2 / 3
笑えない「聖女」
しおりを挟む
代々の聖女が生涯神への祈りを捧げる大神殿の最深部。
聖女と呼ばれる比類なき尊い者の部屋とは思えない、飾り気のない簡素な部屋に、唯一置かれた豪奢な寝台。そこに、この神殿で最上位の存在が昏々と醒めない眠りに就いて半年が経とうとしている。
漆喰で塗り固められた壁に、あちこちに大きな破損の跡が見られるのは、聖女自らが自棄になって室内中を荒らしたからだ。
家具という家具は倒され、放り投げられ、壁に当たって砕け、壊れた。寝台だけは大きすぎて投げることが叶わなかったようだが、その寝台だけが、今や彼女をこの部屋で唯一受け止めるに相応しい家具となっているのはなんとも皮肉な話だ。
壁の所々には、細く鋭利なぎこちない筆致で幾つもの傷が刻まれている。
よく見ればそれはただの傷ではなく、文字を象っていることが分かる。
『 ウソつき ウソつき ウソつき
わたしはナニも 悪いことしてない
ピルギスさま タスケテ だいすき
タスケテ ここから 出して
だいすき アイシテル ウソつき 』
所々赤黒い染みがこびり付くその文字は、物言えぬ聖女の怨嗟の声を、代わりに伝えようとしているのか、どれだけ塗り潰しても時間がたてばまた刻まれたばかりの様に浮かび上がってしまう。
神官たちは最初、聖女自身が床から起き上がり、文字を刻んでいるのだと思っていた。
けれど、彼女はあの夜会から三月の後に倒れて以降、その瞳を開くことなく、静かにその寝台に横たわったままだ。死んではいないが生きてもいない。
彼女の無事を確かめ、刑に処そうと目論んでいた騎士たちがひと月の間この室内で監視し続けもしたが、それは彼女の無事を確認することにはならず、逆に怪異を証明することになってしまった。
愛する王子との逢瀬に目を輝かせていた聖女は、幸せの絶頂にあったのも僅か。
令嬢追放後、王国で1、2を誇る尊き身分を笠にきて、物言いの出来ない神官たちの対応をいいことに、障害はなくなったとばかりに愛し合う者たちで城下へお忍びで出掛けていた。若者の集うカフェに、観劇に――けれど巷でとある演劇が頻繁に上演されるようになってから、聖女はいつしか外へ出ることを恐れるようになった。時を同じくして王子らも彼女を避けてか、神殿へ姿を見せることはパタリと無くなった。
最初、怒りに包まれていた聖女は、次いで悲しみに囚われ、最後には自身の境遇を儚んで生きる気力を無くして行った。だがどれだけ地上を去ろうとしても、神が裏切った聖女の帰還を拒んでいるのか、失ったはずの聖女の力は彼女自身には有効で、どんな致命傷でもたちどころに癒されてしまう。
そうして彼女は生きながら精神を亡くしてしまったのだった。
※ ※ ※
聴取担当官吏 ペルセンドア・ネメルフィシス 記す
本調書は、覆ることなき王国法に基づき処断執行が成された事件について、王国の太陽の御慈悲により王国の影に堕ちた真実を白日の元に晒し、王国を正しき姿へ導く尊き信念により成された記録である。
過日、国外追放処分を執行された元コーンヴェルト公爵が第一子クリスティアナ令嬢について、前述の命に基づき、再調査の手を入れることとす。
各関係者供述記録
・聖女カオリ
昏睡状態のため聴取不能。
・クリスティアナ
行く方知れずのため聴取不能。処断済。
・ピルギス
クリスティアナへの度重なる暴言、聖女を職務不履行に陥れた失態、一部官吏からの執務抛擲の訴えに関する事実確認を行う。全てに於いて、立証される根拠なし。心神耗弱のため聴取はこれにて終了とす。
聖女と呼ばれる比類なき尊い者の部屋とは思えない、飾り気のない簡素な部屋に、唯一置かれた豪奢な寝台。そこに、この神殿で最上位の存在が昏々と醒めない眠りに就いて半年が経とうとしている。
漆喰で塗り固められた壁に、あちこちに大きな破損の跡が見られるのは、聖女自らが自棄になって室内中を荒らしたからだ。
家具という家具は倒され、放り投げられ、壁に当たって砕け、壊れた。寝台だけは大きすぎて投げることが叶わなかったようだが、その寝台だけが、今や彼女をこの部屋で唯一受け止めるに相応しい家具となっているのはなんとも皮肉な話だ。
壁の所々には、細く鋭利なぎこちない筆致で幾つもの傷が刻まれている。
よく見ればそれはただの傷ではなく、文字を象っていることが分かる。
『 ウソつき ウソつき ウソつき
わたしはナニも 悪いことしてない
ピルギスさま タスケテ だいすき
タスケテ ここから 出して
だいすき アイシテル ウソつき 』
所々赤黒い染みがこびり付くその文字は、物言えぬ聖女の怨嗟の声を、代わりに伝えようとしているのか、どれだけ塗り潰しても時間がたてばまた刻まれたばかりの様に浮かび上がってしまう。
神官たちは最初、聖女自身が床から起き上がり、文字を刻んでいるのだと思っていた。
けれど、彼女はあの夜会から三月の後に倒れて以降、その瞳を開くことなく、静かにその寝台に横たわったままだ。死んではいないが生きてもいない。
彼女の無事を確かめ、刑に処そうと目論んでいた騎士たちがひと月の間この室内で監視し続けもしたが、それは彼女の無事を確認することにはならず、逆に怪異を証明することになってしまった。
愛する王子との逢瀬に目を輝かせていた聖女は、幸せの絶頂にあったのも僅か。
令嬢追放後、王国で1、2を誇る尊き身分を笠にきて、物言いの出来ない神官たちの対応をいいことに、障害はなくなったとばかりに愛し合う者たちで城下へお忍びで出掛けていた。若者の集うカフェに、観劇に――けれど巷でとある演劇が頻繁に上演されるようになってから、聖女はいつしか外へ出ることを恐れるようになった。時を同じくして王子らも彼女を避けてか、神殿へ姿を見せることはパタリと無くなった。
最初、怒りに包まれていた聖女は、次いで悲しみに囚われ、最後には自身の境遇を儚んで生きる気力を無くして行った。だがどれだけ地上を去ろうとしても、神が裏切った聖女の帰還を拒んでいるのか、失ったはずの聖女の力は彼女自身には有効で、どんな致命傷でもたちどころに癒されてしまう。
