きみは優しくて嘘つきな、

こすもす

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◇第2章◇優しくて泣き虫なひと

19 自分は自分

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「あのさ、僕があんなこと言っちゃったから気を遣ってくれたんだよね? でも本当に僕、大丈夫だから」
 
 僕は律に信じて貰えるように、死にたくはないことを話した。

 たくさん漫画や小説も読みたいし、いつか海外にも行ってみたいし、とにかくやりたいことはたくさんあるのだと。

「なんかあの時は、魔が差したっていうか」

 たまたま、不幸が重なったのだ。

 前日に親にたくさん怒られたこと、兄と比べられたこと、偏差値が思うように上がらないこと。
 そして、絵の具で塗ったような綺麗な青い空を見て、前は律とプールに行けて楽しかったなと思いを馳せたら、涙が出そうになったこと。

「僕の親は、僕を兄ちゃんと同じ人間にさせたいんだと思う。成績優秀で、周りからの人望も厚くて、頼りがいがあって」

 世間体を気にする親だ。

 僕が兄のようにうまく振る舞えないのが気に入らないのだろう。

 僕だって兄ちゃんが羨ましいし、なれることならなりたい。

 だけど無理なのだ。
 どうしても『千紘』になってしまう。
 
「コピーした兄ちゃんが欲しいのに、お荷物な僕が出来上がっちゃって悪いとは思ってる。千紘はもっと出来るはずなのよって、母さんめちゃくちゃ怒るんだ。だからね──」
「もういいです」

 低い声で静止されて、気を悪くさせてしまったかと焦った。

 だけどすぐ、僕の手のひらに律の手が重なって、指の間に指を入れて強く握られた。

「きみはよく頑張ってますよ。偉いですね」
「………」
「辛かったですね。こんなにたくさん努力してるのにって思いますよね。それでも投げ出さずに、どうにかしようって考え続けているきみは、素直で優しいひとです。これまで弱音を吐かずに、よく頑張りましたね」
「……っ」

 心を手で捕らえられたかのように、胸がギュッと痛くなる。

 目の周りが重く熱くなってきて、じわじわと溢れ出た涙がポロポロ落ちた。

 そんな風に褒められたことなんて1回もない。
 僕は嘘でもいいから誰かにそうやって褒めて認めて欲しかったのだ。

「頑張る勇気も必要ですけど、甘える勇気も必要ですよ。あんまり無理しないで」

 しばらく静かに泣き続けた。

 う、う、とみっともない声を出しても律は何も言わずに傍にいてくれた。





「江戸風鈴って知ってますか」
 
 思う存分泣き腫らしたあと、いきなりそんなことを言われた僕は洟を啜りながら窓辺につり下がっている風鈴を見て頷いた。

「この間旅行に行った時に、風鈴を作ってみたんです。型を使わずに宙に浮かせてガラスを吹くんですが、結構難しくて。息を強く吹き込み過ぎると一気に形が崩れるし、かといって弱すぎても膨らまない」
「うん」
「結局、不格好な風鈴が出来上がりました。友人のは高い音で、俺のは少し低い音が鳴った。工房にはたくさんの風鈴が置いてあるんですが、ひとつとして同じ音色のものがない。聞くと、切り口をわざと磨かないで切りっぱなしにすることで、自然界の音に近いものが出せるらしいです。それは鈴虫の声の周波数と、ほぼ一緒だって」
「へぇー」
「……結局、何が言いたいかというと」

 僕が間抜けな返事をしたからか、律は恥ずかしそうに咳払いをした。

「自分の音を鳴らせという意味です。誰かのコピーではなくて……千紘は、千紘だから」

 名前を呼ぶのに抵抗があったのか、だが声を小さくしながらも呼んでくれた。

 律のその優しくてあたたかい気持ちがじんわり伝わって、また涙が出た。


 そういえば昼間の波を見ている時も思った。
 ひとつとして同じ波はないと。 

 目の前にパッと光が照らされた気分だった。

「それに、死にたいって思うのなんて普通です」

 僕は頭だけを動かして、横に寝そべる律を腫れぼったい目で見る。

「普通なの?」
「俺も今日、死にたいと思いました」
「えっ」
 
 まさか僕が面倒すぎて、うんざりしちゃったのかな……

「千紘が死にたいって言ったから」

 律は仰向けになっていた体を、横向きにさせて僕の方を向き、僕の頭をすっと撫でた。

 電流を流されたみたいに、体が甘く痺れた。

 胸がドキドキと鼓動していたが、気付かれぬように普通を装う。
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