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四話
しおりを挟むビンタを振るわれたことに動揺はしなかった。……これくらいは、いつものことだ。
「オデット様っ!」
でも今日はいつもと少し違った。一人だけ私の元に慌てて駆け寄ってくる人物がいた。
その人物は今まで、大して親しいわけでもないのに、必死の形相で私の元まで走ってくる。
「……サイアス様」
「ご無事ですかっ!」
彼の白手袋をはめた手が優しく私の頬を撫でた。サイアス様の男性な顔立ちが間近に映って、私は夢でも見ているような気分になる。罪なく巻き込まれた側だというのに、その状況下でどうもこうして人に優しくできるのか。先ほどまで名指しされて顔を青ざめていたのに……どうして。
「やっぱりそういう関係だったんだな」
「エリオット様がお可哀想だわ」
「運命の相手ですって……」
クスクスと遠巻きに鑑賞される屈辱。
周りのヒソヒソ話に私は我に返った。
例え彼が私を哀れに思って助けてくれたのだとしても、これだと彼が不利になってしまう。
「サイアス様。貴方は無実でしょう?駆けつけて下さったのは嬉しいですが、誤解されるだけです」
「心配いりません。私は元よりここを出て行く気でしたから。それに困るのは貴方の方では?」
「それでしたら私ももうこの国にいる気はなくて……」
「だったらお互い好都合ですね」
そうだったの……。
だから私を助けてくれたんだ。助けたとしても得にはならないのに、優しい人だ。きっとサイアス様は正義感が強いお方なのだろう。
俯いていた顔を上げれば、心配そうに顔を覗き込んでくるサイアス様がいた。
それにしても不思議な光景だ。まぁ私たちが浮気しているのだとすれば、当たり前の光景なのかもしれないけれど。
いつまでも座ったままでいる私たちに苛立ちが募ったのか、お父様が声を荒げる。
「いつまでそうしているつもりだ。さっさと出ていけ!二度とその面をみせるんじゃないぞ」
「ちょっと、あなた……」
父を宥める母。
しかし父の興奮は治らないようで、暴力こそもう振るわなかったが、大きな動作で力一杯出口を指さす。
私が出て行こうと体勢を立て直すと、サイアス様が心配そうに声をかけてくださる。
「立てますか……?」
「大丈夫です」
「心配ですから私がリードします」
「え」
「良いから。今更どう思われようと、何を言われようと、どうでも良いことですから」
私はサイアス様のエスコートを受けながら父の要求通り出口へ向かった。こういう時って、誰かがいてくれるだけで、一人よりずっと心強くなるものなのね。
同志が一人いるだけで安心すると思っていると背中から声がかかった。
「さようなら、私の愛しい妹……。貴方がもし聖女になれていたら、また未来は変わっていたのかもしれないわね」
振り返ると、王太子に体を預けながら涙を堪え、笑みを浮かべる姉の姿が見える。
私も姉に笑って言い返した。
「未来はきっと変わりませんわ」
だってあのとき私はわざとああなるように仕向けたのだもの。
「さようなら、お姉様」
願わくばもう二度と会いませんように。
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