そうして彼女は生きながら精神を亡くしてしまったのだった。
※ ※ ※
聴取担当官吏 ペルセンドア・ネメルフィシス 記す
本調書は、覆ることなき王国法に基づき処断執行が成された事件について、王国の太陽の御慈悲により王国の影に堕ちた真実を白日の元に晒し、王国を正しき姿へ導く尊き信念により成された記録である。
過日、国外追放処分を執行された元コーンヴェルト公爵が第一子クリスティアナ令嬢について、前述の命に基づき、再調査の手を入れることとす。
各関係者供述記録
・聖女カオリ
昏睡状態のため聴取不能。
・クリスティアナ
行く方知れずのため聴取不能。処断済。
・ピルギス
クリスティアナへの度重なる暴言、聖女を職務不履行に陥れた失態、一部官吏からの執務抛擲の訴えに関する事実確認を行う。全てに於いて、立証される根拠なし。心神耗弱のため聴取はこれにて終了とす。
1
あなたにおすすめの小説
皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜
百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。
「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」
ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!?
ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……?
サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います!
※他サイト様にも掲載
国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします。
樋口紗夕
恋愛
公爵令嬢ヘレーネは王立魔法学園の卒業パーティーで第三王子ジークベルトから婚約破棄を宣言される。
ジークベルトの真実の愛の相手、男爵令嬢ルーシアへの嫌がらせが原因だ。
国外追放を言い渡したジークベルトに、ヘレーネは眉一つ動かさずに答えた。
「国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします」
「美しい女性(ヒト)、貴女は一体、誰なのですか?」・・・って、オメエの嫁だよ
猫枕
恋愛
家の事情で12才でウェスペル家に嫁いだイリス。
当時20才だった旦那ラドヤードは子供のイリスをまったく相手にせず、田舎の領地に閉じ込めてしまった。
それから4年、イリスの実家ルーチェンス家はウェスペル家への借金を返済し、負い目のなくなったイリスは婚姻の無効を訴える準備を着々と整えていた。
そんなある日、領地に視察にやってきた形だけの夫ラドヤードとばったり出くわしてしまう。
美しく成長した妻を目にしたラドヤードは一目でイリスに恋をする。
「美しいひとよ、貴女は一体誰なのですか?」
『・・・・オメエの嫁だよ』
執着されたらかなわんと、逃げるイリスの運命は?
遊び人の侯爵嫡男がお茶会で婚約者に言われた意外なひと言
夢見楽土
恋愛
侯爵嫡男のエドワードは、何かと悪ぶる遊び人。勢いで、今後も女遊びをする旨を婚約者に言ってしまいます。それに対する婚約者の反応は意外なもので……
短く拙いお話ですが、少しでも楽しんでいただければ幸いです。
このお話は小説家になろう様にも掲載しています。
辺境に追放されたガリガリ令嬢ですが、助けた男が第三王子だったので人生逆転しました。~実家は危機ですが、助ける義理もありません~
香木陽灯
恋愛
「そんなに気に食わないなら、お前がこの家を出ていけ!」
実の父と義妹に虐げられ、着の身着のままで辺境のボロ家に追放された伯爵令嬢カタリーナ。食べるものもなく、泥水のようなスープですすり、ガリガリに痩せ細った彼女が庭で拾ったのは、金色の瞳を持つ美しい男・ギルだった。
「……見知らぬ人間を招き入れるなんて、馬鹿なのか?」
「一人で食べるのは味気ないわ。手当てのお礼に一緒に食べてくれると嬉しいんだけど」
二人の奇妙な共同生活が始まる。ギルが獲ってくる肉を食べ、共に笑い、カタリーナは本来の瑞々しい美しさを取り戻していく。しかしカタリーナは知らなかった。彼が王位継承争いから身を隠していた最強の第三王子であることを――。
※ふんわり設定です。
※他サイトにも掲載中です。
バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました
美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?
正妃として教育された私が「側妃にする」と言われたので。
水垣するめ
恋愛
主人公、ソフィア・ウィリアムズ公爵令嬢は生まれてからずっと正妃として迎え入れられるべく教育されてきた。
王子の補佐が出来るように、遊ぶ暇もなく教育されて自由がなかった。
しかしある日王子は突然平民の女性を連れてきて「彼女を正妃にする!」と宣言した。
ソフィアは「私はどうなるのですか?」と問うと、「お前は側妃だ」と言ってきて……。
今まで費やされた時間や努力のことを訴えるが王子は「お前は自分のことばかりだな!」と逆に怒った。
ソフィアは王子に愛想を尽かし、婚約破棄をすることにする。
焦った王子は何とか引き留めようとするがソフィアは聞く耳を持たずに王子の元を去る。
それから間もなく、ソフィアへの仕打ちを知った周囲からライアンは非難されることとなる。
※小説になろうでも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる