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二章 キューピットのお導き

プラネタリウム

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 航は車をあるビルの地下駐車場に入れた。それはもう初めからここに止めると分かっていたように、慣れた手つきで、駐車する。

「よし、ついた」
「ここで、星を?」
「うん。プラネタリウムがあるんだ」
「なるほど! てっきり外かと思ってカイロと膝掛けまで買っちゃったよ」
「あっ、ごめん言わなくて。じゃあ、行こうか」
「はいっ!」

 羽七はプラネタリウムなんて小学生の社会科見学以来だとはしゃいでいた。頭に思い浮かぶのは、春の大三角形、夏の大三角形くらいだけれど、宇宙の壮大さは羽七の胸を今もときめかせる。

 地下駐車場から移動しているときに、疑問が湧いた。なんとなくだが、商業施設にある人の気配がないのだ。

「あれ? 航さん、ここにプラネタリウムがあるんですよね」
「あるよ」

 羽七は航が返した笑顔にわずかな違和感を感じた。航が眉をひゅっと上げてエレベーターに乗りこんだからだ。

(ここって、マンションじゃないの?)

 エレベーターのドアが開くと、航は角部屋の鍵を開けた。航がポケットから取り出したキーケースを見てようやく理解する。

「ねえ! ここって、もしかして」
「うん? 俺んち」
「ここ、航さんのお家なの⁉︎」
「えっ! もしかして、今気づいたのか⁉︎」

(バカだ、私は本当になにやってるんだろ。よく考えたらそうだよね。なんて鈍感で間抜けなんだろ)

「私ってバカだよね」
「なんだよ。まあ、取り敢えず入って」





 私は驚きのまま、航さんの部屋に足を踏み入れた。心の準備ができていない状態で、一人暮らしの男性の部屋に入るのはとてもドキドキする。
 私はリビングに突っ立ったまま、彼の部屋の様子をじろじろと見ていた。思った以上に綺麗だった。シンプルというか、多少置いたままな物はあるけれど、気になる散らかりではない。これが航さんの部屋だなんだと感動していた。

「羽七、ごめん。てっきり気づいてると思ってた。嫌だったら、今から送るよ」
「え? 違う、違う。嫌じゃないよ。ただ、ここに来るまで気付かなかった自分にビックリしただけ」
「本当か?」
「本当です」

 航さんはほっとしたのか私を優しく抱きしめた。航さんは体が大きいから、私の顔は彼の胸のあたりにくる。それでも彼は少し腰を折っているみたい。こんな時にも、彼との体格差を感じる。

(大人と子どもみたい)

「俺たち、付き合い始めてまだ1週間だろ。羽七から嫌われたんじゃないかと思って、焦った」
「まさか。私から嫌いになるなんて、ないよ?」
「ありがとう。でもさ、プラネタリウムは本当だぞ」
「えっ⁉︎」
「こっち来てみな」

 航さんが案内してくれたのは寝室だった。そこにはダブルベッドが堂々と置かれてある。カーテンは遮光性のものだろうか、外の光が入ってこない。あらためて寝室だって意識すると、ドキドキしちゃって心臓に悪い。

(帰せないかもって言ってた。そういう事になるよね)

「羽七、これ」
「わぁ、これで見るんだ!」
「そう。ホームスターってやつ。快眠効果もあるんだ」
「なんだかロマンチックだね。星を見ながら眠れるなんて」

 それはバスケットボール大の白い球体で、ベッドの脇に置いてあった。この部屋の天井に、たくさんの星が映し出されるのかと思うと、ため息が出てしまう。

「はぁ……贅沢ですね」
「飯食ってから見ようぜ」
「はいっ」


 私はプラネタリウムのことが楽しみで、もすっかり夜の過ごし方のことを忘れていた。
 夕飯も終わり、私が食器を片付けていたら、航さんがバスルームから出てきた。

「リラックスして見たら最高だから、風呂入れた。先に入れよ」
「お、お風呂っ!」

(そう、だよね。万が一そういうふうになるなら、体はきれいにしておきたいし)

「俺のスウェット置いてるから、それ着て」
「うん、あ、はい。お先に、いただきます……」
「おう」

(大人のお付き合いは時間じゃない! って雑誌に書いていたじゃない。私もそう思ってるし!)

