きみは優しくて嘘つきな、

こすもす

文字の大きさ
16 / 90
◇第2章◇優しくて泣き虫なひと

16 逃避行

しおりを挟む
「チー」

 低い声に呼びかけられて我に返った。
 振り向いた拍子に汗が顎を伝って落ちる。

 律は怪訝そうに僕を見ていた。

 律の髪は金髪に近い茶髪になっていて、今の空を少し薄めたような淡い水色のTシャツに黒のパンツを履いていた。


 大学生みたいな格好だな、と思って吹き出す。

 みたいじゃなくて、実際に大学生だ。
 疎くなっていた自分は、律と随分と長い間会っていなかったのだなと思い知る。

「りっちゃん久しぶりー。あれ、もしかして朝帰り?」

 僕はわざと明るく笑って、からかうように言う。
 けれどちゃんと笑えているか自信はなかった。

「バイト帰りだけど」
「へぇー、何の?」
「すぐそこのコンビニ。早朝やっていて」
「えっそうなの? 全然知らなかったなぁ」
「きみ、いつからここにいたんです? 顔が真っ赤」

 そう言われて、自分の頬に手を添えてみる。

 なんだか頭がクラクラとする。
 そういえば、どれくらい立っていたんだろう。

 スマホで時間を確認すると、なんと家を出てから30分近く立っていたことが分かった。

 認識した途端、今度は冷や汗が出た。

 どうしよう、完璧に塾に遅刻だ。
 これじゃあまた叱られる。

「や、ヤバい。僕行かないとっ」

 急に動いたから、めまいがした。
 転ぶ既のところで、律が僕の腕を掴んで支えてくれる。

「ちょっと待って、行くって塾に? 今日は休んだ方がいいんじゃないですか?」
「ダメだよ、だって僕、人一倍、ううん、人の100倍は頑張らないとダメなんだ。努力が足りないから中学も高校も合格できなかったんだし」
 
 昨日はそのことでたくさん怒られちゃってね、この前も同じようなことを言われてね、僕ホントダメでとか、いろいろと口にしたけれど、律に何を言ったのか覚えていない。

 律はずっと黙って、僕が言うことに頷いて耳を傾けていた。

 ひとしきり喋ったあと、間が空いて、僕の腕を掴んでいる律と目と目が合って。

「で、なんか僕さ」

 僕はますます笑顔になっていくのを止められなかった。

「死にたいかも」

 律はそれには頷かずに、唇をすこし噛んだ。
 時が止まったみたいに、2人の間の空気が濃度を増す。

 どうしてそんなことを言っちゃったのか、自分でもよく分からなかった。

 死にたいなんて思ってない。
 だって死ぬのは怖くて苦しそうで嫌だし、読みたい漫画ややりたいこともまだたくさんあるし、何より死んで律と話せなくなっちゃうのは絶対に嫌だし。

「なんちゃって。嘘だよ。冗談」

 取ってつけたように言うと、律は眉間のシワを濃くした。

 正義感が強そうなこの人のことだから、お説教をされるのかと思った。
 そんなことを軽々しく口にするなとか、世の中には生きたくても生きられない人がいるんだぞとか、授かった命を粗末にするもんじゃないとか。

 しかし説教の代わりに、律は僕をさらった。
 駅まで歩き、改札を抜けてやってきた電車に乗り込んだ。

 電車は空いていたのですんなりと座ることができた。
 塾まで送ってくれる訳では無いと分かっていた。

 途中までは見慣れた街並みだったけど、窓の外はあっという間に知らない風景に変わっていた。
 電車に揺られながら、前から後ろへ流れていく風景をただ静かに見守った。


 3度目の乗り継ぎ電車はローカル線で、天井に付いている扇風機がクルクル回ってぬるい風を循環させていた。

 スマホが振動したので見ると、塾の電話番号だった。

 一気に顔が強ばる。
 なんて言おう。
 言い訳を考える暇もないうちに律の手が伸びてきて、今度は僕のスマホがさらわれた。

 律はそのまま電源を切り、僕の手元に戻す。
 僕も何も言わずに、それをポケットへ仕舞い、えへへ、と困ったように笑ったのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

