カメラとわたしと自衛官〜不憫なんて言わせない!カメラ女子と自衛官の馴れ初め話〜

ユーリ(佐伯瑠璃)

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フォーカスロック編

フェンスの外で大はしゃぎ

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 彩花は朝からご機嫌だった。なぜなら今日は平日にも関わらず、とある基地に来ているからだ。

「有給休暇がたーっくさん残ってるんだもん。使わなきゃ、損だよね」

 夕方は幸田のマンションに行くと伝えてある。それまでは仲間とおおいに撮影を楽しむのだそうだ。

「おはようございます! 今日はよろしくお願いします!」
「あなたが一色さん? ずいぶんと若いねぇ。なんかオジサンばかりで申し訳ないな」
「とんでもないです。初心者ですが、いろいろと教えてください」

 カメラの扱いになれた彩花は、SNSを通じて撮った写真をアップしたり、共通の趣味をもつ人たちをフォローしては交流をしていた。
 今日はそこで知り合ったベテランマニアさんたちと航空機撮影をすることになっていた。

「やっぱり、日頃の訓練は平日しか見られないからね。本物の彼らを見るチャンスだよ。楽しんで」
「はい!」

 午前中は航空自衛隊の基地でベテランマニアさんたちにカメラを学び、午後は陸上自衛隊の航空基地に移動する予定だ。
 今回、一緒に活動するベテランさんたちは航空機の撮影が得意な方たち。

「それ、もしかして航空無線ですか!」
「そうそう。基地ごとにチャンネルがあってね、合わせると……」

ーー ジッ……runway25、clear…りょーうかいっ

「うわぁ! 何言ってるか分からないですけど、聞こえます」
「無線の声は聞き取りにくいよね。あと人によっては何言ってるか、ぜんぜん分からないよ。さあ、そろそろファースト上がるよ」
「どこからですか!」
「タキシング始めてる。左奥だ」
「あ、本当だ」

 大きな音をたてて彩花の目の前をF-15戦闘機が離陸をした。またたく間にその機影は遥か彼方に消えていく。
 それにはもちろん驚いたけれど、もっと驚いたことがある。さっきまで穏やかな口調で話していたベテランさんが、急に精悍な顔つきに変わったこと。

「キタッ!」

ーー カシャカシャカシャ、カシャカシャ……

 太くて長いレンズを片手で支え、高速で過ぎゆく戦闘機をピタリとマークして連写をしている。

「シンクロが、すごい……」

 その向こう側には、いつ来たのか数名のカメラマン達が全く同じ角度と同じ姿勢で機影を追っている。

 彩花は彼らのカメラを動かす気配に圧倒されて、すっかり撮るのを忘れていた。

「ほらほら、次、上がるよー。構えなきゃ、撮れないよー」
「あっ、はいっ」

 自分もあんなふうになっているのだろうか。皆とシンクロできているのだろうか。そんな事を考えながらシャッターを押し続けた。

「一色さん! さっきのが帰ってくるからさ、ちょっと手を振ってみてくれる?」
「え? 手を振るんですか?」
「そうそう。パイロットはさ、見えてるんだよ俺たちが。いつもはおっさんばっかりだからクールだけど、一色さんが手を振ったらお手振り返してくれると思うんだよねー」
「へぇ……。やってみます!」
「そら、右から来るぞ」

 彩花は右手を大きくあげた。ジャンプまでして、こっちを向いてとアピールした。すると灰色の塊がどんどん近づいてきて、カメラマン達が一斉にレンズを向けた。彩花は自分にかせられた任務だといわんばかりに大きく手を振る。

「パイロットさーん。見えますかー!」

 ついには叫んでしまう。

 カシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャーーッ

「うーわっ。捻りパネー!!」
「マジか。サービスしすぎだろぉ」

(ベテランさんたちが喜んでるーー!!)

 なんだか嬉しくなった彩花は首に下げていたカメラを置いて、今度は両手をあげた。大きく旋回したF‐15が正面から来る。

「キャーッ!」

 ブフォォー!! と風を撒き散らしながら低空でお腹を見せる。物騒なものをお腹に抱えた戦闘機はカメラマンたちを撫でるように通過。

「ラッキーだな! 今日はフル装備じゃねーか! すげー」

 ベテランマニアさんたちが興奮している。彩花はまだ数枚しか撮っていないけれど、なんだか達成感でいっぱいだった。

「着陸するぞ! 一色さん、お手振りゲットしなきゃ!」
「がんばります!」

 当初の目的から大きく外れ、パイロットのお手振りゲットに力を注ぐ彩花。

「お疲れさまー! かっこいいよー!」

 届くはずのない声援をめいっぱい送る。

「おおーーっ。両手お手振りキター!」

 嵐のようにシャッター音が鳴り響く中、彩花は満面の笑み。
 続いて二機目も降りてくると聞いて、彩花はまた一生懸命に手を振り続けた。

「でたー! ブロウイングキス。あいつマジで、ヤベー。カッチョイイって。くそー!」

 いちばん端でカメラを構えていた男性が叫んだ。そしてその男性が彩花を見つけて難しい顔をしたまま近づいてくる。

(え、ちょっと、怖いんですけど!)

「もしかして、彼女?」
「へ?」

 その男性が彩花に撮った画像を見せながら、そんな事を聞いてきた。

「君、このパイロットの彼女なの?」
「違いますっ。私の彼は陸上自衛隊の隊員さんですから! この人のことは知りません!」
「え、そうなの? すげぇ大サービスだったから、てっきり彼女なのかと思ってしまった。ごめん」
「い、いえ」
「これ、君に向けてしたキスだからあげるよ!」
「え!」

 拒否するまもなく、気づけば自分宛に画像がアップされていた。

(確かに、かっこいいけれども……)

 パイロットの手慣れた感が漂うその投げキスに、彩花は戸惑っていた。

 お昼になると見知らぬマニアさんたちも加わって、いいものが撮れたお礼だと彩花にお昼ご飯をご馳走までしてくれた。

「お腹いっぱいです。ご馳走さまでした。皆さんの素早い身のこなし、とても勉強になりました。でも、ちょっと同じレンズは買えないですね」
「一色さんのカメラも悪くないよ! 俺たちはこういうのばっかりだけど、一色さんの撮りたいものを貫けばいいと思う」
「撮りたいものだらけで困るんですけど……でも、頑張ります!」

 午後も残ると言う彼らとの別れ際、彩花は聞き慣れない言葉を向けられた。

「よかったら、おいちゃんたちの基地外フェンス組合にはいらないかい?」
「きちがいフェンス組合?」
※一般てきに? そとフェンスと呼んでいるようです。

 にこにこ笑顔で答えを待つベテランマニアさんたちに、さすがの彩花も少し引いた。
 なぜならば。

(キチガイ組合とか……無理ぃぃーー!)

「えっと、まだまだ勉強不足なので今はやめておきます」
「そうかぁ……。じゃあまたの機会に」
「お疲れ様でした」

 とんでもない世界があるものだと彩花は思った。世界は狭いと思っていたら違った。

(カメラの世界は底がないよね……気が触れるほど没頭することをテーマにしているんだもの。すごい)

 プロならまだしも、アマチュアであんなふうになれたならきっと幸せだ。彩花は改てカメラの魅力を思い知らされた。

「さーってと。今度は陸自さんのヘリコプターだぁ。この間のリベンジするんだもんねー」

 幸田が通う駐屯地から少し離れた場所に、陸上自衛隊が保有する基地がある。主に、輸送ヘリコプターが離着陸する場所だ。

「なんの荷物を運んでくるんだろうね。楽しみっ」






 なかなかマニアックな場所なのか。航空自衛隊の基地のようにカメラを持った人はいなかった。元気に生えすぎた草を掻き分けて、彩花は撮影スポットを探す。

「ここだ!」

 彩花はぼうぼうに生えた草を踏み倒してスペースを確保した。錆びたフェンスの向こうには、隊員がちらほら隊舎から出てきたのが見えた。レンズをヘリコプターが降りてきそうな場所に焦点を合わせる。

「うーん……ちょっと、フェンスの網がじゃまなのよね」

 寄っても、離れてもボヤケたフェンスが写り込んで不思議な世界を醸し出す。そうこうしていると、遠くからヘリコプターの音が聞こえてきた。
 
「あーん、もう。来ちゃったよー」

 どう考えてもフェンスの上からレンズを構えることはできそうにない。踏み台になりそうなものはないし、まさか木に登るわけにもいかない。

「だから脚立キャタツが必要なんだー」

 でも、嘆いたところで事態は変わらない。彩花は考える。迫りくるヘリコプターの音を聞きながら、どうしたらこのフェンスに阻まれることなく撮れるのかを。

「あ! いーこと考えたぁ。よっと……わぁー。いいかんじよ! 私って、頭いいじゃーん」

 なんと彩花はレンズの先をフェンスの網目に差し込んだのだ。差し込んだレンズをゆっくりと動かして、空からくる被写体めがけてズームした。

カシャカシャカシャカシャ……カシャカシャ

 輸送ヘリコプターが土を巻き上げながら着陸するさまがとてもかっこいい。彩花は夢中でシャッターを切った。

「あ、すごい。なんか、機械ぽいのが出てきた」

 望遠レンズは望遠鏡にもなる。ピントを合わせたまま見ていると、ヘリコプターから大きな箱や何かの装置が運び出されていた。

「物資? 食料とか、洋服とか? でもあれは機械だよね。アンテナみたいなのが出てる」

 迷彩服を着た陸自隊員が手際よくトラックに載せているのを、彩花はずっと見ていた。
 あの大型ヘリコプターは、いったいどれくらいの物を飲み込んでいたのか。次から次へと出てくる荷物に感心していた。

「なんだっけ……あ、チヌークさん」

 彩花がいちばん最初に覚えたヘリコプターの名前だった。チヌークはお尻から物だけでなく、人もばら撒くんだと思い出す。

 そんな彩花は真剣にファインダーを覗いていた。
 だから、全く気づかなかった。

 ザッ、ザッと音をたてて迫りくる影に……。

 カチャッ……

「わ!」

 突然、目の前が真っ暗になった。はっとした彩花がカメラから顔を外すと、自分が大きな影に覆われていることに気づく。そして、その影は彩花がフェンスに差し込んだカメラにも伸びて、レンズを塞いでいた。

「ここで、何をしている!」
「ひあっ」

 彩花、大ピンチ!!
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