壊れ者同士

伊佐治ろん

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染めて、黒猫

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「盟?めーいー?着いたよ」
 肩を揺すられ、俺は「ん…」と唸った。
「…起きないなら、キスするよ?」
 そう言われ、バチッと目を開く。ものすごい近い距離に雪也の顔があり、即座に両手で雪也の顔を覆う。俺は途端に真っ赤になった顔を逸して隠す。
「…や、だ!ここは、やだ!」
 すぐにここがマンションの地下駐車場だと理解した俺は、地下駐車場とはいえ、住人が通らない訳ではない、と必死に拒否する。
「ここは?……盟、家ならいいの?」
「ゔっ……ぃぃょ…」
「聞こえないよ?」
「いいよッ家ならッ!…その…キスしても…」
 最後はモゴモゴ小さくなったが、顔を離して満足げに笑った雪也は、「聞いたからね?覚悟しといて」と言って車から降りた。
「あっ、前言撤…ッ」
────バタン
 急いで訂正しようとしたが、車のドアを閉められてしまった。「あーっ!くそっ!!」と俺は一人毒づいて、杖を握ると車を降りた。後ろの席からボストンバッグを取り出した雪也を先頭にエレベーターへと乗り込んだ。
「ユキ、さっきの…」
「…男に二言は?」
「………あり、ません…」
「はい、よろしい」
 エレベーターがフロアに到着して、終始ご機嫌な雪也の後ろを付いて歩く。
 部屋の前について、キーケースから鍵を取り出した雪也が鍵穴にそれを刺してカチャンとまわす。部屋を開けて、俺を先に入れた雪也は部屋の鍵をすぐに閉めて、玄関でボストンバッグを下ろし、壁際に俺を追い詰めると、俺をいきなり抱き締めた。
「…ごめん、もう我慢できない」
「え、……ッんぅ…」
 いきなり玄関でキスをされ、後頭部と背中を抱えられる。突然の事で開いていた口から舌が差し込まれた。歯列をなぞったり、上顎を舐められたり、舌ピアスをコロコロされたり、舌を絡ませてきたり。ピチャピチャ音が鳴るのが恥ずかしくて、でも、半年ぶりにキスをしたのが嬉しくて、俺も慣れないながら一生懸命応えようとする。
 カラン、と杖が俺の手から落ちて、俺は雪也の背中にしがみつく様に手を回した。
「ふ、…んぅぁ、ふっ…ぅ」
 息が苦しくなってきて、俺の舌の動きが鈍くなると、雪也は少し笑って、「鼻で息して」と言ってきた。
 お互い何度もキスを繰り返し、唇が溶けるんじゃないかと思った。特に舌ピアスをコロコロされると、腰がゾクゾクしてきて、たまらない。崩れそうになると俺の足の間に雪也の膝が入り込んだ。
「んんッ!」
 いきなりの刺激に俺はキスで口を塞がれたまま悲鳴を上げる。…今はダメ、絶対に、ヤバイ。
 雪也の膝がガクガクと揺らしてくる。その間も俺の口の端から飲み込めなかった涎が溢れるほどの深いキスが続く。
(…やめて、ヤバイから、ホントに…!ホントに今ヤバイから!!)
 何度も口の中で呻いて悲鳴を上げるが、雪也はなかなか止めなかった。背中も何回も叩いた。
 何分かしてやっと唇を離した雪也は、二人の唾液で濡れた唇を舐めとると、俺の耳元に口を寄せた。
「……勃っちゃったんだ?」
「うぅ……だって…」
 小さい俺の声を雪也はちゃんと拾う。
「だって?」
「膝…入れるから…」
「膝入れたときには、もう勃ってたよ?…その言い訳は違うんじゃない?」
「ゔっうぅ…」
 言い淀んでいると、雪也は俺の口を開けさせて、口の中に長い指で俺の舌を掴んだ。そして、引っ張り出して「これでしょ?」と言うと、すぐ離してくれた。俺の口から「ぇあ…っ」と声が漏れ出る。
 たしかに途中から舌ピアスを触られるだけで腰が砕けそうだった。それがバレていたなんて。
「…舌ピアスで感じちゃったんでしょう?コロコロすると腰がビクビクしてたもんね?………でもさ」
 そう言って俺の手を取ると、雪也は自分のジーンズの前たてまで手を持っていった。膨らんだ雪也の股間を触らされて、俺は顔を真っ赤にして恥ずかしくてすぐ手を引っ込めた。すぐに股間に触れてしまった手にもう片手を添える。
「俺もこうだから」
 笑って言った雪也は俺の腰に手を回した。
「……い、いつから…?」
 小さい声で俺は聞く。
「マンションの廊下歩いてるときには。『部屋ならキスしていい』って言われて、もう勃ってた。………半年間、盟にまともに触れてなかったから。だから、今日は寝かせられないかも。…もちろん、無理になったら『無理』って言って、セーブはする。盟の身体に負担掛けさせたくないから」
 靴を脱がされ、「持ち上げるよ」とお姫様抱っこをされる。首に腕を回して、落ちないようにしてると、「…2キロ増えたとはいえ、相変わらず軽いね」と声をかけた。
