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フォーカスロック編

謎のモールス信号

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 緊急放送を聞いて、幸田たちは通信室へ駆け込んだ。息を整える間もなく、幸田は自ら交換器の前に座る。

「準備はいいか!」
「はい。全てオンにしています。あ、小隊長これを」

 部下が渡したのはヘッドホンだった。先ずは相手からのコンタクトを拾う必要がある。無線なのか、パソコンからなのか、それとも何か特殊な手段なのか。

「ありがとう。チャンネル探して。傍受した電波の周波に合わして」
「了解」

 幸田がヘッドホンをきっちりと装着したのを待っていたかのように、再び隊内放送が流れた。


『以上をもって、通信競技会及び緊急呼集訓練を終る』

 小隊の隊員たちは互いに顔を見合わせて、ホッと胸をなでおろした。

 そう! これは幸田二等陸尉へのびっくり大作戦だったのだ!

 そんなこととは知らない幸田は怪しげな電波を拾うため、眉間にシワを寄せながらコンタクトを取ろうと調整していた。

「まだ、わからないのか!」

 一向にキャッチできない事に苛立った幸田が、部下を怒鳴りつける。温厚な幸田の別の顔を見た部下たちは思わずビクリと肩を揺らした。

ーー 戦闘モードのスイッチが、入った!

「もうすぐです。えっと、とうぞ!」

 幸田を補佐する役割を持った隊員が、幸田に気づかれないようにあるボタンを押した。

ジッ……ジジジー、ピピーピーピーピー

 幸田の耳に届いた電子音はモールスで呼びかけているように思えた。直ぐに幸田はモールス信号交換器に手を伸ばす。

(雑音がすごいな……どんな環境なんだよ!)

 幸田は交換器を使って交信を始めた。

ーー コンタクト願います。こちらJ*****局。貴局の信号の強度は……

 幸田がお決まりのコールをし終わる前に相手から返事が来た。

『……です。ア、イ……ルーーージジジ』

 幸田は眉をひそめた。

(なんか、おかしくないか!?)

 耳に聞こえてくる交信音を聞きながら、なにか違和感を感じた幸田は後ろを振り返った。数名いる部下の顔を見ると、あからさまに彼らは目を逸らしてしまう。

「おい、お前たち」

 幸田が口を開いたのと同時に、新たな交信が始まった。

『マ……ブ、ーーー…テル』

 幸田は目を閉じてその音に集中をした。

『・-・--(テ) -・--・(ル) 


(てる?)

『--・--(ア) ・-(イ)  ・-・--(テ) -・--・(ル) 』

「開いてる!?」

 思わず、叫んだ。
 すると後ろに控えた部下たちが、我慢できなくなったのか口を手で抑えしゃがみ込んでしまう。

 そう、笑っているのだ。

「開いてるってなんだよ……えっ」

 天然なのか、幸田は自分のズボンの社会の窓に手を添えた。

(いや、開いてねーだろ。てか! これ!!)

「お前たち! これ、偽物だろ! どういう事だ! まさか、小隊ぐるみで俺をハメたのか! だったら……何のために!!」

 ガタッと椅子を倒しながら立ち上がった幸田の顔は真っ赤だった。照れたときの赤いとは違う、苛立ちと怒りが混じった赤だった。拳を強く握りしめて、笑いを堪えた部下たちを睨みつける。
 さすがに部下たちもまずいと思ったのか焦りが出た。

「違うんです! その、あの放送も訓練でっ……! さっき終了の放送が流れて! だから確かにそれは偽物です。しかし、本物なんです!!」
「キサマ、何を言っているのかワカッテイルノカ!」

 沸騰した幸田はところどころカタコトだ。偽物だけど本物とはいったいどういう事かと混乱していた。

「そこに込められたメッセージは本物と言うことです! 小隊長ぉぉー!! もう一度、きちんと聞いてください。素人の叫びを、受け止めてやってください!」

 敵意を向けられた部下もパニック寸前だった。なぜならば、そのわけありメッセージは確実に幸田にキャッチしてもらわなければならないからだ。

「ああっ!?」
「とにかく、とにかくぅー!!」

 小隊全員で幸田を椅子に押し戻し、もう一度ヘッドホンを被せた。今度は幸田が剥ぎ取らないようにと押さえつける始末。

「もういちど、再生しますよ!」
「再生だと!?」

 もうバレてもいい。このモールス信号は録音されたものだ。しかし、とても重要なメッセージが入っているんだと部下たちは訴える。

「小隊長! 民間人のメッセージです。小隊長にしか解読できません。キャッチ、してください!!」

 幸田に抵抗はできなかった。寄ってたかって部下たちが幸田を押さえ付けているからだ。

「分かったから、さっさと流せよ! その偽モールス信号をよ!」
「了解!」




 全員が固唾を飲んで幸田を見ていた。既に再生されていっときが過ぎた。幸田はそのモールス信号を何度も繰り返し再生をする。

ーー やっぱり初心者には無理だったかぁ

 そんな言葉を隊員たちは心の中で言う。

(なんだよ、この下手くそなモールス信号。遅えよ、どこで区切ってんだよ)

 しかし、なんどか繰り返し聞くうちにその信号が言葉になって聞こえ始めた。
 それは日本語だった。

『マ ナ ブ……。イ シ テ ル……』

 幸田は目を閉じて、もう一度再生した。

(もうこれが、最後だからなっ!)

