かみしまの海〜海の守護神、綿津見となれ〜

ユーリ(佐伯瑠璃)

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24 さらば、友よ

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「伊佐さん! 本当に潜るんですか!」

 着替えの途中も歌川は伊佐から離れない。なんでだ、どうしてだと執拗に食い下がってくる。しかし、伊佐は無言を貫き通した。綿津見から言われたなんて言えば、頭がおかしくなったと思われるだけだ。

「船長の許可は! 伊佐さん、伊佐さんてば!」
「歌川、あとは頼んだ」

 ジッパーを一番上まで引き上げた伊佐はそう言って、甲板に出た。

「処分されますよ!」
「それはお前の報告次第だろ」
「なんてことを……! もうめちゃくちゃだな!」

 人造人間が現れた時点でもはや現実とは思えなかった。姿が消えたり現れたりを繰り返して、船内を破壊しながら何処かに向かうそれを、誰も止められないのだから。

 伊佐は壁にかけてある黒い連絡用の受話器を取った。これは船橋に繋がっている。

「伊佐です」
『伊佐くん! 無事か! よかった』
「すみません。食堂から人造人間を出してしまいました。船員を至急……そうですか。さすが船長です。分かりました。今からアイツを海の底に沈めます。私がかみしまから離れたら全速で離脱してください!」
『なんだって! 伊佐くん!』
「すみません、歌川に代わります」

 伊佐は受話器を歌川に押し付けた。相手は航海長の由井だ。船内には船の運行のための最低限の幹部のみが残っていると聞いた。その他の職員たちは、護衛艦つるみに退避した。
 それを聞いた伊佐は少しほっとしたのだ。犠牲者は絶対に出したくない。

「ちょっと伊佐さん! え、はい歌川です。はいはい」

 伊佐は甲板に出た。
 停泊中のかみしまは静かに波に揺られていた。

「伊佐くん」
「佐々木さん」

 機関長の佐々木と主計長の我如古が駆け寄ってきた。潜水服を着た伊佐を見て、二人は驚いた。

「まさか、本当に海の底に彼を? 無茶よ」
「伊佐くん、あんたいったい何者なんだ。海の神でもついているのか」
「そう思ってもらって結構ですよ。あいつは外に出してはいけない。海底に封印しなければならない。船のエネルギーを吸収して、それを動力に変えているみたいです。佐々木さんたちが命を張って沈めてくれたのに、どこかの国の船が無許可で海洋調査をしたせいで、目覚めてしまった」
「アレは簡単じゃないぞ!」
「佐々木さん。わたしが船から離れたら、エンジンを始動してください」
「君はどうする!」
「水の中なら大丈夫です」
「しかし!」
「機関長! この船を生かすも殺すも機関長にかかっています。巡視船かみしまはまだ生まれたばかりです。国の税金が大量に投入された大事なものです。あなたはこの船を、立派な海上警備船に育てなければならないんです」

 伊佐は佐々木に頭を下げた。
 この航海は終わりではない。始まりの、始まりなのだと意を込めて。

「伊佐監理官。それは、命令ですか」
「はい! 佐々木機関長、これは命令です」
「了解しました」

 黙って聞いていたレナはたまらず口を開いた。今にも泣きそうな顔をして。

「伊佐さんっ、約束をしてください」
「約束、ですか?」
「必ず、生きて、戻ってきて」
「はい。わたしは海上保安官ですから」

 いかなる場合も、必ず生きて帰る。それが海上保安官たちの最重要事項である。それが守れなければ、海上保安官失格だ。
 伊佐はエアーボンベを担ぎ、残圧計と水深計を確認した。

「では、また!」

 伊佐は二人にそう言い残して、甲板の手すりを越えて飛び込んだ。黄色のスーツがゆっくりと船体から離れていく。それを見た佐々木は意を決してその場を離れた。
 機関室へ向かうために。
 レナは伊佐の背中が見えなくなるまで追いかけた。そして、両手を胸の前で組み祈る。

(お願い……海神ポセイドン。どうか彼を守って……)

 レナの祈りは届くのか。


 ◇


「聞こえるか! 人造人間! お前の主人はこの海の中だぞ! 風丸竜二かざまるりゅうじに会いたければ、俺についてこい!」

 風が吹いた。海面を駆け抜けるように、それは強い風だった。
 伊佐が頭上を見上げると、軍人の姿をした人造人間が宙に浮いている。首だけを下に向け、伊佐を見ていた。

 ―― Follow me. I’ll let you meet your master. Ryuji Kazamaru.
 ついて来い。お前の主人、風丸竜二に会わせてやる

 その瞬間、人造人間は伊佐目掛けて真っ逆さまになって降りてきた。

「くっ、速いな。行くぞ!」

 伊佐はシュノーケルをセットして、潜水を開始。当てのないカケだということは言うまでもない。
 海上保安庁が保持する潜水服は、海中の調査や救難に使用するための装備だ。決して海中で格闘するために作られたものではない。武器らしいものなどないのだ。
 あえてそれらしいものを挙げるのならば、足に装着したナイフくらいだ。