「で、でも…増えたよ?」
「うん。別に軽いのも増えたのも悪いとは言わないけどさ。……今日、呉に持ち上げられてあっちこっち運ばれてるの見て、イラッとはした」
「なにそれ…俺だってユキの前で抱えられるの、嫌だったよ…」
 俺が更に首にギュッと強く抱きつく。
「…ごめん、それ以上可愛いこと言わないで…」
 雪也は溜め息を吐いて首を振ると、寝室を開けてベッドに俺をゆっくり下ろした。俺は、ベッドのシーツが紺色から濃い灰色に変わっているのを皮切りに右に左に顔を向け、雪也を見上げた。
「ユキ、ベッド…広くなってない?」
「ああ、セミダブルに変えたよ。シングルでくっついて寝るのも良かったけど、少し大きい方が色々いいかなって」
 にっこり言うと、グレーのカシミヤのセーターを脱いだ雪也は初めて上半身裸になった。均等の取れたモデルのような身体に左の脇腹から腹筋の真ん中に掛けて赤茶色に皮膚の突っ張った火傷の跡があるのと、それに繋がるように左腕の肘上辺りに赤茶色に変色した火傷の跡がある。
「…火傷……さ、触っていい?痛くない?」
「いいよ、もう痛くないから」
 すっ、と俺は腕に触れたあと、お腹にある火傷に手を滑らせた。突っ張った皮膚は他の皮膚とは違ってツルッとして不思議な感触がする。
「…痛くないの?」
「うん、もう皮膚の神経がほとんど死んでるから、感覚があまり無い。触られてる感覚も鈍いんだ。人に見せたのは、父親以外なら盟が初めて」
 そう言って俺の両手首を掴むと、そのまま俺を押し倒した。髪を切って剥き出しになった首筋に顔を埋めて、2ヶ所3ヶ所とキツく吸われた。
「アッんッ!ちょっ、っなにやって…っ」
「盟、ヘアオイルの良い匂いがする……キスマーク付けられるの、気持ちいい?」
 そう言いながら耳たぶのすぐ下あたりに吸い付いてヂュッと音を立て、俺は身体をビクつかせた。
 首筋から少し下って、痩せぎすで窪んでいる鎖骨を抉られるように舐められ「アッ!」と高い声が上がってしまい、すぐに口を両手で塞ぐ。時すでに遅し、反対側の鎖骨も抉られた。
「ふ、んッぁ、どこ…舐めてんだよ……、ヘンタイ…っ!」
「その変態に、ヘロヘロにされちゃってる盟は変態じゃないの?……もうここ、大変な事になってるよね?」
 そう言ってジャージの上から限界まで立ち上がっていたペニスを掴まれ、腰が大きくビクッと跳ねた。じわ、と掴まれたことで生地が変色していくのを見て雪也はクスクス笑った。
「…もしかして、今触られただけでイッた?」
「うう…」
 俺は恥ずかしくなって両腕で顔を隠した。
 …死ねる、恥ずかしくて死ねる。服の上からペニスを掴まれて、反応してイッてしまうなんて。
 雪也によって腕を顔から剥がされて、真っ赤になった顔を見られて、最後の抵抗に一生懸命顔を背ける。
「うぅ~~……」
 俺が頭の下の枕を握って唸ると、雪也は、ふふ、とまた笑った。
「ごめん、意地悪しすぎたね…。可愛くてつい。……ズボンと下着、脱ごうか」
 そう言うと腰のゴムに手を掛け、ゆっくり下ろした。まだ緩く立ち上がっていたペニスを見て、俺は驚く。…さっきイッたのに、半勃ちとはいえ、なんでまた立ち上がっているのか分からなかった。…そんな強い性欲は無かった筈だ。
 亀頭の色が薄い俺のペニスは自分の放った精液でしとどに濡れて、それがなんだか卑猥に見えて、自由に動く左足を4の字みたいに膝を曲げて内側に倒して雪也の視線から逃がす。
「……誘ってる?」
「…なっ!そ、んな訳無いだろ…!」
「すごくエッチだよ、その体勢」
 ふふ、と言ってジャージの上もチャックをすべて下ろすと、Tシャツを胸上まで捲りあげた。
 乳首の周りをさわさわと撫でられて「うぅ…」と呻いた。久しぶりの感覚に、俺はかなり敏感になっていた。ぷくりと膨らんできた乳頭を手のひらでくりくり撫でられ、「んんんッ!!」と声を上げそうになった。必死に身体を力ませて唇を噛んで耐える。
 そうしていたら雪也に唇を撫でられ、一つキスを落とされた。
「声、我慢しないで。…聞きたい」
「イヤ…っ……声、出したら…イッちゃう、かも…しれない、から…っ」
「イッていいんだよ、気持ちよくなって…?」
 そう言いながら乳首を指先でぐり、と倒され、「ッアア!!」と声を上げて俺は軽くイッた。
 はあ…、と俺が溜め息を吐くと、反対の乳首に雪也は顔を近づけた。だんだん近づいてくる顔に「あっ、あっ、やだっ!」と声を上げるが、雪也はペロリと熱い舌で舐める。
「ひっあぁ!」
 ずっと舌で舐り続ける雪也に、嬌声を上げて首を振りながら大きく震えていたら、顔を上げて、俺の顔を覗いてきた。
「…ごめん、大丈夫…?反応が嬉しくて、つい…」
「っ、怖い…っ、気持良すぎて、こわぃ…っ!…ユ、キ……お願…っ、乱暴に…して…っ!」
