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【番外編】青空とコーディアル
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「アパートを借りようと思う」
そう言った雪也に、ジェームズがにっこり笑って返した。
「うちにいればいいじゃないか。モリスもいるし、盟が退屈しないだろう?」
ぐうの音も出ない、とはこのことだった。
俺はただ、隣で困ったように眉を寄せる雪也を見上げることしかできなかった。サクッとジェームズに説き伏せられてしまった俺たちは、ロンドンの街中に部屋を借りることなく、雪也の実家に暮らすことになった。
季節は少しずつ移ろい、冷たい風ばかりだった空気も、ようやく柔らかさを帯びはじめる。
ロンドンの朝は、湿った空気がカーテンの隙間から入り込み、肌の上に薄く張りつく。
けれど食卓に座れば、甘い香りがそんな寒さを忘れさせてくれた。
「Bread this morning. Hey, lots of honey.(今日の朝はブレッドよ。ほら、蜂蜜をたっぷり)」
モリスが俺に皿を差し出すと、バターの溶ける匂いがふわりと立ちのぼる。
未だに、出会った頃と同じで俺の味覚を考えてくれるモリスは、俺だけ別のメニューを毎回出してくれる。嬉しくて、幸せというバターが胸の奥に染み込む。
相変わらず少食なのに食べるのが遅くて、親子二人が食べ終わる頃に俺はまだ半分しか食事を終えていない。「ゆっくり食べな」と雪也やジェームズはいつもカップを手に取り、深い香りのコーヒーを口にする。
そして、やっと食べ終わった頃にモリスが俺の前に置いてくれるのは、湯気の立つ、濃いココアだった。
温かさが手のひらにじんわり広がり、それだけで胸が締めつけられるように嬉しくなる。
「I think cocoa goes better with Mei than coffee.(コーヒーより、こっちの方が盟には合うと思って)」
モリスが微笑んでそう言ったとき、俺は「Thank you.」と答えながら、心の奥が満たされていくのを感じた。
(……優しさに囲まれている。)
俺は、やっとこの家に、ロンドンという場所に慣れ始め、『家族』という幸せを恥ずかしがることなく受け入れ始めたばかりだった。
ただ、心の奥で小さな不安が時折顔を出す。
『いずれ、甘味も感じなくなる』
────日本で入院してた頃、真面目な顔をしてあの時天原が言っていた言葉。
家族に囲まれるようになり、毎日こんなに美味しい料理を作ってもらい、雪也も側にいて、こんなに幸せな日々で生活しだして、今になって、その言葉が震えるほど怖くなっていた。
それに気が付いてからは、毎日、食事の一口目が緊張になった。でも、味のした時の安心感はとてつもなく、俺を幸せに繋ぎ止めてくれていた。
(…甘いものが、まだ味わえる…。)
思わず自分の顔が安心で綻ぶのが分かった。
「……盟、今日はバケーション前の提出物が多くて、帰りが遅いと思う」
食卓を片づけながら、雪也がそう言った。
上質なスリーピーススーツに身を包み、ジャケットを腕に抱えた姿は、講師というよりまだ若紳士の面影の方が濃い。
けれど胸を張るその姿には、確かに『大学の客員講師』としての誇りが漂っていた。
「うん。分かった。……行ってらっしゃい」
「できるだけ、早く帰ってくる」と彼は少しかがんで、俺の頬に軽く口づけを落とす。
唇の柔らかな感触と、ふっと笑う彼の表情に、胸があたたかくなる。
雪也の後ろを付いていくように、食事を放って玄関まで見送りに行き、ドアを閉める雪也に見えなくなるまで手を振りながら、ドアが閉まったあと、静けさが戻る。
俺は振った手を下ろすことなく、しばらくその余韻に浸っていた。
(幸せだな……)
──けれど、その幸せの中に、黒い絵の具がぽたり、ぽたりと落ちていく音を、心のどこかで確かに聞いていた。
朝、口にするパンケーキの蜂蜜の甘さが、以前より霞んでいる気がした。
「I poured a lot of honey on it today.(今日は蜂蜜を多めにかけたのよ)」とモリスが笑っても、舌の上に広がるはずの濃さはどこか遠い。
俺は「Delicious.(美味しい)」と笑ったけれど、胸の奥ではざらりとした不安が広がっていった。
ある日、ブレッドを口にしたときは、バターの香りだけがやけに強く、甘みはほとんど感じられなかった。
(気のせいだ。……疲れているだけ)
そう自分に言い聞かせても、心は落ち着かなかった。
部屋で眼鏡をかけた俺は、ジェームズから借りた『名探偵ポワロ』を辞書片手に読んでいたら、アップルジュースとクッキーを持ってモリスが部屋に入ってきた。
「Mei, shall we have a sweets?(盟、おやつにしましょう?)」
「Thank you…(ありがとう…)」
「I'll leave you some sweets.(お菓子、置いておくわね)」
「Thank you.(ありがとう)」
「You're welcome.(どういたしまして)」
(…今朝のブレッドは、俺が疲れてただけ。…大丈夫。)
そう思いながら、読書の手を止めて、ジャムの挟まったクッキーを齧った。クッキーは味が無くジャリジャリして、中のジャムの甘さが少しだけ感じられた。…でも、霧がかかったようにイチゴジャムの味が遠い。
皿の上に乗っていたクッキーがそれ以上食べられず、ティッシュに咀嚼したクッキーを吐き出し、俺は大きな溜め息を吐いた。
一縷の希望を持って飲んだリンゴジュースも、ほとんど水だった。
それからは怖くなって、その後の読書も進まず、モリスに呼ばれた夜ご飯もキャンセルし、ベッドに潜って怯え続けた。
時間こそ分からなかったが、夜遅くに帰ってきて、俺がドアに背を向けてるベッドに潜った雪也。
寝る前にモリスから俺が『夕食をキャンセルした』事を聞いたのだろうというのは安易に想像がついた。
真意を聞きたかったのか、腰に手を回されて引き寄せられ、「盟…」と静かに声を掛けられたが、俺が何も答えなかったため、俺が寝ていると思ったのだろう。一つ溜め息をついて、いつの間にかそのまま隣りから寝息が聞こえてきた。
────いつの間にか、黒い影はひたりと俺の背後に張り付いていた。
その日は、朝から強い雨が降っていた。窓ガラスを打つ雨粒がリズムを刻むように響き、部屋の空気まで湿らせている。
モリスが用意してくれた朝食は、たっぷりのバターと蜂蜜をかけたパンケーキだった。
フォークを手に取り、笑顔を作ってひと口食べたが、何も味がしなかった。甘さも、香ばしさも、舌の上をただ「異物感」が転がるだけ。
無理矢理飲み込むたびに、胸の奥がぎゅうっと縮まっていく。
(……ない。……何も、味……かんじない)
隣で雪也がコーヒーを飲み干し、ジャケットを抱え立ち上がる。
「……盟、今日は早めに帰れるから。来週からのバケーション、どこに行きたいか考えてて」
「うん。……行ってらっしゃい」
いつも通りの口付けを頬に受けて、手を振る。
今日ばかりは玄関まで見送りに行けなくて、俺の笑顔が、自分でも驚くほどぎこちないのを感じた。
玄関のドアが閉まった音を聞いた瞬間、俺は立ち上がる。
「Sorry…」とモリスとジェームズに小さく告げ、杖さえ持つのを忘れ、片手で口を塞ぎ、壁や家具を伝って、右足を引きずりながら縺れる足でできるだけ早く廊下を進んだ。
トイレのドアを閉め、便器に身を屈めた瞬間、込み上げるものを堪えきれなかった。
──ベシャ、と音を立てて吐き出す。
涙が止まらなかった。嗚咽が勝手に漏れて、嘔吐の喉の痛みより、胸の奥が痛くてたまらない。
(味しない……甘いの、全然味しない……やだ……やだよ……)
唯一残されたはずの希望。
24年の人生で一度も得られなかった『食べられる幸せ』を、甘味以外の味覚を無くしてから、ようやく手に入れたと思ったのに。
…それを、神様は俺から簡単に取り上げていった。
震える右手で左手の薬指を握る。
(ユキ……助けて……)
壁に左肩を預けて左膝を立て座り込んで蹲る。使えない右足は中途半端に伸ばして投げ出している。俺は祈るように握った左手の薬指を額に付けた。
扉の向こうから、モリスの心配そうな声がした。
「…Mei.Are you okay?(…盟、大丈夫かしら?)」
俺のすすり泣きが漏れてしまっていたらしい。返事をしなかった俺に、「……Shall I come in?(…入るわよ?)」と、ドアノブが回り、モリスが入ってくる。
「Oh my god… Are you alright? Did you throw up? Do you have a fever? Is it a cold?(まあ…吐いたの?大丈夫?具合悪いかしら?熱はある?)」
矢継ぎ早の英語に、俺はなんとか聞き取り、ショック状態の頭をフル回転させ、一生懸命頭の抽斗の英単語を持ってきて英文を組み立てて、掠れた声でどうにか返す。
「…ぁ……I’m… okay. Don’t worry…(……だいじょうぶ、心配しないで…)」
けれど、泣きながら『大丈夫』と返答した俺の言葉を無視して、モリスは主のジェームズを『一大事だ』と呼んだ。
「James! It’s bad! We need to go to the hospital! Mei just threw up!(ジェームズ、大変だわ!盟が吐いたの!病院に連れて行かなきゃ!)」
すぐに駆けつけたジェームズが、狭いトイレの入り口でモリスと立ち位置を変わり、俺の肩を抱きながら日本語で話しかける。
この時ばかりは日本語の方が、俺にはありがたかった。
「…盟、具合が悪いのか?いつからだ?なんで黙ってたんだ」
「……違うんです……。具合じゃない……」
息を震わせ、暫く間を置いた。
そして、もう一度意を決して口を開くが、口にすれば事実を認める気がしてまた涙が滲んできた。喉が詰まったが、それでもやっとの思いで告げた。
「味…っ…何もしなくなったんです…。甘いのも……味がなくて。……っパンケーキも、口の中…気持ち悪くて………俺…もう味覚、ダメになって…」
ジェームズは深く息を吐いた。
「……そうか。それで吐いてしまったんだな」
背中を優しくトントンとリズムよく叩いて、俺を落ち着かせる。
「お願いです……ユキには言わないでください。……今はやっと仕事が順調で……邪魔したくないんです」
下を向いて更に小さくなった俺の声は掠れ、止まらない涙で濡れていた。
ジェームズはしばらく黙ったまま俺を見つめ、静かに頷く。
「……分かった、君の意思を尊重する。…だが無理はするな、絶対にな」
こうして、俺の秘密は始まった。雪也にさえ言えない、苦しくて弱い秘密。
それからの日々、俺の食事は少しずつ変わっていった。朝には温かい具なしのコンソメスープが並ぶ。
湯気の立つ器を手にすると、喉の奥にじんわりとした温もりが広がり、胸まで満たされるようだった。
昼は彩りの鮮やかな野菜スティック。カリ、と噛むたびに響く音と、瑞々しい食感。味は分からないけれど、そのシャキシャキとした感触が、不思議と心を慰めてくれる。
夜は決まってジェラートやアイスクリーム。冷たさが舌を駆け抜け、体の奥を一瞬だけすっきりとさせてくれる。
……味を失った俺にとって、温度や歯触りはわずかな救いだった。
(……モリスが工夫してくれているんだ)
パソコンやスマホを片手に、何かを検索しているモリスの姿を何度も見かけた。きっと 『味覚を失った人は何を食べるか』とか、そんな検索ワードで色々探してくれたのだろう。
「Hey, why are you eating like this lately?(ねえ、どうして最近こんな食事なんですか?)」ある日の昼、野菜スティックをかじりながら尋ねると、モリスは軽く目を丸くして、すぐに穏やかな笑みを浮かべた。
「I thought maybe Mei could eat a little of this.(これなら、盟が少しでも食べられるかと思って) 」
肩をすくめる仕草は自然で、まるで冗談を言っているように軽やかだった。けれど、俺に細心の注意を払って気を使ってるのは丸わかりで、どこかぎこちなさを感じてしまうのは、やっぱり、それを敏感に読み取ってしまう俺の悪い気質のせい。
あれから、ほとんど夕食以外、雪也との食事を避けた。
メニューがガラリと変わってしまったから、勘のいい雪也は盟に何かあったと分かってしまう、とジェームズとモリスは相談したのだろう。
モリスが、朝は「睡眠薬がよく効いてるようで、今日は起きれないみたい」と寝坊を偽装してくれて、俺は顔を合わせずに部屋にいて、雪也が出掛けると入れ違いで俺をダイニングに呼ぶ。昼は雪也は仕事で不在だし、雪也の休日の昼はリンゴや洋梨などのフルーツを齧ってやり過ごした。夕食はいろんなフレーバーのアイスクリームを食べてる。「それだけでいいの?」と聞かれたが、「最近暖かくなったから」と苦しいはぐらかしをした。
廊下で低く話すジェームズとモリスの声が、部屋にいた俺の耳にふと届く。扉の隙間から聞こえるのは、俺の名前と『雪也』という言葉。
聞き取ろうと少し扉を開けて息を潜めたけれど、二人の英語は早口だし、すぐに足音が近づき、慌てて薄く開けていた扉を閉めて部屋に戻った。
(…本当は、モリスさんは雪也に言いたいんだ。……でも、俺が黙っててって言ったから…ジェームズさんに口止めされてる…)
そう気づいても、俺は何も言わなかった。
むしろ、自分のために彼らまで秘密を抱えさせていることが、胸を締めつけるだけだった。
夜、ベッドに横たわりながら、左手の薬指に光る指輪を見つめる。前よりグラグラと遊びの増えた指輪。それでも、俺はそれに唇を寄せ、小さく体を丸めた。
(ユキに……言わなきゃ。でも…どうしよう…なんて言えば、なんて言うの…?)
