きみは優しくて嘘つきな、

こすもす

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◇第6章◇優しくて不器用なひと

66 チーともお別れ

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「律は自分勝手だよ。責任取るって言いながら僕の体にあんな風にして……ムサシさんが忘れられなくて僕に重ねてたんでしょ?」
「それは違います。そんなんじゃないです」

 苛立ちを露わにする声で即座に否定されるけれど、安堵感は得られなかった。
 律の顔が水の底から見ているみたいに滲んでいく。
 涙を零したくはないので、僕は瞬きをして我慢した。

「じゃあ結婚してるっていう女の人? でももう、どうでもいいや、相手なんて」

 聞きたいことは山ほどあったはずなのに、律を目の前にしたらもう何でもよくなった。
 僕はずっとひとりよがりだった。

 それに、律が嘘を吐いたのは僕を思ってのことだろう。
 僕を傷付けないため。
 それが優しさだと律なりに思ったから。

 それが分かったから、もういいんじゃないか。
 僕は胸を撫で下ろした。

 カンニングをきっかけに塾も勉強も辞めると決めた時に似た気持ちだった。
 諦めよう。もう手放さなければ。
 僕は律と今度こそサヨナラだ。

「いろいろと、ありがとね」

 もし今後、律が僕を思い出してくれる時が来た時のために笑っておいた。
 最後の僕は珍しく聞き分けの良いいい子だったのだと、あとからクスクス笑ってほしい。
 僕のことを好きにならなくてもいいから、嫌いにはなってほしくなかった。

「僕はもうここには来ないよ。律は最初から僕に来るなって言ってたもんね」

 僕は律の目を見ることが出来なかった。
 このままでは、口元を引いて眉根を寄せる表情をした律が僕の見た最後の姿になってしまう。
 優しく笑った顔が見たいけど、たぶん無理だろう。

「けど、僕はずっと律が好きだから。5年前も今も、この先もずっと一生、心の中で律を想ってる。たくさん助けてくれてありがとう。律は僕のことで後悔ばかりしてるみたいだけど、もう悩まなくていいから。僕とは会わなかったことにして……消去してくれていいから」

 背負っていたリュックの中から5万円の入った封筒を取り出して律の胸に押し付けると、律の足が1歩後ろへ下がる。

 僕は赤い顔で俯いたまま、ぐしゃりと封筒の端を握りしめた。
 律は受け取ろうとしないが、僕だって今度こそ絶対に持ち帰る気はない。
 手を離すと、封筒が木の葉のようにひらひらと揺れて足もとに落ちた。

 お別れの挨拶も言いたくないので、僕は扉を開けて外に出た。
 律の顔を見ずとも、戸惑っていたのだと分かる。顔を見れなかったのは心残りだが、それで良かった。

 僕の中にいる思い出の律はいつも優しく笑っている。
 律のために淹れたコーヒーの香りとか、バイクのエンジン音とか、夜空に広がる星とか。
 この目で見て、律と共有したことはいつでも思い出すことができる。

「………」

 やっぱり後ろ髪を引かれて、振り返ってしまった。
 律は、追いかけてきていない。

 大粒の涙がポロポロと溢れ出た。
 僕は踵を返してエレベーターに乗り、エントランスを抜けてマンションから出る。
 風がびゅんと濡れた頬を撫でた。
 とぼとぼと歩きながら涙を拭いて、鼻を啜る。

 コンビニの駐車場に目を向けたけど、雷さんはもういなくなっていた。
 挨拶も礼も無しに別れてしまったから、謝りたかったのだが。
 いつかまた会えるだろうか。

「……あ」

 チーにはお別れを言っておけば良かった。
 おやつをあげて、1度くらいはマシュマロみたいな白い体を撫でてみたかったのだけど。

「……ま、もう無理な話だろ」

 誰にも聞かれていないのをいいことに、口に出して現実を自分に突きつけてみた。
 言葉にすると、戸惑いや怯えや寂しさといった感情がごちゃ混ぜになって胸が押しつぶされそうになった。

 平然を装っていても、心はとんでもないダメージを受けたらしい。
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