 俺は震えながらそう伝えるが、雪也は首を左右に振る。
「…それはダメ。優しくするって、決めたから」
「やっ、やぁっ!っ優しすぎて、…あたま、ばかに…なる…っ!こわい…っ」
「大丈夫、馬鹿にならない。もう乱暴はしない、絶対に」
 身体を少し起こした雪也に真顔でそう言われ、俺はハッとした。「乱暴はしない」は、あの時の三日間のことを言ってる。
 俺はなんてことを言ったのか、と後悔をした。あの時くらいの快感や辛いのは確かに嫌ではあった。それで味覚が無くなったり足がこんなふうになったりした俺に、雪也はちゃんと後悔して反省したのだ。それを踏まえて優しくしている雪也に、恥ずかしくて耐えられないだけで「乱暴にして」はあまりに俺がわがままだった。
「ごめ……ユキ、優しくて…動揺、してた…。こんな、優しいの……生まれて初めて、だから。……その、恥ずかしいのと…気持ち良くて……。…おれ、今日…からだ、ずっと、へんなの……」
「…変?」
「ちんこ、イッたのに…まだ勃ってた…り……こんな性欲強くなかったのに………変なんだ…、ユキに触られただけで…何処もかしこも、気持ち良くて…こわい…。何されても、すぐイっちゃいそうで…自分のからだ、わかんなくて、………こわい…。ユキが…どこか触るたび…、そこが…熱、持ったみたい…なって、ゾクゾクする……おれ、どうしちゃったの…?……へん…なったの……?」
 ほぼ泣きそうになりながら一生懸命白状すると、雪也は俺を落ち着かせようと、短くなった髪を優しく梳いて頬を撫でた。ただし、雪也のその行為すら俺は快感として受け取ってしまい、ゾクゾクしてしまう。「んぅ…っ」と思わず声が出て、目を瞑って右の手の甲で口を押さえる。
 ふふ、と笑った雪也はゆっくり、俺の右手を口から離すと、俺の顔の横に除けて、指を絡めるように手を繋いだ。
「恋人同士がセックスしてるんだから、そうなるものだよ。…大丈夫、盟は変になっちゃったわけじゃない。恋人同士になってから初めてだし、半年ぶりだから身体の感度が高いのかもしれないね」
 握った手をぎゅ、ぎゅ、としながら俺に伝える。
 俺は遂にポロ、と泣きだして「へん…じゃ、ない?」と更に確認をした。
「うん、変じゃない。だから、たくさん感じて良いんだよ。いっぱいイッて?一緒に気持ちよくなろう?」
 雪也は俺の目尻の涙を舐め取って、そのままキスをした。
 お互い舌を絡ませて、上顎を舐めたり、舌を吸ったり、雪也の真似をして一生懸命キスに応える。体勢的に俺の口の中に自分のと雪也の唾液が入ってきて、必死に飲み込みながら、舌を絡ませているとクチュクチュと音が部屋に響くような気がした。唇をやっと離した時に飲み込みきれなかった俺と雪也の唾液が俺の口の端から流れ、それを雪也が後を追うように舐め取った。
「…も、入れて…、お尻、じくじくする…」
 キスでくったりした酸素の回ってない思考回路の俺の一言で、雪也は少しびっくりした顔をした。
「そんな殺し文句、どこで習ったの。…モモさんから何か吹き込まれた?」
「ちがっ、けど…も、俺…ユキ、ほしい…」
 ごく、と息を呑むと、意を決して、雪也のジーンズの前たてに自分から触れた。
「これ…ほしいんだ……おねがい」
 大きく溜息を吐いた雪也は、繋いでいた手を一旦離すと、チェストを開けて潤滑剤を取り出して、蓋を口で開けて、言葉を発した。
「じゃあ、よく解さないとね……。多分、今までで一番苦しいかもしれないから…」
 その言葉に、頭の回らない俺は「?」を浮かべていると、「…入れたら分かるよ」と雪也に苦笑いをされた。
 潤滑剤を手に出して、ボトルをチェストに置いた雪也は両手でそのジェルを温める。俺のアナルと蟻の門渡りに渡ってジェルを塗りたくると穴の周りをグニグニと刺激し始めた。もちろん、それだけでも俺の身体は反応して、俺の息は上がっていく。そのうち雪也の長い中指がズルっと入ってきて、久しぶりの異物感に俺は「ッあァ!」と高い声が上がった。腰がクン、と浮き上がる。
「キツイね……大丈夫?息吐ける?」
「っは、あ…っ……ん、…だい…じょぶ…っ」
「進めるよ?」
 ず、ず、と入っていく中指に、忙しなく息を吐きながら力を抜く。中指の根本まで入ったのか、一旦止まった雪也が「出し入れするよ」と言って中指で腸内を掻き回しながらピストンを始めた。
「ッあっあっあー…ああっ!んん!ふぁ!!あぁっ!」
「身体キツそうだけど…一旦指だけでイッておく?」
 俺はその言葉にブンブンと首を横に振る。
「だいじょぶ…ッ…がんばれる……」
「分かった」
 雪也の指が2本に増えて、2本の指で出し入れが加速して、時折遅くなったと思ったら2本がバラバラに動いて交互に俺の前立腺を引っ掻く。
「はっあ!!あーー!!んんん!!ふ、ぅっ!やああっ!」