 伊佐は水中ライトを照らした。
 足先につけたフィンで水をかくと、勢いよく進んだ。久しぶりにエアーボンベを装着しての潜水だ。伊佐はダイバー免許は持てど、潜水士の資格などない。幹部として日々勉強をするなかで、潜水士の資格を取るまでの時間は作れなかった。

(おい、ワダツミ。いつになったら現れるんだ。いくらなんでも四十メートルが限界だぞ)

 残圧計と水深計を確認しながら、伊佐は当たりを見回した。妙に静かだ。
 勢いよく飛び込んできた人造人間はどこに行った。まさか、浮上して巡視船を襲ったりしていないだろうか。
 そんな心配をしていた時だ。
 突然、伊佐の体は後方から羽交い締めにされた。まだ水深十メートルの地点である。

(しまった、後ろを取られたか!)

 水圧がかかる中での格闘は互いに大したダメージは与えられない。全てがスローモーションのようであった。
 肘を人造人間に当てるも、軽く手のひらで受け止められてしまう。また逆に蹴りを入れられても避けることができた。しばらく揉み合いをしていると、人造人間は苛立ち始めたのか伊佐のシュノーケルに手を伸ばした。

 ―― ゴホッ……

 酸素が漏れる音がした。それがさらに人造人間の攻撃に拍車をかけた。とうとうシュノーケルを引きちぎり、エアーボンベを破壊しようとする。
 この水中でこれほどの力を使えることに、伊佐は驚きを隠せなかった。先ほどまでとは違い、次々と強烈なパンチを当ててくる。
 暗闇が怖いらしい人造人間は焦っているのかもしれない。

 ―― ゴホッ……ゴホッ……

(なんとかコイツを、もっと深いところに!)

 伊佐は足に装備したナイフを引き抜いた。逆手に強く握ると、人造人間の首元に突き刺した。

 ―― ボコボコボコ……

 なんと、そこからエアーらしきものが溢れてきたのだ。その直後から人造人間はもがき始める。そのパワーは並外れていた。
 海底噴火でも起きるのかと思うほどの、熱を感じるのだ。

(まずい)

 伊佐がそう思った時には、体は強く弾き飛ばされて岩に背中を打ち付けていた。エアーボンベが大きく凹み、中から酸素が吹き出した。
 残圧計の針はどんどん落ちていき、とうとう赤いラインを突破。針はゼロを指した。

(どこまでもつか……もって三分ぐらいか)

 もっとも、体力を消耗しなければの話である。

 伊佐はエアーボンベを脱ぎ捨てた。一瞬、大事な海保の備品がと目くじら立てて怒る歌川が脳裏をよぎった。同時にあいつなら上手く処理してくれると心の中で笑った。

 伊佐を吹き飛ばした人造人間は首を押さえながら浮上しようとしていた。あの首は生命に関する何かがあるのかもしれない。

(そうはさせるか! お前も風丸のところへ逝け)

 伊佐は岩を蹴って、勢いつをつけて人造人間に近づいた。浮上のことでいっぱいの人造人間は伊佐に気づかない。
 伊佐は人造人間の足首を掴んだ。そして、海底に向かって泳ぎ始める。

 もっと深くまで、人造人間を引き込み活動停止まで追い込みたい。しかし、そこまで伊佐は体力が持つか分からない。

(ワダツミ! ワダツミ!)

 もう、息が持ちそうにない。体を強く打ちつけたことで、体内の酸素を吐き出してしまったのだ。ワダツミの不思議な力のおかげで辛うじて活動していられる。とはいえ、伊佐は人間である。限界はすぐそこまで迫っていた。
 自分の浮上時間を考えると、もう時間がない。
 早く浮上準備に入らなければならない。急浮上は血管の破壊に繋がり、酸素を吸う前に死んでしまうため、ゆっくりと浮上、途中止まりながらとコントロールが必要なのだ。

(もうダメか――)

 その時、海底の奥深くから白く長いワイヤーのようなものが上がってきた。そのワイヤーは人造人間の体に巻き付いた。捕われまいと足掻く人造人間に伊佐は蹴り飛ばされる。

 ―― ゴボッ……

「イサナギサ、あとはワシがコヤツを沈める。いいか覚えておけ。この水域に調査船や艦船を近づけるな。あれはコヤツの動力となる。原子力潜水艦などもっての他だ! いいな!」

(いや、俺、もうもたないって……)

 ワダツミは人造人間を連れて、海底へと潜っていく。その姿はこれまでに見たことないほど艶がある。

(ワダツミ……あんた、海の中だと真っ白なんだな)

 そして伊佐の視界が暗転を始めた。頭の片隅で、調査表に死亡という文字を書く歌川が浮かんだ。
 こんな時なのになぜか笑ってしまう。

(悪いな、歌川。先に逝く)

 眼鏡の端を何度も触れながら、きいきい怒る歌川がみえる。伊佐はそれを思い浮かべ、うっすらと笑みを浮かべた。
 とうとう浮上する体力も底をつき、伊佐は海流に流されて行く。

 ―― マスター……マイ、マス、ター

 人造人間の悲しそうな声を遠くに聞きながら。
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