「……分からない」
小さな声が響き、いつもの睡眠薬を飲んでも眠りは浅く、夢見も苦い。
雪也は相変わらず、仕事の合間を縫っては、最近一緒に食事を取れていない俺を気遣ってくれる。
「ちゃんと食べてる?」
「具合悪くない?」
──その一言一言が温かくて、同時に痛かった。
俺は笑って頷くだけで、本当のことを言えないまま、日々をやり過ごしていた。
そして、目に見えて痩せていく体を隠すように、俺はもう時期でもないパーカーを着ることで、着膨れして身体のラインが見えないようにした。
バケーションに入り、休日の午後の光が、レースのカーテンを透かして部屋の中に柔らかな影を落としていた。何気なく雪也の隣りのソファに腰かけ、水を飲もうと水差しとコップに手を伸ばす。
その瞬間手首から、シャラッとした音と共に何かが落ちた。
乾いた小さな音がカーペットに転がった。視線を落とすと、小さな石のついた銀色の鎖がカーペットの上で光を跳ね返していた。
初めてのロンドンデートのとき、雪也が「似合うと思う」と笑って渡してくれたブレスレット。
少し大きめだったけど、今まで落ちたことなんて一度もなかった。
それが、雪也の前ですり抜けて落ちた。時が戻せるなら、雪や隣りに座らない未来が良かった。
────俺の心臓が嫌な音を立てて跳ねる。
「……これ」
隣りに居た雪也が拾い上げ、掌にのせる。指先で光を確かめるように撫でながら、目を伏せる。
その肩がわずかに震えていた。
「……痩せすぎて、外れたんだね」
いつもより低い声。その言葉に胸が抉られ、息が詰まった。
涙が込み上げるのを必死で堪える。
(気づかれた……。終わった…)
顔を上げた雪也の瞳は、光を吸い込んだみたいに真剣だった。
「なんで……こんなになるまで黙ってたの」
声は大きくなかった。けれど、怒りと悲しみが混じり合った有無を言わさぬその響きに、全身がすくんだ。身体がこわばって、膝の上に手を置いて手のひらをぎゅっと握っている。
反射的に下を向いて、雪也の顔を見なかった。
「ち、違……ユキに迷惑かけちゃいけないって思って……大学の仕事だって順調で、これからなのに……俺のことで邪魔したくなかったんだ……」
自分でも愚かな言葉だと分かっている。この言葉から、雪也ならこう返すだろう言葉も想像つく。それでも言わずにはいられなかった。
「迷惑……?」
いつもより低い声色が落ちてくる。雪也の眉が苦しげに歪む。
「盟が苦しんでるのに、それを知らされない方が……どれだけ辛いか分かる!?」
はじめて聞いた必死な大声に胸が潰れ、涙が一気にあふれた。
「…ご、ごめん…、ごめんなさい…。…でも…甘いのも、もう…何も、味がしなくて……。でも…っ…何でも食べるたびにユキが笑顔なのを思い出して、辛くて…。ユキの事を、考えれば考えるほど、苦しくて…どうしても言えなかったんだ……」
雪也は目を閉じ、大きく息を吐いた。次の瞬間、俺の肩を掴んで引き寄せる。
「……俺は講師として学生に向き合う。でも、俺が講師をしてるのは、もちろん絵が楽しいのもあるけど、大事な盟のためだよ。俺の人生の一番はずっと盟なんだ。……全部盟中心なんだよ。」
見上げた滲んだ涙の向こうで、彼の表情は切実そのものだった。怒りではなく、愛ゆえの苦しみ。
「……ユキ…、」
「もっと頼ってよ。苦しいことも、怖いことも、ぜんぶ俺に言って?……俺は盟の恋人だし家族なんだから。俺は苗字が一緒になったときから────…いや…、こんな身体にさせてしまった時から、全部盟と一緒に背負う覚悟はしてるんだから」
その言葉に苦しかった胸の大きな岩が崩れ落ちる。
俺は彼の胸にしがみつき、止まらない涙と嗚咽を堪えられなかった。
「……ごめん…ごめんなさい……ほんとは一番にユキに言いたかった……でも怖くて。…俺のために仕事してるって、分かってたから…余計、怖かった…」
雪也の指先が頬を伝う涙を拭った。
俺の話を「うん、うん」と聞いてくれてから雪也が発した声は、珍しく震えていたが、それでもやはり優しかった。
「俺だって怖い。…でも、盟が一人で怖がらないで。これからは二人で一緒に悩んだりして、生きていけばいい。……もう一人で抱えて泣かないで。」
張り詰めていたものがどんどん解けていく。静かな居間に、俺のすすり泣きだけが長く響いた。こうして俺と雪也の間にあった秘密は、終わった。
もう、隠すものは何もなかった。
泣き疲れて、雪也の胸に顔を付けて凭れたまま、どれくらい時間が過ぎただろう。
雪也のシャツに涙の跡が広がっているのを見て、胸が締めつけられた。
俺は、まだ雪也のシャツを握りしめている。
(また……泣いてばかりだ)
ごめん、と言おうとしたとき、雪也の声が頭上から落ちてくる。
「……ねえ、盟。バケーション、どこに行きたいか……考えてくれた?」
思いがけない問いに、胸の奥がじんわり熱くなる。泣いて弱さをさらけ出した直後だからこそ、彼があえて普段通りの調子で投げかけてくれたのが分かった。
…そういうところが、雪也なんだ。
「……うん。……あの、さ」
言葉を選びながら、指先で左手の薬指を無意識に撫でる。
「ロンドンに来て、最初のカフェで飲んだ……エルダーフラワーコーディアル。あれ、もう一度飲みたい。どうかな…」
雪也は驚いたように瞬きをして、それから少し苦笑した。
「そんなのでいいの? あれ、甘いでしょ?」
「……うん。味は…もう分からないけど、シュワシュワは分かるから。…ユキと一緒に、また飲みたいんだ」
言った瞬間、胸の奥が熱くなり、また目の端に涙が滲んだ。
失ったものばかりじゃない。あの日の光景も、二人で笑った声も、俺の中にはちゃんと残っている。
…そう思ったら、自然と涙がこぼれそうになった。
雪也は泣き笑いのような顔で、俺の手を強く握った。
その指先に込められた熱が、全ての言葉より雄弁だった。
「……分かった。じゃあバケーションは、俺たちの『初デートの続き』だね」
その一言が、雨上がりの空に差す陽光みたいに心に染み込んでいった。
もう一度ゆっくり抱きしめた雪也は耳元で囁いた。
「…ね、たまには、しようか」
「……なにを?」
「愛の確認行為」
「なにそれ…」
「おいで。教えてあげる」
抱き上げられて、落ちないように首に手を回す。部屋まで運ばれて鍵がカチャンと回されて、「もしや」と思った頃には逃げられないことを知る。ベッドに降ろされて、「もしや」が確信に変わり、『愛の確認行為』が何なのか理解した俺はベッドの上をモタモタと四つん這いで動き、逃げようとする。
だが、雪也のほうが一枚も二枚も上手で、雪也に背を向けて四つん這いの俺にそのまま大きな身体が覆い被さると、痩せたためにぎゅうぎゅうに締めていたジーンズのベルトをいとも簡単に外して、膝まで下着ごと下ろした。
「……っひ!まっ…て!…本気!?」
まだ昼すぎだ。換気のために開いた上げ下げ窓は白いカーテンが翻り、外は小鳥が鳴いていて、木々は初夏の風に靡いてサワサワ音のする、まごう事無き昼下がりだ。
もちろん、モリスだってジェームズだって起きている。
それに、俺達の使っている一階の客間の向かいはリネン室。モリスが廊下を通らないとも限らない。
そして、実は日本を出てからシていない。どうしても『雪也の実家』『誰かしらが家にいる環境』という二つの条件があって、夜に何度もベッドを誘われたが俺は断り続けていた。
まだ暴れていた俺だが、ロンTの隙間にスルスル入り込んできた片手が俺の弱い乳首を摘んだ瞬間、俺は突っ張ってた両手が崩れ落ちて、顔がシーツに落ちた。
「…っあぅ!!」
「……ね、こっち向いて?」
俺は恐る恐る顔を向ける。
ゆっくり俺の顎を掬った雪也の顔が近づいて、キスをされた。
…何度もしてきたキス。味覚は何もなくなったけれど、雪也のキスの味は覚えてる。胸の奥がキュッと掴まれる感じがして、涙が零れた。
(もう、味覚はなくても、記憶で、味を思い出せる…)
────もう、雪也が欲しい。
俺は陥落した。陥落という言い方は良くないか。…キスをしたら、もう、この状況よりも雪也への愛しさが勝った。
押し付けられて上から与えられるキスより、一度、ちゃんとした体勢でキスがしたくて「…ユキ、」と言って、雪也の肩を押して起き上がらせる。俺も起き上がって姿勢を正して、右足を投げ出し左足だけ正座になると、首筋に縋りついて、俺から唇を合わせた。
今までなかった俺からのキスに、一つ瞬きをした雪也はフッ、と笑って右手で俺の後頭部を支えると、深いキスをした。
味覚が無くなった分、他の感覚が鋭くなったのか、雪也の唇の柔らかさ、雪也の長い舌の絡まってくる時の舌の温度や口の中を撫でられる感覚、雪也の舌のざらりとした感触や唾液が行き来する感覚まで全てを敏感に感じ取り、『昼間』という俺にとっての背徳感も相まって、勝手に下半身に熱が集まる。
雪也は服の下に潜り込ませた左手で俺の胸を撫でて乳首をカリカリする。
「…ふ、んんッんぁ、っふぅ」
合わさった口の中で喘ぎながら、ビクビクと俺は震える。
ロンドンで暮らし始めて、何度かアトリエで雪也がキャンパスに向かって絵筆を持つ姿を見てきた。その絵筆を持つきれいな指が、今、俺の乳首を弾いている。その得も言われぬ興奮が、俺を追い詰めていく。
限界が近くなって、思わず口を離した俺は唾液で濡れた口を開き、へなへなになりながら「だめ」と雪也に縋りついた。
「だめ?」
「…イッちゃうから、…もうだめ…」
「……じゃあ、こっちする?」
スルリ、と剥き出しの尻を撫でられ、ピクリと俺が跳ねる。
「………ぅん」
立て膝になって抱きついて雪也に身体を委ねる。少しだけ足を開いて、雪也のやりやすい体勢を整えると、思い出したのか「あ、」と雪也は声を上げる。
「…ローション無い。…ちょっと、枕に頭向けて伏せになれる?」
「へ?」
「…ローション、この部屋に無いんだ。二階の俺の部屋にあるんだけど…。ちょっと、代わりのやり方するから、伏せて、腰上げて」
「か、代わりって……」
「安心して、大丈夫だから。痛くないようにする」
……そう言われると俺は弱い。
