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◇第3章◇優しくて明るいひと
40 逃げるが勝ち
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「ありがとう」
「いいえ」
あぁ、夢のような時間はあっという間に終わってしまった。
僕の住んでる家に着くのが早すぎる。
もっと律の背中にくっついていたかったのに。
ヘルメットを慣れない手つきで外し、律に手渡す。
「ヘルメット、大丈夫でしたか」
「あ……うん、全然」
潔癖のきみは無理したんだろ、とでも言いたげな目に見えたので頷く。
全くの他人のだったらダメだったと思うけど、律のだし、それに素晴くんと話せたお陰かさほど気にならない。
どるんどるんと、閑静な住宅街にエンジン音が響くのを気にしたのか、律は「じゃあ」と早くもハンドルを握りしめたので、慌てて止めた。
「ちょっと待って! あの……」
ヘルメット越しの目は少し困惑していた。
しばらくしてエンジンが切られる。
あんなに響いていた音は無くなって、しんと静寂が流れた。
「どうしました?」
「あ、えっと、僕んち上がってかない? お礼になんか……」
「いいえ、明日早いので」
ピシャリと断られて、口をへの字に曲げる。だが僕はめげなかった。
「じゃあさ、潔癖治ったかどうか、確かめるの手伝ってよ」
「はい?」
「ほんの少し、手を触れるだけでいいから」
はい、と手のひらを律に向けると、革手袋をはめた手が出された。
「そうじゃなくて、手袋取って」
だだをこねると、僕のおでこにデコピンが飛んできた。
「いたっ」
「少し優しくすると、すぐ調子に乗りますね」
少し笑みを含んだ声で叱られる。
そうなの? 僕って律に優しくされると調子に乗るの?
自覚は無かったが、確かにそうだ。
でもしょうがないじゃないか。
律が味方でいてくれるから、僕は安心して甘えてしまう。
「なら優しくしなきゃいいのに……」
文句を言うと、君の言い分に耳は貸しませんと言わんばかりにヘルメットの紐を締め直した。
律の考えてることがよく分からなくて、考え込んでしまう。
「じゃあさ、最後に聞いてもいい?」
「はい」
「秀雄じいちゃんに昔、僕にはもう会いたくないって言ったのは本当?」
少しだけ空気が濃度を増す。
律は僕から目を逸らし、1拍置いてから答える。
「本当です」
傷付くと分かっているのに、やっぱり僕は自ら傷付きに飛び込んでしまう。
「なんでそんなこと言ったの?」
「そのままの意味ですよ。きみにはもう会いたくないと思ったから言ったんです」
「どうして? やっぱり僕とのアレが原因なの?」
「アレって?」
「分かってるくせに」
律は素早くエンジンを掛けた。
生暖かい風が足もとにかかる。
逃げる気か。
「だめだよ、ちゃんと答えて! 僕とああいうことしたから気まずかったの?」
眉根を寄せて声を張ると、律は今度は目を逸らさずに毅然とした声で言い返した。
「あなたが、あのことは次の日には忘れると言ったんですよ。後から文句を言うのは無しだって、俺だって言いました。それも忘れましたか」
律は今度こそハンドルを握ってその場を去り、あっという間に見えなくなってしまった。
答えになってるような、なってないような。
いいやなってない。
僕が聞きたかったのはそれじゃないのに。
「あー、もう、律め」
とっくに見えなくなった律に思いを馳せる。
優しいのか厳しいのか。
僕が好きなのか嫌いなのか、よく分かんないよ。
でも今日、素晴くんと会えたのは律のお陰だから許すことにした。
ありがと。
「いいえ」
あぁ、夢のような時間はあっという間に終わってしまった。
僕の住んでる家に着くのが早すぎる。
もっと律の背中にくっついていたかったのに。
ヘルメットを慣れない手つきで外し、律に手渡す。
「ヘルメット、大丈夫でしたか」
「あ……うん、全然」
潔癖のきみは無理したんだろ、とでも言いたげな目に見えたので頷く。
全くの他人のだったらダメだったと思うけど、律のだし、それに素晴くんと話せたお陰かさほど気にならない。
どるんどるんと、閑静な住宅街にエンジン音が響くのを気にしたのか、律は「じゃあ」と早くもハンドルを握りしめたので、慌てて止めた。
「ちょっと待って! あの……」
ヘルメット越しの目は少し困惑していた。
しばらくしてエンジンが切られる。
あんなに響いていた音は無くなって、しんと静寂が流れた。
「どうしました?」
「あ、えっと、僕んち上がってかない? お礼になんか……」
「いいえ、明日早いので」
ピシャリと断られて、口をへの字に曲げる。だが僕はめげなかった。
「じゃあさ、潔癖治ったかどうか、確かめるの手伝ってよ」
「はい?」
「ほんの少し、手を触れるだけでいいから」
はい、と手のひらを律に向けると、革手袋をはめた手が出された。
「そうじゃなくて、手袋取って」
だだをこねると、僕のおでこにデコピンが飛んできた。
「いたっ」
「少し優しくすると、すぐ調子に乗りますね」
少し笑みを含んだ声で叱られる。
そうなの? 僕って律に優しくされると調子に乗るの?
自覚は無かったが、確かにそうだ。
でもしょうがないじゃないか。
律が味方でいてくれるから、僕は安心して甘えてしまう。
「なら優しくしなきゃいいのに……」
文句を言うと、君の言い分に耳は貸しませんと言わんばかりにヘルメットの紐を締め直した。
律の考えてることがよく分からなくて、考え込んでしまう。
「じゃあさ、最後に聞いてもいい?」
「はい」
「秀雄じいちゃんに昔、僕にはもう会いたくないって言ったのは本当?」
少しだけ空気が濃度を増す。
律は僕から目を逸らし、1拍置いてから答える。
「本当です」
傷付くと分かっているのに、やっぱり僕は自ら傷付きに飛び込んでしまう。
「なんでそんなこと言ったの?」
「そのままの意味ですよ。きみにはもう会いたくないと思ったから言ったんです」
「どうして? やっぱり僕とのアレが原因なの?」
「アレって?」
「分かってるくせに」
律は素早くエンジンを掛けた。
生暖かい風が足もとにかかる。
逃げる気か。
「だめだよ、ちゃんと答えて! 僕とああいうことしたから気まずかったの?」
眉根を寄せて声を張ると、律は今度は目を逸らさずに毅然とした声で言い返した。
「あなたが、あのことは次の日には忘れると言ったんですよ。後から文句を言うのは無しだって、俺だって言いました。それも忘れましたか」
律は今度こそハンドルを握ってその場を去り、あっという間に見えなくなってしまった。
答えになってるような、なってないような。
いいやなってない。
僕が聞きたかったのはそれじゃないのに。
「あー、もう、律め」
とっくに見えなくなった律に思いを馳せる。
優しいのか厳しいのか。
僕が好きなのか嫌いなのか、よく分かんないよ。
でも今日、素晴くんと会えたのは律のお陰だから許すことにした。
ありがと。
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