 目の前がハレーションを起こす。ギリギリでイかないで済んだが、その内、指は3本に増えて、出し入れをまた再開し、バラバラと動いてはまたピストンする。また俺の嬌声が大きく上がった。3本の指に慣れた頃に、雪也は、くぱぁ、と俺の穴を指で広げた。
「は、ん…やっ……広げんな…ッ」
「ツヤツヤで、赤く熟れてて、綺麗だよ」
「そんなの……言わなくて、いいっ!!」
 もう息も絶え絶えな俺は雪也のその行動に、真っ赤だった顔を更に赤くした。もう、俺の頭は恥ずかしさと気持ちよさで沸騰寸前だった。
「じゃあ、入れるけど…辛かったら言って。……無理はさせたくない」
「…だいじょうぶ、…ユキだから……何も辛くない…」
「っだから、…煽らないで……っ」
 珍しく余裕のない雪也の言葉に、「え?」と思っていたら、性急にベルトのバックルを外して、ジーンズの前を寛げた雪也がペニスを取り出した。
 俺のとは色の全然違うペニスは、見たことないほど反り返っている。いつもより太くて長いそれは、血管がビキビキと浮き出て、先走りが亀頭の辺りをテラテラと光らせていた。
 開きっぱなしのチェストからコンドームを取り出すと、口でパッケージを破り、慣れた手つきで着けるが、ゴムで圧迫されてペニスが苦しそうだった。よく見ると、ベッドのその辺に放り投げられた箱はLLサイズと書かれている。…たまにコンビニのバイトで商品の乱れを整えているときに箱は見ていたが、実際の現物を初めて見て、ものすごく恥ずかしくなった。
「いい?入れるよ?苦しかったら言って。…止めれるようには頑張るから」
 余裕のない言葉遣いでそう宣言すると、俺のアナルに凶器のようなペニスをピタリと付け、ぐっと押し入ってきた。
「んっあっ……!!!ハァッあぁんっ!ゔぅ…んッ!!アアアッ!!!」
 いつもより断然キツくて涙が目に浮かぶ。痛いまでいかないものの、内臓が押し上げられてる感じがして、開いた口から声が止まらなかった。亀頭が入り込んだところで、俺は我慢の限界が来てイッてしまった。一度ギュッとアナルが締まり、雪也も少しキツそうな顔をする。それでもイッたあとの身体の弛緩を使い、雪也が、ズズッと中に入ってきて、イッたばかりの俺は嬌声というより悲鳴を上げた。
「ぁああああっ!!!やあっだめ!!イッたばっか…ッ!!ふぁぁああッ!!」
 もう一度イッた俺はもう枕を両手で掴んだまま、首を横に振るしかできなかった。一生懸命シーツを蹴っていた足も、雪也に掴まれ、持ち上げられて松葉崩しのような体勢にさせられる。そのせいで深く接合していくことになり、イキすぎた俺のペニスは壊れた蛇口のように、粘性の無くなった精液がダラダラと流れ続けた。体勢が変わったので枕からも手が離れてしまい、なんとか何かを掴もうとシーツをシワが寄るまで握る。
 やっと挿入が終わった頃には、俺は打ち上げられた鯉のように口をパクパクさせてなんとか息をしていた。「…盟、ごめん。やっぱ止まらない…。…その……大丈夫?」と雪也が申し訳なさそうに言葉を発した。その声は少し掠れて息切れをしていて、ちょっと愛しく思えた。
 あの三日間のときは汗ひとつかいてなかった雪也が、今は俺と同じくらい汗だくで、それだけで嬉しかった。
 俺の腸内ではずっと雪也のペニスが脈打っていて、雪也があの時とは別の意味で興奮しているのが分かる。俺もアナルで雪也のモノを、呼吸するたびにキュウキュウと締めてしまっていて、自分も今、興奮しているんだと認識した。
「動いていい?…ちょっと、これ以上の生殺しは…正直キツイ」
「…うん…動いて…」
 俺が雪也の言葉に頷くと左足を持ち上げたまま、バツッとひとつピストンをした。
 あまりの衝撃に、俺の喉が「ヒュッ」と鳴る。
「ァアッ!!アッアッアッ!!ひゃああっ!!んんうぅ!ああーーーーっっ!!」
 ガツガツ揺さぶられ、松葉崩しの体位のせいで普段とは別の位置が擦られ堪らなかった。あまりの気持ちよさに、大きな嬌声を上げて俺は潮を吹いた。
「はぁッはっ!あああんっ!!んああ!…ひっ!あっ!ンンンーーーーーッッ!!」
 ビシャビシャと漏らすように止まらない潮に、ついに俺のペニスは壊れたかと思った。
 枕カバーを涎で汚しながら、シーツを握って頭を枕に擦り付けるしかできない。絶倫の雪也に揺さぶれ続け、気を失いかけそうになったときに、雪也が息を詰める声がした。それと同時にドクドクとゴム越しに精液が注がれるのを感じた。

 起きたときは、身は清められており、下着と、サイズからして雪也のスウェットの上だろうものが着せられていた。元々俺と雪也は身長差がかなりある為、スウェットは俺が着ると膝上くらいのワンピースみたいになってしまう。