『--・--(ア) ・-(イ) --・-・(シ) ・-・--(テ) -・--・(ル) -・--(ケ) ----(コ) ・-・-・(ン)
 --・-・(シ) --(ヨ) ・・- (ウ)』

 白い紙に、幸田は聞こえてくる信号を文字に起こしていった。そして、最後の信号を聞いて手を止めた。

アイシテイル ケコンシヨウ
愛してる 結婚しよう

「なんだとーっ!!」

 グシャと幸田はその紙を握りしめた。そして勢いよく立ち上がり、部下たちを一瞥いちべつしたかと思うと、通信室から飛び出した。

 駆ける幸田に部下たちが叫ぶ。

「小隊長! 頑張って!」

 時計は4時55分。課業終了まであと五分残っている。それを見た部下の一人が幸田と同期の増田に連絡をした。

「増田二尉。今、出ました!」
「遅かったな。オッケー、こっちは問題ない」



 幸田は走りながら腰に挿していた隊帽をかぶり、門を目掛けて走った。 制服を着ている限りは必ず帽子を被らなければならない。

 そんな幸田の姿を遠くから認めた増田は苦笑いをする。

(まったく、おまえってやつは。こんな時も優等生だな)

 増田が警務隊に合図をすると、警務隊は敬礼をして門の扉を開けた。課業終了まであと二分。多少の早退は目を瞑るつもりだ。

「ハァハァ、ご、ご苦労さまです」
「お疲れ様です。とうぞ」
「ありがとう」

 幸田が門をくぐったのは五時ちょうど。課業終了のラッパが鳴り響いていた。







 幸田は頭では理解しているつもりだった。あれは彩花が自分に宛てたメッセージだと言うことを。そしてそれを仲間がサポートし、あんな大掛かりな作戦になってしまったことも。しかし、感情が追いつかない。

「意味が、分からないな。なんだってんだ!」

 肩で息をしながら幸田は自宅マンションの前に立っていた。
 エントランスのドアに写り込んだ自分の姿を見て唖然とする。

(しまった! こんな格好で、俺……)

 汗と泥にまみれた戦闘服で足元も汚い戦闘長靴ブーツ。辛うじて隊帽はよれていないきれいな状態だった。

(これじゃ住人が驚いてしまうじゃないか! 急いで部屋に入らなくては)

「あ……」

 しかし、勢いで飛び出した幸田は貴重品を隊舎のロッカーの中に入れたままだった。

(やってしまったな。うわぁ、やべぇ……戻るか。てか、俺……格好悪すぎるだろー)

 うわぁ! と、思わず頭を抱えそうになるのをなんとか我慢した。幸田は自衛官だ。これでもいち小隊を率いる隊長だ。表情はそのままに静かに回れ右をした。

(まあ、なんだ……戻るか)

「まなぶ、さん?」

 不意に名前を呼ばれて幸田は振り向いた。買い物袋を両手に下げた彩花が立っている。ちょっと自信なさげな声に幸田は頬を緩めた。

「そうだよ。誰か分かんなかった?」
「ちょっと殺気立ってたから。それに、そのかっこう……」

 彩花を見るとなんだかホッとする。だが、今は彩花の姿に和んでいる場合ではない。幸田はなぜ自分がこんな格好でいるのかを思い出した。

「ああっ!! 彩花ぁー!!」
「ひいっ、な、な、なんですかーっ」

 幸田はずっと握りしめたままだったメモ用紙を彩花に見せた。くしゃくしゃになったその紙は汗で湿気帯びている。

「これ、何かわかるか」
「ん? アイシテル ケコンシヨウ?」
「そう。今日、モールス信号で受け取った」
「え……、ああっ、ちゃんと通じてる!!」

 目をまんまるさせて彩花はメモを覗き込み、そして満面の笑みで幸田を見上げた。そこに悪びれた様子はなく、その喜びを分かち合いたいと言いたげに幸田の反応を待っている。

「本当に、彩花が打ったのか? 誰にモールスを教えてもらった。どこで変換器を手に入れた。どうやって録音して、俺の部下たちに渡した」

 幸田は素直にありがとうと、言えなかった。どうして、なんでと問い詰めてしまう。本当はとても嬉しいのに。本当は抱きしめてめちゃくちゃにしたいのに。

「あっ。どうしよう。わたし、お仕事の邪魔を、しちゃった……。わたしって自分ばっかりだよね。ごめっ、ごめんなさい! 私が隊員さんに無理にお願いしたの。私が悪いの」
「彩花っ」
「叱らないであげて! 悪いのは私だから。サプライズとか調子に乗りすぎよね。隊員さんたち巻き込んじゃ、だめだよね! どうしよう……わたし」

 彩花の無邪気な笑顔が歪んで、涙でぐしゃぐしゃになる。溢れる涙は、両手に下げた買い物袋のせいで拭えない。彩花は情けなさで顔を俯かせた。

「ずっと、ずっと学さんと一緒にいたいなって……勝手だよね」

 アスファルトに、たくさんの大粒のシミができていく。

 幸田も彩花も、それを黙って見ることしかできなかった。
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