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第二部 帰郷
17話 ボーヴォワールでの最後の夜
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夜、セラフィーナお姉様の呼びかけで、パーティーが行われることになった。私たちがここで過ごす最後の夜だからと。
急な出発になったのに、使用人総出であらゆる準備をしてくれる。
私とアランもパーティー用の衣装に着替えた。
アランは執事時代の服、私にはセラフィーナお姉様がドレスを借してくださった。
「素敵よ。アラン」
お店でのアランも執事服で接客をしている。だからアランによく似合う衣装なのは私も知っている。けれど、ボーヴォワールで見る執事姿のアランが、一番格好いいかもしれない。
苦手だと言っていたのに、髪まで上げて固めて。
頭からつま先まで完璧なアランの執事姿。
久しぶり過ぎて、アランに片想いをしていた頃に戻った気持ちになる。心臓が飛び出してきそうなくらい早鐘を打っている。
私は何度、アランに惚れ直すのかしらね。
「シェリーヌ様はいつも美しいですが、着飾ったお姿も一段とお美しい。濃い碧のドレスに白銀の髪がよく映えておられます」
「ドレスなんて久しぶりだから、恥ずかしいわ」
ドレスのような華やかな装いは、まったくしなくなった。調理服が私の日常になっているから。
「まるでダイヤモンドダストのように輝いておいでです」
アランの言葉は魔法のように私に自信を持たせてくれる。
幼い頃、アランからもらった髪留めは、長い年月に耐え切れなかった。今は大切に保管してある。
どれだけ大切にしていても、形ある物はいつか壊れてしまう。だけど、あの時の嬉しかった気持ちは、私の中に残っている。アランへの深い想いと共に。
「参りましょうか」
差し出されたアランの腕に手をかけ、パーティー会場となるダンスルームに向かった。
「ママー」
とことことやってきたリュカが私に抱きつこうとして、でもドレスの裾があって近寄れなくなっていた。
わたわたしているリュカを、アランが抱き上げた。
今日はリュカも執事用の衣装に袖を通していた。
「リュカ、かっこいいよ」
「パパといっしょ」
「一緒ね」
我が子の初めての執事スーツに頬を緩ませていると、
「シェリーヌ様、初めまして。アランの母ローナでございます。アランがお世話になっております」
すすすと50歳頃の女性が近くにきた。
クレイグの面立ちと、ローナの雰囲気を移し替えれば、アランになった。
「お義母様、初めまして。シェリーヌでございます」
「まさかお嬢様に義母と呼んでいただける日がくるなんて。未来はわからないものですねえ。本日はリュカ様のお召し物をご用意させていただきましたよ」
「お義母様が、ご用意くださったのですね。ありがとうございます。アランの小さい頃を想像いたしました」
「アランが子供の頃に着ていた物なのです。いつか必要になるかもと思って、保管しておいたのですよ」
「まあ、アランが当時着ていた物を? 感激です。リュカ、このお洋服、パパが着ていた物なのよ」
「パパが? うそだ。パパおっきいから、むりだよ」
無邪気なリュカがかわいらしくて、みんなでくすくすと笑う。
パパにもリュカみたいな頃があったんだよと教えてもピンとこないようで、首を傾けていた。
領主一家もダンスルームに現れ、使用人たちが頭を下げる。
「今日は無礼講だ。みんな気楽にやってくれ」
クリストフお兄様が告げると、わいわいがやがやと、お部屋が暖かい喧騒に包まれた。
「マーティナ様、とてもお可愛いですよ」
お兄様の銀色を受け継いだ髪をツインテールに結び、花のように華麗なレースが縫いつけられた、明るい黄色のドレスを着ていた。
「ありがとう、ございます。シェリーヌお姉様も、とてもステキです」
「ありがとうございます。今日はリュカもおしゃれをしたのですよ」
床に下ろされたリュカは、しかしアランの足にしがみついて離れない。
「リュカ、どうした?」