 少し腰が痛かったが、立ち上がれない程ではなく、なんとか起き上がると、スウェットの袖をまくって、壁や物を伝って右足を引きずりながらリビングへ行く。壁に掛けてあるデジタル時計を見たら、『21:45』と出ていた。そんなに夜も更けていない。
 雪也はキッチンで何かを作っていて、いい匂いがしてきた。
 ソファーの背もたれに手を掛けて少し姿勢を整える。
「…ユキ、」
 俺が呼ぶと雪也は俺に気付き、キッチンから出てきて、抱えるように俺を抱きしめた。
「盟、起きれた?大丈夫?身体辛くない?」
「……うん、腰…少し痛いだけ。全然平気」
「本当にごめん、無理させない、加減するって言っておいて…やっぱり自分を止められなかった…無理させてごめん」
 ものすごく落ち込んでいた雪也の長袖Tシャツの背中をポンポンと撫でて、俺は少し笑って言葉を発した。
「加減とかそれは、きっと難しいことだから、少しずつやればいいよ…。俺、平気だから…」
「盟は何でも我慢するから…無理するのはもう見たくない…。駄目なら駄目、嫌なら嫌って言って。なんでも『平気』って強がらないで、我慢しないで」
 雪也のその言葉に俺は困った。そもそも『我慢』も『無理』も『平気』も、俺が生きていく上で施設時代から身につけた処世術だ。俺が我慢すれば、周りは円滑に進む。俺が少し『無理』をすれば何事も起こらない。俺が何されても何言われても『平気』と言っていれば心配かけない。これで生きてきたから、これをやめろというのはなかなか難しい話だ。これをやめてしまったら、どう生きていけばいいか、途端に右も左も分からなくなる。
「……うん、努力………する。それより、料理いいの?」
 俺が困りながらなんとか頷いて、キッチンの心配をすると、抱きしめていた身体を起こした雪也がキッチンを振り返って現実を見た。
「あっ、パスタの具焦げる…」
 急いでキッチンに行き、コンロの火を止める。
「さっき、盟が寝てる間にコンビニでカップのパフェ買ってきたんだけど、食べれる?」
 キッチンから放たれたその言葉を聞いて、俺の心の中で花が咲いたような気分になった。ずっと病院では味の薄いプリンかゼリーばかりで、暫くコンビニスイーツとは無縁の生活だったから、雪也のその言葉が嬉しかった。
 それも、俺が食べきれる小さいカップのコンビニスイーツは、俺が病院に入る前から好んでいたもので、それを分かっていて買ってきてくれた雪也の気遣いが嬉しかった。
「た…食べる…っ」
 俺は無意識に声が弾んだ。
 えっちらおっちらとゆっくりダイニングテーブルに手をついて席につくと、雪也は片手に和風パスタの乗った皿を、もう片手に冷蔵庫に入れていたらしい、冷えた和栗のモンブランの小さなカップを持ってきた。
 こと、と置かれて俺は目を輝かせた。
「栗の……モンブランだ…」
 上に貼ってあるシールには『季節限定!』の文字。秋だから、栗なのか。
「…食べれる?」
「モンブラン、好き」
「良かった」
 俺はスプーンを取って一口、二口、食べたあと手が止まった。
(コンビニスイーツ…コンビニ…、バイト…か…)
「…どうしたの?味しない?…食欲ない?」
 俺は首を横に振る。顔を上げた俺は「ユキ、」と口を開いた。
「……俺、バイト先に自分から電話して、謝らなきゃ。ちゃんと」
 俺が真面目な顔でそう言うと、雪也は「うん」と言った。
「俺が衝動に任せて勝手に決めて言ってしまったから…」
 俺は首を横に振って「ううん、」と否定した。雪也は「え?」と聞く。
「どっちにしろ、こんな身体になったら、もうバイトは戻れなかった。だから、ユキは悪くない。俺が当たり障りなく言うから。…その…、…本当の理由は知られたくないから、さ」
「あ、そうか……ごめん」
「…謝るの無しって、前に言ったじゃん。…謝んなよ」
 ふ、と俺が目尻を下げて笑うと、雪也は困った風に微笑んだ。
「……さっきまでベッドの上ではあんなに可愛かったのに、今はそんな男前なこと言っちゃうんだ」
「ッはぁ……っ!?なっ何言ってんの!?」
 雪也の一言に、プラスチックのスプーン片手にブワッと赤くなった俺は、手の甲で口元を覆った。
 なぜ今、さっきのことを持ち出してくる。…ベッドでのアレは俺にとっては非日常なんだから、比べないでほしい。なんなら、最中は何もかもいっぱいいっぱいで、何を口走ったかもよく覚えていないのに。
「顔真っ赤。やっぱり、盟は可愛い」
「~~ッ訳分かんない!」
 そう大声を上げてモンブランにスプーンを突き刺した。
 そこまで話して、ふと思った。
 俺達、こんなやり取りできたんだ。ずっと雪也に懐いてはいたけど遠慮してたから、ずっとこんなふうなやり取りができるようになるとは夢にも思わなかった。雪也だろうが別の人だろうが、常に顔色を伺い、雪也の前以外ではほとんど笑わず、心を硬い甲羅で覆ってビクビクして生きてきたのに、いつの間にか雪也には素直な気持ちを出せるような関係になっていて、自分にびっくりした。