言われた通りに枕に伏せて腰を上げる。そのタイミングでジーンズも下着も脱ぎ去った。ものすごく恥ずかしい格好で、剥き出しの尻を雪也に向けている。「少し、足広げて」と言われその通りに肩幅くらいまで広げる。何をするか分からなくて、出来る限り後ろを見て、雪也の行動を見る。期待、不安、恥ずかしさで震える尻をゆっくり宥めるように撫でた雪也は俺を割り開いて尻に顔を近付けていた。尻の割れ目、そしてその奥のアナルに熱い息が掛かる。
「え、あ、っ!!まって、や…そんなとこっ」
俺の「信じられない」気持ちを他所に、雪也はアナルに舌を這わせた。驚きと温かい舌の感覚に大きな悲鳴を上げそうにな り、腰が上がったまま急いで両手で口を覆った。
「ふうっ!ん、っふぅ、っふぅ…あふっ!」
襞を執拗いくらい丁寧に舐めて襞を一つ一つ広げるように縁を舐める。舐め続ける長い舌は唾液を多く纏っており時折垂れて蟻の門渡りまで伝う。
「はっ、はっ、…ふぅっ、んんっ……ふぁんっ!?」
俺はビクッと飛び上がった。唾液で濡れたアナルの入り口を掻き分けて、舌が入り込んできたのだ。舌はグネグネと穴の中に潜り込み腸内をざらりとした舌で撫で回す。少しずつ唾液を送り込み、腸内を解しつつまた腸壁を舐め回して、更に唾液を追加する。舐めては唾液を送り込み、舐めては唾液を送り込みを繰り返しながら、そのうち舌を出したり入れたりを繰り返していると、俺のアナルからジュボジュボと濡れた音が聞こえてきた。
口を手で塞いでも声が大きくなりそうだった俺は、ついに枕に顔を押し付け、声を抑える。枕のシーツをぎゅっと握りしめて、必死に顔を押し付けて悶える。
(…堪らない、恥ずかしい…。気持ちいい…ッ!気持ちいい、気持ちいい…っ!!!)
ペニスは先走りに白濁が混じってダラダラ止まらない。俺はドライで何度も達していた。
「ッきゃぅっ!!」
俺が突然の刺激に犬のような悲鳴を上げて背中が仰け反った。
グズグズになったアナルの中に長い中指がズルリと入り込み、迷わず前立腺を見つけるとトントンと叩く。いきなりの衝撃にビュッと俺は射精した。
力が抜けて、ぺしょ、と頭が枕に落ちる。
余韻でよだれを垂らしてピクピクする俺に、ふふ、と雪也の笑い声が降ってきて、俺は首まで赤く染めた。
「…可愛い。盟、身体は大丈夫?もうあまりそこは触らないようにするけど、辛かったら言ってね?」
コクコクと頷き、「まだ、…だいじょうぶ」と俺は言う。
「分かった、じゃあ指、増やすよ?」という雪也の言葉に、またコクコクと頷くと、ニュル、と人差し指が足された。分かっていたのに、身体はビクッと反応する。前立腺は掠めただけだ。
「ふぁうう、んッんッ…!」
俺は枕に額を擦りつけて首を振る。
俺は前立腺がとんでもなく弱い。それこそ、触られすぎるとペニスを入れてないのに潮を噴く程だ。…とある夜に、あまりにイキすぎて不安になった。
ひどく犯された時のせいなのか分からなくて、日本にまだいる時に「モモさん、俺、身体おかしいのかな…?」と天原にこっそりラインで相談した事があった。やはり医者の答えはイエス。その直後掛かってきた電話口で「百舌君もそこにいるなら、スピーカーにして。」ちょっと強い口調で言われ、「あまり前立腺を触る過度な行為はしないように。」と医者の声のトーンで俺と雪也はしっかり言われた。…これ以上は俺が少しヤバ目な病気になる可能性があるそうだ。
それからは英語の勉強や雪也の仕事が忙しすぎて、性行為こそしてこなかったが、雪也のマンションで二人でリビングで英語の勉強をしていたソファーの上で、少し休憩してるとき、雪也から提案がある、と言われ、「セックスをやめて、バニラにしよう」と言われた。もちろん性的なことに相変わらず詳しくない俺の頭には、ハテナマークが沢山並んだ。その姿にくすり、と雪也は笑うと、「バニラはコレを入れないやつ」と雪也のジーンズの前たてに手を引かれ触らされた。相変わらず、恥ずかしくてすぐ手を引っ込めた俺だが、その行為を『バニラ』と理解したと同時に『雪也がそれで満足できるのか』分からず、悶々として、それもあってベッドも今まで断っていた。
………自分の欲を止める事に対して未だに制御しきれない雪也が、果たして『バニラ』を出来るのか。満足できるのか。
…そして、快楽に弱すぎる俺が、雪也のことを満足させられるのか……一抹の不安はあった。
今だって、俺は下半身裸でずっと気持ちよく快感を与えられるだけで、雪也は服を脱いですらいない。
両手で口を押さえて、快感から逃がすように俺の背中がだんだん丸まってくる。
その丸まった背中を押され、背を反った体勢に戻される。
「ほら、逃げないよ。気持ち良すぎちゃうところは触ってないでしょ?」
「ふう、はッ…んんんぅぅっ!ふぁあっ!」
ジュプジュプと音を立てながら出し入れされるだけで腸壁は震える。俺の声もひとつ高くなる。
だんだん声が上がってきたところで、雪也は俺の口を塞いだ。流石に聞こえるとマズイと思ったのだろうが、途端、俺は大きな絶頂を迎えて、身体を震わせた拍子に、雪也の中指の付け根の腹をぐっと噛んでしまった。
俺に呼吸をさせようと手が離れると、雪也の男らしくてきれいな筋張った手と俺の口の間を、唾液の糸が繋いで、やがてプツリと切れてシーツに垂れた。指を見ると、唾液を纏った歯型が残った中指。
「…っ…。……上手にイケたね、盟」
「ご、ごめ……ユキ…指、噛んじゃった…」
「気にしないで。いい指輪ができたと思ってる」
ふふ、と俺の前に手を持ってきて見せびらかす。俺が頬を更に赤くすると、「可愛い」と背後から抱きしめた。
そして、口の中に指が入れられ、クチュクチュと長い指が俺の口の中を荒らす。よだれを垂らして俺はウットリと溶けた顔をしていると。
「やらしい顔してる。まだ舌ピアスの跡は弄られると気持ちいい?」
渡航前に外した舌ピアスはほとんど塞がったが、多少シコリみたいなのが残ってしまい、それを強く触られると、痛いと気持ちいいが両方来る。普段は気にならないが、こういう時に触られると、何故か変な気分になる。
「盟が指輪くれたから、俺もあげていい?」
「んぁ…?」
まだ口の中に指が入った俺は疑問符を投げるが、そのまま雪也の顔が首に近づいて、息が吹き掛かる。
ぐっと首と鎖骨中間を噛まれて「アァッ!」と声が上がってしまった。その後、慰めるようにペロペロと舐めるのにも、ピクピクと反応する。
ふう、ふう、となんとか息をする俺はずっと指がはいってるため口が閉じれず、口の端のよだれが喉まで伝う。
「ほら、ネックレス」
「……ふぇ?」
指をやっと口から抜かれ、俺は噛まれたところを指でなぞったが、よく解らなかった。
「…そろそろ、俺もいい?」
雪也はベルトを外す手を俺が止めた。
「…やらせて?」
「ちょっ、盟…?」
「……その……今なら出来る気がする、から…」
「まさか、…ダメだ…また吐いたりしたら…」
俺は頭を振った。そして一言、「大丈夫」。
雪也のジーンズを寛げるところまでいくと、下着のスリットからペニスを両手で取り出した。
完全に立ち上がってる大きなそれを掲げるように持つと、俺は迷わず口に含んだ。前にやった通り雁首を舐め、尿道を舌先で抉り、幹を唇で扱く為に深く咥え込む。口で含みきれないところは両手で扱いた。俺の口の中から唾液が止まらず出てくるのと、雪也の先走りで雪也のペニスはしとどに濡れる。
味覚が無いからこそ、前は嘔吐きそうだったこの行為を、迷わず愛撫ができ、純粋に口の中でペニスの形を感じる事ができた。雪也を気持ちよくさせられる。手で扱いてる所や口の中でビクビクと脈打つのを感じて嬉しくて、どんどんその行為に没頭する。だんだん、雪也のペニスを使って俺の口の中をマスターベーションしてる気分にすらなった。
「…ぃ、…盟…っ…。口離して、離して…めい…ッ」
雪也が息を詰めて俺に止めるように言う。俺はイッてほしくて、まだ銜えていたら、「だめだ…っ」と無理矢理顔を両手で上げさせられ、口からペニスが抜けた途端、ビュルッと熱い飛沫が俺の顔に掛かった。
「っわ……ッ」
「…ごめん、目に入ったりしてない?…盟があんな無茶するから…」
すぐにサイドテーブルからティッシュを数枚取り、俺の顔を拭く。
顔を拭かれながら、俺はくすくす笑う。「どうしたの?」と聞かれて、「良かったなって」と俺は口を開いた。
「『セックスじゃなくて、バニラにする』って言われたとき、さっきまでも、ずっと不安だった。……でも、味覚の無い今なら、俺でも口でユキをイかせるくらい、気持ちよくさせられるって思って」
「やめて、それ」
雪也は少し複雑な顔をした。
「俺は、そんなやり方は望んでない。盟の味覚が無くなったことを利用したくない。…味覚が無いからって理由なら、もうフェラはしないで。そんな事しなくても、俺が盟と気持ち良くなる方法なんていくらでもある。」
少し低い声。不快にさせたのは一目瞭然で俺はどうしたらいいのか分からなかった。
「……ごめ、…そんなつもりじゃ…っ」
俺は咄嗟に謝って俯いた。怪我の功名だ、良かれと思ったのに、そんなふうに言われたら俺はもう手も足も出せない。…だって、他に方法を知らない。どうしたら雪也が気持ちよくなるのか、分からない。俺のセックスの知識は殆ど雪也が教えたものだから、これ以上知らない。どうしたら良かったのか混乱し始めたら、だんだん喉が詰まってきて目に涙が浮かぶ。唇を噛んで何も言えなくて黙ってしまった俺に、雪也が正面から抱きしめる。
「やり方…分からないんだよね、盟は。俺の教えた方法しか出来なかったんでしょ?…だからフェラだった。分かってる。…でも、その理由でフェラするのは俺は良くないって思った。もっと自分を大事にして欲しい。…これからはバニラのやり方、いっぱい教える。だから任せて?」
「……ごめん、なさい」
「まだ謝ってるの?もういいよ。だって、盟の少ない抽斗で俺を気持ちよくする方法を考えてくれたんだって分かってるから。」
「……うん。」
「…続き、していい?丁度、盟が俺のをよく舐めてくれたから、行けると思う」
ゆっくり抱きしめられていた身体を離すときに見えた雪也のペニスは、俺のフェラでイッた筈なのにしっかり勃っていた。夜に見るのと違うその姿に俺は顔が真っ赤になって顔を反らした。
