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姉妹で笑い合う日
しおりを挟む『さてお立ち会い!
これから演じまするは聞くも涙、語るも涙の物語。
とある1人の嫋やかな 王国に身を捧げまする乙女あり。
この乙女の双肩に 掛かる重荷の如何ほどか
そんなことなど歯牙にも掛けぬ 魔窟に蔓延る者どもは
真摯に輝く志ぞ 踏み躙る。
その苦難に満ちた半生をば 演じて見せます義勇劇団!
腐り堕ちた果実もかくや。秘される暗所の物語
はじまり、はじまりぃ~!』
今日もまた、聞き飽きるくらい耳にした、隣国の物語の口上が高らかに庶民の憩いの場である公園に響き渡る。
瘴気から王国を守る聖女の存在。
神に愛された彼女が存在する限り、王国の安寧は保証される。
だが、一度でも神の妻である彼女に人が交われば、夫である神の怒りを受けて、聖女の力はたちどころに失われてしまう……。
聖女の絶大な力、民衆からの信仰に似た求心力は王家からすれば脅威以外なにものでもない。
だから代々国王は聖女を国王の庇護下において、緩やかなる拘束にて王国に縛り付けてきた。
お姉様はそんなことも分からない、愚かな人だったでしょうか?
いいえ、そうでないからこそ戯作家達が国の内外でこのような演劇を挙行するに至っているのでしょう。お姉様の仕掛けに相違ありませんから。
だからこそ私には、聡明なお姉様が国外追放を言い渡されるほどの罪をおかしたとは信じられないのです。
追放は明らかな建前でしょう。王妃教育まで完全に修得していたお姉様が、国の軛から解かれるのはすなわち、王国の機密漏洩を意味するのですから。だからこその国外追放。その罪状を隠れ蓑に、お姉様の殺害が実行されたのですものね。
お父様、お母様は予期していたのでしょう。
あの、身の程を弁えない傲慢で愚鈍な男がお姉様の有能さを突き付けられて穏やかであるはずも有りませんもの。
無謀な婚約破棄宣言がなされたあの夜会後……。お二人は驚くほど迅速に使用人の解雇と私財の処分を進められましたから。お姉様が婚約破棄を言い渡されるのは勿論予測済みであり、余程周到に根回しをされていたのでしょうね。本当なら雇用契約解除書類や再雇用先への紹介状などと言った時間のかかる書類は既に準備済みでしたしね。けれど、財産処分までは時間が足りなかったと聞き及んでいます。
夜会の翌日、朝日がまだ昇らないうちに国王直属の第一騎士団によって我が家に残っていた両親と執事は拘束され、私財は悉くを抑えられてしまったようでしたから。
ですから、私の持ったこのちっぽけな旅行鞄の中身だけが唯一我が家から持ち出せたものと言えるのでしょうか……。
夜会から帰宅したその足で、取るものも取り敢えず、家紋も入らない馬車で送り出された時には、私まで両親に見限られたのかと怒りと悲しみのまま何も考えられずにいました。ほとんど抵抗もなく、騎士達に捕縛されて行くお姉様を見送っていた両親が、血も涙もない悪魔の様に見えましたもの。でも、今ならわかります。両親はこうなることも理解していたのでしょう。
王城から出ることなく捕縛されていたお姉様。まさか国王陛下までもがあの愚か者の肩を持つとは……いいえ、曲がりなりにも息子であり、国の威光を落とさぬために、彼の元に正義が有り、是であると示さねばならないのですものね。
お姉様が熟されていた執務は、殿下や宰相令息を始めとした側近の方々が行っているはずだったもの。それがピタリと止まってしまった時、陛下はようやくご自分の判断の愚かさに気付かれるのでしょうね。私がお姉様より受け取っていた、この鞄に収まる程度の書付達が効力を発揮するまではまだ間があります。その間にお姉様の偉大さ、有能さを実感すると良いのです。
『王位継承権剥奪ヲ王国法ニ照ラシ王国審判庁ニ於ヒテ
其ノ事由ヲ此処ニ認メルコトヲ得ル
王国ニ対シテ甚大ナル不利益ヲ加ヘ又ハ侮辱ヲ加ヘタルコト
疾病其他身体又ハ精神ノ状況ニ因リ国政ヲ執ルニ堪ヘサルヘキコト
執務履行ニヲケル改悛ノ望ナキコト
此他正当ノ事由アリテ廃嫡ヲ宣言ス』
演劇の中の見せ場の一つ、とある国の国王が、王子への廃嫡宣言を読み上げる場面が演じられていますね。
この王子様は国に対して何か都合の悪い言葉や行為を行い、心身を病む状態で執務に耐えられる状態でなく、また本人にその意思も見られないため廃嫡とする――と?やんわりとした物言いですわね。
まぁ、概ね事実もそんなところでしたから、仕方がないのでしょうけど。
王国にとって重要な聖女の力を失わせた大罪人であるにも拘らず、王家の求心力を失うことを恐れる国王のせいで罪自体がうやむやになり、償うことさえ認められず、ただ病んでいるとして廃嫡の上、幽閉された王子様。さぞや無念でしょうか?まぁ、ほどなく病死を伝えられることになるのでしょうけれど。
未だ王城から戻らない両親は、お姉様よりも先に逝ってしまうことになるでしょう。だからこそ私は先へと急がねばなりません。このちっぽけな鞄の中身だけが、お姉様から託された無念を晴らす最後切り札。王子の心変わりと、国王の腹積もりで聖女との天秤に掛けられた時、切り捨てられるのが自分だと確信していたお姉様が必死で集めた情報がここに入っていますから。王妃教育も、執務も、お姉様はただ与えられたから熟していた訳では無いのですもの、ね、お姉様。身を護るため、一矢報いるための国の中枢に入り込んだ者の情報ですわ。
高く売りつけて見せますわね。長きに亘って苦労なさったお姉様―――。年頃の娘らしいことを何一つ楽しむことなく、幼い頃から国母となるためだけに邁進していらした姿を、私は誰よりも身近に見て参りました。辛さや苦しさを微塵も見せず、妹である私には優しさをひたすら向けてくださいました。
この国では、なんの後ろ盾も、地位も持たない娘が、他国の城に押し入り、不躾に直訴を試みようとしたところで無事に済むことはないでしょう。けれど、この鞄の中身だけはきっと伝わるはずです。だって、私の素性を調べたら、巷では知らぬ者が居ないほど流行している演劇のモデルとなった家の者だとすぐに分かるはずですから。古ぼけた小さな鞄ですけれど、家を示す紋章が入っている事だけが自慢の品ですもの。
国外追放をも察していたお姉様、きっと今頃はあの侍女たちの手引きで何処かに身を潜めていらっしゃることだと信じております。再びお会い出来るのを楽しみにしておりますわね。
その時には、互いに心からの笑顔を浮かべられるでしょうから。
《完》
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