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◇第2章◇優しくて泣き虫なひと
16 逃避行
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「チー」
低い声に呼びかけられて我に返った。
振り向いた拍子に汗が顎を伝って落ちる。
律は怪訝そうに僕を見ていた。
律の髪は金髪に近い茶髪になっていて、今の空を少し薄めたような淡い水色のTシャツに黒のパンツを履いていた。
大学生みたいな格好だな、と思って吹き出す。
みたいじゃなくて、実際に大学生だ。
疎くなっていた自分は、律と随分と長い間会っていなかったのだなと思い知る。
「りっちゃん久しぶりー。あれ、もしかして朝帰り?」
僕はわざと明るく笑って、からかうように言う。
けれどちゃんと笑えているか自信はなかった。
「バイト帰りだけど」
「へぇー、何の?」
「すぐそこのコンビニ。早朝やっていて」
「えっそうなの? 全然知らなかったなぁ」
「きみ、いつからここにいたんです? 顔が真っ赤」
そう言われて、自分の頬に手を添えてみる。
なんだか頭がクラクラとする。
そういえば、どれくらい立っていたんだろう。
スマホで時間を確認すると、なんと家を出てから30分近く立っていたことが分かった。
認識した途端、今度は冷や汗が出た。
どうしよう、完璧に塾に遅刻だ。
これじゃあまた叱られる。
「や、ヤバい。僕行かないとっ」
急に動いたから、めまいがした。
転ぶ既のところで、律が僕の腕を掴んで支えてくれる。
「ちょっと待って、行くって塾に? 今日は休んだ方がいいんじゃないですか?」
「ダメだよ、だって僕、人一倍、ううん、人の100倍は頑張らないとダメなんだ。努力が足りないから中学も高校も合格できなかったんだし」
昨日はそのことでたくさん怒られちゃってね、この前も同じようなことを言われてね、僕ホントダメでとか、いろいろと口にしたけれど、律に何を言ったのか覚えていない。
律はずっと黙って、僕が言うことに頷いて耳を傾けていた。
ひとしきり喋ったあと、間が空いて、僕の腕を掴んでいる律と目と目が合って。
「で、なんか僕さ」
僕はますます笑顔になっていくのを止められなかった。
「死にたいかも」
律はそれには頷かずに、唇をすこし噛んだ。
時が止まったみたいに、2人の間の空気が濃度を増す。
どうしてそんなことを言っちゃったのか、自分でもよく分からなかった。
死にたいなんて思ってない。
だって死ぬのは怖くて苦しそうで嫌だし、読みたい漫画ややりたいこともまだたくさんあるし、何より死んで律と話せなくなっちゃうのは絶対に嫌だし。
「なんちゃって。嘘だよ。冗談」
取ってつけたように言うと、律は眉間のシワを濃くした。
正義感が強そうなこの人のことだから、お説教をされるのかと思った。
そんなことを軽々しく口にするなとか、世の中には生きたくても生きられない人がいるんだぞとか、授かった命を粗末にするもんじゃないとか。
しかし説教の代わりに、律は僕をさらった。
駅まで歩き、改札を抜けてやってきた電車に乗り込んだ。
電車は空いていたのですんなりと座ることができた。
塾まで送ってくれる訳では無いと分かっていた。
途中までは見慣れた街並みだったけど、窓の外はあっという間に知らない風景に変わっていた。
電車に揺られながら、前から後ろへ流れていく風景をただ静かに見守った。
3度目の乗り継ぎ電車はローカル線で、天井に付いている扇風機がクルクル回ってぬるい風を循環させていた。
スマホが振動したので見ると、塾の電話番号だった。
一気に顔が強ばる。
なんて言おう。
言い訳を考える暇もないうちに律の手が伸びてきて、今度は僕のスマホがさらわれた。
律はそのまま電源を切り、僕の手元に戻す。
僕も何も言わずに、それをポケットへ仕舞い、えへへ、と困ったように笑ったのだった。
低い声に呼びかけられて我に返った。
振り向いた拍子に汗が顎を伝って落ちる。
律は怪訝そうに僕を見ていた。
律の髪は金髪に近い茶髪になっていて、今の空を少し薄めたような淡い水色のTシャツに黒のパンツを履いていた。
大学生みたいな格好だな、と思って吹き出す。
みたいじゃなくて、実際に大学生だ。
疎くなっていた自分は、律と随分と長い間会っていなかったのだなと思い知る。
「りっちゃん久しぶりー。あれ、もしかして朝帰り?」
僕はわざと明るく笑って、からかうように言う。
けれどちゃんと笑えているか自信はなかった。
「バイト帰りだけど」
「へぇー、何の?」
「すぐそこのコンビニ。早朝やっていて」
「えっそうなの? 全然知らなかったなぁ」
「きみ、いつからここにいたんです? 顔が真っ赤」
そう言われて、自分の頬に手を添えてみる。
なんだか頭がクラクラとする。
そういえば、どれくらい立っていたんだろう。
スマホで時間を確認すると、なんと家を出てから30分近く立っていたことが分かった。
認識した途端、今度は冷や汗が出た。
どうしよう、完璧に塾に遅刻だ。
これじゃあまた叱られる。
「や、ヤバい。僕行かないとっ」
急に動いたから、めまいがした。
転ぶ既のところで、律が僕の腕を掴んで支えてくれる。
「ちょっと待って、行くって塾に? 今日は休んだ方がいいんじゃないですか?」
「ダメだよ、だって僕、人一倍、ううん、人の100倍は頑張らないとダメなんだ。努力が足りないから中学も高校も合格できなかったんだし」
昨日はそのことでたくさん怒られちゃってね、この前も同じようなことを言われてね、僕ホントダメでとか、いろいろと口にしたけれど、律に何を言ったのか覚えていない。
律はずっと黙って、僕が言うことに頷いて耳を傾けていた。
ひとしきり喋ったあと、間が空いて、僕の腕を掴んでいる律と目と目が合って。
「で、なんか僕さ」
僕はますます笑顔になっていくのを止められなかった。
「死にたいかも」
律はそれには頷かずに、唇をすこし噛んだ。
時が止まったみたいに、2人の間の空気が濃度を増す。
どうしてそんなことを言っちゃったのか、自分でもよく分からなかった。
死にたいなんて思ってない。
だって死ぬのは怖くて苦しそうで嫌だし、読みたい漫画ややりたいこともまだたくさんあるし、何より死んで律と話せなくなっちゃうのは絶対に嫌だし。
「なんちゃって。嘘だよ。冗談」
取ってつけたように言うと、律は眉間のシワを濃くした。
正義感が強そうなこの人のことだから、お説教をされるのかと思った。
そんなことを軽々しく口にするなとか、世の中には生きたくても生きられない人がいるんだぞとか、授かった命を粗末にするもんじゃないとか。
しかし説教の代わりに、律は僕をさらった。
駅まで歩き、改札を抜けてやってきた電車に乗り込んだ。
電車は空いていたのですんなりと座ることができた。
塾まで送ってくれる訳では無いと分かっていた。
途中までは見慣れた街並みだったけど、窓の外はあっという間に知らない風景に変わっていた。
電車に揺られながら、前から後ろへ流れていく風景をただ静かに見守った。
3度目の乗り継ぎ電車はローカル線で、天井に付いている扇風機がクルクル回ってぬるい風を循環させていた。
スマホが振動したので見ると、塾の電話番号だった。
一気に顔が強ばる。
なんて言おう。
言い訳を考える暇もないうちに律の手が伸びてきて、今度は僕のスマホがさらわれた。
律はそのまま電源を切り、僕の手元に戻す。
僕も何も言わずに、それをポケットへ仕舞い、えへへ、と困ったように笑ったのだった。
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