「枕の方向いて。お尻高く上げて足閉じて」
俺は言われた通りに枕の方に頭を向け、雪也に尻を向ける。また恥ずかしい体勢だ。だけど、足を閉じてる。頭の中はハテナでいっぱいで、ドキドキしていた。
ぐちゅぐちゅと後ろで音がする。…多分雪也が自分でペニスを扱いて完全な勃起に持っていっている音。
「……いくよ。声、我慢してね……」
口を両手で押さえてコクコクと頷くと、アナルの下、蟻の門渡りにヌルっとした雪也のペニスの亀頭が触れ、ビクッとした。そのまま、俺のタマとペニスを擦る様に、股の間をズヌッと入ってきた。
「ふぅッ!!?」
「これが、素股。覚えて…」
俺の嬌声にフッと笑って、勉強みたいに卑猥な単語を俺に教え、ゆっくり腰を振る雪也。俺はタマとペニスを雪也の硬くて熱いペニスがゴリゴリと俺の太ももを擦って通っては引いていく。
(…っ…何これ、…何これ何これっ!!キモチイイ…ッ…後ろから突っ込まれてるみたい…っ…)
ペニスこそアナルに入れていないが、ほぼアナルセックスと同じ状況で、ひたすらに閉じた太ももの間を雪也の太くて長いペニスが俺のペニスとタマを刺激しながら行き来する。お腹の方を見るように下を向くと、雪也のペニスは太ももを超えてニュッと亀頭が顔を覗かせる。
「ンぅっ!…フゥゥッ、はっあっ、んふぅ…ッ」
だんだんスラストのスピードが上がって、雪也が俺の腰を掴んだ手に力が篭もる。ぬちゃぬちゃと卑猥な音に責め立てられるほどに聴覚からも感じで、たまらない。
「ん、はぁぁんっ、くぅん…っ…ふぁ、ぁ、アッ、んんんー!」
俺は太ももを通る雪也のペニスの熱と、ペニスとタマへの刺激と、はじめての素股で、頭の中は『気持ちいい』に支配される。前後に揺さぶられながら俺の太ももはブルブルと痙攣しだして、限界を訴える。
「ッユキぃ……も、だめ……っイッちゃう、イッちゃ…っ」
小さな声でなんとか限界を伝えると、頭を振って「もうだめ」をアピールする。
雪也のペニスがさっきよりも確実に興奮で膨らんでいるのは分かっていた。一緒にイキたくて、太ももを更にギュッと閉じると、「…っ盟、それ、やば…」と低く唸って、ラストスパートかのようにスピードを上げた。
「ひんんッ…はぅぅ…っ!!あぁっ、も、おれ…だめぇッ!!」
「ッ俺も、出すよ…っ」
────びゅるるっ
二人分の精液がシーツに飛んだ。
俺はそのまま死んだ動物のように横に倒れ、ぐったりする。イキすぎてしんどい。俺の太ももは雪也の先走りと精液でぐっしょり濡れていて、着ているロンTは俺の飛ばした精液で汚れている。
この行為を始めるまでは糊の利いたピシッと張られた白いシーツも今では酷いもので、ぐしゃぐしゃに皺が寄り、俺達の体液でびっしょりになっている。
雪也も俺を抱きかかえるように向き合うと、背中に手を回して密着する。ふふ、と笑って俺と同じことを考えていたのか、「…シーツ、こっそり替えなきゃね」と俺の顔を見て微笑んだ。
おでこが互いにコツ、と合わさって、そのままキスをした。舌を絡ませ、お互い自分の口の中に引っ張り込んで優しく愛撫する。お互い歯列をなぞり、上顎を舐めて、舌を擦り合わせて、何度も角度を変えて、深いキスをする。口を離すと、銀の糸が引いて、やがてそれは切れて無くなった。
「盟、キス上手くなったね。前より断然エロいキスが出来るようになったよ」
雪也にしみじみとそんな事を言われ、俺はボッと赤くなる。右手の甲で顔を隠して、仰け反るように雪也から上半身を離すと、言い訳のような事を言い放った。
「…っそれは!ユキが…そういうのばっか……するから…」
最後の方はゴニョゴニョと声が萎んでいく。
「あ、そういうことか。…盟なりに俺から学んで真似してるってこと?じゃあ、もう少し激しいのしたら盟もできるようになるってことか。」
にや、と笑った雪也のセリフに耳と首まで赤くした俺は身体を反対向きにして、雪也に顔が見えないように逃げる。
「こ、…これ以上は、むり!」
雪也は腰に手を回して、密着すると俺の凹んだ胸下から下腹を撫でながら、「経験してみる?もっとすごいの」と聞かれて、怪しい手つきの手を押さえつつ、少しの期待で手が震える。
(…そんなのされたら、……俺どうなっちゃうか、分かんない…)
ドキドキしていたら、雪也はフフ、と笑っていつものトーンで腹を撫でまわして持ち上がったロンTの裾を下ろして、ポンポンと安心させるようにお腹を優しく叩いた。
「…ま、それは追々。久しぶりにしたから、盟は疲れたんじゃない?かなりイッてたし。…お風呂、一緒に入ろう?」
────たまになら、『愛の確認行為』……悪くない。
そう思った自分も、相当物好きだと思った。
週末、俺たちは街のカフェへ出かけた。
ついこの間まで灰色の雲と雨ばかりだったのに、その日は驚くほど快晴。空が澄んでいた。普段灰色のイギリスでは珍しい青空。その青が石畳やレンガの壁を明るく照らしていて、まるで新しい物語の始まりを告げるみたいだった。
テラス席に並んで座ると、店員がグラスとマグカップを置いていった。
淡い琥珀色の液体。細かな泡がゆっくり立ち上り、陽光を受けてきらめいている。
『エルダーフラワーコーディアル』
ロンドンデートで俺が初めてのデートで飲んだもの。
グラスを口に運び、一口飲む。…甘さは分からない。
でも、舌の上に広がるシュワシュワが心を揺らした。
胸の奥が温かくなる。懐かしくて、確かに「思い出と生きている」と感じられる。
「……シュワシュワする。懐かしい……」
俺の声が震えた。
「やっぱり……ユキと一緒だと、美味しい気がする。味がある気がする…」
言った途端、涙がにじんで視界が歪んだ。
(ああ…、俺、また泣いてる……)
苦笑しようとした瞬間、頬にそっと指先が触れる。
「……泣かないで」
雪也が笑って、涙を指で拭った。
「盟が泣くと、俺まで泣きそうになる」
その言葉に胸が熱くなり、こみ上げるものを抑えられない。
でも同時に、雪也と一緒にいることの安心感が、俺をそっと支えてくれていた。空を仰ぐ。雲ひとつない青空。
その青が、失ったものよりも、これから見つけるものの大きさを教えてくれる気がした。
「……バケーションの始まりがこれってのも、悪くないな」
「……うん。そうだね」
俺たちの声が、澄み渡る空に静かに溶けていく。
俺は泣き笑いしながら空を仰いだ。
雲ひとつない、真っ青な空。
薬指のリングをきらめかせながら、左手を空にかざす。
「……俺は、この空、忘れない」
その言葉は風に溶け、青の中に消えていった。
雪也は黙って頷き、同じ空を見上げていた。
──青空とコーディアル。
俺たちの新しい記憶が、ここから始まった。
番外編
『青空とコーディアル』──終
そう言った雪也に、ジェームズがにっこり笑って返した。
「うちにいればいいじゃないか。モリスもいるし、盟が退屈しないだろう?」
ぐうの音も出ない、とはこのことだった。
俺はただ、隣で困ったように眉を寄せる雪也を見上げることしかできなかった。サクッとジェームズに説き伏せられてしまった俺たちは、ロンドンの街中に部屋を借りることなく、雪也の実家に暮らすことになった。
季節は少しずつ移ろい、冷たい風ばかりだった空気も、ようやく柔らかさを帯びはじめる。
ロンドンの朝は、湿った空気がカーテンの隙間から入り込み、肌の上に薄く張りつく。
けれど食卓に座れば、甘い香りがそんな寒さを忘れさせてくれた。
「Bread this morning. Hey, lots of honey.(今日の朝はブレッドよ。ほら、蜂蜜をたっぷり)」
モリスが俺に皿を差し出すと、バターの溶ける匂いがふわりと立ちのぼる。
未だに、出会った頃と同じで俺の味覚を考えてくれるモリスは、俺だけ別のメニューを毎回出してくれる。嬉しくて、幸せというバターが胸の奥に染み込む。
相変わらず少食なのに食べるのが遅くて、親子二人が食べ終わる頃に俺はまだ半分しか食事を終えていない。「ゆっくり食べな」と雪也やジェームズはいつもカップを手に取り、深い香りのコーヒーを口にする。
そして、やっと食べ終わった頃にモリスが俺の前に置いてくれるのは、湯気の立つ、濃いココアだった。
温かさが手のひらにじんわり広がり、それだけで胸が締めつけられるように嬉しくなる。
「I think cocoa goes better with Mei than coffee.(コーヒーより、こっちの方が盟には合うと思って)」
モリスが微笑んでそう言ったとき、俺は「Thank you.」と答えながら、心の奥が満たされていくのを感じた。
(……優しさに囲まれている。)
俺は、やっとこの家に、ロンドンという場所に慣れ始め、『家族』という幸せを恥ずかしがることなく受け入れ始めたばかりだった。
ただ、心の奥で小さな不安が時折顔を出す。
『いずれ、甘味も感じなくなる』
────日本で入院してた頃、真面目な顔をしてあの時天原が言っていた言葉。
家族に囲まれるようになり、毎日こんなに美味しい料理を作ってもらい、雪也も側にいて、こんなに幸せな日々で生活しだして、今になって、その言葉が震えるほど怖くなっていた。
それに気が付いてからは、毎日、食事の一口目が緊張になった。でも、味のした時の安心感はとてつもなく、俺を幸せに繋ぎ止めてくれていた。
(…甘いものが、まだ味わえる…。)
思わず自分の顔が安心で綻ぶのが分かった。
「……盟、今日はバケーション前の提出物が多くて、帰りが遅いと思う」
食卓を片づけながら、雪也がそう言った。
上質なスリーピーススーツに身を包み、ジャケットを腕に抱えた姿は、講師というよりまだ若紳士の面影の方が濃い。
けれど胸を張るその姿には、確かに『大学の客員講師』としての誇りが漂っていた。
「うん。分かった。……行ってらっしゃい」
「できるだけ、早く帰ってくる」と彼は少しかがんで、俺の頬に軽く口づけを落とす。
唇の柔らかな感触と、ふっと笑う彼の表情に、胸があたたかくなる。
雪也の後ろを付いていくように、食事を放って玄関まで見送りに行き、ドアを閉める雪也に見えなくなるまで手を振りながら、ドアが閉まったあと、静けさが戻る。