 パスタをフォークでくるくる回して口に運んで、相変わらず音を立てずに咀嚼した雪也は、パスタを飲み込んだ。皿にフォークを置くと口を開く。
「…盟ってさ、すごく可愛い。俺、昔の盟も警戒心の強い子猫みたいで好きだったけど、今のポメラニアンみたいな盟も好きだよ」
「…ポメ…?…は?」
 例えがよくわからず、俺はポカンとする。『ポメラニアン』って何だっけ。なんか、どこかで聞いたことあるけど、全然思い出せない。
 雪也はまたフォークをとり、巻き取っていたパスタを行儀よく食べて、口を開く。
「…ま、いいか。ホトケさんもだけど、盟も大概だよね。無意識に相手の心をかき乱すの上手」
「…は?」
 俺はまた間抜けにポカンと口を開けて聞き返す。
「天然すぎ、ってこと。……ま、盟の天然はどちらかというと、心が純粋すぎてだけど」
「意味分かんない…俺のどこが純粋なの?」
 俺が首を傾げる。特に思い当たる節が無かった。一口モンブランを頬張ると、味を噛み締めて飲み込んだ。
 雪也はパスタを巻き取り、口を開く。
「自覚が無いならいいよ、いつまでもそのままでいて。────……あ、言ってなかったけど俺、今、できるだけ盟の側にいたくて在宅ワークに切り替えてるから」
「…在宅ワーク?」
「家で仕事する人。盟が来る前の一時期の頃とかは家でやってたんだけど、結局家で仕事一人でやるの飽きて出社してたね。デザイナーは出来上がったデザインの中間確認やら最終デザイン確認とかで先方の連絡待ちが多いから、意外と待ち時間あって作業の合間に手持ち無沙汰になることがあるんだ。もちろん締め切りはあるけど、俺はその辺計算してやってるから、今は家でやってても全然大丈夫なんだ」
「へえ……」
 やっぱり雪也はずっと前から思っていたように完璧ですごい人だった。未だに仕事としてどんなデザインを描いてるのかは見せてもらった事はないが、とはいえ、仕事でやっているなら、企業的な機密事項もあるだろうから、深くは聞けない。
 モンブランをやっと食べ終わった俺は、「お風呂入らなきゃ…」と空になった器を持って立ち上がった。「器ここに置いといて。俺が捨てとく」と雪也に言われ、「ありがとう」とお言葉に甘えることにした。
「…お風呂一人で入れる?」
「うん、病院でもシャワー入れたから、浴槽跨ぐのは無理かもしれないけど、家もシャワーですますから、いいよ」
「ちょっとソファーで待ってて。帰ってきたんだから、ゆっくり湯船くらい浸かりたいでしょう?手伝うから」
 食事がまだ終わっていなかった雪也はそう申し出たが、俺は断る。
「いっ…いいよ!手伝わなくて!」
「何言ってんの、お風呂の介助するだけだから。…今更そんなに恥ずかしがることないじゃない。俺たちセックスだってしてるんだし」
「~~ッなんでそんな恥ずかしいこと、サラッといえるの!?それと風呂は違うだろッ」
「…それって?どれ?」
 にこりと笑った雪也は俺に『それ』の名称を言わせようとする。首まで真っ赤になった俺はカチンコチンに固まって、モゴモゴ口の中で言葉を転がす。
「…………ぅッ…それは……その…あれ、……せ、…せっくす…」
 小さい声で『それ』を言うと、雪也が吹き出した。
「…ふはっ、なんだか、盟がその言葉を言うと、言い慣れてないのが丸出しで、余計に卑猥に聞こえるよね。性に関して免疫が無いのは物凄く可愛いんだけど」
「ユキのバカ、変態…ッ」
 立ち上がったままテーブルの縁をギュッと握って、顔を背けた俺のそのテーブルの反対側で楽しそうな少し弾んだ声が聞こえた。
「そう言ってくれて構わないよ、盟よりは女性ばかりだけど経験はそれなりにあるから、なんの経験も無かった盟から見たらそう見えるんだろうしさ」
 涼しい顔をした雪也がパクリとパスタを食べて、俺がすごすごとソファー向かって足を引きずりながら歩いていくのを目で追っていた。
 ソファーに着いて、ボスンッと座った俺は左足だけソファーの上に上げると、ソファーと同じ色のクッションを引き寄せて抱きしめた。位置的に俺がソファーに座ると、雪也のいるダイニングテーブルは背後にあることになり、姿は見えない。
「……ご飯、食べ終わったら…呼んで」
 クッションに口を埋めて雪也に言う。
「はいはい」
 暫く無音の時間が続く。全く食事の音を立てない雪也に本当に食べてるのか、ちら、と振り返ると、食事も終盤でパスタと一緒に巻き取れなかった、きのこやほうれん草などの具をすくって口に運んでいた。
 少し経って、カチャカチャと食器を片付ける音と、カランとゴミ箱に俺の食べたスイーツの容器を捨てる音が聞こえて、俺は振り返った。
「終わった?」
「うん、」と言いながら俺の前まで来ると雪也がしゃがみ込んだ。