アランが訊ねると、いやいやをするように、頭を振ってさらにしがみつく。珍しい。どうしてしまったのかしら。
「マーティナ様、ごめんなさい。またあとで遊んでやってくださいませ」
「はい。しつれい、いたします」
ちょこんと膝を折って、領主夫妻と歩いて行った。
「マーティナ様が、ふだんと違ってあまりに可愛くて、戸惑ったのだと思いますよ」
とローナがこっそり教えてくれた。
そうなの? とリュカに訊ねると、リュカはアランの足にしがみついたまま、マーティナ様を目で追っていた。
「あとで可愛いってお伝えしましょうね。きっと喜んでくださるわ」
ぷっくりした頬を朱に染めたリュカが、「うん」と頷いた。
ダンスルームにテーブルを並べ、ビュッフェスタイルになっている料理をいただき、領主夫妻がダンスを踊ったあとは、本当に無礼講になった。
使用人たちは歓談し、踊り、給仕をする者同士で交代しながら、パーティーを楽しんでいた。
他に子供がいないからか、マーティナ様が退屈そうに足をぶらぶらさせているのを見かけた。セラフィーナお姉様にたしなめられている。
「リュカ、マーティナ様と遊ばない?」
迷うそぶりを見せるリュカは、遊びたいけれど着飾っているマーティナ様が恥ずかしいらしく、もじもじしている。
手を繋いで領主夫妻の元に向かうと、私たちに目を留めたマーティナ様が、ぱっと笑顔の花を咲かせた。
「お姉様、マーティナ様と遊んでいただいてもよろしいですか」
「ええ。もちろんよ」
母親の顔を見上げているマーティナ様に向かって、セラフィーナお姉様がにこりと微笑んだ。
イスから降りたマーティナ様に、リュカは「あのね……」ともじもじしながら、「マーティナちゃん、可愛いね!」私が教えたとおりに伝えた。もちろんちゃんと気持ちもこもっている。
マーティナ様は嬉しそうに「ありがとう!」と応えてくれた。
リュカは恥ずかしい気持ちがなくなったのか、マーティナ様に手を差し出した。
「お菓子食べに行こう。ボクがとってあげる」
「うん!」
仲良く手を握り、お菓子のテーブルに向かって行く。
ローナがやってきて、領主夫妻と私たちに、
「お嬢様と坊ちゃまはわたくしがお世話をさせていただきますから、ご両親方はダンスをなさいませ」
そう言うと、子供たちの方へ向かって行った。
ローナにあとを任せて、私とアランは手を取り合った。フロアに向かい、ダンスに興じる。
十年振りとはいえ、幼い頃から鍛えたからか体は覚えていた。すぐに勘を取り戻し、音楽に乗って楽しんだ。
三曲踊ったあと、リュカたちを見ると、ローナに見守られながら座っておしゃべりをしていた。
「少しだけバルコニーで休憩しない?」
「じゃあ飲み物を持って行くよ」
私は窓を開け、バルコニーに出る。夜風がダンスで温まった体を撫でていく。
日は落ちているから、庭は見えない。けれど記憶に残っている。彩り豊かな花が咲く花壇、低木を刈りこんだトピアリー。人工的ではあるけれど、自然に見えるように手が込められている。
冬は雪に覆われてしまうけれど、春になったらまた花が咲く。美しい庭園。
「シェリーヌ、風邪をひきますよ」
背後からアランの声がかかる。手渡されたワインを受け取ると、肩にショールがかけられた。
「ありがとう」
子供の頃から変わらない、温かい眼差しが私に注がれている。
「あの時も、アランはこうやってマントをかけてくれたわ」
「お誕生祭の日でした」
「雪が降ってきたのが見えて、私はパーティーを抜け出して、このバルコニーに出てきたの」
「私がすぐに見つけて、マントを持って後を追いました」
「約束をしたわ。雪遊びをしようと」
「いたしました」
「それから雪の結晶をかたどった髪留めをもらったわ」
「子供向けの髪飾りを、あなたはずっと使ってくれていました」
「今はあれ以上のものを、たくさんもらっているわ」
「わたしも、あなたからたくさんいただいています」
このバルコニーでの、大切な思い出。アランも覚えていてくれていた。
私たちは、グラスを掲げた。
「これからもよろしくね」
「一生、愛しています」