俺は振った手を下ろすことなく、しばらくその余韻に浸っていた。
(幸せだな……)
──けれど、その幸せの中に、黒い絵の具がぽたり、ぽたりと落ちていく音を、心のどこかで確かに聞いていた。
朝、口にするパンケーキの蜂蜜の甘さが、以前より霞んでいる気がした。
「I poured a lot of honey on it today.(今日は蜂蜜を多めにかけたのよ)」とモリスが笑っても、舌の上に広がるはずの濃さはどこか遠い。
俺は「Delicious.(美味しい)」と笑ったけれど、胸の奥ではざらりとした不安が広がっていった。
ある日、ブレッドを口にしたときは、バターの香りだけがやけに強く、甘みはほとんど感じられなかった。
(気のせいだ。……疲れているだけ)
そう自分に言い聞かせても、心は落ち着かなかった。
部屋で眼鏡をかけた俺は、ジェームズから借りた『名探偵ポワロ』を辞書片手に読んでいたら、アップルジュースとクッキーを持ってモリスが部屋に入ってきた。
「Mei, shall we have a sweets?(盟、おやつにしましょう?)」
「Thank you…(ありがとう…)」
「I'll leave you some sweets.(お菓子、置いておくわね)」
「Thank you.(ありがとう)」
「You're welcome.(どういたしまして)」
(…今朝のブレッドは、俺が疲れてただけ。…大丈夫。)
そう思いながら、読書の手を止めて、ジャムの挟まったクッキーを齧った。クッキーは味が無くジャリジャリして、中のジャムの甘さが少しだけ感じられた。…でも、霧がかかったようにイチゴジャムの味が遠い。
皿の上に乗っていたクッキーがそれ以上食べられず、ティッシュに咀嚼したクッキーを吐き出し、俺は大きな溜め息を吐いた。
一縷の希望を持って飲んだリンゴジュースも、ほとんど水だった。
それからは怖くなって、その後の読書も進まず、モリスに呼ばれた夜ご飯もキャンセルし、ベッドに潜って怯え続けた。
時間こそ分からなかったが、夜遅くに帰ってきて、俺がドアに背を向けてるベッドに潜った雪也。
寝る前にモリスから俺が『夕食をキャンセルした』事を聞いたのだろうというのは安易に想像がついた。
真意を聞きたかったのか、腰に手を回されて引き寄せられ、「盟…」と静かに声を掛けられたが、俺が何も答えなかったため、俺が寝ていると思ったのだろう。一つ溜め息をついて、いつの間にかそのまま隣りから寝息が聞こえてきた。
────いつの間にか、黒い影はひたりと俺の背後に張り付いていた。
その日は、朝から強い雨が降っていた。窓ガラスを打つ雨粒がリズムを刻むように響き、部屋の空気まで湿らせている。
モリスが用意してくれた朝食は、たっぷりのバターと蜂蜜をかけたパンケーキだった。
フォークを手に取り、笑顔を作ってひと口食べたが、何も味がしなかった。甘さも、香ばしさも、舌の上をただ「異物感」が転がるだけ。
無理矢理飲み込むたびに、胸の奥がぎゅうっと縮まっていく。
(……ない。……何も、味……かんじない)
隣で雪也がコーヒーを飲み干し、ジャケットを抱え立ち上がる。
「……盟、今日は早めに帰れるから。来週からのバケーション、どこに行きたいか考えてて」
「うん。……行ってらっしゃい」
いつも通りの口付けを頬に受けて、手を振る。
今日ばかりは玄関まで見送りに行けなくて、俺の笑顔が、自分でも驚くほどぎこちないのを感じた。
玄関のドアが閉まった音を聞いた瞬間、俺は立ち上がる。
「Sorry…」とモリスとジェームズに小さく告げ、杖さえ持つのを忘れ、片手で口を塞ぎ、壁や家具を伝って、右足を引きずりながら縺れる足でできるだけ早く廊下を進んだ。
トイレのドアを閉め、便器に身を屈めた瞬間、込み上げるものを堪えきれなかった。
──ベシャ、と音を立てて吐き出す。
涙が止まらなかった。嗚咽が勝手に漏れて、嘔吐の喉の痛みより、胸の奥が痛くてたまらない。
(味しない……甘いの、全然味しない……やだ……やだよ……)
唯一残されたはずの希望。
24年の人生で一度も得られなかった『食べられる幸せ』を、甘味以外の味覚を無くしてから、ようやく手に入れたと思ったのに。
…それを、神様は俺から簡単に取り上げていった。
震える右手で左手の薬指を握る。
(ユキ……助けて……)
壁に左肩を預けて左膝を立て座り込んで蹲る。使えない右足は中途半端に伸ばして投げ出している。俺は祈るように握った左手の薬指を額に付けた。
扉の向こうから、モリスの心配そうな声がした。
「…Mei.Are you okay?(…盟、大丈夫かしら?)」
俺のすすり泣きが漏れてしまっていたらしい。返事をしなかった俺に、「……Shall I come in?(…入るわよ?)」と、ドアノブが回り、モリスが入ってくる。
「Oh my god… Are you alright? Did you throw up? Do you have a fever? Is it a cold?(まあ…吐いたの?大丈夫?具合悪いかしら?熱はある?)」
矢継ぎ早の英語に、俺はなんとか聞き取り、ショック状態の頭をフル回転させ、一生懸命頭の抽斗の英単語を持ってきて英文を組み立てて、掠れた声でどうにか返す。
「…ぁ……I’m… okay. Don’t worry…(……だいじょうぶ、心配しないで…)」
けれど、泣きながら『大丈夫』と返答した俺の言葉を無視して、モリスは主のジェームズを『一大事だ』と呼んだ。
「James! It’s bad! We need to go to the hospital! Mei just threw up!(ジェームズ、大変だわ!盟が吐いたの!病院に連れて行かなきゃ!)」
すぐに駆けつけたジェームズが、狭いトイレの入り口でモリスと立ち位置を変わり、俺の肩を抱きながら日本語で話しかける。
この時ばかりは日本語の方が、俺にはありがたかった。
「…盟、具合が悪いのか?いつからだ?なんで黙ってたんだ」
「……違うんです……。具合じゃない……」
息を震わせ、暫く間を置いた。
そして、もう一度意を決して口を開くが、口にすれば事実を認める気がしてまた涙が滲んできた。喉が詰まったが、それでもやっとの思いで告げた。
「味…っ…何もしなくなったんです…。甘いのも……味がなくて。……っパンケーキも、口の中…気持ち悪くて………俺…もう味覚、ダメになって…」
ジェームズは深く息を吐いた。
「……そうか。それで吐いてしまったんだな」
背中を優しくトントンとリズムよく叩いて、俺を落ち着かせる。
「お願いです……ユキには言わないでください。……今はやっと仕事が順調で……邪魔したくないんです」
下を向いて更に小さくなった俺の声は掠れ、止まらない涙で濡れていた。
ジェームズはしばらく黙ったまま俺を見つめ、静かに頷く。
「……分かった、君の意思を尊重する。…だが無理はするな、絶対にな」
こうして、俺の秘密は始まった。雪也にさえ言えない、苦しくて弱い秘密。
それからの日々、俺の食事は少しずつ変わっていった。朝には温かい具なしのコンソメスープが並ぶ。
湯気の立つ器を手にすると、喉の奥にじんわりとした温もりが広がり、胸まで満たされるようだった。
昼は彩りの鮮やかな野菜スティック。カリ、と噛むたびに響く音と、瑞々しい食感。味は分からないけれど、そのシャキシャキとした感触が、不思議と心を慰めてくれる。
夜は決まってジェラートやアイスクリーム。冷たさが舌を駆け抜け、体の奥を一瞬だけすっきりとさせてくれる。
……味を失った俺にとって、温度や歯触りはわずかな救いだった。
(……モリスが工夫してくれているんだ)
パソコンやスマホを片手に、何かを検索しているモリスの姿を何度も見かけた。きっと 『味覚を失った人は何を食べるか』とか、そんな検索ワードで色々探してくれたのだろう。
「Hey, why are you eating like this lately?(ねえ、どうして最近こんな食事なんですか?)」ある日の昼、野菜スティックをかじりながら尋ねると、モリスは軽く目を丸くして、すぐに穏やかな笑みを浮かべた。
「I thought maybe Mei could eat a little of this.(これなら、盟が少しでも食べられるかと思って) 」
肩をすくめる仕草は自然で、まるで冗談を言っているように軽やかだった。けれど、俺に細心の注意を払って気を使ってるのは丸わかりで、どこかぎこちなさを感じてしまうのは、やっぱり、それを敏感に読み取ってしまう俺の悪い気質のせい。
あれから、ほとんど夕食以外、雪也との食事を避けた。
メニューがガラリと変わってしまったから、勘のいい雪也は盟に何かあったと分かってしまう、とジェームズとモリスは相談したのだろう。
モリスが、朝は「睡眠薬がよく効いてるようで、今日は起きれないみたい」と寝坊を偽装してくれて、俺は顔を合わせずに部屋にいて、雪也が出掛けると入れ違いで俺をダイニングに呼ぶ。昼は雪也は仕事で不在だし、雪也の休日の昼はリンゴや洋梨などのフルーツを齧ってやり過ごした。夕食はいろんなフレーバーのアイスクリームを食べてる。「それだけでいいの?」と聞かれたが、「最近暖かくなったから」と苦しいはぐらかしをした。
廊下で低く話すジェームズとモリスの声が、部屋にいた俺の耳にふと届く。扉の隙間から聞こえるのは、俺の名前と『雪也』という言葉。
聞き取ろうと少し扉を開けて息を潜めたけれど、二人の英語は早口だし、すぐに足音が近づき、慌てて薄く開けていた扉を閉めて部屋に戻った。
(…本当は、モリスさんは雪也に言いたいんだ。……でも、俺が黙っててって言ったから…ジェームズさんに口止めされてる…)
そう気づいても、俺は何も言わなかった。
むしろ、自分のために彼らまで秘密を抱えさせていることが、胸を締めつけるだけだった。
夜、ベッドに横たわりながら、左手の薬指に光る指輪を見つめる。前よりグラグラと遊びの増えた指輪。それでも、俺はそれに唇を寄せ、小さく体を丸めた。
(ユキに……言わなきゃ。でも…どうしよう…なんて言えば、なんて言うの…?)