「…お風呂、しようか」
 そう言って抱き上げられる。胸元に近づく彼の体温は、湯気のようにゆるやかで、それだけで肩の力が抜ける。
 脱衣所で降ろされると、ハッとして手すりがない現実に少し戸惑った。病院では当たり前のようにあった補助が、ここにはないんだ。
 なんとか杖も補助器具も無く仁王立ちしてスウェットの裾に手をかけた瞬間、自分の荷重に耐えられなくなった右膝がカクンと崩れ、前につんのめりかけたところを、雪也が後ろから素早く抱き留める。
「おっと…大丈夫?」
 腹のあたりにまわされた腕に支えられ、少し息を飲む。
「…ごめ…っ。病院と違って介護手すり無くて、バランス取りにくくて…」
「じゃあ、俺に掴まってて。俺が脱がす」
「え…」
「いいから」
 言われた通り振り向いて、雪也の腰にしがみつく。
 持ち上がる生地、腕を抜くときに指が袖の中で触れるたび、心臓が早くなる。下着まで下ろされ、ゆっくり足を上げて引き抜く。
 ただ服を脱いだだけなのに、全て見られた気がして顔が真っ赤に染まる。ふ、と上げて顔を見たら、にやりと笑った雪也が目の前にいた。
「…なんて顔してるの」
「な…なんでもない!」
 逃げるように風呂場へ向かう。
 バタン!と乱暴に閉めたドアは割れてないか少し心配になったが、大丈夫そうだ。湯気の満ちた浴室。壁伝いに椅子に座り、シャワーのコックを捻る。冷たい水が頭を叩き、身体の熱を冷ます。お湯に変わった頃、少し落ち着きを取り戻した。
 だが、ガチャ、と扉の音がして「まさか」と振り向くと、全裸の雪也が立っていた。
「は…、なっ…なっ!?」
「一緒に入ったほうが早いと思って」
 その無邪気な笑みに、反射的に洗面器の水をぶっかける。
「~~っ!出てけぇっ!」
 雪也は笑いながら濡れた髪をかき上げ、俺の背後に回る。
「…シャンプーするんでしょ?やらせて」
「自分でできる!」
「呉には触らせて、俺には触らせないの?」
 唐突な言葉に胸が跳ねる。
「…あれは美容師だから当たり前でしょ」
「俺は恋人だから、もっと当たり前」
 手に泡を立てた雪也が、俺の髪に指を滑らせる。
 指の腹が頭皮を優しく撫でるたび、肩の力が抜けていく。
「痒いところ、ない?」
「…ない」
 シャンプーが流され、リンスに変わる。髪を梳く指先が、まるで言葉より雄弁に距離を詰めてくる。
(病院を出ても、こんな小さな動作一つでつまずく自分がいる。情けないけど、…でも………この人がいるなら、暮らせる気がする)
 心配してた身体も普通に洗われ、「本当にただの介助で助かった」とと思っていると、雪也は身体の泡をお湯で流し終えた。
二人で入るには狭い湯船に二人で浸かった。
 病院では当たり前の介助だったのに、家でされると、どうしても胸の奥がざわつく。
 それでも、湯気の向こうに見える雪也の穏やかな横顔に、不思議と安心してしまう自分がいた。雪也がタオルを持ってきて、髪と背中を軽く包み込むように拭いてくれた。
 脱衣所で、雪也が服をサッと着ると、バスタオルに包まれて待っていた俺を呼び、洗ってあったパジャマを丁寧に着せられられた。洗面所の陶器のシンクに手をついて立つと、呉から貰ったヘアオイルを馴染ませて後ろで雪也がドライヤーの温風を頭に当てる。ふわりと鼻先をくすぐるのは雪也のシャンプーの匂いと花束の香り。
「乾かし終わったら…俺にもちゃんと髪、触らせて」
そう囁く声は、湯上がりの熱よりもずっと深く胸を温めた。
 雪也が乾かす間、「リビング行ってて」と言われて、先に脱衣所を離れた。
 湯上がりの髪を俺は両手で撫でながら「本当に短いんだなぁ、」と髪を触りソファに腰を下ろしていた。
 雪也はいつものスウェット姿で、足をゆったりと開いて座っている。ふと視線が合うと、当たり前のように片腕を伸ばし、俺を雪也の足の間に引き寄せた。ガーゼのパジャマの背中に温かい胸が触れる。
 腹に腕がまわって、俺の肩のあたりに顔が来ると、一つ提案してきた。
「明日、服を買いに行こうか」
 唐突な言葉に、思わず首を傾げる。
「服?」
「盟、いつもジャージとタンクトップばっかじゃない?あれじゃ冬は寒いし…もうボロボロだし。…もっと似合うもの着てほしい」
「…別に、あのジャージでいいし」
「ダメ」
 短く断ち切るような声。それでも柔らかい響きに逆らいづらい。
「俺が選んでいい?」
「…え」
「盟に似合うやつ、俺が見つけたい」
 そう言って、更に髪を撫でながら続ける。
「盟らしいやつもちゃんと選ぶよ。全部俺の好みだけじゃつまらない」
「…俺らしいやつ?」
「そう。たとえば…もこもこのフェイクファーで、手触りが良いやつ。ああいうの、好きだろ?」
「…うん」
 即答すると、雪也は小さく笑った。
