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第123話 一休み一休み

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「ひどい目にあった」

「いえ、面白かったですよ?」
「うん、快適」

 君らはそうだろうよ。だが俺は大変だったんだよ。
 馬車を重力場で包んで、しかも見た目がおかしくならないようにわずかに浮かせるにとどめ、滑らすようにして、しかも黒曜ってば木の枝とか岩とかもお構いなしなんだから…
 ほんと神経使ったわ。

「でもこの調子なら今日中についちゃいますね」
「予定通り」

 いや、勘弁してください。もうあれはやりたくない。少なくとも今日は…

 というわけで少し(かなり)早いけど野営に入ります。
 街道から少し離れたところに石の木の家を設置する、風呂に入ってのんびりしよう。

「それよりご飯探してきて」

「それもそうか、じゃあお風呂を沸かすのはマーヤさんに頼もう」

「任せて」

 どれ、どうせなら黒曜と行こう。
 俺は黒曜に手綱をつけてひらりとまたがる。
 鞍はなくてもいい。手綱もなくていいのだけど特注で作ったからこれは使う。

 黒曜は竜なので草食の馬とは歯の構造が違うのだ。
 つまり〝はみ〟などは使えない。歯に当たるし当たれば鋼鉄でも簡単に噛み切っちゃう。おまけに気にせず食べちゃう。さすがドラゴン。ミスリルでも簡単に噛み切るぜ。

 オリハルコンで何とか持つぐらいか。そしたら『あぐあぐあぐ。カムの楽しい』とか言ってる。ほぼガム扱いだ。
 歯形でぼこぼこ。

 なのでこいつの手綱は首に巻くような形をしている。
 この世界はいろいろな動物がいるのでここら辺はかなりフレキシブルにいいものがあるのだ。

「にーに?」

「おっ、ラウもいく?」

 ラウニーがこちらを気にしたので行くかどうか聞いてみた。

「ほらほらおいしいぞー」

 そしたらネムがラウの前でお菓子をプラプラと。

「いってらっさい」

 がーん、あっさりフラれた!

「くるるくるるー(俺はやるぜー)」

 黒曜が俺の襟を噛んでズルズルと引っ張りました。

■ ■ ■

 さて、森の奥に歩を進める。
 狩りで一番難しいのは獲物を見つけることだ。
 だけど俺には基本関係ない。

 魔力視を使って周囲を見れば獲物の感知はできるから。

 だが今はそれすらも必要ないかもしれない。
 黒曜は少し立ち止まり周囲を探るようなしぐさをし、そして方向を修正する。

 向かう先には獣の気配。
 フラワーディアーという、角が細かく枝分かれして咲いたようになっている鹿だ。
 角を持っているのはオスで、オスは結構大きい。

 二mぐらい。

 黒曜はこういう時足音を立てない。
 全く足音がしない。

 さらにはしっかりと草を踏んでいるのに、ものすごく重いはずなのに草がつぶれたりもしないのだ。
 上から抑えつけたような感じで倒れるだけ。

 どういう理屈か…まあ、想像はつくがほかの動物にはものすごく気取られにくい。

 鹿は二匹だった。

 茂みの中からゆっくりと進み出る黒曜。
 黒曜は獲物を狩る肉食獣のような――まあ、肉食なんだけど――しなやかさで静かに進み出て、さてどうするのかな? と思っていたらいきなり加速した。

 音はしなかったがドンッというような勢いで飛び出した。
 やっぱりこいつは慣性とか重力とかに干渉している。

 で飛び出した黒曜はそのまま大鹿に接近、ガツンと膝蹴りをかました。

 ピーーーーーーーッ!