 余りに簡単に流されていく自分にそう言い聞かせた。流されているのではない。自分の意思で選んでそうなっているんだって。そんなことを考えながら、私は体を隅々まで磨いた。
 お風呂から上がると、航さんが用意してくれたスウェットを着た。分かっていたけれどここまで大きいとは思わなかった。袖も裾もめいっぱいめくり上げたけれど、それでもぶかぶかだ。
 髪はドライヤーを借りて素早く乾かし、ドラッグストアで買った化粧水を塗って歯を磨いた。もう、とても念入りに。

「ありがとう。きもちよかったです」
「ちゃんと温まったか? 羽七は冷え症だろ」
「うん。ポカポカだよ」

 航さんは「どれ、ほんとうか?」と言いながら、私の頬を両手で挟んで確かめる。

(近っ! やだ、近くで見てもかっこいい)

 航さんは「合格」とにっこり笑うと、バスルームに消えていった。

(ぬわぁぁぁ! 鼻血、出たらどうしようっ。出そう!)

 私は一気に沸騰したように体が熱くなった。ここ最近はドキドキしたり、ヒヤヒヤしたり体がおかしくなってしまいそう。とりあえず私はソファーに座って、航さんが出てくるのを待つ。心臓はずっとドキドキしていた。





「お待たせ。行こうか」

 風呂から出てきた航は、さり気なく羽七の手を引き寝室へ向かった。航だって意識していないわけがはない。化粧を落として少し幼くなった羽七を見たら、怖がらせてはいけないと自制を働かせているのだ。

「じゃあ、ベッドに寝っ転がって」
「……はぃ」

(どうしよう、すごくドキドキしてる)

 羽七の緊張はピークに達しようとしていた。彼の寝室でプラネタリウムだなんて、ロマンチックを通り越して頭の中はその先のことでいっぱいだ。

「羽七?」
「はひっ!」
「くくっ、緊張してるな? 上、見てて。すぐに始まるから」

 羽七がベッドに横になると、すぐに部屋の電気が落ちた。すると、あの球体が静かに動きはじめる。
 真っ暗な部屋の天井一面に、突如と現れた星たち。まるでそれは本物を見ているよう。強い光を放つ星、今にも消えそうな弱い光の星が、チカチカと瞬く。
 するとツツッーっと流星が流れた。

「あっ、流れ星っ!」

 羽七はすっかり部屋の中という事を忘れ、その星の輝きに魅了されていた。思わず腕を上げて、流れ星を追ってしまう。さっきまでのドキドキが、ワクワクに変わった。

 そして、しばらくすると星の物語が語られ始めた。

織姫ベガ彦星アルタイル

 誰もが知っている悲恋物語だ。しかし羽七はその話をよく知らないまま大人になってしまった事に気づく。一年にたった一度しか会えない二人。それには理由があったのだ。
 互いに真面目に仕事をしていたのに、恋に呆けて二人は仕事もせずに怠け者になった。楽しいことばかりを求めたせいで、生活は疎かになった。その罰として二人は離れ離れになってしまったのだ。そして、一年に一度だけ逢うことが許された。それはあまりにも悲しむ二人の姿に胸を痛めた親の、最大限の譲歩だったという内容だ。

「まさか、そんな話だったとは正直思ってなかったというか」
「な? 離れ離れになったのは報いだったんだ」
「ちょっと、ショックかも」
「羽七」
「はい」

 因果応報という内容に、少し落ち込んだ羽七。それを感じた航は羽七の手をそっと握った。それはこれまでの握り方とは違い、指と指を絡めたものだった。太くて長い指が羽七の手に優しく絡みつく。
 航のその行動に羽七の胸が締め付けられ、次第にそれは甘い疼きに変わった。

「俺たちはああはならない。どんなに互いの愛に溺れても、しっかりと地に足をつけて生きるんだ」
「はい。そうなりたいです」

 羽七がそう答えると、航は体ごと羽七のほうを向いた。航は羽七の髪、頬を優しく撫でる。羽七は擽ったさと気恥ずかさとで目を閉じた。それを見た航は羽七の唇にキスをした。触れるだけの優しいキスだ。

「羽七」
「うん?」
「いい?」

 航の少し上擦った声が羽七の耳をくすぐる。天井を見れば幾千幾万もの星たちが瞬いている。羽七は今夜、この星たちに見守られながら、航の愛を受け取るのだ。

「はい」

 羽七は小さな声で答えた。

「ありがとう」

 羽七の了承を得た航はゆっくりと羽七の上に移動した。航の羽七を見る目は、眩しそうに細められている。それでも、彼の瞳の奥には男の昂りがある。

 羽七は知っている。航の瞳の奥があの流星のように光ったことを。
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