65 / 90
◇第6章◇優しくて不器用なひと
65 傷つけないで
しおりを挟む
「……来る時は、連絡するように言ったはずでしょう」
眼鏡を掛けている律は、玄関に立っている僕を見て訝しむ。
僕は額に玉の汗をかいていた。
いてもたってもいられずに、コンビニから全速力で走ってきてしまったのだ。
黙ったままの僕に、おずおずと手が差し伸べられる。
「どうしたんですか千紘。とりあえず上がって」
「ここでっ、大丈夫……」
また優しさに甘えてしまうから、律の手は取らなかった。
深呼吸をして、荒くなった息を整える。
固い表情の僕に、いつもと様子が違うと察した律は、宙に浮いていた手をゆっくりと下ろした。
じっと見つめて、眼鏡の奥の黒目がちの瞳に何かが透けて見えないかと試みたけど、何も分からなかった。
律の考えていることが知りたい。
なのに知るのは怖い気がする。
律の前では、僕は矛盾だらけの気持ちでいっぱいになってしまう。
「律の元カレって、ムサシさん?」
律はわずかに目を大きくしたが、視線を合わせたまま何も言わなかった。
沈黙が正解だと告げていた。
律は何か機転を利かせようと思案しているようにも見えた。
雷さんが見せてくれた写真に映っていたのは、赤いマフラーをした背の高いスーツ姿の男性だった。
あの日、僕と会った時の姿とまるっきり同じ格好で、ムサシさんがそこに写っていたのだ。
「……雷に聞いたんですか」
「僕がムサシさんと会った日、あの場所に律もいたのは偶然じゃないんでしょ」
「そうですね」
逃げきれないと思ったのか、律は肩をすくめてあっさりと認めた。
む、と僕は頬を膨らませる。
なんだその、ふてぶてしい態度は。
不穏な空気を濃くしている僕に構わず、律はやけに落ち着いた様子で話し始めた。
「きみと彼が会うほんの少し前に、俺は彼と会っていました……預かっていた道具を、返して欲しいと言われたからです」
ある程度予想はしていたので、思ったほどの動揺はなかったけど、無意識にぎゅうっと拳を握りしめてしまう。
「返した後、人と待ち合わせをしているんだと彼は言いました。まさかその相手がきみだなんて思いもしませんでしたけど……道具をそのまま、きみに使おうと目論んでいたなんてことも」
「ムサシさんとは、どうして別れちゃったの?」
「どうしてって、別に……お互いに仕事が忙しくて、すれ違いが多くなって」
抑揚に乏しい声が僕の耳朶を掠める。
将来を誓い合っていたくらいの仲だったくせに?
そう言いたいのをグッと堪える。
問題はそこじゃないからだ。
僕が聞きたいのは。
「じゃあ、ムサシさんとはどうやって知り合ったの?」
おそらくこれも僕の予想どおりの答えだろうと思いながら訊ねた。
「千紘が使っていたサイトで知り合いました」
律はもう嘘で取り繕うのは辞めたらしい。
悔しくて手が震えてしまう。
僕は律がノンケだから仕方ないと妥協していた部分もあったのだ。
だけど本当は男にではなく、僕に興味が無いだけだった。
ちゃんとそれを、隠さずに言って欲しかったのに。
眼鏡を掛けている律は、玄関に立っている僕を見て訝しむ。
僕は額に玉の汗をかいていた。
いてもたってもいられずに、コンビニから全速力で走ってきてしまったのだ。
黙ったままの僕に、おずおずと手が差し伸べられる。
「どうしたんですか千紘。とりあえず上がって」
「ここでっ、大丈夫……」
また優しさに甘えてしまうから、律の手は取らなかった。
深呼吸をして、荒くなった息を整える。
固い表情の僕に、いつもと様子が違うと察した律は、宙に浮いていた手をゆっくりと下ろした。
じっと見つめて、眼鏡の奥の黒目がちの瞳に何かが透けて見えないかと試みたけど、何も分からなかった。
律の考えていることが知りたい。
なのに知るのは怖い気がする。
律の前では、僕は矛盾だらけの気持ちでいっぱいになってしまう。
「律の元カレって、ムサシさん?」
律はわずかに目を大きくしたが、視線を合わせたまま何も言わなかった。
沈黙が正解だと告げていた。
律は何か機転を利かせようと思案しているようにも見えた。
雷さんが見せてくれた写真に映っていたのは、赤いマフラーをした背の高いスーツ姿の男性だった。
あの日、僕と会った時の姿とまるっきり同じ格好で、ムサシさんがそこに写っていたのだ。
「……雷に聞いたんですか」
「僕がムサシさんと会った日、あの場所に律もいたのは偶然じゃないんでしょ」
「そうですね」
逃げきれないと思ったのか、律は肩をすくめてあっさりと認めた。
む、と僕は頬を膨らませる。
なんだその、ふてぶてしい態度は。
不穏な空気を濃くしている僕に構わず、律はやけに落ち着いた様子で話し始めた。
「きみと彼が会うほんの少し前に、俺は彼と会っていました……預かっていた道具を、返して欲しいと言われたからです」
ある程度予想はしていたので、思ったほどの動揺はなかったけど、無意識にぎゅうっと拳を握りしめてしまう。
「返した後、人と待ち合わせをしているんだと彼は言いました。まさかその相手がきみだなんて思いもしませんでしたけど……道具をそのまま、きみに使おうと目論んでいたなんてことも」
「ムサシさんとは、どうして別れちゃったの?」
「どうしてって、別に……お互いに仕事が忙しくて、すれ違いが多くなって」
抑揚に乏しい声が僕の耳朶を掠める。
将来を誓い合っていたくらいの仲だったくせに?
そう言いたいのをグッと堪える。
問題はそこじゃないからだ。
僕が聞きたいのは。
「じゃあ、ムサシさんとはどうやって知り合ったの?」
おそらくこれも僕の予想どおりの答えだろうと思いながら訊ねた。
「千紘が使っていたサイトで知り合いました」
律はもう嘘で取り繕うのは辞めたらしい。
悔しくて手が震えてしまう。
僕は律がノンケだから仕方ないと妥協していた部分もあったのだ。
だけど本当は男にではなく、僕に興味が無いだけだった。
ちゃんとそれを、隠さずに言って欲しかったのに。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
61
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる