カメラとわたしと自衛官〜不憫なんて言わせない!カメラ女子と自衛官の馴れ初め話〜

ユーリ(佐伯瑠璃)

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フォーカスロック編

漢(おとこ)になれ!

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 休日のほとんどを、彩花は幸田のマンションで過ごした。特に出かける予定がない時は、彩花も幸田もそれぞれの時間を過ごしていた。

 彩花は通販で買った三脚を組み立てて、ベランダからいつもの風景を覗いていた。幸田はというと右手をテーブルに置き目を閉じて何やら怪しげな動作をしている。

「学さん! お茶にする? あれ、何してるの?」
「ん、ああ。今度さ通信部隊の競技会があって、俺はモールス信号の方で出るからその練習」
「モールス信号って、あの、トントンツーツーするやつだよね」
「そうそう。実際は電子音だからトンツーじゃないけどね」
「覚えることたくさんあって大変ね」

 彩花は幸田の指の動きをじっと見ていたけれど、トントンしているだけで何を伝達しているのかさっぱり分からない。

「彩花も勉強する?」
「えっ、むりむり。覚えられないよ」
「案外できるもんだよ。海上自衛隊は必須科目じゃなかったかな。陸上自衛隊は陸曹以上のクラスは勉強しているはずだよ。航空自衛隊も管制とか通信に関わる人間はみんなやるし。それに一般の船舶やアマチュア無線なんかでもやってるよ」
「そうなんだ!」

 言葉や文字以外での伝達に彩花はときめいた。もっともそれは、限られた者同士にしか分からないという特権だからだ。

「日本語の五十音はもちろんだけど、数字やアルファベットもマスターしたら外国人とも話せる」
「すごいね! わー、ステキ!」

 目をキラキラさせて前のめりになった彩花は、幸田にもっとモールス信号について教えてと言う。幸田も嬉しかった。こんなマニアックなことも彩花は受け入れてくれるからだ。

「通信手段はいろいろあるよ。海の仕事をしている人なら、手旗信号や信号灯でのモールスもある。国旗を並べて言葉にしたりね。ほら、前に行っただろ? 艦艇見学。ウェルカムって旗で歓迎していた」
「あー、あった! へぇ、すごい。じゃあさ、お友達と内緒の話もできるよね」
「まあ、他にそれを知ってるやつがいなければな」
「そっかぁ……。学さんたちって、本当にすごい」

 彩花に尊敬の眼差しを向けられた幸田は、照れ隠しに頭をかいた。

「自衛官なら、みんなできるからさ」
「ふふっ、照れないで。競技会頑張ってね!」
「おう」





 コツコツコツ……コツコツ…コッコッ…コツ

 休憩時間、机に頬づえついてなんやらぼんやりしている幸田は無意識に指だけは動いていた。

コッコッコッ……コツコツ…コツコツコツ

「はぁ……」

 そして、深いため息をついた。

「おおいっ。小隊長! 何うだうだ言っているんだ。男だろ? バシッと言えよ」
「あ? なんだよ」

 同期の増田が鬱陶しいとでも言いたげな顔をしてやってきた。

「なんだよじゃないだろ。異動命令来たんだろ。迷ってる場合じゃないぞ。そろそろ俺たち昇任だろ? 二尉におさらばして、一尉殿にこんにちはだ」
「なんで知ってるんだ。まだ内々定だぞ……言うなよ」
「それと、彼女にも早く言ってやれよ。決まったら時間の猶予はないぞ。分かってるだろ? それでも幹部はまだマシな方だ。早くプロポーズして、かっ攫っちまえよ!」
「だから! なんで俺の悩みを!」
「コツコツ独り言が煩いんだよ! 見ろ、みんな知らぬ存ぜぬって気を使ってる。お前ここが通信小隊ってこと、忘れてるだろ」
「……ああーーっ」

 顔を真っ赤にして机に突っ伏した幸田を見て、部下たちは肩を揺らしながら笑った。真面目を絵に描いたような男が、一人の民間人女性に振り回されている。小隊の隊員たちは、それがとても微笑ましかったのだ。

 フェンスに張り付く彼女を見つけて、慌ててフォローに走る姿。駐屯地の記念行事で体調を気遣う姿。なりふり構わずモールスで独り言を呟く姿に、全員の心が温まった。

「小隊長。俺たち応援していますから! 競技会も、彼女さんのことも頑張ってください」
「うわぁー! まじでみんな、すまん。それから、ありがとう」

 恥ずかしさと嬉しさで顔を上げられない。幸田はくぐもった声で詫びと礼を入れるので精一杯だった。





 競技会当日。
 幸田はいつもと変わらない時間に出勤した。競技会は隊内で行われるもので、技術向上のために行われるものだ。よって、外部に公表するような大会ではない。しかし、それぞれの部隊に属した者たちで競い合うものであり、部隊の名誉にも関わるものだと参加者全員が意気込むものであった。

 モールス信号の部では、敵からまたは味方から発信された信号をキャッチし部隊に正確に伝える。そして、相手とコンタクトをとり交渉なり命令なりを伝達すること。聞き取りと伝達のそれぞれを行い、より正確に短時間で任務を遂行したものが表彰される。

「幸田、しっかりな」
「小隊長、がんばって!」
「ふぅー。期待に添えられるよう努力する」

 最初は和文で、そのあと欧文となる。和文であれば一分間に120文字程度を書き取る。実際に現場に派遣されたと仮定して、通信状況は一定ではない。スピードや音量が異なるように設定されているというガチンコ対決だ。

 幸田は仲間と挨拶を交わし、通信室にはいった。

 ここからは自分との戦いだ!!