「私も、愛しています」
アランと私の、言葉と想いを、ワインと共に体に取り込む。身も心も温かくなった。
次回⇒18話 お兄様の決意
急な出発になったのに、使用人総出であらゆる準備をしてくれる。
私とアランもパーティー用の衣装に着替えた。
アランは執事時代の服、私にはセラフィーナお姉様がドレスを借してくださった。
「素敵よ。アラン」
お店でのアランも執事服で接客をしている。だからアランによく似合う衣装なのは私も知っている。けれど、ボーヴォワールで見る執事姿のアランが、一番格好いいかもしれない。
苦手だと言っていたのに、髪まで上げて固めて。
頭からつま先まで完璧なアランの執事姿。
久しぶり過ぎて、アランに片想いをしていた頃に戻った気持ちになる。心臓が飛び出してきそうなくらい早鐘を打っている。
私は何度、アランに惚れ直すのかしらね。
「シェリーヌ様はいつも美しいですが、着飾ったお姿も一段とお美しい。濃い碧のドレスに白銀の髪がよく映えておられます」
「ドレスなんて久しぶりだから、恥ずかしいわ」
ドレスのような華やかな装いは、まったくしなくなった。調理服が私の日常になっているから。
「まるでダイヤモンドダストのように輝いておいでです」
アランの言葉は魔法のように私に自信を持たせてくれる。
幼い頃、アランからもらった髪留めは、長い年月に耐え切れなかった。今は大切に保管してある。
どれだけ大切にしていても、形ある物はいつか壊れてしまう。だけど、あの時の嬉しかった気持ちは、私の中に残っている。アランへの深い想いと共に。
「参りましょうか」
差し出されたアランの腕に手をかけ、パーティー会場となるダンスルームに向かった。
「ママー」
とことことやってきたリュカが私に抱きつこうとして、でもドレスの裾があって近寄れなくなっていた。
わたわたしているリュカを、アランが抱き上げた。
今日はリュカも執事用の衣装に袖を通していた。
「リュカ、かっこいいよ」
「パパといっしょ」
「一緒ね」
我が子の初めての執事スーツに頬を緩ませていると、
「シェリーヌ様、初めまして。アランの母ローナでございます。アランがお世話になっております」
すすすと50歳頃の女性が近くにきた。
クレイグの面立ちと、ローナの雰囲気を移し替えれば、アランになった。
「お義母様、初めまして。シェリーヌでございます」
「まさかお嬢様に義母と呼んでいただける日がくるなんて。未来はわからないものですねえ。本日はリュカ様のお召し物をご用意させていただきましたよ」
「お義母様が、ご用意くださったのですね。ありがとうございます。アランの小さい頃を想像いたしました」
「アランが子供の頃に着ていた物なのです。いつか必要になるかもと思って、保管しておいたのですよ」
「まあ、アランが当時着ていた物を? 感激です。リュカ、このお洋服、パパが着ていた物なのよ」
「パパが? うそだ。パパおっきいから、むりだよ」
無邪気なリュカがかわいらしくて、みんなでくすくすと笑う。
パパにもリュカみたいな頃があったんだよと教えてもピンとこないようで、首を傾けていた。
領主一家もダンスルームに現れ、使用人たちが頭を下げる。
「今日は無礼講だ。みんな気楽にやってくれ」
クリストフお兄様が告げると、わいわいがやがやと、お部屋が暖かい喧騒に包まれた。
「マーティナ様、とてもお可愛いですよ」
お兄様の銀色を受け継いだ髪をツインテールに結び、花のように華麗なレースが縫いつけられた、明るい黄色のドレスを着ていた。
「ありがとう、ございます。シェリーヌお姉様も、とてもステキです」
「ありがとうございます。今日はリュカもおしゃれをしたのですよ」
床に下ろされたリュカは、しかしアランの足にしがみついて離れない。
「リュカ、どうした?」
アランが訊ねると、いやいやをするように、頭を振ってさらにしがみつく。珍しい。どうしてしまったのかしら。
「マーティナ様、ごめんなさい。またあとで遊んでやってくださいませ」
「はい。しつれい、いたします」
ちょこんと膝を折って、領主夫妻と歩いて行った。