死ぬほど嫌いな上司と付き合いました【完結】

三宅スズ
BL
社会人3年目の皆川涼介(みながわりょうすけ)25歳。 皆川涼介の上司、瀧本樹(たきもといつき)28歳。 涼介はとにかく樹のことが苦手だし、嫌いだし、話すのも嫌だし、絶対に自分とは釣り合わないと思っていたが‥‥ 上司×部下BL

エリート上司に完全に落とされるまで

琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。 彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。 そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。 社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

【完結】恋人になりたかった

ivy
BL
初めてのキスは、 すべてが始まった合図だと思っていた。 優しい大地と過ごす時間は、 律にとって特別で、 手放したくないものになっていく。 けれど……

2度目の恋 ~忘れられない1度目の恋~

青ムギ
BL
「俺は、生涯お前しか愛さない。」 その言葉を言われたのが社会人2年目の春。 あの時は、確かに俺達には愛が存在していた。 だが、今はー 「仕事が忙しいから先に寝ててくれ。」 「今忙しいんだ。お前に構ってられない。」 冷たく突き放すような言葉ばかりを言って家を空ける日が多くなる。 貴方の視界に、俺は映らないー。 2人の記念日もずっと1人で祝っている。 あの人を想う一方通行の「愛」は苦しく、俺の心を蝕んでいく。 そんなある日、体の不調で病院を受診した際医者から余命宣告を受ける。 あの人の電話はいつも着信拒否。診断結果を伝えようにも伝えられない。 ーもういっそ秘密にしたまま、過ごそうかな。ー ※主人公が悲しい目にあいます。素敵な人に出会わせたいです。 表紙のイラストは、Picrew様の[君の世界メーカー]マサキ様からお借りしました。

透けるほどうすい/溶けるほどあつい

鴻上縞
BL
 日々何をするでもなく適当に生きていた真柴久志が知人の紹介で入った会社で真柴の教育係になった堂前哲は、仕事は出来るが口調は荒く乱暴で無愛想な取っ付きづらい男だった。しかし歓迎会の席で明かされた哲の驚くべき過去は、真柴の若い好奇心を掻き立てた。  歓迎会の後、真柴は好奇心を抑えきれず、酔に任せて哲に手を出してしまう。  一夜明けて酔いが覚め、気まずさを抱え一応謝罪をしたものの、哲の態度が負けず嫌いな真柴に火を付けて────。  足場鳶職人達の、身体から始まる軽薄で微かに純情な恋物語。

【完結・BL】胃袋と掴まれただけでなく、心も身体も掴まれそうなんだが!?【弁当屋×サラリーマン】

彩華
BL
 俺の名前は水野圭。年は25。 自慢じゃないが、年齢=彼女いない歴。まだ魔法使いになるまでには、余裕がある年。人並の人生を歩んでいるが、これといった楽しみが無い。ただ食べることは好きなので、せめて夕食くらいは……と美味しい弁当を買ったりしているつもりだが!(結局弁当なのかというのは、お愛嬌ということで) だがそんなある日。いつものスーパーで弁当を買えなかった俺はワンチャンいつもと違う店に寄ってみたが……────。 凄い! 美味そうな弁当が並んでいる!  凄い! 店員もイケメン! と、実は穴場? な店を見つけたわけで。 (今度からこの店で弁当を買おう) 浮かれていた俺は、夕飯は美味い弁当を食べれてハッピ~! な日々。店員さんにも顔を覚えられ、名前を聞かれ……? 「胃袋掴みたいなぁ」 その一言が、どんな意味があったなんて、俺は知る由もなかった。 ****** そんな感じの健全なBLを緩く、短く出来ればいいなと思っています お気軽にコメント頂けると嬉しいです ■表紙お借りしました

従僕に溺愛されて逃げられない

大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL! 俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。 その傍らには、当然のようにリンがいる。 荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。 高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。 けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。 当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。 居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。 さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。 主従なのか、恋人なのか。 境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。 従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。

処理中です...