題は、わたしの問題でもあるのですから」
謝る必要なんてなかった。
私たちは夫婦。
私の悩み事は、アランにとってもそうで、逆もしかり。
二人で悩み、話し合いを重ねて、決断をしようという決断をした。
次回⇒13話 クラリッサ
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「うん」
リュカの頭を撫でると、嬉しそうににぱっと笑った。身を翻して旅行鞄に向かうと、収納していた衣類を取り出した。それらをチェストに戻していく。
「マーティナ様とは、仲良くなれた?」
リュカに訊ねると、リュカは「うん!」と力いっぱい頷いた。
「お子様プレート、とっても楽しいって、言ってたよ」
「マーティナ様、気に入ってくれたのね。作ったママも嬉しいわ」
「また作ってくれる?」
「そうね。お家に帰ったら、また作るわね」
「ううん。ちがうよ」
「違うの?」
「マーティナちゃんと、やくそくしたんだ。ママに作ってもらうねって」
そういうことね。リュカに何と言えばいいのか。
毒をどういう経路で摂取させたのか。最初に思いつくのは食事や飲み物に混ぜる方法だろう。
厨房に出入りする調理師やキッチンメイドが真っ先に疑われ、その後給仕をした者も疑われる。
疑い深い領主であれば、毒見役を雇っているだろうけど、クリストフお兄様は雇っていない。だから私は十分に注意して料理を作った。信頼には信頼で応えたかったから。
でも、もう作らせてもらえないだろう。私にとってブランヴィルは親の仇になった。とお兄様は思っただろうから。
だけど、子供に毒の話を聞かせたくなかった。
領主の許可がないと作れないと言うと、ルーファスお兄様が悪者になってしまう。その伝え方は、お兄様に申し訳ない。
私はリュカの正面に座って、両手を握った。
「ママは、本当はこのお屋敷でお料理をしてはいけないの。毎日、マーティナ様たちの食事を作っている方のお仕事を取ってしまうから」
リュカに通じているかは、わからない。でも私は続けた。
「だから、もうここでは作れないの。ママのお仕事を、他の人に取られたら嫌だから」
リュカはわからないのか、理解しようとしている最中なのか、瞬きを繰り返す。
「リュカは、ママが違う人になっちゃったらどう思う?」
「イヤ! イヤイヤ」
そんなの許さないとばかりに、むぎゅうとしがみついてきた。
リュカの背中をよしよしと撫でてやる。
「マーティナ様には、約束守れなくてごめんなさいって言おうね」
「……うん」
ぐずぐずと鼻を鳴らしながら、リュカは頷いてくれた。
「でもね」と体を離しながら、私は付け加えた。
「マーティナ様の食事を作る人に、レシピを渡しておいたから、きっとまた作ってくれると思うわ。ママからも頼んでおくわね」
「ぜったい、ぜったい頼んでね」
「約束するね」
リュカが必死にお願いするので、あとで筆頭執事から必ず伝えてもらおうと、アランと目配せし合った。
ソファで昼寝をしているリュカを見ながら、使者から聞いた話をアランに伝えた。
「ルーファス様が、関わっていたのですか……」
仔細を聞いたアランの声に、驚きと戸惑いが混ざっている。
「私もまだ信じられないの。何のためなのかもわからないし、そこまで愚かな方だったなんて」
「しかし、アドリック殿下の調査の結果なら、その証拠がルーファス様を貶めるために作られたものでない限りは、信頼に値するかと」
「そうよね。私もそう思うわ」
アドリック殿下は信頼のおける人。一度しか会っていないけど、あの一度だけで私たちはアドリック殿下を信頼できる人だと認識した。
「ブランヴィル一家から話を聞くために、屋敷から出ないようにと。私たちには、国を出るのはもうしばらく待って欲しいと。屋敷から出るには、制限はしないと言われたわ」
「クリストフ様は、どう仰っておられるの?」
「嫌でなければ、いてくれて構わないと。王都のホテルに移動してもいいけれど、クリストフお兄様は関わっておられないと信じたい」
「シェリーヌがブランヴィルの屋敷で過ごしていた間、クリストフ様は学校の寮にいらっしゃったから、関わっていないと思うけれど。ルーファス様は成人しておられたから、どんな行動を取っていたのか、わからない」
「そうよね。クリストフお兄様は信用していいと思うわ」
信じたいけれど、少し迷う気持ちも片隅にあった。アランの言葉で迷いが吹っ切れた。いずれ王都に移動する必要が出るのかもしれないけれど、今はまだブランヴィルにいようと、決心がついた。
決心といえば、いまだ迷っているのが、
「遺体の調査って、お父様とお母様のお墓を掘り返すってことでしょう。亡くなった直後だったら、迷わないわ。十八年は、長すぎる」
溜め息をつくと、アランが肩を抱いてくれた。頼りになる肩に、ことんと頭を預ける。
「養父を見舞うためだけに帰って来たはずなのに、亡くなってしまった上に、それが事件に発展するなんて。ルクディアはどうなっているのかしらね」
駅前で感じた空気の重さは、これのせいだったのかもしれない。
貴族の死が相次ぎ、国民には病気が原因だと伝えても、噂は駆け巡る。嘘だろうと真実だろうと。不安がさらなる不安を呼び、疑心暗鬼を生む。
アドリック殿下が掴んだ事実をすべて公表したとしても、ネガティブな空気が晴れるとは限らない。いっそ毒殺事件があったなんて公表しない方が、国のためになるのかもしれない。
両親の死をいまさらつまびらかにしても、不穏な芽を育ててしまうだけなのかも。
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突然、両親を奪われ、住む場所を変えられ、つらい目に遭ってきた。両親が生きていれば、ブランヴィル一家に虐げられる生活にはならなかった。
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でも、とまた思う。
両親がいないからこそ、私は自由を手に入れた。
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ルーファスお兄様なら、「感謝しろよ」と言いそうだ。
どうすればいいのだろう。もうわからない。
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「でも、あなたはご自身で決断を下そうと思っているのでしょう。わたしも一緒に悩みます。二人で考えましょう。あなたの問題は、わたしの問題でもあるのですから」
謝る必要なんてなかった。
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