「マーティナ様が、ふだんと違ってあまりに可愛くて、戸惑ったのだと思いますよ」
とローナがこっそり教えてくれた。
そうなの? とリュカに訊ねると、リュカはアランの足にしがみついたまま、マーティナ様を目で追っていた。
「あとで可愛いってお伝えしましょうね。きっと喜んでくださるわ」
ぷっくりした頬を朱に染めたリュカが、「うん」と頷いた。
ダンスルームにテーブルを並べ、ビュッフェスタイルになっている料理をいただき、領主夫妻がダンスを踊ったあとは、本当に無礼講になった。
使用人たちは歓談し、踊り、給仕をする者同士で交代しながら、パーティーを楽しんでいた。
他に子供がいないからか、マーティナ様が退屈そうに足をぶらぶらさせているのを見かけた。セラフィーナお姉様にたしなめられている。
「リュカ、マーティナ様と遊ばない?」
迷うそぶりを見せるリュカは、遊びたいけれど着飾っているマーティナ様が恥ずかしいらしく、もじもじしている。
手を繋いで領主夫妻の元に向かうと、私たちに目を留めたマーティナ様が、ぱっと笑顔の花を咲かせた。
「お姉様、マーティナ様と遊んでいただいてもよろしいですか」
「ええ。もちろんよ」
母親の顔を見上げているマーティナ様に向かって、セラフィーナお姉様がにこりと微笑んだ。
イスから降りたマーティナ様に、リュカは「あのね……」ともじもじしながら、「マーティナちゃん、可愛いね!」私が教えたとおりに伝えた。もちろんちゃんと気持ちもこもっている。
マーティナ様は嬉しそうに「ありがとう!」と応えてくれた。
リュカは恥ずかしい気持ちがなくなったのか、マーティナ様に手を差し出した。
「お菓子食べに行こう。ボクがとってあげる」
「うん!」
仲良く手を握り、お菓子のテーブルに向かって行く。
ローナがやってきて、領主夫妻と私たちに、
「お嬢様と坊ちゃまはわたくしがお世話をさせていただきますから、ご両親方はダンスをなさいませ」
そう言うと、子供たちの方へ向かって行った。
ローナにあとを任せて、私とアランは手を取り合った。フロアに向かい、ダンスに興じる。
十年振りとはいえ、幼い頃から鍛えたからか体は覚えていた。すぐに勘を取り戻し、音楽に乗って楽しんだ。
三曲踊ったあと、リュカたちを見ると、ローナに見守られながら座っておしゃべりをしていた。
「少しだけバルコニーで休憩しない?」
「じゃあ飲み物を持って行くよ」
私は窓を開け、バルコニーに出る。夜風がダンスで温まった体を撫でていく。
日は落ちているから、庭は見えない。けれど記憶に残っている。彩り豊かな花が咲く花壇、低木を刈りこんだトピアリー。人工的ではあるけれど、自然に見えるように手が込められている。
冬は雪に覆われてしまうけれど、春になったらまた花が咲く。美しい庭園。
「シェリーヌ、風邪をひきますよ」
背後からアランの声がかかる。手渡されたワインを受け取ると、肩にショールがかけられた。
「ありがとう」
子供の頃から変わらない、温かい眼差しが私に注がれている。
「あの時も、アランはこうやってマントをかけてくれたわ」
「お誕生祭の日でした」
「雪が降ってきたのが見えて、私はパーティーを抜け出して、このバルコニーに出てきたの」
「私がすぐに見つけて、マントを持って後を追いました」
「約束をしたわ。雪遊びをしようと」
「いたしました」
「それから雪の結晶をかたどった髪留めをもらったわ」
「子供向けの髪飾りを、あなたはずっと使ってくれていました」
「今はあれ以上のものを、たくさんもらっているわ」
「わたしも、あなたからたくさんいただいています」
このバルコニーでの、大切な思い出。アランも覚えていてくれていた。
私たちは、グラスを掲げた。
「これからもよろしくね」
「一生、愛しています」
「私も、愛しています」
アランと私の、言葉と想いを、ワインと共に体に取り込む。身も心も温かくなった。
次回⇒18話 お兄様の決意
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