「……分からない」
小さな声が響き、いつもの睡眠薬を飲んでも眠りは浅く、夢見も苦い。
雪也は相変わらず、仕事の合間を縫っては、最近一緒に食事を取れていない俺を気遣ってくれる。
「ちゃんと食べてる?」
「具合悪くない?」
──その一言一言が温かくて、同時に痛かった。
俺は笑って頷くだけで、本当のことを言えないまま、日々をやり過ごしていた。
そして、目に見えて痩せていく体を隠すように、俺はもう時期でもないパーカーを着ることで、着膨れして身体のラインが見えないようにした。
バケーションに入り、休日の午後の光が、レースのカーテンを透かして部屋の中に柔らかな影を落としていた。何気なく雪也の隣りのソファに腰かけ、水を飲もうと水差しとコップに手を伸ばす。
その瞬間手首から、シャラッとした音と共に何かが落ちた。
乾いた小さな音がカーペットに転がった。視線を落とすと、小さな石のついた銀色の鎖がカーペットの上で光を跳ね返していた。
初めてのロンドンデートのとき、雪也が「似合うと思う」と笑って渡してくれたブレスレット。
少し大きめだったけど、今まで落ちたことなんて一度もなかった。
それが、雪也の前ですり抜けて落ちた。時が戻せるなら、雪や隣りに座らない未来が良かった。
────俺の心臓が嫌な音を立てて跳ねる。
「……これ」
隣りに居た雪也が拾い上げ、掌にのせる。指先で光を確かめるように撫でながら、目を伏せる。
その肩がわずかに震えていた。
「……痩せすぎて、外れたんだね」
いつもより低い声。その言葉に胸が抉られ、息が詰まった。
涙が込み上げるのを必死で堪える。
(気づかれた……。終わった…)
顔を上げた雪也の瞳は、光を吸い込んだみたいに真剣だった。
「なんで……こんなになるまで黙ってたの」
声は大きくなかった。けれど、怒りと悲しみが混じり合った有無を言わさぬその響きに、全身がすくんだ。身体がこわばって、膝の上に手を置いて手のひらをぎゅっと握っている。
反射的に下を向いて、雪也の顔を見なかった。
「ち、違……ユキに迷惑かけちゃいけないって思って……大学の仕事だって順調で、これからなのに……俺のことで邪魔したくなかったんだ……」
自分でも愚かな言葉だと分かっている。この言葉から、雪也ならこう返すだろう言葉も想像つく。それでも言わずにはいられなかった。
「迷惑……?」
いつもより低い声色が落ちてくる。雪也の眉が苦しげに歪む。
「盟が苦しんでるのに、それを知らされない方が……どれだけ辛いか分かる!?」
はじめて聞いた必死な大声に胸が潰れ、涙が一気にあふれた。
「…ご、ごめん…、ごめんなさい…。…でも…甘いのも、もう…何も、味がしなくて……。でも…っ…何でも食べるたびにユキが笑顔なのを思い出して、辛くて…。ユキの事を、考えれば考えるほど、苦しくて…どうしても言えなかったんだ……」
雪也は目を閉じ、大きく息を吐いた。次の瞬間、俺の肩を掴んで引き寄せる。
「……俺は講師として学生に向き合う。でも、俺が講師をしてるのは、もちろん絵が楽しいのもあるけど、大事な盟のためだよ。俺の人生の一番はずっと盟なんだ。……全部盟中心なんだよ。」
見上げた滲んだ涙の向こうで、彼の表情は切実そのものだった。怒りではなく、愛ゆえの苦しみ。
「……ユキ…、」
「もっと頼ってよ。苦しいことも、怖いことも、ぜんぶ俺に言って?……俺は盟の恋人だし家族なんだから。俺は苗字が一緒になったときから────…いや…、こんな身体にさせてしまった時から、全部盟と一緒に背負う覚悟はしてるんだから」
その言葉に苦しかった胸の大きな岩が崩れ落ちる。
俺は彼の胸にしがみつき、止まらない涙と嗚咽を堪えられなかった。
「……ごめん…ごめんなさい……ほんとは一番にユキに言いたかった……でも怖くて。…俺のために仕事してるって、分かってたから…余計、怖かった…」
雪也の指先が頬を伝う涙を拭った。
俺の話を「うん、うん」と聞いてくれてから雪也が発した声は、珍しく震えていたが、それでもやはり優しかった。
「俺だって怖い。…でも、盟が一人で怖がらないで。これからは二人で一緒に悩んだりして、生きていけばいい。……もう一人で抱えて泣かないで。」
張り詰めていたものがどんどん解けていく。静かな居間に、俺のすすり泣きだけが長く響いた。こうして俺と雪也の間にあった秘密は、終わった。
もう、隠すものは何もなかった。
泣き疲れて、雪也の胸に顔を付けて凭れたまま、どれくらい時間が過ぎただろう。
雪也のシャツに涙の跡が広がっているのを見て、胸が締めつけられた。
俺は、まだ雪也のシャツを握りしめている。
(また……泣いてばかりだ)
ごめん、と言おうとしたとき、雪也の声が頭上から落ちてくる。
「……ねえ、盟。バケーション、どこに行きたいか……考えてくれた?」
思いがけない問いに、胸の奥がじんわり熱くなる。泣いて弱さをさらけ出した直後だからこそ、彼があえて普段通りの調子で投げかけてくれたのが分かった。
…そういうところが、雪也なんだ。
「……うん。……あの、さ」
言葉を選びながら、指先で左手の薬指を無意識に撫でる。
「ロンドンに来て、最初のカフェで飲んだ……エルダーフラワーコーディアル。あれ、もう一度飲みたい。どうかな…」
雪也は驚いたように瞬きをして、それから少し苦笑した。
「そんなのでいいの? あれ、甘いでしょ?」
「……うん。味は…もう分からないけど、シュワシュワは分かるから。…ユキと一緒に、また飲みたいんだ」
言った瞬間、胸の奥が熱くなり、また目の端に涙が滲んだ。
失ったものばかりじゃない。あの日の光景も、二人で笑った声も、俺の中にはちゃんと残っている。
…そう思ったら、自然と涙がこぼれそうになった。
雪也は泣き笑いのような顔で、俺の手を強く握った。
その指先に込められた熱が、全ての言葉より雄弁だった。
「……分かった。じゃあバケーションは、俺たちの『初デートの続き』だね」
その一言が、雨上がりの空に差す陽光みたいに心に染み込んでいった。
もう一度ゆっくり抱きしめた雪也は耳元で囁いた。
「…ね、たまには、しようか」
「……なにを?」
「愛の確認行為」
「なにそれ…」
「おいで。教えてあげる」
抱き上げられて、落ちないように首に手を回す。部屋まで運ばれて鍵がカチャンと回されて、「もしや」と思った頃には逃げられないことを知る。ベッドに降ろされて、「もしや」が確信に変わり、『愛の確認行為』が何なのか理解した俺はベッドの上をモタモタと四つん這いで動き、逃げようとする。
だが、雪也のほうが一枚も二枚も上手で、雪也に背を向けて四つん這いの俺にそのまま大きな身体が覆い被さると、痩せたためにぎゅうぎゅうに締めていたジーンズのベルトをいとも簡単に外して、膝まで下着ごと下ろした。
「……っひ!まっ…て!…本気!?」
まだ昼すぎだ。換気のために開いた上げ下げ窓は白いカーテンが翻り、外は小鳥が鳴いていて、木々は初夏の風に靡いてサワサワ音のする、まごう事無き昼下がりだ。
もちろん、モリスだってジェームズだって起きている。
それに、俺達の使っている一階の客間の向かいはリネン室。モリスが廊下を通らないとも限らない。
そして、実は日本を出てからシていない。どうしても『雪也の実家』『誰かしらが家にいる環境』という二つの条件があって、夜に何度もベッドを誘われたが俺は断り続けていた。
まだ暴れていた俺だが、ロンTの隙間にスルスル入り込んできた片手が俺の弱い乳首を摘んだ瞬間、俺は突っ張ってた両手が崩れ落ちて、顔がシーツに落ちた。
「…っあぅ!!」
「……ね、こっち向いて?」
俺は恐る恐る顔を向ける。
ゆっくり俺の顎を掬った雪也の顔が近づいて、キスをされた。
…何度もしてきたキス。味覚は何もなくなったけれど、雪也のキスの味は覚えてる。胸の奥がキュッと掴まれる感じがして、涙が零れた。
(もう、味覚はなくても、記憶で、味を思い出せる…)
────もう、雪也が欲しい。
俺は陥落した。陥落という言い方は良くないか。…キスをしたら、もう、この状況よりも雪也への愛しさが勝った。
押し付けられて上から与えられるキスより、一度、ちゃんとした体勢でキスがしたくて「…ユキ、」と言って、雪也の肩を押して起き上がらせる。俺も起き上がって姿勢を正して、右足を投げ出し左足だけ正座になると、首筋に縋りついて、俺から唇を合わせた。
今までなかった俺からのキスに、一つ瞬きをした雪也はフッ、と笑って右手で俺の後頭部を支えると、深いキスをした。
味覚が無くなった分、他の感覚が鋭くなったのか、雪也の唇の柔らかさ、雪也の長い舌の絡まってくる時の舌の温度や口の中を撫でられる感覚、雪也の舌のざらりとした感触や唾液が行き来する感覚まで全てを敏感に感じ取り、『昼間』という俺にとっての背徳感も相まって、勝手に下半身に熱が集まる。
雪也は服の下に潜り込ませた左手で俺の胸を撫でて乳首をカリカリする。
「…ふ、んんッんぁ、っふぅ」
合わさった口の中で喘ぎながら、ビクビクと俺は震える。
