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四章 キューピットのトライアル

何の戦い?

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 羽七たち三課は、先日輸出をすることになったミルクベースを試験的に前倒しで少量出荷することにした。輸入通関が終わってからどれくらいの時間で再搬出ができるのか、実際のバンニングで不便な点は無いかなど、テストをするためだ。

「斎藤課長。バンニングに立ち合いたいのですが許可いただけますか?」
「ああ、例のやつ。いいよ、見て来て。BLが別だし、扱いも気をつけてもわないといけないしな」
「ありがとうございます」

 荷受人がいつも取引している会社ではないため、とくに取扱いには気を使う。
 通関書類も整った。ドラフトを通関課に送信し、羽七はバンニングの立会申請をロジスティクスにメールで提出した。

『13時よりバンニング開始。本品パレタイズ済、格納ロケーションD20』

※パレタイズ:パレットへの積み付け 
※格納ロケーション:保管場所
  
 安藤からシンプルで明確なメールが返ってきた。営業の奥田も立ち会うことになっているので、すぐにメールで報告をする。

 運営を行う者は、輸出の最終確認をするかたわらで、次週出港のパッキングリストの作成と更に次の週の発注を行う。一人でおよそ一ヶ月分の輸出管理をしなければならない。
 羽七は今しがた、先週出港した船の現地到着確認をしたところだ。そして、現在進行中のプロジェクトや、輸出貨物の搬入状況の確認を行う。どのチームも、運営をしている人間はみな同じである。手元で今週の船の書類を作成しながら、電話では来週納品の話をする。どの仕事も止まってはくれない。

『運営は女性に任せるべき』

 社長のこだわりのひとつだ。
 女性は男性より複数の仕事を同時にこなすことが出来ると信じているからだ。男性は一つの問題を掘り下げるのが得意だが、女性は浅く広くに目を向けることができるのだとか。それぞれの特徴を有効に活用し、 男女問わず会社のために活躍して欲しいのだ。





「揃ったな。始めるぞ!」

 安藤の掛け声とともにバンニングが始まった。電源付きトレーラーが40フィート冷蔵コンテナを倉庫のドックにつけた。外から見ると冷蔵倉庫にコンテナがはまったように見える。この施設がないとコールドチェーンとは言えない。

※コールドチェーン:発送元から荷受地まで冷蔵で輸送すること。

荷付につけ前、確認開始」
「オッケーです」

 荷物を運び込む前に必ずコンテナ内を確認をする。使用するコンテナは検査合格証が発行されるが、その内容通りの状態か目視確認、場合によってはデジタルカメラで写真を撮る。

「積込み開始します」

 事前にパレットに積まれた荷物はフォークリフトでコンテナ奥に積んでいく。海上輸送中の揺れで荷崩れしないよう、ラップできっちりと固定してある。

「中間、手積み」
「はいっ」

 商品によっては機械は使わず、手作業で積み上げていく。取扱貨物が食品であるのに加え、袋で納品された物もあるからだ。
 手際良く作業をする彼らの姿は羽七の目にも留まったようだ。

(力仕事をするときの男の人って、カッコいいよね)

 そして、ドア前に三課が初めて取り扱う商品が積みこまれた。全ての商品の個数がカウントされながらコンテナの中に収まった。

「ドアクローズ、シール添付」

 コンテナのドアが締まり鍵がかけられた。その鍵には番号が記されている。それをシールと言うのだ。手紙に例えるならば【緘】に値し、目的地まで絶対に開けてはならないのことになっている。何らかの特別な理由で開閉した場合は、新たな番号を取得して添付し直さなければならい。
 この一連の作業にもコストがしっかりかかっている。コンテナをコヤードから倉庫へ、倉庫からヤードへ移動する費用(ドレージ費用)、ドライバー手配料、バンニング手数料、冷蔵保管料などなど。荷物の容積や、保管時間で料金が変動する。だから、予定通りに作業を終わらせる必要がある。

「シール確認オッケー」
「終わりました」
「よし、ヤードに移すぞ」

※ヤード:船積み前のコンテナ置き場

 2000個以上ある商品を予定より早めに積み終えた。箱の積み方も重みで潰れないように、縦横交互に積んだり、あえてズラしたりと工夫もされている。冷気がコンテナ内を循環するように、積荷の高さも調整されている。かつ、荷崩れしない方法で。
 まさに職人技である。

 羽七は安藤から渡されたバンニング資料を見た。積載効率80パーセントと理想的であった。

(す、すごい! しかもきれい!)

「おい、佐藤。口が開いているぞ。まるで新入社員だな」

 安藤は羽七の顔を見て笑った。

「いやー、感動してしまって。ほんとにすごいですね」
「ああ? 感動? 相変わらず変な奴だな」

 こうしてなんのトラブルもなく、あっという間にバンニングが終わりコンテナは船に積み込むため倉庫から離れていった。
 ドックから離れていったトレーラーを見送っていると、安藤から小声で呼ばれる。

「佐藤」
「はい、なんでしょうか」
「仕事のことじゃないんだが……おまえと原田とのこと、知っているやつはいるのか」
「なんですか急に。えっと、仲の良い友人には言いましたけど、それ以外の人には言っていません」
「そうか。まあ、知れ渡るのも時間の問題だろうな」
「そう、でしょうか」
「その手の話は直ぐに、おもしろおかしく広がるもんだ」

(そんな怖いこと、言わないでよ主任。モチベーション下るじゃーん)

「原田は、真っ直ぐ過ぎるんだよな」
「真っ直ぐすぎる?」
「ああ。何でも正面からぶつかるタイプだぞ。俺の女に手を出すな、くらいは言いそうだな」
「えぇ……」
「その瞬間から男たちの戦いが始まる。覚悟しとけよ」
「はいっ?」

(私が航さんの彼女と分かったら、なんの戦いが始まるんですか!)

 安藤の不吉な忠告に羽七は混乱した。

「主任っ、ちょっと待ってください。ちゃんと説明して下さいっ」
「おいおい、てめえの事だろ。頭使えよ」

 忙しい安藤は羽七に明確な説明もなく、足早に事務所に戻っていった。

(戦いって? 誰と誰が、何のために戦うんですか⁉︎)


「おーい、羽七ちゃん! 帰るぞ~」



 一緒に来ていた営業の奥田が呼んでいる。
 羽七は安藤の意味不明な言葉に動揺しながら、奥田と本社ビルに帰った。

 ロビーでエレベーターを待っているとき、奥田が恐る恐る羽七に問いかけた。

「あのさ。羽七ちゃんの彼氏ってさ、もしかして社内の人間?」
「えっ、なんでですか」
「たまに朝、地下駐車場から上がってくるだろ? 羽七ちゃんは普段電車じゃん。だからさ」
「あぁ~、分かりますよね。実はその……ロジスティクスの人なんです」

 羽七がそう答えると奥田は目を見開いた。

「その人って、まさか安藤主任」
「違います!」
「違うんだな? そっか、そっか。いや、あの人とまともに話せる人って本社にはなかなかいないからさ。親しそうだったしさ……うん、違うならいいんだ」
「えっ?」

 エレベーターに乗り込んだあと、奥田は黙り込んでしまった。無言のまま三課のフロアまでたどりついたところで、奥田が思いつめた顔で振り向いた。

「羽七ちゃん! 俺が前に言った事恋の応援なんだけど、このさい撤回するわ!」

 奥田はそれだけ言い放ち、ひと足先に三課に入っていった。

「撤回?」

 羽七は奥田から撤回するような事を言われただろうかと、考えてみるも思い当たらない。

(え、なんなの? ちょっと、なんなのー)
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