「じゃあ決まり。韓国ストリート系のやつで、盟が着ても自然で、しかも可愛い。…俺が探す」
「…そんなのあるの?」
「探すんだよ、俺が」
 胸の奥が、ほんのり温かくなる。
 ………染められていく。けど、全部じゃない。ちゃんと俺のままも、残してくれる。
 そう思ったら、少しだけ、楽しみになった。


 翌日。
 休日の昼下がり、雪也に車に乗せられて連れられた、郊外にある大きなショッピングモール。足を踏み入れた瞬間、鼻にふわりと香る柔らかい香水と、新品の布地の匂い。ガラス越しに店内を覗くと、鮮やかな照明の下、マネキンが最新の冬服をまとって立っている。
「今日は盟の服をちゃんと揃える日。遠慮しないで、着たいものあったら指差して」
 雪也はそう言って、まっすぐ奥のラックへと歩き出す。俺は何となくついていきながらも、心臓が変に落ち着かない。服を買ってもらうなんて、バイト仲間の弓削から「俺身体鍛えちゃったから、コレもう着れない」とお下がりを貰ったとき以来だ。
 ふと、壁際のマネキンが着ている黒いファーブルゾンが目に止まった。大きめのフードに、控えめな猫耳の片方にリングのピアスが2つ付いていて、後ろには控えめながら尻尾もぶら下がる。あまりに可愛らしくて、思わず足を止める。
「……猫耳?」
 雪也が俺の視線を辿って笑う。
「いいじゃん、似合うと思う」
「いや、子供っぽくない?」
「盟はちょっとだけ子供っぽい方が魅力的なんだよ」
 そんなふうにさらりと言われ、耳が熱くなる。結局、試着室へ押し込まれ、試着室で袖を通すと、思ったより軽くて、動きやすい。鏡に映る自分は、病院着でもジャージでもない――けど、「俺じゃない誰か」にも見えなかった。
 雪也の色が、少し混じった俺。
 それを着て歩く未来を、ふっと想像してしまった。
「……うん、この子、連れて帰ろう」
 …黒猫は連れて帰ることにした。
 俺が試着室から出て、ブルゾンを片手に雪也を追う。
 雪也はラックの間を、ゆっくりだが迷いなく歩く。
 ただ高価そうなだけの服は手に取らない。生地を指で軽くつまみ、伸ばし、縫い目を確かめ───一着ごとに「盟に似合うか」を心の中で天秤にかけているのがわかる。
 「これはどう?」と見せられたのは、杢グレーの厚手パーカー。裏地がふわふわの起毛で、袖が少し長め。裾は尻を覆うくらいの丈で、全体的にゆったりした作りだ。
 次に差し出されたのは、やや色褪せたブルーのデニム。足首に向かって細くなっていくテーパード型で、動きやすそう
「ちょっと足元が重くなるな」
 そう呟くと、今度は黒のキャンバススニーカーを手に取る。ソールは厚めで、インソールが柔らかく、長く歩いても負担が少なそう。
 その後も雪也は、俺らしさを残しつつも新しい雰囲気を加えた服を次々と選んでいく。ルーズなシルエットのカットソー、シンプルなシルバーチェーンのアクセサリー、黒のキャップ。試着室を出るたびに雪也が短く「いいね」「肩のラインが綺麗に見える」とコメントするたび、心の奥がじわじわ温まっていく。
お会計して、紙袋をいっぱい持って退店すると、車に積み込む。
 帰宅の道中は嬉しさと申し訳なさと、恥ずかしさと、高揚感でなんだか頭がバカになりそうだった。
 帰宅後、紙袋を開けるたびに雪也が「じゃあ次これ着てみて」と促す。リビングが即席のランウェイみたいになり、猫耳ファーブルゾンや新しいニットを一つずつ着ては、照れ笑いしながら彼の視線を受け止める。
 きっと、雪也は俺の「こうなったらいいな」を、ずっと先回りして拾ってくれている。
 でも、俺らしさはちゃんと残してくれる。
 お気に入りになった猫のブルゾンを抱きしめ、柔らかい毛並みを指先で撫でながら、そんなことを思った。
(……この人といたら、きっと俺は、少しずつ変われる。)
 最後の袋を開けると、中には俺の見てないところで選んでいたのか、ふかふかの部屋着が入っていた。
「これも、今日から盟の。……そのうち、俺の色に染まってくれると嬉しい」
 その言葉に、返事の代わりにファーブルゾンのフードを深く被る。隠したはずの頬が、熱でますます赤くなっていくのが分かる。
(……服を着るだけで、こんなに違う。俺の生活は、ゆっくりだけど確実に変わってる。雪也の隣にいる自分は、もう前の『色の無い俺』とは違う)
 湯気に包まれながら、その安心感とくすぐったさを、俺はしばらく胸に抱き続けた。

 夕食後、またお風呂を手伝ってもらった。
「新しい服着て、たくさん出かけようね」
 湯気の中でそう言われ、胸が温かくなる。



 ────この時は、まだ知らなかった。
 この服を着て行く先が、俺の人生を大きく変える場所になるなんて。
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