ロンドンで暮らし始めて、何度かアトリエで雪也がキャンパスに向かって絵筆を持つ姿を見てきた。その絵筆を持つきれいな指が、今、俺の乳首を弾いている。その得も言われぬ興奮が、俺を追い詰めていく。
限界が近くなって、思わず口を離した俺は唾液で濡れた口を開き、へなへなになりながら「だめ」と雪也に縋りついた。
「だめ?」
「…イッちゃうから、…もうだめ…」
「……じゃあ、こっちする?」
スルリ、と剥き出しの尻を撫でられ、ピクリと俺が跳ねる。
「………ぅん」
立て膝になって抱きついて雪也に身体を委ねる。少しだけ足を開いて、雪也のやりやすい体勢を整えると、思い出したのか「あ、」と雪也は声を上げる。
「…ローション無い。…ちょっと、枕に頭向けて伏せになれる?」
「へ?」
「…ローション、この部屋に無いんだ。二階の俺の部屋にあるんだけど…。ちょっと、代わりのやり方するから、伏せて、腰上げて」
「か、代わりって……」
「安心して、大丈夫だから。痛くないようにする」
……そう言われると俺は弱い。
言われた通りに枕に伏せて腰を上げる。そのタイミングでジーンズも下着も脱ぎ去った。ものすごく恥ずかしい格好で、剥き出しの尻を雪也に向けている。「少し、足広げて」と言われその通りに肩幅くらいまで広げる。何をするか分からなくて、出来る限り後ろを見て、雪也の行動を見る。期待、不安、恥ずかしさで震える尻をゆっくり宥めるように撫でた雪也は俺を割り開いて尻に顔を近付けていた。尻の割れ目、そしてその奥のアナルに熱い息が掛かる。
「え、あ、っ!!まって、や…そんなとこっ」
俺の「信じられない」気持ちを他所に、雪也はアナルに舌を這わせた。驚きと温かい舌の感覚に大きな悲鳴を上げそうにな り、腰が上がったまま急いで両手で口を覆った。
「ふうっ!ん、っふぅ、っふぅ…あふっ!」
襞を執拗いくらい丁寧に舐めて襞を一つ一つ広げるように縁を舐める。舐め続ける長い舌は唾液を多く纏っており時折垂れて蟻の門渡りまで伝う。
「はっ、はっ、…ふぅっ、んんっ……ふぁんっ!?」
俺はビクッと飛び上がった。唾液で濡れたアナルの入り口を掻き分けて、舌が入り込んできたのだ。舌はグネグネと穴の中に潜り込み腸内をざらりとした舌で撫で回す。少しずつ唾液を送り込み、腸内を解しつつまた腸壁を舐め回して、更に唾液を追加する。舐めては唾液を送り込み、舐めては唾液を送り込みを繰り返しながら、そのうち舌を出したり入れたりを繰り返していると、俺のアナルからジュボジュボと濡れた音が聞こえてきた。
口を手で塞いでも声が大きくなりそうだった俺は、ついに枕に顔を押し付け、声を抑える。枕のシーツをぎゅっと握りしめて、必死に顔を押し付けて悶える。
(…堪らない、恥ずかしい…。気持ちいい…ッ!気持ちいい、気持ちいい…っ!!!)
ペニスは先走りに白濁が混じってダラダラ止まらない。俺はドライで何度も達していた。
「ッきゃぅっ!!」
俺が突然の刺激に犬のような悲鳴を上げて背中が仰け反った。
グズグズになったアナルの中に長い中指がズルリと入り込み、迷わず前立腺を見つけるとトントンと叩く。いきなりの衝撃にビュッと俺は射精した。
力が抜けて、ぺしょ、と頭が枕に落ちる。
余韻でよだれを垂らしてピクピクする俺に、ふふ、と雪也の笑い声が降ってきて、俺は首まで赤く染めた。
「…可愛い。盟、身体は大丈夫?もうあまりそこは触らないようにするけど、辛かったら言ってね?」
コクコクと頷き、「まだ、…だいじょうぶ」と俺は言う。
「分かった、じゃあ指、増やすよ?」という雪也の言葉に、またコクコクと頷くと、ニュル、と人差し指が足された。分かっていたのに、身体はビクッと反応する。前立腺は掠めただけだ。
「ふぁうう、んッんッ…!」
俺は枕に額を擦りつけて首を振る。
俺は前立腺がとんでもなく弱い。それこそ、触られすぎるとペニスを入れてないのに潮を噴く程だ。…とある夜に、あまりにイキすぎて不安になった。
ひどく犯された時のせいなのか分からなくて、日本にまだいる時に「モモさん、俺、身体おかしいのかな…?」と天原にこっそりラインで相談した事があった。やはり医者の答えはイエス。その直後掛かってきた電話口で「百舌君もそこにいるなら、スピーカーにして。」ちょっと強い口調で言われ、「あまり前立腺を触る過度な行為はしないように。」と医者の声のトーンで俺と雪也はしっかり言われた。…これ以上は俺が少しヤバ目な病気になる可能性があるそうだ。
それからは英語の勉強や雪也の仕事が忙しすぎて、性行為こそしてこなかったが、雪也のマンションで二人でリビングで英語の勉強をしていたソファーの上で、少し休憩してるとき、雪也から提案がある、と言われ、「セックスをやめて、バニラにしよう」と言われた。もちろん性的なことに相変わらず詳しくない俺の頭には、ハテナマークが沢山並んだ。その姿にくすり、と雪也は笑うと、「バニラはコレを入れないやつ」と雪也のジーンズの前たてに手を引かれ触らされた。相変わらず、恥ずかしくてすぐ手を引っ込めた俺だが、その行為を『バニラ』と理解したと同時に『雪也がそれで満足できるのか』分からず、悶々として、それもあってベッドも今まで断っていた。
………自分の欲を止める事に対して未だに制御しきれない雪也が、果たして『バニラ』を出来るのか。満足できるのか。
…そして、快楽に弱すぎる俺が、雪也のことを満足させられるのか……一抹の不安はあった。
今だって、俺は下半身裸でずっと気持ちよく快感を与えられるだけで、雪也は服を脱いですらいない。
両手で口を押さえて、快感から逃がすように俺の背中がだんだん丸まってくる。
その丸まった背中を押され、背を反った体勢に戻される。
「ほら、逃げないよ。気持ち良すぎちゃうところは触ってないでしょ?」
「ふう、はッ…んんんぅぅっ!ふぁあっ!」
ジュプジュプと音を立てながら出し入れされるだけで腸壁は震える。俺の声もひとつ高くなる。
だんだん声が上がってきたところで、雪也は俺の口を塞いだ。流石に聞こえるとマズイと思ったのだろうが、途端、俺は大きな絶頂を迎えて、身体を震わせた拍子に、雪也の中指の付け根の腹をぐっと噛んでしまった。
俺に呼吸をさせようと手が離れると、雪也の男らしくてきれいな筋張った手と俺の口の間を、唾液の糸が繋いで、やがてプツリと切れてシーツに垂れた。指を見ると、唾液を纏った歯型が残った中指。
「…っ…。……上手にイケたね、盟」
「ご、ごめ……ユキ…指、噛んじゃった…」
「気にしないで。いい指輪ができたと思ってる」
ふふ、と俺の前に手を持ってきて見せびらかす。俺が頬を更に赤くすると、「可愛い」と背後から抱きしめた。
そして、口の中に指が入れられ、クチュクチュと長い指が俺の口の中を荒らす。よだれを垂らして俺はウットリと溶けた顔をしていると。
「やらしい顔してる。まだ舌ピアスの跡は弄られると気持ちいい?」
渡航前に外した舌ピアスはほとんど塞がったが、多少シコリみたいなのが残ってしまい、それを強く触られると、痛いと気持ちいいが両方来る。普段は気にならないが、こういう時に触られると、何故か変な気分になる。
「盟が指輪くれたから、俺もあげていい?」
「んぁ…?」
まだ口の中に指が入った俺は疑問符を投げるが、そのまま雪也の顔が首に近づいて、息が吹き掛かる。
ぐっと首と鎖骨中間を噛まれて「アァッ!」と声が上がってしまった。その後、慰めるようにペロペロと舐めるのにも、ピクピクと反応する。
ふう、ふう、となんとか息をする俺はずっと指がはいってるため口が閉じれず、口の端のよだれが喉まで伝う。
「ほら、ネックレス」
「……ふぇ?」
指をやっと口から抜かれ、俺は噛まれたところを指でなぞったが、よく解らなかった。
「…そろそろ、俺もいい?」
雪也はベルトを外す手を俺が止めた。
「…やらせて?」
「ちょっ、盟…?」
「……その……今なら出来る気がする、から…」
「まさか、…ダメだ…また吐いたりしたら…」
俺は頭を振った。そして一言、「大丈夫」。
雪也のジーンズを寛げるところまでいくと、下着のスリットからペニスを両手で取り出した。
完全に立ち上がってる大きなそれを掲げるように持つと、俺は迷わず口に含んだ。前にやった通り雁首を舐め、尿道を舌先で抉り、幹を唇で扱く為に深く咥え込む。口で含みきれないところは両手で扱いた。俺の口の中から唾液が止まらず出てくるのと、雪也の先走りで雪也のペニスはしとどに濡れる。
味覚が無いからこそ、前は嘔吐きそうだったこの行為を、迷わず愛撫ができ、純粋に口の中でペニスの形を感じる事ができた。雪也を気持ちよくさせられる。手で扱いてる所や口の中でビクビクと脈打つのを感じて嬉しくて、どんどんその行為に没頭する。だんだん、雪也のペニスを使って俺の口の中をマスターベーションしてる気分にすらなった。
「…ぃ、…盟…っ…。口離して、離して…めい…ッ」
雪也が息を詰めて俺に止めるように言う。俺はイッてほしくて、まだ銜えていたら、「だめだ…っ」と無理矢理顔を両手で上げさせられ、口からペニスが抜けた途端、ビュルッと熱い飛沫が俺の顔に掛かった。