 悲し気な声を上げて華角鹿は思いっきり吹っ飛んでいった。そしてそのまま木に身体を打ち付け動かなくなる。
 即死だな。
 魔力視で見るとよくわかるよ。

 残った一匹もすぐに後を追った。
 慌てて踵を返して逃げようとしたところを黒曜が首に〝ガブリ〟とかみついたのだ。
 そのままゴキリという音がして足がだらーん。
 黒曜は華角鹿を咥えたまま顔を上げたと思ったらバツンという音が響いて鹿の胴と頭が地面に転がった。
 スゲーわ。顎の力だけで首を食い千切ってしまった。

『くるる…(俺はやったぜ! 俺はやったぜ! ・・・・・・食べていい?)』

「いいよ。お前がとったんだから食べなさい」

 許可したら頭からまる齧りだ。
 肉を食うとかじゃなくて頭を咥えたら本当にそのままバキバキとかみ砕いて飲み込んでしまった。

 これを肉食動物というのは何か間違っている気がするな。

 その間俺は吹っ飛んだ鹿の所に行って確認。
 肋骨の複雑骨折。脊椎の断絶。衝撃による多臓器破裂。

 ひとたまりもなかったというやつだ。
 だが打撃攻撃なので皮にダメージはないようだ。いい革が取れるだろう。

 とりあえず内蔵の処理と血抜きをする。
 肉食獣って内臓が好きなんだけど黒曜は見向きもしなかった。
 でも頭を欲しがったので角を切って確保してから与える。

 そういや脳みそもものすごく栄養価が高いんだよな。

 内臓と魔法で抜いた血は穴に放り込んで焼却。
 全体の熱運動を加速してやるとあっという間に沸騰し干からび燃え尽きる。

「まあ、こんなもんかな?」

『くるる?』

 なにが~? とか思ってそうだな。
 でもいいや、さあ帰ろうと思ったら黒曜がもう一つの反応に気が付いた。

 めんどいから無視しようと思ったのに。

『くるるるあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ』

 黒曜が怪鳥のような声を上げる。

『あおぉおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ』

 それに反応して相手も吠える。
 さらに応えるようにいくつもの声が聞こえてくる。

『わんわん』
『あおーん』

 集まってきたのは10匹の狼の群れ。お馴染みの森狼だ。
 こいつら弱いんだよな。

『くるるおぉぉん(俺はやるぜー!)』

「またか、まあいいや、やったんさい」

 俺が上空に避難すると狼と黒曜の戦闘が始まった。
 より正確に言うと黒曜による蹂躙が始まった。

 足にかみつこうとする狼をひらりととんで避ける黒曜。着地点に待ち構える狼だったが黒曜空飛べます。

 滞空したままネコパンチのように前足で空を掻く、すると着地を待ち構えていた二匹の狼がズンバラリンときれいに切れた。

 蹄の所に力場で出来たかぎづめのようなものが発生しているのだ。

 一瞬何が起きたのかわからなかったのだろう。後ろにいた狼がたじろいで止まる。そこに後ろ蹴り、これは馬の蹴りのような感じだ。
 狼は蹴り飛ばされ…ることなくその場で『ぱちゅん』…

 これが汚い花火ってやつか。

 いきなり三匹がやられて狼たちはためらった。
 そこにすかさずの追撃。

 なんと黒曜、ファイアーブレスを吐きました。

 得意の火球だ。
 その数三発。

 狙ったのは狼ではなくその足元らしい。
 地面に直撃した火球はポンと弾けて大量の炎をその場にまき散らす。
 七匹のうち六匹が燃え尽き、残りの一匹も大やけど。

 よたよたと逃げ出していく。
 どうするのかと思ったら黒曜はもうその狼には興味がないようでナチュラルに無視。

 まあ、なんであれ、こいつはドラゴンなわけだよ。うん。

■ ■ ■

 意気揚々と帰ればすでにご飯の支度もできていて、肉櫛とパンと野菜たっぷりスープができていた。

 そうか、マーヤさんは勇者だから空間収納のスキルがあるんだった。
 狩りに行く必要あったのか?

「まあまあ、いいじゃないですか。鹿は明日いただきましょう」

 いや、別に文句があるわけじゃないよ。

 そこからは楽しいキャンプファイア。
 おいしくご飯を食べて。

「おにきゅ」

「野菜も食べなさい」

 ちょっとお茶など飲んで、そしたら交替で風呂に入ってお休みだ。
 ネムがラウニーをお風呂に入れるので俺は一人です。寂しくないよ。

 頑丈な石の木の家と庭には番ドラゴンとペットのスライムたち。
 警戒の必要がない。
 任せておけばいい。

 おかげでぐっすり眠れた。
 こんな野営でいいのだろうか。
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