「はじめーっ!」

ツツーツツッ…ツツーツツッ……ツツーツツッツー

 幸田は変換器に向かい、無心に指を動かした。そして素早く紙に相手からの返信を書き留める。
 その横顔を彩花が見たら、きっと……。

『学さん……ステキ!!』

 顔を赤く染め、瞳を輝かせながら言うに違いない。

(集中しろ! 部隊のために、己のために、そして! 彩花のために!!)



「やめーっ!」

 幸田としては今の実力を出し切ったつもりだった。現場の前線でいつも駆け回る陸曹たちに任せっきりではいけない。

(幹部だってやるときはやるんだ! 座学ばかりじゃないんだ!)

 そんな気持ちが加勢したのかもしれない。



「通信開設準備、よーいっ!」

 そして、幸田は休む間もなく通信開設の競技にもそのまま参加した。自らやると、手を上げたのだ。

「はじめーっ!」

(いかなる有事にも対処する! どんなに危険な状況でも、俺は、やれる!)

 日頃から訓練をしている。しかし、ここまで幸田が競うことにこだわったことはなかった。より正確によりスピーディーに、なにより安全に努めては来たが、勝つことへの意欲は見せ事がなかった。

ーー 小隊長のな中で何かが弾けた!

 小隊の全員がそう感じていた。

「設置場所確認して!」
「はい!」
「走れーっ!!」

 幸田自らケーブルを肩に担ぎ、目標まで全速力で走る。ラインを確保して繋ぎながら、敵からの攻撃を警戒する。戦闘支援を目的とする通信部隊も危険と隣り合わせなのだ。

 自衛隊は自己完結型の組織と呼ばれることがある。それはいかなる場面でも、自己で判断し自己の能力で乗り切る事ができるという意味だ。災害や有事で誰かが欠けても、己の力でなんとかしなければならない。自衛隊という大きな組織は、隊員それぞれの能力で支えられているのだ。

「アンテナ立ったか!」
「はい!」
「配線チェックしろ!」
「問題なし!」
「高射隊へ電話回線まわせー!」
「開通確認しました!」

 早かった。全員がなにかに取り憑かれたかのように、いつもの何倍もの力が発揮された。時間にして15分短縮。それは、普段ではあり得ないことだ。

ーー 神がかっている!!

 そう、思ってしまうほどだ。

「撤収ーーっ!!」
「オーッ!」

 やっと開通させたのに。こんどは現場から速やかに撤収しなければならない。そこに、通信設備があった痕跡は決して残してはならない。

「回収完了、撤収します!」

 部下の伝達を聞いて、幸田は本部へ連絡した。

「第二十二通信小隊、撤収完了を確認した!」
『了解っ』

 乱れた息が鉄帽ヘルメットの中でハァハァと鳴り響いていた。






 今回、幸田が率いた小隊は見事に優秀な成績をおさめた。幸田個人が出場したモールス信号の部でも同様だった。
 部隊の名が呼ばれ、代表として幸田が賞状を受け取った。

「みんな、ご苦労だった。全員の力で取った賞だ! 今後の任務も、これを糧に励んでくれ!」
「はい!」

 競技会が終わり、幸田は部下たちを労った。久しぶりに清々しい気持ちに浸る。

「幸田やったな!」
「増田。なんとか、やれたよ」

 同期の増田がやってきて、幸田を肘でぐりぐり突いてくる。バシバシと鉄帽の上からも叩いてくる。

「おいっ、痛ぇからやめろってぇ」
「いやぁ。嬉しくてさー。これでお前も自衛官として、いや、男として一人前だ。もう、躊躇うことはないな」
「なんだよ。意味分かんねえし」
「あはは。だよな! だよな! すぐに分かると思うぜ~」

 増田が気持ち悪い笑顔を向けてくる。何かを企んだ顔だ。幸田は警戒を強める。

(シャワールームになんか仕掛けてんのか……まさか、隊舎の入り口に落とし穴なんて、ないよな……。ありえる。俺たち陸自隊員はヤバい集団だからな)

 
 そのとき突然、緊急の無線が響いた。

『第二十二小隊に告ぐ! 不明電波受信、周波、発信基地不明。至急、解明せよ。普通科連隊は帯銃にて整列待機、高射隊……』

 一瞬にしてその場が凍った。

「小隊長!」
「何が起きたんだ。おい、揃っているか! 全員通信室に走れ!」
「はい!」

(これは……訓練なんかじゃない!)

 直感だった。
 無線の声がいつもと違った。背景でざわつく気配がしていたからだ。

(何なんだ、何が起こった! まさか、弾道ミサイルとかじゃないよな!)

「急げよ! すぐにチャンネル合わせろ」
「了解!」

 

 そして、得体のしれない交信が、始まろうとしていた。
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