「っわ……ッ」
「…ごめん、目に入ったりしてない?…盟があんな無茶するから…」
すぐにサイドテーブルからティッシュを数枚取り、俺の顔を拭く。
顔を拭かれながら、俺はくすくす笑う。「どうしたの?」と聞かれて、「良かったなって」と俺は口を開いた。
「『セックスじゃなくて、バニラにする』って言われたとき、さっきまでも、ずっと不安だった。……でも、味覚の無い今なら、俺でも口でユキをイかせるくらい、気持ちよくさせられるって思って」
「やめて、それ」
雪也は少し複雑な顔をした。
「俺は、そんなやり方は望んでない。盟の味覚が無くなったことを利用したくない。…味覚が無いからって理由なら、もうフェラはしないで。そんな事しなくても、俺が盟と気持ち良くなる方法なんていくらでもある。」
少し低い声。不快にさせたのは一目瞭然で俺はどうしたらいいのか分からなかった。
「……ごめ、…そんなつもりじゃ…っ」
俺は咄嗟に謝って俯いた。怪我の功名だ、良かれと思ったのに、そんなふうに言われたら俺はもう手も足も出せない。…だって、他に方法を知らない。どうしたら雪也が気持ちよくなるのか、分からない。俺のセックスの知識は殆ど雪也が教えたものだから、これ以上知らない。どうしたら良かったのか混乱し始めたら、だんだん喉が詰まってきて目に涙が浮かぶ。唇を噛んで何も言えなくて黙ってしまった俺に、雪也が正面から抱きしめる。
「やり方…分からないんだよね、盟は。俺の教えた方法しか出来なかったんでしょ?…だからフェラだった。分かってる。…でも、その理由でフェラするのは俺は良くないって思った。もっと自分を大事にして欲しい。…これからはバニラのやり方、いっぱい教える。だから任せて?」
「……ごめん、なさい」
「まだ謝ってるの?もういいよ。だって、盟の少ない抽斗で俺を気持ちよくする方法を考えてくれたんだって分かってるから。」
「……うん。」
「…続き、していい?丁度、盟が俺のをよく舐めてくれたから、行けると思う」
ゆっくり抱きしめられていた身体を離すときに見えた雪也のペニスは、俺のフェラでイッた筈なのにしっかり勃っていた。夜に見るのと違うその姿に俺は顔が真っ赤になって顔を反らした。
「枕の方向いて。お尻高く上げて足閉じて」
俺は言われた通りに枕の方に頭を向け、雪也に尻を向ける。また恥ずかしい体勢だ。だけど、足を閉じてる。頭の中はハテナでいっぱいで、ドキドキしていた。
ぐちゅぐちゅと後ろで音がする。…多分雪也が自分でペニスを扱いて完全な勃起に持っていっている音。
「……いくよ。声、我慢してね……」
口を両手で押さえてコクコクと頷くと、アナルの下、蟻の門渡りにヌルっとした雪也のペニスの亀頭が触れ、ビクッとした。そのまま、俺のタマとペニスを擦る様に、股の間をズヌッと入ってきた。
「ふぅッ!!?」
「これが、素股。覚えて…」
俺の嬌声にフッと笑って、勉強みたいに卑猥な単語を俺に教え、ゆっくり腰を振る雪也。俺はタマとペニスを雪也の硬くて熱いペニスがゴリゴリと俺の太ももを擦って通っては引いていく。
(…っ…何これ、…何これ何これっ!!キモチイイ…ッ…後ろから突っ込まれてるみたい…っ…)
ペニスこそアナルに入れていないが、ほぼアナルセックスと同じ状況で、ひたすらに閉じた太ももの間を雪也の太くて長いペニスが俺のペニスとタマを刺激しながら行き来する。お腹の方を見るように下を向くと、雪也のペニスは太ももを超えてニュッと亀頭が顔を覗かせる。
「ンぅっ!…フゥゥッ、はっあっ、んふぅ…ッ」
だんだんスラストのスピードが上がって、雪也が俺の腰を掴んだ手に力が篭もる。ぬちゃぬちゃと卑猥な音に責め立てられるほどに聴覚からも感じで、たまらない。
「ん、はぁぁんっ、くぅん…っ…ふぁ、ぁ、アッ、んんんー!」
俺は太ももを通る雪也のペニスの熱と、ペニスとタマへの刺激と、はじめての素股で、頭の中は『気持ちいい』に支配される。前後に揺さぶられながら俺の太ももはブルブルと痙攣しだして、限界を訴える。
「ッユキぃ……も、だめ……っイッちゃう、イッちゃ…っ」
小さな声でなんとか限界を伝えると、頭を振って「もうだめ」をアピールする。
雪也のペニスがさっきよりも確実に興奮で膨らんでいるのは分かっていた。一緒にイキたくて、太ももを更にギュッと閉じると、「…っ盟、それ、やば…」と低く唸って、ラストスパートかのようにスピードを上げた。
「ひんんッ…はぅぅ…っ!!あぁっ、も、おれ…だめぇッ!!」
「ッ俺も、出すよ…っ」
────びゅるるっ
二人分の精液がシーツに飛んだ。
俺はそのまま死んだ動物のように横に倒れ、ぐったりする。イキすぎてしんどい。俺の太ももは雪也の先走りと精液でぐっしょり濡れていて、着ているロンTは俺の飛ばした精液で汚れている。
この行為を始めるまでは糊の利いたピシッと張られた白いシーツも今では酷いもので、ぐしゃぐしゃに皺が寄り、俺達の体液でびっしょりになっている。
雪也も俺を抱きかかえるように向き合うと、背中に手を回して密着する。ふふ、と笑って俺と同じことを考えていたのか、「…シーツ、こっそり替えなきゃね」と俺の顔を見て微笑んだ。
おでこが互いにコツ、と合わさって、そのままキスをした。舌を絡ませ、お互い自分の口の中に引っ張り込んで優しく愛撫する。お互い歯列をなぞり、上顎を舐めて、舌を擦り合わせて、何度も角度を変えて、深いキスをする。口を離すと、銀の糸が引いて、やがてそれは切れて無くなった。
「盟、キス上手くなったね。前より断然エロいキスが出来るようになったよ」
雪也にしみじみとそんな事を言われ、俺はボッと赤くなる。右手の甲で顔を隠して、仰け反るように雪也から上半身を離すと、言い訳のような事を言い放った。
「…っそれは!ユキが…そういうのばっか……するから…」
最後の方はゴニョゴニョと声が萎んでいく。
「あ、そういうことか。…盟なりに俺から学んで真似してるってこと?じゃあ、もう少し激しいのしたら盟もできるようになるってことか。」
にや、と笑った雪也のセリフに耳と首まで赤くした俺は身体を反対向きにして、雪也に顔が見えないように逃げる。
「こ、…これ以上は、むり!」
雪也は腰に手を回して、密着すると俺の凹んだ胸下から下腹を撫でながら、「経験してみる?もっとすごいの」と聞かれて、怪しい手つきの手を押さえつつ、少しの期待で手が震える。
(…そんなのされたら、……俺どうなっちゃうか、分かんない…)
ドキドキしていたら、雪也はフフ、と笑っていつものトーンで腹を撫でまわして持ち上がったロンTの裾を下ろして、ポンポンと安心させるようにお腹を優しく叩いた。
「…ま、それは追々。久しぶりにしたから、盟は疲れたんじゃない?かなりイッてたし。…お風呂、一緒に入ろう?」
────たまになら、『愛の確認行為』……悪くない。
そう思った自分も、相当物好きだと思った。
週末、俺たちは街のカフェへ出かけた。
ついこの間まで灰色の雲と雨ばかりだったのに、その日は驚くほど快晴。空が澄んでいた。普段灰色のイギリスでは珍しい青空。その青が石畳やレンガの壁を明るく照らしていて、まるで新しい物語の始まりを告げるみたいだった。
テラス席に並んで座ると、店員がグラスとマグカップを置いていった。
淡い琥珀色の液体。細かな泡がゆっくり立ち上り、陽光を受けてきらめいている。
『エルダーフラワーコーディアル』
ロンドンデートで俺が初めてのデートで飲んだもの。
グラスを口に運び、一口飲む。…甘さは分からない。
でも、舌の上に広がるシュワシュワが心を揺らした。
胸の奥が温かくなる。懐かしくて、確かに「思い出と生きている」と感じられる。
「……シュワシュワする。懐かしい……」
俺の声が震えた。
「やっぱり……ユキと一緒だと、美味しい気がする。味がある気がする…」
言った途端、涙がにじんで視界が歪んだ。
(ああ…、俺、また泣いてる……)
苦笑しようとした瞬間、頬にそっと指先が触れる。
「……泣かないで」
雪也が笑って、涙を指で拭った。
「盟が泣くと、俺まで泣きそうになる」
その言葉に胸が熱くなり、こみ上げるものを抑えられない。
でも同時に、雪也と一緒にいることの安心感が、俺をそっと支えてくれていた。空を仰ぐ。雲ひとつない青空。
その青が、失ったものよりも、これから見つけるものの大きさを教えてくれる気がした。
「……バケーションの始まりがこれってのも、悪くないな」
「……うん。そうだね」
俺たちの声が、澄み渡る空に静かに溶けていく。
俺は泣き笑いしながら空を仰いだ。
雲ひとつない、真っ青な空。
薬指のリングをきらめかせながら、左手を空にかざす。
「……俺は、この空、忘れない」
その言葉は風に溶け、青の中に消えていった。
雪也は黙って頷き、同じ空を見上げていた。
──青空とコーディアル。
俺たちの新しい記憶が、ここから始まった。
番外編
『青空とコーディアル』──終
1
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